骸骨は驚愕する
扉がゆっくりと開き、俺の
部屋の中には、刃物や、何に使うかわからない代物ばかりが並んでいる。
「拷問部屋……ですかね」
「拷問か」
言われてみれば、拷問用の器具が色々と並んでいるようだ。
だが、部屋中からは血の匂いもせず、床も磨かれているのか、微かに光沢を放っていた。
「人の気配はしない。見て回ろう」
「はい」
俺たちは離れすぎないように注意し、部屋の中を見て回る。
ノコギリや、棘のついた紐、棘のついた座椅子などがあるが、そのどれもは使われてないのか、血の汚れなどはついていなかった。
(汚れどころか、埃すら被っていないな)
俺は、棚や机などを指で擦ってみる。
手入れが行き届いているかのように、埃など微塵もなかった。
「ムルト様!こっちです!」
「どうした?!」
俺はすぐにハルカの元へと向かう。
そこには、何者かの死体があった。
死体、と言っても腐ってる訳でも、傷があるわけでもない。それは、綺麗な白骨死体。
それが3体、違う風貌で綺麗な椅子に座らされている。
左に座っている骸骨は、真っ赤なドレスを着て、指輪やネックレスをしている。
真ん中は仕立てのいいタキシードに身を包み、大きなブローチをつけている。
そして右に座っているのは、他の2体に対して、体の小さなものだった。白いドレスを着て、頭には小さなティアラをしている。
俺はこの3体の服装に見覚えがあった。
(食堂にいた3人か)
俺の記憶に自信は持てないが、真ん中の男の服装はつい昨晩見たばかりだ。間違えるはずはない。
「この死体は、なんでしょうか」
「夫婦とその娘のものだろう。ここの家主だ」
「ムルト様が持っている鍵は確か」
「あぁ。この男にもらったものだ」
俺は目の前の男を見る。確かに死んでいる。
どうりで、この洋館に人間の気配がしないわけだ。どう見てもアンデッドではない。
昨日見た男は確かに生者に見えた。
「綺麗、ですね」
ハルカがそんなことを言った。
「あぁ。そうだな」
死してもなお、その存在感は消えることはない。着ているものもそうだが、何より、体が綺麗だ。床には腐敗した跡もなければ、骨に余計なものがついていない。その白さは、今まさに、先ほどまで磨かれていたと言われても信じてしまうほどの美しさをしていた。
「きっと、これを俺に見せたかったのだろう」
「これ、ですか?」
「生者だと思えたのは、きっと俺が同じ死者だったからだろう」
俺がこの3人を見れたこと、ハルカが見えていなかったこと、それが生者と死者の違いだ。俺は死者だからこそ、同じ死者だったこの3人を認識することができていたのだろう。
『そこに、あなたの求めるものがあるでしょう』
昨晩男が言っていたのはきっとこれだ。
俺が求めているのは、新しい骨だ。それが、目の前に3体ある。
俺はハルカのアイテムボックスから脊椎を出し、頭と合わせる。
「ムルト様?」
「ありがたく使わせていただこう」
丁寧にタキシードとシャツ、ズボンを脱がす。
服の下も綺麗に磨かれていた。
1本1本、昨日の男を思い出しながら骨をはめていく。
なぜこの3人が死んでいるかはわからない。が、悪い人物ではないことはわかっている。
この3人が何に巻き込まれたのか、なぜこんなことになっているのか、俺が知ることはないだろう。
だがこの3人がひっそりとここにいた。俺は今それを壊そうとしているのだ。今抱いている気持ちはわからない。俺は感謝することしかできなかった。
「よし」
組み立てていたスケルトンを戻し、体の調子を確かめる。骨をはめていったそばから、骨の色は変わっていた。綺麗な白骨から、俺の頭蓋骨と同じ、クリーム色に。
「問題はないようだ」
俺は、ハルカのローブを羽織り、月欠と宵闇、2本の短剣、ブーツ、ボロボロになってしまった手袋、月のペンダントを首にかけ、最後に、月の描かれた仮面をかぶる。
