森の洋館3/5
リーナは窓を開け、烏の足から手紙を抜き取り、その中を見る。手紙には鍵がついていた。
『屋敷の中に隠し部屋を作ってある。
この手紙にはその場所と、鍵を入れておく
任務期間の2年延長。それと同じく、任務完了も2年後を目安とする。
追加任務
ティッキー・アン・ボーディッヒの私情調査
・親亜人家になった経緯
・次期国王を支持する意思を持っているかーー
以上を報告すること』
リーナはその手紙に目を通し、隠し部屋の位置、新たに与えられた任務を一瞬で暗記し、その手紙を燃やした。
その手紙を見たからといって、特に何が変わるわけでもない。
メイド服に着替え、仕事をするだけだ。
★
そしてその夜、リーナは蝋燭を持って屋敷の中を歩いていた。メイド服を着て、蝋燭を持ち屋敷を歩く姿は、ごくごく自然に見えた。
だが、リーナは足音を立てないような歩き方をしている。服の擦れる音や、蝋燭が揺れる音さえも出ないように歩いている。
その目は本業の暗殺者としての目をしていた。
リーナは、今朝見た隠し部屋への行き方を思い出し、そこへ向かっていた。
手紙の内容にしたがって、花瓶を捻る。
すると、壁が、音も立てずにゆっくりとスライドし、地下へと通じる階段が現れた。
リーナはその階段を静かに降り、鉄の扉に鍵を挿し入れ、開けた。
(拷問部屋)
リーナは扉の中にあるものを見て、すぐにどのような用途で使われるかを確信した。新たに追加された任務は、ここを使えということだろう。
リーナは扉を閉め、器具のいくらかを持ち、自分の部屋に戻っていく。
★
「リーナは、絵を描けるかい?」
「はい。多少は心得ています」
「そうか、なら、カリミナを描いてはくれないだろうか」
「はい。構いませんが」
「あぁ、ありがとう!こっちだ」
リーナはティッキーに手を引かれ、庭へと連れていかれる。そこには既にカリミナとクルミカがいた
画材と椅子も用意されており、リーナはそこに座らされる。
「旦那様とお嬢様はお入りにならないのですか?」
「あぁ。カリミナだけだよ。よろしく頼むよ」
「は、はい」
リーナは黙々と絵を描いていく。
その画力は、プロの画家よりかは劣るが、それでもプロの画家に負けないほどのものがある。これも、死なぬように身につけたスキルの1つだ。
森を背景にしたカリミナだけではつまらないと思い、リーナはカリミナが身につけているドレスのように、真っ赤な薔薇を背景に描いた。
「ほう。さすが、プロだね」
「私はそのようなものではありませんよ」
リーナは難なく絵を描きあげた。
「私にも見せてくださる?」
カリミナがリーナの横から顔を出し、自分の描かれた絵を見る。
「まぁ。本当上手、本物より美しいのではないですか?」
「そんな、私の絵より、奥様のほうがお綺麗です」
「うふふ。ありがとう」
それからも、リーナは度々絵を描くようになる。いろんな絵だ。記憶力には自信があるので、何気ない日常風景を絵に描いてみたりした。その度に、この家族は喜んでくれた。
リーナはそれが、段々嬉しくなっていく。
★
リーナが皿洗いをしていると、カリミナが厨房へと入ってくる。
「奥様、いかがいたしましたか?」
「たまにはお手伝いしようと思ってね」
カリミナの服装は、いつものような簡単なドレスではなく、既に寝に入るパジャマのような服装をしていた。ダサいチェック柄だ。
「いえ、奥様の手を煩わせるわけには」
「私が手伝いたいだけよ」
そう言うと、カリミナは水の中に入った皿に手を入れようとする。
「でしたら!……皿を拭いていただけると助かります」
リーナは折れた。この3年間、この家族のことはよくわかっていた。本物のお人好し、やると言ったことは、意地でも手伝おうとしてくるのだ。
さらには、確実に出来る範囲のことをやろうとするので、断りにくい。
ならば、と難しすぎず、メイドとしての仕事を全うできるよう、代わりの仕事を任せるようになった。
「ふふ、わかったわ。ありがとう」
リーナから皿拭きを受け取り、1枚1枚を丁寧に拭いていく。
「最近、元気がないようね」
黙々と皿を磨いているカリミナが、唐突にそう言ってきた。
「そのように見えますか?申し訳ありません」
「謝らなくてもいいのよ。悩み事があるなら、聞くわ」
「いえ、何も」
「そう……何かあったら、言ってね。私たちは家族なんだから」
「家族……」
「そうよ。家族よ」
