森の洋館3/5

リーナは窓を開け、烏の足から手紙を抜き取り、その中を見る。手紙には鍵がついていた。


『屋敷の中に隠し部屋を作ってある。

この手紙にはその場所と、鍵を入れておく


任務期間の2年延長。それと同じく、任務完了も2年後を目安とする。

追加任務

ティッキー・アン・ボーディッヒの私情調査

・親亜人家になった経緯

・次期国王を支持する意思を持っているかーー


以上を報告すること』


リーナはその手紙に目を通し、隠し部屋の位置、新たに与えられた任務を一瞬で暗記し、その手紙を燃やした。

その手紙を見たからといって、特に何が変わるわけでもない。

メイド服に着替え、仕事をするだけだ。





そしてその夜、リーナは蝋燭を持って屋敷の中を歩いていた。メイド服を着て、蝋燭を持ち屋敷を歩く姿は、ごくごく自然に見えた。

だが、リーナは足音を立てないような歩き方をしている。服の擦れる音や、蝋燭が揺れる音さえも出ないように歩いている。

その目は本業の暗殺者としての目をしていた。


リーナは、今朝見た隠し部屋への行き方を思い出し、そこへ向かっていた。

手紙の内容にしたがって、花瓶を捻る。

すると、壁が、音も立てずにゆっくりとスライドし、地下へと通じる階段が現れた。


リーナはその階段を静かに降り、鉄の扉に鍵を挿し入れ、開けた。


(拷問部屋)


