骸骨は立ち寄る

体が動くようになったのは、予想していた通り、3日後だった。

魔法や剣がいつも通り使えることを確認する。間が空いていた分、少しだけ体がついてこなかったが、素振りなどをしていたら勘は取り戻せた。


「ムルト様、膝どうしたんですか?」


「む?あぁ、これはな」


ハルカが気になったのは、俺の膝だ。

聖国で、デュラハンに砕かれた膝、そこにはヒビが入っている。だが、砕けてはいない。

そのヒビは黒く変色しているのだが、それは膝だけではなく、胸にある器の肋骨も、器に近い部分が黒く変色している。


俺はデュラハンに砕かれたこと、大罪の魔力を使い、それを修復したことを話す。


「体がだるいとかありませんか?」


「ないぞ。むしろ元気だ」


アンデッドだから疲れることはないが、本当にだるいとか、やる気がないとかではない。むしろハツラツとした気分だ。早く新しい場所を見て回りたい。という。


「ムルト様が大丈夫ならいいんですけど……これをどうぞ」


「む?これはなんだ?」


ハルカに前まで使っていた道具入れを渡される。手荷物になるからとハルカのアイテムボックスに入れていたものだ


「お金や毛布などが入っています。またはぐれて一文無しでは、宿にも泊まれないじゃないですか」


「確かにそうだが、もうそんなことは」


「ない可能性もないんです!またはぐれたら……お願いします。ムルト様……」


俺はハルカの剣幕におされ、それを受け取り、背負った。


(心配をかけてしまったからな……)


屍人の森で突然姿を消し、再会した時には満身創痍だった。ハルカはワイトと過ごしていたが、俺が1人だということを、気にしていたのだろう。ハルカは優しいから、な。


「すまないな。それでは、行こうか」


「はい!」


体が動くようになり、俺とハルカは新しい景色を探して歩き出す。





「ハルカ、森が見えてきたな」


「本当ですね……村か何かあるといいのですが」


洞窟から出発し、雪景色の中を進むこと2時間、とうとう森を見つけたが、初めて見る形をしていた。


「この木の葉は長細いな」


「針葉樹っていうんですよ。今まで見てきた木は、広葉樹って言うんです」


「ほぉ。ハルカは本当に物知りだ」


「元の世界にもあったので、広葉樹や針葉樹は総称みたいなもので、他にもガジュマルやマングローブなんてものもあるんです」


「そうなのか、木にも種類が……」


俺は木に手を添えて、その姿を見上げた。大きく太い幹に、細い枝や葉がついている。雪か氷か、葉に付着し、凍っている。


「ハルカ、葉が凍っている。気をつけて進もう」


「はい」


別に葉と接触しなければならないほど狭い道幅ではないが、気をつけるにこしたことはない。ハルカと共に、針葉樹林の中を歩き続けた。


「ハルカ、止まれ」


俺が身を屈めると、ハルカも身を屈め、背中を合わせ、左手を俺の背中へと乗せる。


「人の気配だ」


「どちらからでしょうか」


「前方から、モンスターの気配もするが、死んでいるようだ」


「冒険者の方でしょうか」


「恐らくな、身を隠しながら近づいて行こう」


「はい」


俺は隠密を使い、気配を完全に消す。少し進むと、1人の人間を見つけた。

傍らには鹿の死体があり、その鹿の足には罠のようなものが仕掛けてある。

その人物はナイフを使い、鹿を解体し、内臓を取り出しているようだ。


「猟師さんですかね」


「そのようだ」


隠密を切り、ハルカが後ろから声をかけてみた。


「こんにちわ。何をしているんですか?」


男はビクッと体を震わせ、ナイフを構えながら後ろを振り向いた。

俺とハルカはそのまま立ち、ハルカは笑顔で首を傾げた。


「はぁ……びっくりした……おまんら、旅人か?」


男は何かの毛皮で作られたローブのフードを脱ぎ、その顔を見せた。

老人というよりかは少しばかり若いが、相当歳をとっているようだ。


「はい。2人で旅をしているんです。ところで、今は鹿の解体中ですか?」


「あぁ。これを村に持ち帰らなきゃならんからのぉ」


「なぜこんな森の中で解体しているんだ?」


俺は疑問を口にした。


「おまんらは寒い地方に来るのは初めてか?

