森の洋館1/5
少女は、産まれた頃より1人だった。
生きるために、できることはなんでもした。
盗みも、殺しも、死なないためならば、命乞いをするし、体だって思うがままに差し出した。
いつしか彼女は、一流の殺し屋になっていた。
そんな彼女を拾ったのは、暗殺者集団だった。王家の人間や、邪魔な権力者、国に反発する街の人間など、依頼された者を誰でも殺す集団。
彼女はそこで殺しの技術をさらに磨き、暗殺をこなしてきた。
★
「これが次のターゲットだ」
「……」
「後々重要になる人間だ。長期の任務になるが、大丈夫か?」
「構いません」
彼女の次の殺しのターゲットは、裕福な貴族の一家だった。当然、男と女、少女すらも彼女は殺したことがある。殺すことに対しての心配は何もない。
今回の彼女の任務は、この一家のメイドとして、合図が出るまで働き、合図が出たら殺すという内容だった。
「合図は?」
「それはこちらから出す。恐らく、短くとも2年か3年はメイドとして働いてもらうことになるだろう。大丈夫か?」
「どうせ殺すんでしょう?それが早いか遅いかの違いだけです」
「そうか、それじゃ、メイドとして働いてもらうのは来週からだ。それまではのんびりしてな」
「かしこまりました」
彼女はその部屋を出て、自分の家へと帰る。
家と言っても、板を4枚周りに置いただけの、物置のような部屋だ。
「来週から、か」
床に敷かれただけの布の上で仕事のことを考える。
もしもいけ好かない貴族だったら、合図を待たずして殺してしまうかもしれない。だが、彼女のこれまでの経験から、忍耐力はあると自負している。体を無理矢理弄ばれても、体に刃物を入れられても、それが死ぬほどのことでなければ、耐えられる自信はある。
仕事が始まるまでの1週間、彼女が休むことはなかった。自分のスキルを磨き、次の仕事の情報も集めた。
「聖国の有力貴族、か」
彼女は全ての伝手を使い、その貴族についての情報を集めた。
手に入った情報は、全て良いものばかりだった。汚職もなく、領民からは支持され、人当たりも良いらしい。そんな人当たりの良さから目をつけられ、来週から辺境の土地へ飛ばされることとなったらしい。
「綺麗な人間ね」
彼女は調べてもらった資料を手にしながら、不機嫌な顔をした。
こういった良い情報の人間ほど、歪んだものが多い。彼女はそれを身を以て経験しているからだ。これだけの情報があれば、どんな人間かはわかる。
「はぁ、めんどくさいな」
メイドとしての仕事はしたことがある。
朝の食事の用意から夜の世話まで、全てのことをこなせる。
仕事の内容としては、心配ごとがない。
彼女は、仕事の始まるその時まで、己が鈍らぬよう、鍛錬をした。
★
「初めまして、本日からボーディッヒ様たちへ仕えることとなりました、リーナと申します」
リーナという名は、当然偽名だ。
リーナはスカートの裾を摘み、優雅に礼の姿勢をとる。体に染み付いた動きだ。
「はっはっは。こんな何もないところで一緒に生活することになってしまうが、よろしく頼むよ!」
客間で互いに自己紹介をした。
大きな声で笑うこの男が、新しい主人になるティッキー・アン・ボーディッヒという男だ。顔色が良く、お腹が出ている。
「初めまして、ティッキーの妻のカリミナよ。こっちは娘のクルミナ」
「は、初めまして」
綺麗なドレスを身に纏った女性と、白いワンピースがよく似合う少女が挨拶をする。
リーナは、夫人と少女にも礼をする。
「さて、挨拶も済んだことだし、さっそく仕事に入ろう、といっても、仕事なんてないんだがな!はっはっは!」
有力貴族として聖国で働いていたが、ここへ飛ばされる時、仕事の全てを他へ引き継いだらしい。ここで与えられた屋敷でのんびり暮らすのが、一家にとっての仕事だ。
「それでは、私は各お部屋のお掃除をします」
「いや、それはいい!どうせ使う部屋なんてせいぜい2部屋だけだ!」
「ですが」
「今日はリーナの歓迎会を開こう!食材はある。突然で申し訳ないが、今日は初日だ!気兼ねなく話し合おうではないか!」
荷物を部屋におろしたら、下のロビーへ集まることとなった。リーナは
(疲れそうな人だな……)
と思いながらも、荷物を部屋に置いた。
荷物といっても、これといって大したものは入っていない。
替えのメイド服が4着に、下着類のみだ。
暗器などの武器は、全てメイド服の中へ紛れ込むように備えてある。
荷物を部屋に置き、ロビーへと向かうと、すでに一家が集まっていた。
リーナは、部屋に荷物を置いてきなさいと言われて、真っ直ぐ与えられた部屋へ向かい、荷物を置いてすぐにロビーに向かったのだが、彼らのほうが早かったのだ。
「お、お待たせてしまい、申し訳ありません!」
リーナはすぐに頭を深々と下げた。主人よりも遅く来るなど、メイドの自分にはありえないことだ。
「気にしなくていいよ。そういえば私たちは荷物がなくてな、全てここへ運び込まれていて、私たちは着の身着のままここへ来たんだったよ」
その一家は笑顔でそう言った。怒った様子もなかった。
「よし、それでは街まで必要なものを買いに行こうじゃないか!」
「街へ?食材はあるのではないのでしょうか?」
「はっはっは!今日はパーティをするからな!さ、行こう!」
リーナはクルミナに手を引かれ、馬車へと乗り込む。この時、リーナは思った。
(はぁ、全く。今回の任務はめんどくさそうだ……)
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