骸骨と別れる
「死ネェェェエエェェエ!!!」
先ほど頭蓋骨を完全に砕いた悪魔騎士が、剣を振りかぶっていた。
(そうかっ、奴はデュラハンっ)
悪魔騎士の種族は、
デュラハンの完全上位互換のモンスターである。デュラハンはアンデッド族に属しているが、細かくいうと、アンデッドではない。
悪魔騎士の頭蓋骨は、生前の魔族としての名残であり、その体の全てはエルトによって作り変えられてしまっている。
ムルトが頭蓋骨を砕こうとも、死ぬことはない。
ムルトはその声に反応し、咄嗟に半月を抜き、構えたが。
(手足に力が入らない)
ゆっくりと自分に迫り来る剣を月読で観察しながら、自分の出来る限りの力を振り絞る。
残り少ないMPで身体強化をし、自分を見失いそうなほどに酷使した大罪の魔力、憤怒と怠惰の魔力を腕のみに集中させる。
「ウガァァアアァァ!!」
一心不乱にその剣を振るおうとしている。
持ちゆる力を全て使って耐えようとしたムルトだが、これでも足りないとムルトは思っていた。
(いや、これでも耐えらない、か)
ムルトは、目の前に出していた半月を降ろし、甘んじて自分の運命を受け入れようとしていた
(2度も折るわけにはいかない。避けろ、避けろ、避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ)
発動したスキルは、火事場の馬鹿力
ムルトの限界を超えて、その力が発揮される。地を蹴る足が軽かった。ムルトは、その一撃を避けることに成功する。だが、無理に体を動かしたせいで、体勢を崩し、地に伏してしまう。そして、その先には、悪魔騎士がいた。
「ムルト様!!」
カグヤが叫ぶ。叫んだところで、何が変わるということでもない。カグヤはほとんどMPを使い果たしてしまっていた。使える魔法は、あと一度のみ。。。
「満分咲き!ー退魔の結晶ー!」
地に伏すムルトに、再度剣が振り下ろされた時、目の前に光の結晶が出現し、悪魔騎士の凶刃から、ムルトを守った。そして、その声が聞こえた方向へとムルトは振り返る。
「この声は……!」
ムルトの遥か後ろには、紫のローブに身を包んだワイト、白髪に赤い髪が混じった初老の男性、ゴン。
そして、黒目黒髪、白いブラウスに黒いコルセット、青いスカートを履いたハルカがいた。
「ハルカ!」
「ムルト様!よかった!間に合いました!」
ハルカが走り寄ってくる。が、悪魔騎士の凶刃は止まらず、目の前に展開されている結晶は、音を立てながらヒビを入れていた。
「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ」
呪詛のように呟く悪魔騎士はその力を緩めない。それどころか、少しずつ強くなっている。ムルトは完全に体に力が入らなくなっており、立つこともできなくなっている。
「ハルカ!重ネがケだ!」
ワイトが大声で言うと、ハルカは蓮華を持ち直し、構える。
「っ!ゴン!また裏切ったわね!」
「裏切るも何も、最初からお前に従ってなどいない。今も、あの時も、な」
「ちっ!そいつを殺す邪魔はさせないわ!!」
ラマが、鞭をハルカに向かって打ち付けようとする。その間にゴンが入り、串の塊を盾のように使い、防ぐ。
「ふっ、助ける邪魔はさせない」
「ゴン……今度こそ、必ず殺すわ……カグヤ!あの骸骨にトドメをさしなさい!さもないと……」
ラマはカグヤにそう言い放った。
カグヤはそれがどういう意味かを知っている。月光教はモンスターに優しさを持って接している。だが、それは本来許されざること、亜人と友好的に話をしただけでも処罰される可能性のある国、それが聖国だ。
カグヤが教主を務めている月光教は、カグヤが美徳のスキルを持っているということで、カグヤも、カグヤについてきた巫女達も、その処罰を免れていた。
つまり、ラマはこう言いたいのだ。
『今トドメをささなければ、あんた以外の巫女は殺す』と
「……」
カグヤは静かに両手を前に突き出し、魔法を発動させる。
「ー聖なる揺り籠ー」
ムルトの近くに、光の結界ができる。
それは、悪魔騎士を包み込み、閉じ込めた。
「あんた!!」
「ウグォオオォォアアァアア!!!」
悪魔騎士が苦しみだす。それはそのはず、聖天魔法はアンデッドの天敵であり、炎や氷などよりも、アンデッドを殺すことに特化している。癒しの光は、退魔の光でもある。
「あんた、どうなるかわかってるんでしょうね……!」
体を震わせながら、怨みのこもった声でラマはそう言った。カグヤはそのラマの目を真っ直ぐに見て言い放つ。
「私達はこの国から出ていきます!!」
月光教は、もうこの国から脱していた。
月光教に所属する巫女は約40名、その全てが、家族や必要最低限のものを持って、この混乱の中から脱していた。
行くあてがないわけではない。
ムルトが助け、ムルトが共にこの国に来ることになった人物、ササ
カグヤ達は、ササのいる国へと渡り、そこで変わらず月を信仰する手筈となっている。