リーナは扉の中にあるものを見て、すぐにどのような用途で使われるかを確信した。新たに追加された任務は、ここを使えということだろう。


リーナは扉を閉め、器具のいくらかを持ち、自分の部屋に戻っていく。





「リーナは、絵を描けるかい?」


「はい。多少は心得ています」


「そうか、なら、カリミナを描いてはくれないだろうか」


「はい。構いませんが」


「あぁ、ありがとう!こっちだ」


リーナはティッキーに手を引かれ、庭へと連れていかれる。そこには既にカリミナとクルミカがいた

画材と椅子も用意されており、リーナはそこに座らされる。


「旦那様とお嬢様はお入りにならないのですか?」


「あぁ。カリミナだけだよ。よろしく頼むよ」


「は、はい」


リーナは黙々と絵を描いていく。

その画力は、プロの画家よりかは劣るが、それでもプロの画家に負けないほどのものがある。これも、死なぬように身につけたスキルの1つだ。

森を背景にしたカリミナだけではつまらないと思い、リーナはカリミナが身につけているドレスのように、真っ赤な薔薇を背景に描いた。


「ほう。さすが、プロだね」


「私はそのようなものではありませんよ」


リーナは難なく絵を描きあげた。


「私にも見せてくださる?」


カリミナがリーナの横から顔を出し、自分の描かれた絵を見る。


「まぁ。本当上手、本物より美しいのではないですか?」


「そんな、私の絵より、奥様のほうがお綺麗です」


「うふふ。ありがとう」


それからも、リーナは度々絵を描くようになる。いろんな絵だ。記憶力には自信があるので、何気ない日常風景を絵に描いてみたりした。その度に、この家族は喜んでくれた。

リーナはそれが、段々嬉しくなっていく。




リーナが皿洗いをしていると、カリミナが厨房へと入ってくる。


「奥様、いかがいたしましたか?」


「たまにはお手伝いしようと思ってね」


カリミナの服装は、いつものような簡単なドレスではなく、既に寝に入るパジャマのような服装をしていた。ダサいチェック柄だ。


「いえ、奥様の手を煩わせるわけには」


「私が手伝いたいだけよ」


そう言うと、カリミナは水の中に入った皿に手を入れようとする。


「でしたら!……皿を拭いていただけると助かります」


リーナは折れた。この3年間、この家族のことはよくわかっていた。本物のお人好し、やると言ったことは、意地でも手伝おうとしてくるのだ。

さらには、確実に出来る範囲のことをやろうとするので、断りにくい。

ならば、と難しすぎず、メイドとしての仕事を全うできるよう、代わりの仕事を任せるようになった。


「ふふ、わかったわ。ありがとう」


リーナから皿拭きを受け取り、1枚1枚を丁寧に拭いていく。


「最近、元気がないようね」


黙々と皿を磨いているカリミナが、唐突にそう言ってきた。


「そのように見えますか?申し訳ありません」


「謝らなくてもいいのよ。悩み事があるなら、聞くわ」


「いえ、何も」


「そう……何かあったら、言ってね。私たちは家族なんだから」


「家族……」


「そうよ。家族よ」


リーナはパリン、と洗っていた皿を落として割ってしまう。


「まぁ!大変!」


「あぁ!申し訳ありません!すぐに片付けますので」


「ダメよ。指を切ってしまうかもしれないわ。こういうのは男の仕事なのよ。ティッキー!来て頂戴!」


カリミナが大きな声でそう叫ぶと、すぐにティッキーの声が聞こえてくる。ドタドタと急いで来たようだ。


「どうしたー!ブラックローチでも出たか!」


「いえ、お皿が割れてしまってね。片付けてほしいの」


「申し訳ありません!」


リーナはすぐに謝った。

ここに来てから、失敗なども一度もなかった。その積み重ねが、今になって崩れる。


「リーナが割ったのか」


ティッキーはそう言ってリーナへと手を伸ばす。リーナはその行動に覚えがあった。今まで仕えてきた貴族の家では、失敗をするといつもぶたれた。ここでも、とうとうぶたれしまうと思ったのだ。


「リーナ、怪我はないか?」


ティッキーの伸びた手は、リーナの手を握り、それをみている。


「よかった。血は出ていないみたいだね」


「でも指がボロボロね。力仕事とかもこなしていたのね」


カリミナも一緒になってリーナの指を見ていた。


「え、あ。まぁ、はい」


「じゃ、僕は皿を片付けちゃうよ。残ってるのもあと数枚だし、あとは僕がやっちゃうね」


「ですが旦那様」


「任せていいのよ。リーナはこっちにきて」


リーナはそのままカリミナへ手を引かれていってしまう。

ティッキーは割れた皿を片付けると、せっせと残った皿を洗っていた。


「はい。これ」


リーナはなぜかティッキーとカリミナが使っている部屋に連れていかれた。

そこで手渡されたのは、クリームだ。


「これは?」


「クリームよ。女性は身だしなみを気にしなきゃいけないわ。リーナの手が荒れてしまっているから、あげるわ。私のお古だけど、ごめんなさいね?」


「いえ、その、これは」


「あげるのよ。是非使って頂戴」


「いえ、その……使い方が……」


殺しや略奪を行なってきたリーナが、身だしなみを気にしたこともなく、初めて見るクリームの使い方がわからなかった。


「あら、うふふ。こうやって使うのよ」


カリミナは人差し指にクリームをつけると、それを手のひらで広げ、リーナの手を握り、塗ってあげた。


「こうやって、手全体に広げるのよ」


初めてのクリームは、とても暖かかった。カリミナがマッサージをするようにリーナの手を揉む。


「ありがとうございます」


「また何かわからないことがあったら、聞いてね?」


「はい」


「ん?リーナじゃないか。どうしたんだい?」


ティッキーが戻ってくる。

カリミナがクリームや身だしなみの話をして、ティッキーはそれを頷きながら聞いていた。


「リーナは可愛いからね。それを活かさないのは勿体無いよ」


「可愛い、ですか」


「あぁ、可愛いとも」


「あらティッキー?浮気かしら?」


「はっはっは!カリミナが一番に決まっているだろう?」


「うふふ、ありがと」


その会話を見聞きし、リーナは思う。


(あぁ、この一家は、本当に優しいのだな)


その後、自分の部屋に戻り、今まで任務で仕えてきた貴族、生きるために従ってきたもの達を思い出していた。

理不尽な暴力、心のない扱い、弄ばれた体、その全てが、この家ではなかった。


(こんな生き方も、あるんだ)


リーナの気持ちが揺らぎ始めたのは、この家に仕え始めてから、3年が経った頃だった。





リーナは拷問部屋にある器具を確認し、整備をしてから、部屋に戻ろうとしていた。

部屋に戻る途中、庭に人影をみかける。


(同業?)


と思ったが、その影は自分の主人、ティッキーだった。イスとテーブルを出し、コーヒーを飲んでいる。リーナが準備をしていないということは、全て自分で用意したものだろう。

時間は深夜2時ほどだ。


「旦那様、何をしておられるのですか?」


「あぁ、リーナか、月を見ていたんだ」


空には青い月が昇っている。ティッキーはそれを見ながらコーヒーを嗜んでいた。


「仕事は順調かい?」


「はい。掃除も洗濯もお料理も、全て順調です」


リーナは部屋に戻ることなく、主人のそばへ仕える。

ティッキーはコーヒーを一口啜り、口を開いた。


「メイドの仕事じゃなくて、本当の仕事の方さ。僕たちを殺す仕事」


その言葉に、リーナは驚きを隠せなかった。

月に照らされたティッキーの鋭い目が、リーナを見つめている。

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