骸骨とステーキ


「これは……」


目の前には、光輝く泉があった。

泉の真ん中からは、コポコポと音を立てながら水が溢れているようだ。

俺はその泉に近づき、中を見る。

黄金に輝いているのは、水ではなかった。

泉の底、水の中にある石が金色だったのだ。

その石の色が水に反射し、光輝いているように見える。水の透明度は、信じられないほどだった。


俺は手袋を外し、手を水の中にいれた。


(冷たくも、温かくもない)


例えるならば、前に手を出しただけ。

そこには空気があり、冷水も温水もない。空気の温度だけ、なにも感じないのだ。


俺はその水を手ですくう。皮膚のない手では、水を十分にすくうことはできないが、少量ほど、手のひらに残っている。本当にそこにあるのかと疑うほどの透明感。


「ムルト様ー!あ」


ハルカが追いついたようだ。ハルカは泉を見て驚いている。

静かに俺の横へ来て、共に泉の中を眺める。


「どうだ?お前の目的は果たせたか?」


先に来ていたと思われる男が、部屋の隅から声をかけてきた。

そこには、金床や、暖炉のようなもの、剣やナイフが置いてあった。小さい工房のようだ。


「あぁ。俺の求めていたものだ。とても美しい」


俺は泉を見渡し、そう言ってみる。


「その泉は目で楽しむだけのものじゃない。飲んでみろ」


「飲む?」


俺とハルカは少々疑問に思った。

俺はハルカと顔を見合わせ、頷くと、また、水の中へ手を入れ、それをすくい上げ、仮面の隙間から口へと流し込む。


「っ?!」


水は、俺の口の中を伝っていく、その時、俺は確かに感じた。『美味い』と、何がどのように『美味い』のかはわからない。だが、それだけは、その『美味みうまみ』だけは確かにわかる。


