ワイトという男

これは、ワイトがムルト達と出会う前の、昔の話。





【屍人の森】それは、アンデッド族のみがいる広域型ダンジョンの森。

死体があれば、それはアンデッドとして生き返り、なかったとしても、アンデッド族モンスターがポップする。


ワイトは、自然にポップしたモンスターだった。

Gランクモンスターのワイト、いわゆる雑魚モンスターと呼ばれているものだ。

ワイトは、ポップした瞬間に自我を持っていた。身の回りには木、上を見上げれば空、その時のワイトにはわからなかったが、これが世界、だということを本能的にわかっていた。


そして、強くなる方法も

ワイトは、自分以外のモンスター、スケルトンなどの骨モンスターがワイトと敵対しないことを発見した。同じ種族、見た目だからかはわからないが、ワイトが攻撃されることはなかった。それを理解したワイトは、強くなるため、自らの仲間達を淡々と殺していっていた。


Cランクになった頃、ワイトは初めての人間に出会う。

本能で、この者たちはダメだ。と気づく

自分たちとは違い、骨だけではなく、衣服までも纏っている。仲間ではない。ということしかその時のワイトにはわからなかった。

ワイトは観察することもなく、その人間から逃げた。


しばらく時間をおいて、その人間を目撃した場所に戻ると、仲間たちの亡骸が転がっていた。憎しみや悲しみはなかったが、この時ワイトは、初めて恐怖というものを知った。


人間に会うことを避けながらAランクにまでのぼりつめた。

この頃になると、もっぱら魔法をよく使うようになっていた。進化して新しく手に入れた力だ。使い方は自然とわかっており、デュラハンやリッチなど、自分と同等か、下のモンスターを殺して回っていた。

いつからか、人間に恐怖することもなくなっていた。

というのも、ワイトが強くなったから、というわけではない。

時折、屍人の森にきては、人間を殺して帰る人間がおり、その殺された人間がアンデッドとして生き返るのを見て、自分らの元は人間だということを理解した。ワイトは違うのだが……


それからワイトは人間にあまり恐怖することなく、それからは強くなることより、人間を観察することにした。屍人の森を抜けた場所にある人間の住処、聖国も見つけた。人間を観察して、言葉も覚えるようにした。


