森の洋館5/5

その時、鮮血が宙を舞った。

赤い飛沫はクルミカの顔面に容赦なく降り注ぐ。

鉄臭い臭いを、部屋中に撒き散らした。


「リーナ……」


ティッキーが驚愕した顔でリーナを見つめる。

リーナの両手には、短い短剣が2本、その短剣はその切れ味を主張するように、大男の首を綺麗に跳ねていた。


「ティッキー様……」


リーナの口からは、敬愛する主人の名前が溢れた。


「何を」


「ここからお逃げください!ここへ来る追っては私が全て始末いたします!」


リーナはティッキー達の腕や足に巻かれたベルトを短剣で切り離す。

だが、ティッキー達は椅子から立ち上がらない。


「クルミカを助けてありがとう。だが、僕たちがここから逃げるわけにはいかない」


「ここから逃げなければ、死んでしまうんですよ!」


「僕たちが逃げれば!次に危ないのは、リーナとゴンなんだ!」


ゴンという名に、リーナは聞き覚えがあった。恐らく偽名だが、その男は、寡黙だが仕事はきっちりとこなす、残忍な暗殺者だ。

リーナと同等か、それ以上の強さを持っていると思われる。


「ゴンが内通者なんですか」


自分の失言に気づいたティッキーは、口を閉ざした。が、もう遅い。


「あぁ、そうだ。僕たちが逃げれば、殺されるのはきっと君たちだろう」


「旦那様方が死ぬよりかは、ずっといいです!」


「リーナ、お願いだ」


「旦那様?」


「殺して、くれ」


その言葉は、なんとも重々しく、悲しく聞こえた。


「クルミカは、どうか苦しまずに」


「嫌です!」


「クルミカはまだ子供だ」


「嫌です!」


「こんな家庭に産まれてきてしまって、本当に、本当に」


「嫌です!嫌です!嫌です!」


頭を大きく振りながら、リーナは涙を流した。心から溢れるその優しい涙に、ティッキー達もつられてしまう。


「やめてくれ、リーナ、僕たちまで、生きたくなってしまう、だろう?」


震えた声でそう言ったティッキーは、リーナの短剣を取り、クルミカの肩を掴んだ。


「クルミカ、こんなお父さんでごめんなぁ。こんな家に、こんなことに巻き込んで、ごめんなぁ」


ティッキーは覚悟をしていた。が、最後は自分の手で娘を手にかけなければいけなくなってしまった。


「ううん。私、お父さんとお母さんがお父さんとお母さんでよかったよ!」


「……クルミカ……すまない、すまない……」


ティッキーが短剣を頭の上に持ち上げた瞬間、鮮血が舞った。

その血は、クルミカのものだ。


「……私が、やります」


リーナは、決心をしていた。ティッキーとクルミカを見て、決心がついたのだ。

自分の子供を自分の手で殺すなど、それほど非情なことはない。


「……あり、がとう。すまない」


「謝らないでください。私の、仕事です」


リーナは短剣をティッキーから取り、握る。


「次は、私が。クルミカ1人じゃ、寂しいでしょう?……リーナ、よろしくね」


「……はい」


カリミナの首も、皮一枚を繋げ、切り落とした。


「ありがとう、リーナ、君が我が家に仕えてくれて、よかった」


「光栄です」


「本当に、ありがとう」


「私も……旦那様に仕えることができて、本当に、本当に……」


「それじゃ、またいつか、あっちで会おう」


「……はい」


「本当にありがとう。ゴンにも、伝えておいてくれ」


「……はい」


最後にティッキーの首が途切れる。

リーナは声も出さずに泣いた。

今しがた殺した3体を、リーナは椅子へ座らせる。地面に広がった血を掃除し、助っ人に来た大男を外で燃やす。

ティッキー達の服を着替えさせ、メイド服を着る。

リーナは3人を見つめ、振り返り、屋敷の外に出た。

その顔は、先ほどまで泣きじゃくっていた、子供のような顔などではなく、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた殺気が形を持ったかのような、恐ろしい無表情を貫いていた。

