骸骨は後にする


「すごい……ここが黄金の泉……」


俺たちは黄金の泉を見納めに来ていた。


「壁噛みに自ら入っていくなんて、思ってもみなかったですが……これは、すごいですね。フッドンさんの工房もこんなところにあったなんて」


手を組みながらクルクルと回り、泉やフッドンの工房を泉に負けないほどキラキラとした目で見ている女性がいる。


「あぁ。マキナにあるのはただの家だ。鍛冶するのは基本ここだなぁ」


今回は、イメルテも黄金の泉に来ている。フッドン曰く、「信じられる奴」とのことだ。

イメルテはここへの入り方を口外しないと約束もしているし、イメルテ自身も、ここを広めれば大衆が押し寄せ、景観が損なわれてしまうと言っていた。


「どうだっ美味いか!」


「はい!これは、ワインのような……甘みが程よく、深みもある。喉越しがとても良く、爽やかさが喉を抜けていますね」


「はっは!嬢ちゃんはワインか!ムルト、お前は味の正体がわかったか?」


俺とハルカも黄金の泉の水を飲んでいた。

前に飲んだ時と同じ味だった。美味い。という味。

食べたことのある味ではない何かだった。それでも美味い。と感じる。

ハルカは相変わらずリンゴジュースと言っていた。今まで飲んだ何よりも美味しい、と


「私はまだわからないな。美味い。というのはわかるのだが。フッドン、飲んでみるか?」


「いや、俺が飲んでも俺好みの味になっちまうからな。黄金の泉の味は、飲んだ奴の好きな味になっちまうからな」


「そうか」


俺たちは黄金の泉を堪能し、洞窟を後にする。

イメルテは、フッドンに護身用のナイフを作ってもらっていた。

フッドンの作った剣や斧、槌などは、破格の値段がつくほどすごいらしい。一本で最低でも白金貨以上の値段がつくほどだと言っていた。

イメルテはそれほどの逸品をタダでもらい、泣いて飛びながら喜ぶ姿が実に愛らしかった。


俺は、歩くハルカの腰で揺られながら、黄金の水の味を思い出す。


(この味がなんなのかはわからないが、美味いんだ。美味いのだが……)


なぜか、あまり飲んではいけないような気もした。なぜそう思ったのか、俺は後々知ることとなるのだが。





「忘れ物はねぇか?」


「大丈夫だろう。ハルカは?」


「私も大丈夫ですよ。ムルト様」


俺たちは人目のつかない場所でマキナから出ることにした。道路のある門は避けた。


「あぁ。それにしても、アイテムボックスってのは便利だよなぁ。そんなに身軽になっちまうんだから」


スケルトンホースは黒い甲冑、ハルカはローブを来て口狐面をし、腰には蓮華と月欠、そしてポーチと俺をぶら下げている。


「ハルカちゃんは剣を使わねぇのになんでぶら下げてんだ?」


「ムルト様が下げてほしいと」


フッドンからもらった宵闇はハルカのアイテムボックスの中に入れている。が、月欠は目の届く範囲に置いておきたかったのだ。ハルカの邪魔になるようならば、アイテムボックスに入れても良いと言ったのだが、ハルカは腰に下げることを快く承諾してくれた。


「んまぁ、わからなくはねぇが、戦闘の邪魔にはならねぇようにな」


「はい!気をつけますね。行ってきます!」


「世話になった。また会おう」


俺はスケルトンホースに指示を出し、歩ませる。フッドンは笑顔で手を振っているが、イメルテは顔を伏せていた。


「ムルトさん!!」


イメルテが大声で呼び止める。スケルトンホースが立ち止まり、ハルカと俺は振り返る。


「また会いましょう!絶対!あなたは、勇敢で優しいです!きっと皆理解する時がきます!その時まで、死なないでください!」


イメルテの頰を涙が伝っている。どんな気持ちで言っているのかはわからない。が、その目からは悲しみが伝わる。俺も知っている。別れの悲しさ。だが、この悲しさは虚無から来るものではない。また出会えると信じている。イメルテとの縁は、切れない。


「はっはっは!とうに死んでいる身だ!死ぬことはないさ!」


俺はスケルトンを召喚し、イメルテに近寄る。スケルトンはカタカタと音を鳴らしながら、イメルテの頭を撫でる。


「また会える。だから泣くな」


俺はそう言い、イメルテの頰に流れた涙を拭った。


「えへへ……痛いです」


「あ、あぁ、すまない」


俺は召喚したスケルトンを消し、振り向いて大きな声で言った。


「また会える!その日まで待っていてくれ!」


「はい!絶対!絶対にまた会いましょう!」


笑顔で大きく手を振るイメルテの顔に、涙はもう流れていなかった。





カチャカチャと音をたてながら、スケルトンホースは歩いていた。

屍人の森近くにある街まで、馬車を走らせて2週間。歩かせれば1月ほどかかるだろうか。急ぐ旅でもないので、俺はゆったりとスケルトンホースを歩かせていたのだが


「本当に、急がなくていいのですか?」


「あぁ。不便ではあるが、これもまた悪くない」


ハルカの腰から見る風景は新鮮さがあった。

スケルトンホースが歩くたびに揺れる視界も、慣れれば悪くのないものだ。


風が吹き、木の葉が舞う。天気も良く、モンスターも盗賊も現れない。


「ハルカ、街道を外れないか?」


「なぜですか?」


「人の手が加えられた場所には、良い景色があまりない印象がある。手の入っていない自然なままのものの方が風情があるというものだ」


「はい。ムルト様がそう仰るのであれば」


俺はスケルトンホースに指示を出し歩ませる。ハルカに聞かなくても、スケルトンホースの主導権は俺が握っているのだが、共に旅をする仲間なのだし、行き先は話し合った方がいいと思っている。


俺たちは街道を外れ、道なき森の中を歩く。

聞こえるのは鳥の声と葉を踏む音、それと馬鎧がカチャカチャとなる音だけだ。


数時間ほど歩くと、気怠さが出てくる。


「ハルカ、そろそろ切れる」


「はい」


ハルカはそう言いスケルトンホースから降りると、馬鎧を外し、アイテムボックスの中へと収納していく。

切れたのは俺のMPだ。

スケルトンホースはMP1を込めることで1分間動くことができる。俺はMP90を使って召喚し、自然回復したMPを追加で送りながら歩かせているのだが、自然回復量が追いついていない。

合計で100分も歩ませれば上出来なほうだろう


「ムルト様、終わりました」


スケルトンホースの馬鎧と布を全て外し、骨だけの姿になっている。俺が戻るよう念じると、スケルトンホースの体が霧散する。

MPが回復すればまた召喚することができる。


「それでは、行きましょうか」


「あぁ。頼む」


「お安いご用ですよ♪」


スケルトンホースが出せなくなれば、次はハルカが歩いてくれる。これは2人で話し合って決めたことだ。これで距離が稼げる。日が沈み始めれば野営の準備をするのだ。


ハルカは、ご機嫌な様子で森の中を歩く。

聞こえるのは鳥の声と葉を踏む音、それとご機嫌な鼻歌が聞こえるだけだ。

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