獲物の内臓を抜いてな、雪を詰めるんだ。そうすると冷えて腐りにくい。内臓も雪と一緒に袋に詰めてな、持ち帰るんだ」


「ふむ。そんなことをするのか」


「先人の知恵ってやつさ、で、おまんらは何しにここへ?」


「あぁ、旅をしているんだが、この辺りに村か街はないか?」


「あぁ〜。宿を探してるのか、ならおらの村に来ればいい。もう時間も遅い。一晩休んで街に向かうといい」


「狩りの途中ではないのか?」


「んあぁ。だけどここが最後の罠だ」


「1匹しか、かからなかったのか?」


「あぁ。んま、備蓄はあるから大丈夫だぁ」


「ふむ。何か手伝おう」


「本当か?んじゃ、こいつを頼もう」


老人は、俺に内臓などを入れた小袋を手渡す。


「ご老人よ。そちらの大きい方を持とう」


「うんにゃ、こっちはおらが持つ。手伝ってもらえるだけありがてぇ。それにローブが汚れちまうだろ」


「ふむ……それではこうしよう」


俺は、風魔法を使い、鹿の体を宙へ持ち上げた。


「魔法使いか」


「あぁ。村まではどれくらいだ?」


「歩いて30分かからねぇ」


「そうか、なら十分もつな」


「ほぉ……んじゃ、さっそくいこか」


「あぁ」


「はい!」


その老人の後ろにつき、歩き始める。

鹿は血抜きを終えており、血はあまり滴っていない。

老人はここいらではモンスターに襲われにくい、とは言っていたが、それでも血の匂いに釣られてくるモンスターはいるはずだ。

俺は殺気と憤怒の魔力を混ぜ、薄く広げ、牽制している。ハルカも警戒をしながら森の中を進む。


「2人は、恋人同士か?」


「はえっ?!」


ハルカは顔を赤くし、自分のローブの裾を握っている。


「恋人同士ではないが、良きパートナーだ」


俺は、奴隷ということを伝えず、思っていることをそのまま老人へと伝えた。

ハルカは俯き、老人はニンマリと笑っている。


「どうやらそう思ってんのはお前さんだけじゃあないのか?」


「ぬ?そうなのか」


「い、良いパートナーなんですけど……」


「はっはっは!娘さんは苦労しとるのぉ!兄ちゃんは、鈍感なんだのぉ!」


「鈍感、か。よく言われるのだが、私自身よくわからんのだ」


「だから鈍感って言われるんですよ!」


ハルカはそう俺に大きな声で言った。


「はっはっは!仲が良くていい!おっ、そろそろ見えてくるぞ」


森を抜けると、川があった。その川に沿って下って行くと、水車があった。


「ほら、ここだ」


老人の住んでいる村へとついたようだ。

畑仕事をしている者、商店を開いている者など、あまり大きい村ではないが、活気に溢れていた。


「おらの家はこっちだ」


少し奥に入ると、老人の家についたようだ。家の裏に行き、鹿を置いた。

そこで老人はテキパキと鹿の手足を解体し、部位を分けて保存庫に置いていた。


「腐らないのか?」


「あぁ。天然の保管庫だ。雪もあるし、冷えてるからな。そういえばおまんらは、そんなローブで寒くないのか?」


「あぁ。私とハルカは、先ほどの風魔法のように、火魔法を調節して、暖かくしているからな」


とはいうものの、ハルカは俺の骨をカイロ代わりに、俺は変温を切っており、冷たさを感じなくなっている。


「良ければ、今日はおらん家に泊まってくか?」


「いいのか?」


「んだ。ここまで運んでもらったしな、うちのにも話はしておこう」


その日は、その老人宅に泊まらせてもらった。

その老人の奥さんも優しい人で、快く俺たちを迎え入れてくれた。

食事も今日とれた野菜や、鹿肉、新鮮な川魚など、至れりつくせりといったようだった。


俺は胃袋がないので、風魔法を使って腹のなかに浮かせていた。


(胃袋も、買わなければな)


そんなことを思いながら、その日はゆったりと過ごした。

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