森の洋館4/5


リーナは、思わず黙ってしまった。

沈黙とは肯定の証であることを、リーナは理解している。


「仕事は進んでいるかい?」


「……いえ」


「そうか」


「あの」


「どうしたんだい?」


「いつから」


リーナはそう聞いた。ティッキーは優しく微笑み、正直に答えた。


「最初から、かな」


「最初から……」


「僕とカリミナはね。クルミカは知らないよ」


「どこから」


「君と同じ組織に属している人からだよ」


「なぜ逃げないんですか?」


「僕たちが逃げたら、責められるのは僕の友人、そして、君にもそのしわ寄せはいくかもしれない」


「死ぬとわかっていて、なぜそこまで冷静なのですか?」


「そうだなぁ」


ティッキーは腕を組み、目を瞑る。


「もう諦めているのかもしれない。聖国で産まれ、貴族として国のために尽くしたけど、僕は結局亜人のことを嫌いにならなかった」


「それだけで」


「うん。今の聖国は、それだけで消されてしまうんだ。リーナの追加任務のことは友人から聞いているよ。いつ聞いてくるか楽しみにしてたんだけどな」


いつものような柔らかい笑顔で、困ったように笑う。


「……なぜ旦那様は親亜人家になったのですか」


「最初は、モンスターに助けられたことが始まりなんだ。貴族の家に産まれて、何不自由なく暮らしていたけど、僕は剣を習っていたからね。自分がどこまで強いのか試したくなって、屍人の森の奥地まで行ったんだ」


一拍置いて、ティッキーは俯きながら続けた。


「当時の僕は怖いもの知らずでね。そこで、デュラハンに出会ったんだ。馬上からの攻撃は初めてでね。手も足も出なかった」


「そこをモンスターに助けられた、と?」


「うん。大きなワイトだったよ。強くてたくましくて、僕はそのワイトに助けられてすぐに、そのワイトに襲いかかったんだ。命の恩人にすぐ刃を向けたんだよ?」


その顔は懐かしさを感じている顔、当時のことを思い出しているようだった。


「でも、そのワイトにも歯が立たなかった。簡単にいなされて、気がつけば、聖国の近くに寝転がっていたところを、衛兵に助けてもらったんだ」


「それから親亜人家に?」


「いや、その後また森に行って、ワイトを探して、色々話してね。エルフや獣人族も、きっと人のように自由に生きるべきなんだとね」


「そう、ですか」


「他に聞きたいことは?」


「次期国王について」


「あぁ。そうだね。次期国王に、僕は賛同できない。僕が消されることになった理由なのだけれど、僕は自分の考えを曲げるつもりはないよ」


「そう、ですか」


「うん」


「ありがとうございます」


「うん」


「旦那様」


「うん?」


「死ぬのは、怖くないのですか?」


「……怖くない、って言ったら嘘になるけど、死にたくないってわけではないよ。いつ死んでもいいように生きてきたからね」


その答えに、リーナが納得することはなかった。リーナは、死なないために生きてきた。

死ぬのが怖いから、死なないように技を磨いたし、殺されないように、殺しを身につけた。


リーナは追加任務の話を次々とティッキーに聞く。ティッキーは包み隠さず、知っていることの全てを教えた。





それから数年後、もう見慣れた烏が窓をコツコツと叩いていた。


『決行は今夜。拷問術に長けている者を送る。協力し、口を割らせろーー』


リーナはそれを最後まで読まず、燃やしてしまった。


「……」


いつものように食事の準備をし、部屋の掃除、家具の掃除、全ての仕事をこなす。


「リーナ」


いつものように黙々と仕事をこなしていると、ティッキーが声をかけてきた。


「もう、いいんだよ」


家具を磨く布を持つ手を、ティッキーはそっと握った。


「私は、いつも通りに」


「……うん。そうだ、いつも通りだ」


ティッキーの手は微かに震えていた。

きっと、リーナと同じ組織に所属しているという者から、今日殺されることを教えてもらったのだろう。いつもよりも暗い顔をしていた。


「うん。いつも通り、いつも通り」


そして、夜が来る

草木も眠る丑三つ時、リーナはいつも通りのメイド服ではなく、真っ黒な服へ着替えていた。殺し用の仕事服だ。玄関を開け、助っ人を待つ


「うん、やるど」


大男は、ズカズカと屋敷の中へ入る。ボロボロの靴が真っ赤なカーペットを汚している


「……」


リーナは何も言わず、その大男についていく

向かうのは、ティッキー達が寝ている部屋だ

豪快にドアを開けると、全員が飛び起きてパニックに陥る。ティッキーとカリミナはわかっているはずだ。演技だということがわかる。


「ガキはお前が持っていけ」


リーナは頷き、クルミカへ手刀をし、意識を奪う。そのあとは早かった。段取り通り、拷問部屋へ連れていき、椅子に固定する。


「それでは始めるど」


その助っ人は、大きなペンチを持って、ティッキーへと近づく


「待ちなさい」


リーナはそれを止め、たくさんの書類を取り出す。


「組織から追加されたものは、全て私が聞き出しています」


それは、リーナがティッキーに聞いた、全ての情報を纏めたものだった。

大男はそれに目を通す。


「ふむ。追加分は全て入っているようだな」


「はい」


「じゃ、こいつらはすぐに殺していいど?」


「……はい」


大男は後ろを向いていて、ティッキー達の表情は見えていなかった。それは穏やかで、死を覚悟している顔だった。

その時、何も知らないクルミカが起きた。


「な、何これぇ!お、おねぇちゃんたすけて!」


椅子に固定されたベルトをギシギシと鳴らしながら、クルミカが暴れる。


「お、そういえば女のガキが……なかなかいい顔をしているなぁ」


大男は下卑た笑みを浮かべながらクルミカへと近づく。


「どうせ殺すんだ。楽しんでもいいよなぁ?」


大男は、腰に差していたナイフで、クルミカの衣服を切った。

リーナは、その光景を見ることしかできなかった。奪い、奪われるのは、この世の常だということを、理解している。

ティッキーもカリミナもそれは理解している。助けることもできず、顔を背けることしかできない。


「ひっひっひ、親の前で犯すのが、たまらなく気持ちいいんだよなぁ」


「いやだぁ!!助けて!助けておねぇちゃん!!」


泣き叫ぶクルミカを、リーナは冷めた目で見ることしかできない。

自分は、組織に逆らえない。


大男はズボンを下ろし、クルミカの頭へ手をかける。


「ひっひっひ」


クルミカは涙を流しながら固く口を閉ざし、

カリミナは静かに涙を流すことしかできず、ティッキーは唇を噛み締め、血を流していた。


リーナは……

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