「よかったですね。ムルト様」
「あぁ。さて」
俺は椅子に座る2体を見た。
父親の体をもらってしまった。3人の平穏を壊してしまったのだ。
「この2体も、連れて行こうと思うのだが、いいか?」
「はい!ムルト様がそう仰るのであれば!」
ハルカは快い返事をしてくれた。
俺はこの2体も旅に連れて行こうと思ったのだ。無論、ハルカのアイテムボックスの中に入れることにはなる。だからハルカに聞いたのだ。
「ありがとう、ハルカ」
「いえいえ」
俺は残りの2体を服を着せたまま、ハルカのアイテムボックスの中へと入れた。使うことも脱がせることもない。頭蓋骨と脊椎だけになってしまった父親も、その中へと入れた
「行こう」
「はい!」
俺たちは地下室を後にして、ロビーに戻ることにした。
「む?」
地下室に向かう階段から、外へ出る扉が、歪んでいた。蝶番は外れ、傾いてしまっている。
「ハルカは力が強いのだな」
「はい?」
「ほら、鉄でできた扉が歪んでいるだろう?」
「いえ、あの扉は元々あぁでした」
「む?」
噛み合わない会話をしながら、ロビーへと出た。
「なんだ……これは」
俺は驚きを隠せず、愕然とした。
昨日までの煌びやかな洋館とはあまりにも変わってしまっていたのだ。
白い壁紙は剥がれ落ち、支柱や壁にヒビが入っている。天井に穴が空き、赤いカーペットはぐちゃぐちゃに荒れ、階段には穴がいくつも空いており、手すりも壊れていた。
「ムルト様にもわかりますか?ずっとおかしかったんですよ?昨日はこれを見て綺麗綺麗って」
信じられない。一日で、いや、あの地下室を見ていた時間でこんなになるとは思えない。
数時間なんてものじゃない、数年、数十年は経っていると思えるほどの劣化具合だ。
俺は階段を駆け上がり、あの美しき絵画を見た。が、そこに美しい絵画はなかった。顔や体には虫食いの穴が空いている。
その不気味な絵からは、なんとも言えぬ迫力がある。
「ムルト様には、この絵がどのように見えていたかはわかりませんが、私が見たのはこの絵です」
俺は昨日使っていた部屋へと向かった。
扉は壊れているのか、変な音を立てながら開いた。部屋には、ボロボロになベッド、窓は割れ、カーテンは破けている。天井の角には蜘蛛の巣などがあり、穴も空いていた。
お世辞にも、綺麗だとはとても言えない。
次は食堂だ。こちらも変わらず、ボロボロ、テーブルクロスも破れ、椅子も壊れている。
少し歩けば埃が舞う。とても食事のとれるような場所ではない。
ハルカの座っていた席のみが綺麗に整えられていた。
「きっとムルト様は私とは違うものを見ていたのでしょう」
「あぁ。俺はハルカと違うものを確かに見ていた。煌びやかな家具に、綺麗な調度品、全てがこの洋館の美しさを引き立てていた」
だが今はどうだ、壊れた壁が、家具が、絵画が、全てを損なっていた。その洋館に何があったのか、何が起きたのか、なぜこうなってしまったのか、不思議とそれが不自然ではないと感じる。
俺達はこの洋館を後にすることにした。
装備の準備は大丈夫。微かにだが、MPも100を上回って回復してきている。体も馴染み、不都合がない。
俺とハルカは洋館に向き直り、手を合わせ、祈りをあげた。
家主が、メイドが安らかに眠ることを。
俺たちは洋館に背を向け歩き出す。次の目的地へと。
俺は、その時気づかなかった。
この洋館は、
白骨になった骸骨は3体。
それでは、あのメイドは?
ハルカに見え、俺にも見えた。
あの
洋館に背を向けたあの瞬間、確かにメイドは、窓からこちらを見ていた気がする。
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