人間と同じように、ワイトは衣服を身に纏おうと思った。

スケルトンメイジが着ていた、紫のボロボロのローブ

それを剥ぎ取り、羽織っては、人間を探していた。


ある日見つけたのは、小さな女の子

初めて見る小さな人間に、ワイトは驚いたが、初めて接触を試みた


「ソ、ソコ女、何シテル」


「えっ?」


女の子は振り返る。目の前には、ローブを体が見えなくなるほどに着込んでいる人間のような何か。


「ココ、危ナイ、何シテル」


「え、えぇと、こ、この子を」


少女の傍らには、小さな小鳥がいた。

少女は両手で穴を掘っているのか、両手が茶色くなっている。

アンデッドのワイトは、その小鳥を見てすぐにわかった。死んでいる。と


「埋めてあげようと思いまして」


「埋メル、何」


「え、えぇと、お墓、でしょうか」


「オ墓、何」


少女は飽きることなくワイトに説明をしてあげた。色々な言葉、木や空など、色々なものを教えてあげた。


「あなたはどこから来たの?」


「コノ、木イッパイ、場所」


「この森で?」


「コノ森」


そんな話をしていると、小鳥の死体が、微かに動いた。


「危ナイ!」


ワイトはすぐに動き、アンデッドとして復活した小鳥が、その少女へと向かって嘴を向け、飛んだのを確認し、左手で握りつぶした。

少女の顔に血のようなものが飛んだ。

少女の目の前には、慈しみながら埋めようと思っていた小鳥を握りつぶした骨の手だ。


「……ありがとう、ございます」


少女は小鳥がアンデッド化することをしっていて、この森にきていた。

もしかしたら、アンデッドになっても懐いてくれているかもしれない、そんな淡い期待を抱いて。だが、結果は目の前にある。

少女が大切にしていた小鳥は、2度死んだのだ。


「……帰ルゾ」


ワイトはそう言って、逃げた。


「あっ、あなたのお名前を」


そんな少女の言葉を気にすることなく、ワイトは逃げた。初めての女の子、その者の大切なものを奪い、自分の肌を晒した。

そして初めて、胸の痛みを覚えた。





それからワイトは、人間を観察し、言葉を覚えながら色々なこと、人物と出会ってきた。


「やぁ、こそこそしないで出てきなよ」


森の中で薪を拾いながら、強いアンデッドモンスターばかりを倒している男。

別に強いモンスターを好んで殺しているわけではない。薪拾いの傍ら、自分を襲ってきたモンスターだけを殺している。

微かにだが殺気を広めながら、自分にモンスターを近寄らせないようにしているらしい。


ワイトはそう言われ、木の陰から姿をあらわす。その頃のワイトは、Sランク一歩手前、実力でいうなら、すでにSランク並みになっていた。


「エルダーリッチ……ではない、ということはワイトキングか……」


「私ワ、ワイトキングにナル、モノ」


「ほう。言葉が喋れるのかい?」


「少シ」


「言葉ががわかるなら早いね。君は僕を襲うかい?」


「襲う?殺サナイ。傷つけナイ」


「そう。なら僕も君を傷つけないよ」


「話、シタイ」


「話かい?いいよ。でもそろそろ日が暮れる頃だ。僕の家に来るといい」


「家?家何だ」


「家ってのは、住処ってことさ、さぁ、ついてきて」


ワイトは、その男の後ろをついて歩いた。

男は帰りながらも手身近にある薪になりそうな小枝を拾っている。ワイトもそれに倣い、下位召喚をし、骨達に小枝を拾わせていた。


「あっはっは、ありがとう。でも、妻達が怖がるかもしれない、ここいらで解いてくれないかい?」


「ワカッタ」


ワイトは下位召喚を解除し、骨達が集めた薪を両脇に抱えながら歩いた。

その男が住むという屋敷はすぐ目の前にあった。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


「お父さん!おかえりー!」


「おかえりなさい。あなた、そちらの方は?」


「あぁ。森で会ったんだ。薪を拾うのを手伝ってもらってね。もう日も暮れるし招待したんだ。良い人だから安心してね」


「あなたがいうのなら、私は構いませんわ」


妻と思われる女がそう答える。ワイトは体が見えないようローブに身を包んでいるが、ボロボロだ。この屋敷にはどうにも似つかわしくない。そして何より、この屋敷のメイドがありえないほどの殺気をワイトへと放っていた。見た通りの歳とは思えぬほど濃厚な殺気、人を何人か、いや、何十人と殺めてきたと思えるほどだ。


「ははは、安心していいよ。彼女も優しいから」


小声で男はワイトにそう言った。



ワイトにとって、その屋敷に来たのは大変よい事だった。

色々な文化に触れ、言葉も教えてもらった。

人の暖かさ、優しさというものにも触れた。

そして翌日、プレゼントを渡される。


「はい、これをあげるよ」


「コレは?」


「もうそのローブは保たないだろう?だから新しいのを、魔法と打撃耐性がついてるから、きっと君を守ってくれる」


その男から手渡されたのは、紫のローブ。

今の自分よりは少し大きいくらいだが、それでも十分に身を隠せる。


「感謝スル」


「うん」


「ぜひ着たところを見てみたいわ」


「ぬ、しかシ」


一晩この屋敷で過ごしたが、ワイトは男以外にその姿を見せていない。


「大丈夫だよ。妻や娘、リーナは気にしないから」


「……ワカッた」


ワイトは、初めて人間の目の前でそのローブを脱いだ。骨だけの体を見られる。その時、体が光り輝く、進化だ。ワイトの進化はすぐに収まった。

それを見ていた男達は、皆一様に驚いていた。


「いやぁ〜進化なんて初めて見たよ」


「えぇ、こうやって進化するのですね」


「すごーい!きれー!」


「……怖ク、ナイのか?」


「友人を怖いと思うわけないだろ?ま!時と場合によるけどね!」


「ふむ……ドウヤラ、ワイトキングになっタようだ」


「そうか……あの森の頂点に君臨するかもしれないね。このローブはきっと君の助けになるだろう」


「あァ。感謝スル」


ワイトキングはそのローブを羽織った。少し大きいと思っていたローブは、ちょうどよい大きさになっている。フードを頭に被る。


「また、機会があれば、話そう」


「あァ」


「最後に、約束してほしいんだ」


「何だ?」


「人間を、僕たちを、何があっても嫌いにはなってほしくない。人間を殺すことがこれからあるかもしれない。だけど、人間を、僕たちを嫌わないでほしいんだ」


「あァ。絶対に、何ガあっテモ人間ワ殺さない」


「ははは、それじゃ君が死んでしまうかもしれないじゃないか」


「ソレデモ、だ」


笑っていた男は、すぐに真面目な顔になる。


「そうか、ありがとう」


重くつぶやきながら、ワイトの手を取り、握手をした。


「また、会おう」


「必ず」


ワイトはそう言って、その屋敷を後にした。

その男の言った通り、ワイトは、ワイトキングとして屍人の森の頂点に君臨した。

無害な人や、森に迷い込んでしまった者を助けたり、街に帰したりもした。

色々な出会いがあったり、命を賭けた闘いもした。

また、あの男と出会えると信じて。


「確カ、あの男の名ワ」


ワイトは、それ以降一度もあの男にあっていない。そしてこれからも、もう会うことはできない。





ワイトは目を覚ます。見覚えのある屋敷に、横で寝ているのは、見覚えのある顔。


「懐かシイ夢オ、見てイた」


ボロボロのベッドに横たわり、天井を見上げる。

天井から落ちてきた水滴が、顔に落ちてくる。


「彼の名ワ、ティッキー、そうカ、彼ワもう……」


ワイトは何が起こったかを理解する。

今見た夢はなんだったのか、自分は先ほどまで何をしていたか。

初めてできた人間の友人を思い出す。

天井から落ちてきた水滴が、ワイトの頬骨を伝った。



ワイトは未だ、誰1人として人間を殺したことがなかった。

今は亡き、彼との約束を守って。これまでも、これからも。

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