「どうだ?なんの味がした?」


「芳醇な、りんごジュースって感じですが……今まで飲んだ何よりも美味しいです」


「そうか、嬢ちゃんはりんごジュースか。俺は、強烈な酒だ。だが、喉越しが良く、何杯でも飲めるほど、お前は?」


「ムルト様は……」


ハルカはすこし辛そうな顔で俺を見たが、俺はその男の問いに、答えることができた。


「わからない。だが、この水は美味い。初めての、味だ」


それを聞いたハルカは目と口を開いて嬉しがる。


「はっはっは!そうかそうか!この泉の水はな、飲んだ者が求める味をするんだ。俺の知り合いは、血の味がしたと言っていたぞ」


男は大笑いしながらそう言った。美酒の泉、として広めたのは、きっとこの男なのだろうか。


「そういやぁ、自己紹介がまだだったな、俺の名はフッドン、鍛冶師をしている」


その名前には聞き覚えがあった。


「神匠フッドンか?」


「あぁ、巷ではそう言われてるらしいな。ま、確かに。鍛冶の腕には自信はある」


「なら、折り入って頼みがある!」


「ん?話だけなら聞こうじゃねぇか」


壁に立てかけられている武器を見れば、この男が本当にフッドンだということがわかる。それほどまでに、見る者が惹かれる力を、武器から感じるのだ。


「この素材を使って、メイスを作ってほしい」


俺はレヴィアの爪と鱗を出した


「ほぉ。白銀龍の爪と鱗か。これは、あんたらが?」


討伐したのか?といった目をしている。俺は首をふり、答える。


「いや、これは友人から譲ってもらったものだ」


「そうか……作ってやらんこともないが、条件がある」


「なんだ?」


「お前の仮面の下を見せろ。お前、人間じゃあねぇだろ?」


フッドンは尖った目で俺を睨む。別段隠すことでもない。

ものを頼んでいるのだ。これぐらいおやすいご用だ。

俺は仮面とフードを外し、その頭蓋骨を露わにする。


「骨人族……まさか、コットンか?いや、声が……」


「?コットンを知っているのか、私はコットンではない。そういえば自己紹介がまだだったな。ムルトという。月の骸ムーンスケルトンだ」


「ハルカです。魔族です」


「モンスターと魔族か!面白い組み合わせだなぁ。コットンのことを知ってるのか?」


「あぁ。良き友人だ」


「そうか、あいつが認めた男か、なら、断る理由もねぇな……実はな、あいつの武器を作ったのは、この俺だ」


優しい顔つきに変わり、フッドンはそう言った。

コットンの持つハンマー、伸び縮みや、縮小などをする不思議なハンマー、それを作ったのがこの男、神匠フッドンだ。


フッドンは快くメイス作りを受けてくれた。

他愛もない会話をしながら、メイスの形状などの要望を聞いてくれる。


「ところで、神匠フッドンはドワーフだと聞いたのだが、どうやら嘘のようだな」


「あ?俺は立派なドワーフだぜ?体が少しばかり大きいだけだ」


少し、というには、無理がある。フッドンの身長は、ドワーフ7人を縦に繋げたぐらいある。


「んじゃ、いっちょ作ってやるか!」


俺たちは、それを見せてもらえることになった。まずは鱗をハンマーで叩き、伸ばす。

爪を錐や鏨で細く、しなやかにしていく。


「煙突はないようだが、空気は入れ替えないのか?」


「はっはっは、それで、これだ」


フッドンは、部屋の隅にある機械のようなものを動かす。中にある花のような形状をしているものが回転し、あたりの風を取り込んでいるようだ。


「これは魔具でな、これを起動させれば、煙を吸って、綺麗な空気にして出してくれるんだ。便利だろ?」


説明をしながら、フッドンは暖炉のようなものに魔法で火をつけた。ものすごい勢いで燃えている。





どれほど時間が立っただろうか、体感では一日かかっているかどうかわからないぐらいだ。俺たちはフッドンの鍛冶を夢中で見ている。


いよいよ最終段階に入るようだ。

ミスリルとアダマンタイトを溶かしたものを、爪と練り合わせ、槌で叩き上げ、焼き入れをしている。


「この水は、そこの泉の水だ」


叩き上げと焼き入れを繰り返しながら、フッドンが説明をしてくれる。


「この水は美味いだけじゃない。何にでも使える。だが、ここからは持ち出せない」


「持ち出せない?なぜだ?」


「この部屋から出ると、その水は黒ずんで、飲めたもんじゃなくなっちまうからだ」


「ふむ」


「よっし!これで、完成だ!」


フッドンは、鱗に装飾をしたものを、メイスの柄に取り付け、完成させた。


完成したメイスは、白銀。キラキラと輝きを放ち、その存在を主張している。

頭部についている鱗は、蕾のような形をしている。


「嬢ちゃん、魔力を流してみな」


ハルカはそう言われ、魔力をメイスへと流す。すると、メイスが淡い光を纏い、蕾が花開く。


「これは……蓮の花?」


「名前は知らんが、見たことのある花をつけさせてもらった。小洒落てるだろ?」


「はい!とっても綺麗です!」


「元々、白銀龍の素材が魔力を通しやすくてな、それを元に、ミスリルとアダマンタイトと混ぜさせてもらった。もっといいもんが、そこにあるんだけどな」


「もっといいものとは?」


「その泉の底にある鉱石だ。ついてこい」


フッドンはそう言うと、また、部屋の隅に行った。そこは、少し斜めに掘り進められていた。奥には、光輝く鉱石が見える。


「俺の見立てでは、これはヒヒイロカネという鉱石だ」


「ヒヒイロカネ?」


「最高硬度の鉱石、神の生み出した鉱物とも言われている。俺のアダマンタイト製のツルハシでも削ることができない」


フッドンですら削れない鉱石、神が生み出した……か。女神からもらったこの剣なら。


「試してみる価値はあるな」


俺は月欠を抜き、構える。

ゴーレムを紙のように切り裂いてきた月欠、心のどこかで、この鉱石すらも切れるのではないかと思っている


「ふっ!」


ガキィン、と、甲高い音がなり、火花が散る。


「ダメか」


ヒヒイロカネには、傷すら付いていなかった。月欠も刃こぼれをしていない。


「俺のツルハシは2、3回振れば壊れるのに、お前の武器は刃こぼれすらしねぇんだな」


「あぁ。自慢の一本だ」


その後、泉の前へ戻り、食事をとることにした。

恐らく外はもう夜になっているだろう。


「夢中になりすぎたな。2日たってやがる」


フッドンは壁にかけられたプレートのようなものを見て、そう言った。


「ご飯を食べたら帰りましょうか」


「んー。そうだな」


「そうするか」


ハルカはすぐに食事の準備をしてくれる。

オークのステーキと、簡単なものではあったが、それが人数分並べられる。


「ムルト様」


「あぁ」


俺はオークのステーキを一口サイズに切り、口の中へ運んだ。


(……!)


今までは歯応えしかわからなかったが、今ならわかる。この、肉。という旨味を。

噛めば噛むほど肉汁が溢れ、旨味が増している。


「美味い……」


「美味しいんですか?!味がするんですか!」


「あぁ!ハルカ!美味い!美味いぞ!」


「はっはっは、んな、大袈裟な」


俺は夢中でオークの肉を頬張る。コップに入った泉の水も飲み干し、一息ついた。


「食事というのは、これほどまでに」


感動、涙を出すことができれば、きっと泣いていたかもしれない。

俺はこの感動に震えている。


(これが、味覚)


初めての食事は、優しい味がした。

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