リーナはパリン、と洗っていた皿を落として割ってしまう。
「まぁ!大変!」
「あぁ!申し訳ありません!すぐに片付けますので」
「ダメよ。指を切ってしまうかもしれないわ。こういうのは男の仕事なのよ。ティッキー!来て頂戴!」
カリミナが大きな声でそう叫ぶと、すぐにティッキーの声が聞こえてくる。ドタドタと急いで来たようだ。
「どうしたー!ブラックローチでも出たか!」
「いえ、お皿が割れてしまってね。片付けてほしいの」
「申し訳ありません!」
リーナはすぐに謝った。
ここに来てから、失敗なども一度もなかった。その積み重ねが、今になって崩れる。
「リーナが割ったのか」
ティッキーはそう言ってリーナへと手を伸ばす。リーナはその行動に覚えがあった。今まで仕えてきた貴族の家では、失敗をするといつもぶたれた。ここでも、とうとうぶたれしまうと思ったのだ。
「リーナ、怪我はないか?」
ティッキーの伸びた手は、リーナの手を握り、それをみている。
「よかった。血は出ていないみたいだね」
「でも指がボロボロね。力仕事とかもこなしていたのね」
カリミナも一緒になってリーナの指を見ていた。
「え、あ。まぁ、はい」
「じゃ、僕は皿を片付けちゃうよ。残ってるのもあと数枚だし、あとは僕がやっちゃうね」
「ですが旦那様」
「任せていいのよ。リーナはこっちにきて」
リーナはそのままカリミナへ手を引かれていってしまう。
ティッキーは割れた皿を片付けると、せっせと残った皿を洗っていた。
「はい。これ」
リーナはなぜかティッキーとカリミナが使っている部屋に連れていかれた。
そこで手渡されたのは、クリームだ。
「これは?」
「クリームよ。女性は身だしなみを気にしなきゃいけないわ。リーナの手が荒れてしまっているから、あげるわ。私のお古だけど、ごめんなさいね?」
「いえ、その、これは」
「あげるのよ。是非使って頂戴」
「いえ、その……使い方が……」
殺しや略奪を行なってきたリーナが、身だしなみを気にしたこともなく、初めて見るクリームの使い方がわからなかった。
「あら、うふふ。こうやって使うのよ」
カリミナは人差し指にクリームをつけると、それを手のひらで広げ、リーナの手を握り、塗ってあげた。
「こうやって、手全体に広げるのよ」
初めてのクリームは、とても暖かかった。カリミナがマッサージをするようにリーナの手を揉む。
「ありがとうございます」
「また何かわからないことがあったら、聞いてね?」
「はい」
「ん?リーナじゃないか。どうしたんだい?」
ティッキーが戻ってくる。
カリミナがクリームや身だしなみの話をして、ティッキーはそれを頷きながら聞いていた。
「リーナは可愛いからね。それを活かさないのは勿体無いよ」
「可愛い、ですか」
「あぁ、可愛いとも」
「あらティッキー?浮気かしら?」
「はっはっは!カリミナが一番に決まっているだろう?」
「うふふ、ありがと」
その会話を見聞きし、リーナは思う。
(あぁ、この一家は、本当に優しいのだな)
その後、自分の部屋に戻り、今まで任務で仕えてきた貴族、生きるために従ってきたもの達を思い出していた。
理不尽な暴力、心のない扱い、弄ばれた体、その全てが、この家ではなかった。
(こんな生き方も、あるんだ)
リーナの気持ちが揺らぎ始めたのは、この家に仕え始めてから、3年が経った頃だった。
★
リーナは拷問部屋にある器具を確認し、整備をしてから、部屋に戻ろうとしていた。
部屋に戻る途中、庭に人影をみかける。
(同業?)
と思ったが、その影は自分の主人、ティッキーだった。イスとテーブルを出し、コーヒーを飲んでいる。リーナが準備をしていないということは、全て自分で用意したものだろう。
時間は深夜2時ほどだ。
「旦那様、何をしておられるのですか?」
「あぁ、リーナか、月を見ていたんだ」
空には青い月が昇っている。ティッキーはそれを見ながらコーヒーを嗜んでいた。
「仕事は順調かい?」
「はい。掃除も洗濯もお料理も、全て順調です」
リーナは部屋に戻ることなく、主人のそばへ仕える。
ティッキーはコーヒーを一口啜り、口を開いた。
「メイドの仕事じゃなくて、本当の仕事の方さ。僕たちを殺す仕事」
その言葉に、リーナは驚きを隠せなかった。
月に照らされたティッキーの鋭い目が、リーナを見つめている。
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