骸骨と秘密の部屋

「お食事の準備ができました」


ノックの音が聞こえ、ドア越しにそう言われた。

ハルカはレヴィアと会食した時にもらったドレスを身につけている。

家主がどんな人物なのかはわからないが、失礼があってはいけないと思い、ハルカにはドレスを着てもらった。

ハルカはドレスを着ることに不満を抱いていたが、着てくれた。


メイドに食堂まで案内してもらう。

食堂もまた豪華な内装をしている。

長テーブルにはイスが5つ並べられ、3席にはすでに人が座っていた。

1階のロビーに大きな絵画が飾ってあった気品のある女性。

その夫と思われる人当たりの良さそうな男、そして、部屋で見た白いドレスを着た女の子だ。


「お待たせいたしました」


メイドがそう言うと、男は手を出しながら言った。


「やぁ、待っていたよ。そこに座るといい」


「あ、ありがとうございます」


メイドがイスを引き、ハルカが礼を言う。

静かに食事が始まる。聞こえるのは食器のカチャカチャという音だけ、ハルカは静かに料理を口へと運ぶ。


「お口には合いますかな?」


男がそう聞いてくる。


「おいしい……です」


ハルカはメイドをチラ見しつつ、食事を続けた。俺はハルカの膝に乗っかっている状態なのだが、言葉を発することはない。

共に食事をしている家主と思われる者も、一言も言葉を発することはなかった。





「ハルカは人見知りか?」


食事を終え、部屋に戻ってきていた。

結局、空いた席に座る者はいなかった。きっと、全員が食事を終えてからメイドが食事を摂るのだろう。


「どちらかというとそうだと思いますが、積極的に話しかけるようにはしてます」


「ふむ。食事中、家主たちと話さなかったのは何か理由があるのか?」


「家主、ですか?そのような人がいた気はしませんでしたが」


「む?おかしいな、共に食事をしていたと思ったが」


「ご飯を食べていたのは私だけでしたよ?隣の席に用意はされていましたが、誰も来ていませんし」


「む?そうか」


歯切れの悪い会話をしていると、ノックが聞こえる。


「入ってもよろしいでしょうか?」


メイドの声だ。ハルカがドアを開ける。


「こんばんわ。私はもう寝ますので、そのお知らせを、食堂は自由に使ってもらって構いませんし、お手洗いは部屋の中にございます。お風呂は沸かせませんのでご了承ください。お屋敷の中は自由に見て回っても構いませんので、それでは」


そう言うと、メイドは行ってしまった。


「自由に見て回っていいのか」


「そのよう、ですね」


「ハルカは見て回りたいか?」


「……いえ、私はあまり。ムルト様が行きたいと言うのであれば」


「無理はしなくていい。なら、見て回るのはやめておこう」


「はい。申し訳ありません」


「謝るほどのことではない」


どうやらハルカは気分が優れないようだ。部屋の中だというのに寝袋を出した。寒いのだろうか、ベッドは使わず、床に寝袋を広げ、その中に入る。


「申し訳ありません。今日は一緒に月を見れないです。すごく眠くて、疲れて」


「存分に休むといい。旅はまだまだ長い。休めるうちに休んでおくんだ」


「はい。ありがとうございます」


ハルカはそう言い、すぐに眠ってしまった。

時刻はどれほどだろうか。予想では、大体月が天辺に昇っている頃か。俺はスケルトンを召喚し、ランタンを抱えさせ、カーテンを開けて、外を眺める。

真っ暗な森が広がっている。遠くには湖が見えるが、それだけのようだ。


(あっちの方面は……道の途中だな)


屍人の森へ向かう途中に、あの湖には立ち寄れるかもしれない。近くで見ればもっと綺麗に見えるだろう。


(湖か、懐かしいな)


思えば、色々な体験をしてきたな、と思う。

基本的には嫌われていたが、それも良い経験になったはずだ。


(それにしても、昼間の少女はなんだったのか)


昼間、部屋に来ていた少女。

ハルカは気づかなかったようだが、それほど早い動きをしているものでもないと思うのだが、子供はすばしっこいとよく言われている。ハルカの身長からだと見えないのかもしれない。


(見えないはずもないか)


俺はそんなことを考えながら月を探す。

だが、月は見えなかった。

月の光が微かに森を照らしているので、出ているには出ているはずだ。


(自由に見て回ってもいい、か)


とりあえず、月の見えるところに行きたいと思った。こちらの部屋から見えないとなると、きっと反対側からなら見えるかもしれない。

俺はハルカのローブをスケルトンに着せ、ハルカを起こさぬよう静かに部屋を出た。


案の定、部屋を出て目の前の窓からは月の光が入ってきている。


(ふむ。良いな)


豪華な廊下から見る綺麗な月、廊下が豪華なので、そこから見る月は、なぜか心がシュッと緊張してしまう。ついでに俺は月を見ながら屋敷を見て回ろうと思った。

やはり気になるのは、ロビーにあった巨大な絵画だ。


絵画の前まで来る。


(やはり、食堂にいたあの女性だ)


