森の洋館2/5

街で買い物を済ませた後、屋敷に戻ってきたリーナ達は、パーティの準備を進めることになった。


「豪華にしようとしなくて大丈夫だからね!

食べられない量作らなくていい、捨てるのは勿体無いからね!」


「かしこまりました」


「じゃ、僕たちは飾り付けをするから、料理は任せるね」


「かしこまりました」


リーナは食堂から出て行くティッキーを見送った。


(さて……)


自分の主人はあぁ言ってはいたが、きっと要求しているものは豪華な料理だろう。いままでリーナが仕えてきた貴族はみんなそうだった。何かと言っては文句をつけ、すぐに逆上して暴力を振るってくる。

それに耐えられないリーナではなかったが、できればそんな手間はとりたくはなかった。


リーナはティッキーの言いつけを守らず、多めに料理を作った。3人分ではなく、6人分、2倍の量を作った。


「ん〜いい匂いだ〜」


そう言いながら、ティッキーが厨房へと入ってきた。


「旦那様、丁度お料理が完成いたしました」


「そうか!それなら、温かいうちに食べよう!飾り付けも少し前に終わったんだ。リーナ、料理を運んでおくれ」


「かしこまりました」


リーナは料理をワゴンに乗せ、食堂へと向かう。


食堂は、料理する前よりも、少々煌びやかになっていた。真っ赤なテーブルクロスが敷かれ、壁や柱には、キラキラした紐のようなものが巻きつけられている。


「お待たせいたしました」


「おぉー!待っていたよ!」


ティッキーはそう言ってリーナを歓迎した。

リーナがテーブルへ料理を運んでいると、


「ははは、やっぱり多めに作っちゃったか」


「申し訳ありません」


ティッキーのさっきの言葉は、本当に量を作らなくていいとのことだったのだ。


「いや、謝らなくていいよ。食材に感謝して、残さず食べればいいんだ。じゃ、みんなグラスを持って」


リーナは、3人が持つグラスへ飲み物を入れると、数歩下がって後ろで立っていた。


「ん?ほら、リーナもグラスを持って」


ティッキーがリーナにグラスを握らせ、その中にジュースを入れる。

リーナは主人に酌をされたことに驚きつつも、注いでもらったものを落とさぬよう、グラスを持つ。


「それでは!引越しと、リーナが我が家へ来てくれたことを祝って、乾杯!」


「かんぱい!」


「乾杯」


「……」


リーナは、ティッキー達がグラスを当てて飲んでいるのを、何もわからず遠目で見ている。


(バカみたい)