向かう先は、自分の組織が使っているアジトだ。





「おぉ6番、帰ってきたか。仕事はきっちりこなしたか?報告書を送らないなんて、お前らしくもない」


「……です」


「あ?なんだって?」


「私は、リーナです」


「ん?今回の仕事で使ってた名前」


その男の首は、体へと繋がっていなかった。

リーナは、この組織を皆殺しにしようと考えていた。

幼い頃より殺しをし、それをこの組織で伸ばしていた。

今では、組織の中でも、5本の指に入るほどの強さを持っている。


騒ぎを聞きつけ、何人かが集まってくるが、そんなもの、リーナにとっては取るに足らない存在だ。殺し、殺し、殺し、殺していった。


赤い髪が鼻まで伸びた痩せ細った男が出てきた。ゴンだ。

リーナはゴンの周りの男をさっさと殺し、ゴンが目を瞑っても避けれるほど遅い攻撃を繰り出す。ゴンはそれを難なく受け止めた。


「なんのつもりだ?」


「ティッキー様は死にました。私が殺しました」


「……そうか」


「私はこの組織を壊します。邪魔をするのであれば、あなたも殺します」


「ふん、お前に俺は殺せないだろう?」


「試してみますか?」


距離をとり、見つめ合う2人、口を開いたのはゴンだ。


「ティッキーは、最期に何か言っていたか?」


「本当に、ありがとう、と」


ティッキーの顔と声を思い出し、涙が溢れてしまう。


「……俺も手伝おう。1人では大変だろう」


「……お願いします」


「俺はこっちに行く」


「私はこちらへ」


ゴンは細長い、串のような短剣を抜き、走り出す。リーナもそれに合わせ、反対側へと走り出した。

その晩、リーナとゴンの所属していた組織は、仕事に出ていたリーダーと副リーダー2人を残して、壊滅した。


その2人はアジトにおらず、特に報復をすることもなかった。リーナとゴンは、足を洗った




リーナは、あの屋敷へと戻っていた。

屋敷を手入れし、ティッキー達の供養もした。


リーナは、屋敷を守り続けた。

時折、迷い人が立ち寄っては、部屋を解放したりもしたが、その者が屋敷のものを盗もうとしたなら……


リーナは亡き主人達と共に、何十年と生きてきた。

そして、最後に来たのは、1人と1体。

自分と同じ、人ならざるものだった。

リーナはいつものように歓迎した。

女性の方は、今までの者達と同じで、屋敷の惨状を見て、不安感を持っていた。


何かあれば、いつものように、殺すだけだと、リーナは2人を見守っていたが、不思議なことが起こる。


夜、屋敷の中をうろつく気配を感じとり、起きてその気配を探った。

そこには、屋敷の中を見て回る、骸骨の姿。

カリミナの絵の前でその骸骨は立ち止まり、独り言を喋っていたのだ。

そして、その手の中には、地下室の鍵が握られていた。

主人のいる場所に置いたはずの鍵だ。

なぜあの骸骨が、と思ったが、リーナは自然と感じていた。


(旦那様と話しているんだ)


もう見ることのできない主人を、リーナは思い出す。


次の日、リーナは存在を消した

影から骸骨達を見ていた。骸骨達は地下室に入り、部屋の中を物色すると、主人達の骨だけを持っていった。

その姿を見て、盗んだのではなく、きっと託されたのだろうと思う。

リーナは、2人の姿を見送った。


窓から見つめる骸骨達は、手を合わせ、主人達の死を慈しんだ後、静かに旅立っていった。


リーナはそれを見送り、独り屋敷に残った。

ティッキーが、カリミナが、クルミカが過ごしてきたこの屋敷を大切に、大切に。

魂が朽ち果てるまで、大切に、大切に。

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