骸骨と謎の洋館

街道を外れ、森の中をひたすら歩く。

川や草原などはあったが、これといって絶景と言えるものはなかった。

毎晩見る月が唯一の絶景だったが、心なしか、月が悲しく見えて、素直に喜んで見ることはできなかった。


「何もありませんね」


「あぁ」


森の中を迂回しながらも、屍人の森まであと半分ほどだろうか。村も集落も見かけていないが、川が近くにあることを考えると、村があってもおかしくはない。


「ムルト様、何か見えました」


「む?俺の目線からは見えないが……何が見える?」


「赤い、屋根。でしょうか?」


ハルカは疑問を抱きながらそう答えた。

俺の目線はハルカの腰の位置なので、ハルカよりも低い場所から見ることになっている。


ハルカにその屋根がある場所に向かうよう頼み、そこへ辿り着いた。


「ほぉ。これは中々」


そこには、真っ赤な屋根が特徴的で、窓がいくつもある洋館のような建物があった。手入れがされていないのか、庭は少し散らかっているが、屋敷自体は綺麗に保たれている。


「綺麗だな」


「綺麗、ですか?」


ハルカは首を傾げて言った。

俺は、なんとなくこの洋館が気になってしまう。


「誰かいるもしれない。訪ねてみよう」


「は、はい」


いつものハルカにしては歯切れの悪い返事をし、ノッカーのついているドアへと歩く。コンコンとドアを叩く音がなったが、人の気配はしなかった。


キィ、と、ドアは音を立てながら少しだけ開く。


「鍵はかかっていませんし、誰もいないようですね」


「あぁ。捨てられているのかもな。場所が場所だ」


このような深い森の中に、こんな立派な洋館が建っていることが珍しい。川はあっても、食材などを買う店がない。きっと家主はとうにこの家を手放しているのだろう。


「入ってみますか?」


「うむ……そう、だな。誰かいたら謝罪をしよう」


「はい」


ハルカはドアを開き、洋館の中へと入る。

洋館の中は、外観に負けず劣らずの中々の出来だった。クリーム色の壁は、壁に立てかけられている絵画達を損なわないような色使いをされているし、高い天井は開放感を感じる。両端から二階へと繋がる階段には、赤いカーペットのようなものが敷かれていて、燭台と騎士の鎧が並び、豪壮な雰囲気を醸し出している。


「見事だな」


「そう、ですね」


そして何より、階段を登った先には、美しい貴婦人の絵画が飾られている。その大きさは壁の半分ほどもあると思われるほど大きい。


ハルカはなぜか階段の端を登った。

誰もいなければ、今階段を使っているのはハルカだけだ。きっと、他人の家の調度品を踏むのに気が引けたのだろう


「これを見てどう思う」


俺は目の前の貴婦人の絵画を見ながらハルカへ聞いた。


「そう、ですね……迫力があります」


貴婦人の絵画は、バラ園を背にし、片手にはワイン、もう片手は膝に乗せている絵だ。確かに、真っ赤なバラが緻密に描かれており、迫力がある。


「ふむ。これは中々いいものだな」


「はい……その、ムルト様はこの洋館がどのように」


「ようこそいらっしゃいました。お客様」


ハルカが俺に何やら言おうとした時、違う何者かの声がした。

声のした方を見ると、黒と白のドレスのような服に身を包んだ女性が立っていた。


「メイドさんですね」


「やはり人がいたのか」


俺とハルカはひそひそと喋る。


「すいません。勝手に入ってしまって……すぐに出ていきますので」


「遠慮することはございません。旦那様もお喜びになります。お二人ともどうぞこちらへ、お部屋へご案内致します」


「えっ?」


「どうかいたしましたか?」


「あ、いえ、何も」


ハルカが俺をチラリと見る。

何か引っかかっているようだが、何がおかしいのだろうか?


メイドの後をついて屋敷の中を歩く。廊下にある家具や、花瓶に入っている花も豪華なもので、俺の見たことのないものばかりだった。


「珍しいですか?」


メイドが言葉を発した。


「そう、ですね」


俺は喋らないようにしているので、ハルカが答える。

ハルカもキョロキョロと、廊下に並ぶ豪華な家具などを見ているようだ。


「お客様は皆、あなた様達のように驚きますよ。どうぞ、ごゆっくりご覧ください」


俺とハルカは家具を見ながらメイドの後をついていった。長い廊下を曲がり、手前から2番目の部屋に通される。


「本日はこちらをお使いください。一番綺麗なお部屋になっております」


ドアを開け、俺たちは中へ通された。

部屋の中も、屋敷と同じように豪華なものばかりだ。赤い革が張られたソファーに、煌びやかな絵画。タンスや机も備え付けられており、大きな窓もある。端にはカーテンが纏められており、部屋には大人3人が寝っ転がれるような大きなベッドがあった。


「ここが、一番……」


「はい。申し訳ありませんが、ここ以外の部屋ですと恐らく……」


「はい。大丈夫です。ありがとうござます」


「はい。それでは、お食事の準備が整いましたら、お呼びいたします」


「食事まで、いいんですか?」


「はい。きっと満足できるようなものをご用意できると思いますので、安心してください。それと、旦那様と奥様と、お嬢様もご一緒してもよろしいでしょうか?」


ハルカはその問いにはすぐに答えず、俺のランタンをコンコンと叩く。俺はそれに対し、カタ、と音を立てて返事をする。

これはハルカと決めたことで、基本的に人との受け答えはハルカに一任しているのだが、このように俺の指示を仰ぐ時がある。

ハルカが2回ランタンを叩き、俺は顎の音を鳴らす。1回なら「はい」2回なら「いいえ」だ


ハルカは俺の返事を聞き、俺の入ったランタンを指差す。


「食事にはこのランタンも持っていってもいいですか?」


「はい。構いませんとも。それでは、食事の時間までお待ちください」


メイドがお辞儀をし、部屋をあとにする。

ハルカは俺を机の上に置き、話し始める。


「ムルト様、ここは変です」


「変?そうだな。確かに、こんな深い森の中でこんな立派な建物があるだなんて変かもしれないな」


「違いますムルト様。この洋館は」


コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。


「はい。どうぞ」


ハルカは喋るのをやめ、返事をする。

ドアがゆっくり開くと、そこには女の子が立っていた。歳はハルカと同じくらいか、もう少し幼いぐらいだろうか。

白いワンピースのようなドレスを着ている。

肌は色白く、不健康そうだ。血肉のない俺が言えたことではないが。


その女の子は部屋の中を見渡すと、すぐに行ってしまった。


(目が合ったような……)


部屋を見渡す時、部屋全体を見た後ハルカを見て、その後に俺を見たのだ。

その時、確かに目があった


「ポルターガイスト……?」


ハルカはドアを見ながら、魔法名のようなものを呟いていたが、すぐにドアを閉めに行く。

とりあえず、この屋敷で一泊することにして、家主とメイドさんには、泊めてもらったお礼を言うことにした。


「ムルト様が仰るのであれば……」


ハルカは不服なようだ。

こんな豪華な屋敷では息がつまるということだろう。俺は大きな窓を見ながら、今日の月が楽しみで仕方がなかった。

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