リーナが思ったのはそれだけだ。

これから死ぬというのに、ここまでのお人好し、自分を殺す私まで歓迎するなんて、と


「さぁ、食事にしようか」


リーナは大皿から小皿へ料理をよそい、3人の目の前へ並べる。


「リーナも同じ机で食べよう」


「私は後ほど食べますので」


「今日から一緒に暮らすんだ。食事は仕事を忘れてみんなで団欒しよう。さぁ、席について」


めんどくさく思いながらも、それを顔に出さず、リーナは席に着き、一緒に食事をとることにした。何気なく食べ進めていると。


「リーナ、これは僕たちから君への贈り物だ」


ティッキーから渡されたのは、小さな小包


「これは?」


「開けてみて!」


クルミカが笑顔で小包を勧めた。リーナはまた顔に出さず、小包を開いた。

その中には、紫色の花が可愛らしい小さな髪飾りが入っていた。


「私が選んだんだよ!」


「色は私が選ばせてもらいました」


クルミカは元気に、カリミナは優しく微笑みながらそう言った。


「今日から僕たちのために働いてくれるからね。これは僕らからの贈り物だ」


リーナは、初めてのことにどうすればいいかわからなかった。

奪うことは産まれた頃からずっとしてきた。が、人から何かを贈られるのは初めてだったのだ。嬉しさなどない。あるのは戸惑いだけ


「あ、ありがとうございます」


「はっはっは!今日からよろしく頼むよ!」


団欒ということで、その日は互いの自己紹介をした。なんの仕事をしていたか、どんな休日を送っていたか、好きなものはなんなのか、という話をする。

ティッキーとカリミナの話は、全て情報屋から仕入れた資料に書かれていたもので、改めて確認することになった。

リーナの話は、全てが作り話。

その話にティッキーとカリミナは優しく相槌や質問をする。

本当のことは全て伏せた。


食事が終わり、リーナは小皿を洗っていた。

4枚だけだ。

ティッキーが最後まで頑張っていたが、リーナの作った食事は食べきることができず「捨てるのは勿体無いからね。明日の朝ごはんにしよう」と残されることとなった。


(はぁ……疲れた)


リーナは大皿に入った料理を、ゴミ箱へ入れた。





翌朝、リーナは食事の支度をするため、朝早くに起きた。

部屋の窓を、黒い烏がコツコツと嘴で突っついていた。手紙だ。


リーナは、烏の足についている手紙を抜き取り、飛ばした。

手紙の内容は、この任務の期間の話だった。


短くて2年、長くても5年はこの家に留まることになる。

早まる時はまた烏を飛ばすか、知らせる。


リーナはそう書かれている手紙を炎魔法で灰にし、メイド服へと着替え、厨房へと向かった。


食事の準備を整え、昨晩、主人に言いつけられた時間に部屋まで起こしにいく。


コンコンとドアをノックし


「旦那様、おはようございます。食事の用意が整いました」


パタパタと音がして、扉が開く

部屋の中からは、青と白のチェックのパジャマを着たティッキーが出てくる。

正直に言ってダサい。

カリミナも同じようなパジャマを着ていた。


「おはようリーナ、すぐに向かうよ」


ティッキー達はすぐに簡単な服へ着替え、食堂へ向かい、席に着く。


「あれ?昨日の残り物と違うようだけど?」


「昨晩のお料理は捨てさせていただきました。ご主人様達に残り物を食べさせるなど、あってはならないことです」


「……リーナの言い分もわかるけど、うん。わかった。今日からは少なくしてくれていいからね」


「かしこまりました」


そう言うと、ティッキーが微笑みながら着席を促す。リーナはそれに応え、昨日と同じように食事を共にし、食事の時間は終わった。


各部屋の掃除を終わらせ、庭の手入れをしていると、革鎧に身を包み、剣を携えたティッキーが出てきた。


「旦那様っ、どこへ行かれるのですか?」


「薪を拾いにね。ほら、この家は基本自給自足になっちゃうから」


ティッキーの言う通り、この家は基本的に自給自足だ。元々あった家具をここへ運び込み、お金も残っている資産のみ、薪なども余裕はあるが、無限ではない。


「それでしたら私が」


「いや、リーナには家の仕事をしながら、カリミナやクルミカを守ってほしい」


その目はしっかりとした鋭い目、戦士としてのそれだった。


「これでも剣の心得はあるんだ。ここらへんのモンスターなら問題ないさ」


ティッキーはそう言って笑う。

そんなこと、リーナはもう知っている。

ティッキーの剣の腕は並ではない。

そこいらにいる下手な兵士よりは強いのだ。

冒険者登録はしていないが、ランクに直すとしたら、その腕前はBランクに相当するほどだろう。


「かしこまりました。必ず奥様とお嬢様はお守りいたします」


「うん!よろしく頼むよ」


リーナはティッキーを見送った。リーナだけでなく、カリミナやクルミカも、その後ろ姿を見送っていた。


その後、特に目立ったことも起こらず、ティッキーも無事に薪を2束持ち帰ってきた。


時は過ぎ、リーナがこの家に仕えて2年が経った頃、黒い烏が朝から窓をコツコツと嘴で突っついていた。

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