絵画を見ながら、共に食事を摂っていた女性を思い出す。

絵に描かれたものと同じ真っ赤なドレスと、真っ赤な唇、爪までも赤く染めているようだ。これを書いたのは誰なのだろうか、とても素敵だ。この女性を大切にしているのが伝わってくる。


「気に入ってくれましたか?」


突然話しかけられた。全く気配がしなかったのだ。


「……」


「大丈夫ですよ。あなたのことは知っています。骸骨、ですよね?」


俺は話しかけてきた男を見る。

食堂にいた男だ。

スーツを着て、メガネをかけている。お腹が少し出ているが、太っている。というほどではない。人当たりのいいその顔は、きっと皆にモテただろう


「あ、あぁ。骸骨、だ。」


「やはりそうなのですね。あなたは死霊術師ネクロマンサーなのですか?」


「そのようなものだ」


「お顔を拝見しても?」


「構わない」


俺はローブをとり、ランタンに入った俺の顔を見せる。


「おぉ。エルダーリッチですか」


「いや、そのようなものではない」


「召喚魔法は使えるのですね。すごいと思います」


「あぁ。ありがとう」


俺の目を見て真っ直ぐに話す。返事に手や顔の動きを足して、体のせいか大きく見える。リアクションを見ていて面白いと思った。

男は少し笑うと、改めて絵画を見上げた。


「これは、僕の妻なんです」


「食堂にいた?」


「はい。美人でしょ?」


「あぁ。美しい。そして気品がある。気丈が強そうだ」


「ははは、仰る通りです。僕は妻の尻に敷かれてしまって」


笑いながら話す様は、別に怒っているようではなく、嬉しそうだった。


「これは誰が描いたものなのだ?」


「メイドですよ。すごいでしょう?」


「ほう。あの子が、うまいな」


「あの子は昔からなんでもソツなくこなす子でした。ここで働き始めてから、失敗なんて1つも……ほとんどしなかったんです。洗濯も食事も庭の手入れも掃除も、全てこなしてきました」


「すごいな」


「はい。すごいんです。ただ……」


「ただ?」


「いえ、なんでもありません。その、聞いてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「あなたは、なぜ頭だけなのでしょう?召喚ができるのであれば、頭を替えれば動けるのではないでしょうか?」


「あぁ。前は出来たのだが、なぜか今はそれが出来ない。出来たとしても、時間がくれば召喚した仲間達は消えてしまうのだ」


「そうなのですか、それではもうひとつ」


家主の男は俺に真っ直ぐ向き直り、目を見る。一呼吸置いて放たれた言葉は、俺の心に突き刺さる。


「あなたは、生者か死者か、どちらですか?どちらに、なろうとしているのですか?」


俺は固まってしまう。確かに俺は死者、アンデッドの類だ。だが、俺は人に憧れた。その生き様に、暮らしに優しさに、人になろうとしているのかもしれない。だが、人は生者、俺は死んでいる。人間になどなれないのかもしれない。

それでも俺は


「俺は……生者だ」


「自分の姿を見ても、そう言えますか?」


「言える」


俺ははっきりと告げた。


「そう、ですか……これをお渡ししましょう。きっとあなたの役に立つでしょう」


男は一本の鍵を俺に渡した。


「地下室の鍵です。そこに、あなたの求めるものがあるでしょう。あなたは未だ死者です。地下室にあるものを手に入れてから、明日の朝にここを発つといい」


「あ、あぁ。感謝する。あなたは」


俺が鍵に目を落としてる隙に、男はどこかへ行ってしまったようだ。話しかけてきた時と同じように、一切の気配や動きを感じることはできなかった。





翌朝、ハルカを連れ、地下室を探した。

メイドの姿はなくなっていた。気配も感じず、屋敷のどこにもいないようだ。


「水でも汲みにいってるのでしょうか」


「そうかもしれないな」


俺は家主にもらった鍵を握りしめ、地下室を探す。


「ムルト様、ここではないでしょうか?」


「む?ここか?」


ハルカが指をさしたのは、綺麗な壁だ。地下室があるようには見えない。


「鍵を貸してもらってもいいですか?」


俺はハルカに鍵を渡す。ハルカは壁をペタペタと触り、ガチャ、と音を鳴らす


(ハルカの手が壁にめり込んだように見えたが……)


綺麗な壁が、音を立てながら変形していく。横にスライドし、そこには、鉄製の扉があった。ハルカは鍵を使わないで、片手でそれを押しひらく。


光よライト。ハルカ、俺が先行しよう」


「はい。かしこまりました」


俺はハルカの前を横切り、先に地下へと続く階段を降りていく。

コツコツという音だけが響く。

それほど長くない階段を降りると、もうひとつ扉がある。家主に渡された鍵は、きっとここの鍵なのだろう。

鍵穴に鍵をさし、捻る。

ガチャリ、と音がなる。開いたようだ。


俺は一呼吸置き、その扉を押し開いた。

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