「この……クソアマがぁぁぁぁ!!!」
ラマは叫び、もう一本の鞭を取り出す。殺す気でその鞭をカグヤへと振るった。
「お主ワ、味方ノようダ」
いつの間にかいた、紫のローブを着た巨大な骸骨、ワイトだ。
「ワイト……キングゥ……!!」
ワイトはラマの振るった鞭を軽く掴み、ひらりと逃げる。後ろには屍人の森へと繋がる門、ゴンがおり、ハルカもムルトもいる。
悪魔騎士はカグヤの一撃で完全に死んでいた。
この国を発つチャンスが、巡ってくる。
「よし、ここで奴を迎え討とう」
「ムルト、ソレはできソウにナイ」
「な、なぜだ!」
「お前ワ力を使いスギた。これ以上ワ戦えナイだろウ」
ワイトの言うことは正しい。ムルトは、使った力の代償なのか、手足が全く動かなくなってしまっていた。今もハルカに肩をかしてもらい、引きずられている。
「お前達ワ逃げロ、ここは私ガ時間を稼ごウ」
「ダメだワイト!共に逃げよう!」
「ー下位召喚ー」
一体のボーンドラゴンが召喚され、ハルカとムルトを口に咥え、骨の翼を大きく開いた。
「ムルト、旅にはついテいけなさそうダ」
「待てワイト!お前も一緒に逃げよう!!飛んでいれば追いつけるはずもない!!」
「サテ、それワどうカナ」
ワイトは、油断のない顔で目の前の女性を見た。
「ー
ラマは両手の鞭を、周りの騎士や冒険者に打ちつけながらにじり寄ってきていた。
「さァ、お前もイケ」
ワイトはそう言ってカグヤを離した。
「ありがとうございます。ワイトキング様……」
「礼ワいい、早く逃ゲるんだ」
「はい……それではっ」
カグヤは街の門へと走っていく。
ムルト達を咥えたボーンドラゴンも空高くへと羽ばたいていってしまった。
「ワイトォォオオォォォ!!!」
ムルトの絶叫だけが悲しく響いていた。
そんな声も遙か遠くにいってしまった時、ワイトは目の前の男に話しかけた。
「ゴン、お前は逃げなクテいいのか?」
「……あぁ。もう、友を1人では逝かせたくねぇんだ」
「……そうか。覚悟ワいいカ?」
「とっくにしてるよ」
「では……」
ワイトは魔力を練り上げ、その魔力を変換し、モンスターの影を作っていく。
ゴンもたくさんの串を身の回りに浮かべていく。
「ー
「ー
「行きなさい!!かわいいかわいい爆弾達!」
★
ワイトと別れてから、何時間が経っただろうか。魔力は回復したが、体に力は入らない。下には雪景色が広がっている。
「ハルカ」
「はい」
「ワイトは、勝てると思うか?」
「ワイトさんのことですから、きっとなんとか無事でしょう……ワイトさん、私たちと一緒に旅がしたいって言ってました」
「……そうか」
初めてできた、同じ種族のモンスター仲間。
出会って数日だが、その生き方、考え方は俺に似ていた。
俺の一番の理解者に成り得たかもしれない。
「ここは、どこだろうな」
「私たち、どこまで行くのでしょうか」
俺たちは今、ワイトに召喚されたボーンドラゴンに咥えられながら、けっこうな距離を移動していた。ただひたすら真っ直ぐにボーンドラゴンは飛ぶだけ、目の前には雪景色、きっと雪山なのだろう。
そう思っていると、段々と高度が下がって行く。
「……」
「ムルト、様」
「あぁ」
ボーンドラゴンは段々と高度を下げる。
パラパラと、粉のようなものが顔にかかるが、気にしない。
数分もしないうちに、ボーンドラゴンの体は、粉となって消えていった。
ボーンドラゴンは、最期の力を振り絞り、雪のクッションへと着地してくれた。
そのおかげで、特にダメージを受けることはなかった。
「……感謝する」
俺は口だけを動かし、ボーンドラゴンとワイトにそう言った。
「ハルカ、少しの間頼むぞ」
「はい。ムルト様は必ずお守りします」
ハルカはそう言って、俺をおぶった。
体を休められるような洞窟を探しながら雪の中を歩いて行く。
遠くから、何かが砕ける音がした。気がした。
★
「ようこそいらっしゃいました。お客様方」
黒と白のメイド服に身を包んだ女性が、2人の男性にそう声をかけた。
「邪魔するぞ」
初老の男性は、大きな男を肩に担いでいる。
紫のローブを身に纏った大きな男。
「お二人ともどうぞこちらへ、お部屋へご案内致します」
大男を担いだ初老の男性は、血だらけの体で、メイドの後ろを歩くように屋敷の中に入っていく。
部屋につくと、破れたベッドの上にその大男を横たわらせ、初老の男性は、そのベッドの横へと背中を預ける。
「ティッキー……来てやったぞ……リーナは、元気か?」
虚空を見上げ、その初老の男性は呟くように言った。部屋の隅で立つメイドの女性は小さな声で、その男性に向けて優しく言葉を投げかけた。
「おかえりなさいませ、ゴンさん、骸骨さん」
彼女の優しさの篭ったその声は、ベッドに横たわる骸骨と、ベッドに背中を預ける初老の男性には聞こえていなかった。
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