骸骨と受付嬢

「つまり……?」


「お前らは、今日からBランク冒険者だ!」


「やったー!すごいですねムルト様!」


ハルカは両手を挙げて喜んでいるが、俺は素直に喜べなかった。美味しい話には裏がある。俺はそれを身を以て体験しているのだ。ただ、この予感が気のせいであることは少しだけ願っている。


「そこの嬢ちゃんはAランク昇格でもよかったんだがな。AランクとSランクの昇格試験は王都でしかできねぇんだ」


「そうなのか」


「ということで、これを渡しておく」


ギャバンが差し出したのは、蝋で封をされた2通の手紙だ。表には、推薦状、と書いてある


「こいつは推薦状だ。これを見せれば、試験を受けることができる」


「なぜ2通も?」


「もう1通はお前の分だ。ムルト」


「なぜ私の分まで?」


「かぁー!わからねぇやつだな!俺はお前の強さを認めた!お前はさらに強くなるだろう。それこそ、コットンのようにな。王都に着くまでにはそれぐらいになるってんだ」


「買いかぶりすぎではないか?」


「頭の固いやつだなぁ!ほら!受け取れ!」


ギャバンにそう言われ、無理やり手紙を持たされる。仕方ないので、俺はそれをハルカに渡し、アイテムボックスに入れてもらった。


「話は終わりだぜ?下でギルドカードを新しくして、帰んな。イメルテ、あとは頼むぞ」


「かしこまりました」


ハルカはお茶を啜り、席を立つ。俺も席を立ち、イメルテの後ろを歩く。





「それでは、今のギルドカードをお預かり致します」


俺とハルカのDランクのカードを渡す


「それでは、お時間がかかりますので、席へお掛けになってお待ちください」


イメルテに言われるがまま、俺たちは休憩所の椅子に座る。

試験中や、試験前に感じたイメルテの、「どうしても話がしたい」という感じは、今、受付している時には感じなかった。


(やっと諦めたか)


そう思ったのも気のせいで、結局俺たちは1時間ほど待たされることとなる。


「長すぎませんか?」


ハルカは疑問に思い、俺に問いかけてくる。

時間は5時ほど、陽が沈み始めている時間だ。


「飛び級だからな。時間がかかっているのだろう」


「そういうものですか……」


「何か食べるか?」


「そう、ですね。晩御飯にしましょう!」


俺は注文をとるため、片手をあげた


「すまない」


そう言いかけた時だった


「あの」


聞き覚えのある声だ。その声の人物はイメルテ

ギルド職員の制服ではなく、今着ているのは多分私服なのだろう。


「また君か。ギルドカードは出来たか?」


「はい。こちらになります」


イメルテに渡されたカードの色は、銀のような光沢のある色だった。Aランクになれば金、Sになれば黒になるらしいのだが、それを集めるのもいいだろう。


「あぁ。確かに。ハルカ、行くぞ」


「はい」


俺はギルドカードを受け取り、すぐに帰ろうとした。


「待ってください!」


その声に、立ち止まってしまう


「まず、始めに謝らせてください。ギルドカードを作るのはすぐに終わりました。お待たせしてしまったこと、申し訳ありません」


「ここまで時間がかかったのはわざとか?」


「そう、なります」


「そうか、次は気をつけるんだぞ」


イメルテは、俺と話をするためにわざと時間をかけ、仕事の時間が終わるまで俺達を待たせたのだ。普通なら怒る場面ではあるが、俺は一刻も早くここから去りたかった。


「ムルトさん!」


また、足を止めてしまう。


「機会があれば、お話を、と言ってくれましたよね。この後、お時間ありませんか?お店をとってあります。ハルカさんも同伴で構いません」


「……あいにく、時間がないものでね」


俺は出口に向かって歩き出す。


「また!」


足を止める。俺は、心のどこかで、話をしたいと思っているのだろうか。

ゆっくりと振り向く。そこには、泣き顔で立つイメルテがいた。


「また、逃げるんですか……私は、あなたのことが心配だった……あなたがいなくなってしまってから、捜索依頼を出して、それでも見つからなくて!ここに異動することになって、でもやっぱり踏ん切りがつかなくて、でも、でもやっと!会えました!見た目は変わっているけど、きっとあなたは、あの時のムルトさんじゃないんですか!」


イメルテの声に、周りの冒険者達、職員達が注目している。

イメルテはきっと確信に至っているのだろう。

あの時逃げた骸骨が、俺だということに


「……わかった。ここでは不味い」


渋々俺は承諾する。


「ついてきてください」


涙声でそう言われたら、仕方なくついていくしかない。ハルカも連れ、イメルテの後ろを歩く。それほど遠くもない場所に、イメルテが予約したという店があった。

カリプソにあった料亭のような出で立ちで、扉は引き戸だった。

中に入ると、煌びやかな衣服に身を包んだ裕福そうな人間達がいる。スーツをきた老人が、俺たちを見つけ、近づいてくる。


「申し訳ありませんがお客様、当店にはドレスコードというものがありまして」


「今日、予約をとっているイメルテです」


そう言ってイメルテはカードを差し出し、老人に向かって言った。


「!かしこまりました。イメルテ様、お連れ様、こちらへどうぞ」


通されたのは、一般の客がいるところではなく、二階、個室エリアらしい。

個室に通され、席に着くと、ナプキンや飲み物などの準備がされる。


「食事が運ばれてから、お話を始めましょうか」


「あぁ」


そうするのには、意味がある。俺がスケルトンだという話をこれからする気なのだろう。それならば、食事が出揃い、店員が入ってこないような空間にした方がいいだろう。


しばらくして、料理が続々と運ばれてくる。

大皿に盛られ、幾つもテーブルの上に並べられていく。水々しいフルーツの盛り合わせもあるようだ。


「それでは、何かあれば」


「はい。こちらが呼ぶまでは、誰も立ち入らないようにお願いします」


「かしこまりました」


準備は整ったようだ。


「で、何が聞きたい?」


「まずは、ムルト様に確かめたいことがあります」


「なんだ?」


「ムルト様は……人間が好きですか?」


その問いには、すでに確信しているということがわかる。その目は、怖がっているようでも、悲しんでいるようでもない。期待している目だ。


「好きじゃなければ……女の子なんて助けないさ」


それは、イメルテと俺にしかわからない会話だ。俺が言っているのは、ポイズンスコルピオンから助けたあの少女、イメルテもそれに気づいているだろう。


「やはり、あなたは」


「あぁ。あの時のスケルトンだ」


俺はフードを脱ぎ、仮面をとり、青い炎が揺らめく、真っ白な頭蓋骨をイメルテに見せる。


「やっぱり……でもあの時と色が変わっていますね」


イメルテは少しだけ驚いたようだが、すぐにその様子はなくなる。


「あぁ。白くなったよ。青い月のようで、気に入っていたんだがな」


「やっぱり、今でも月がお好きなんですね」


「あぁ。もちろんだ」


「懐かしいですね。あなたは、いつも陽が沈む頃には戻ってきて、月を見ると言って宿に帰っていましたからね」


「強くなるのも、金を稼ぐのも、私の目的ではないからな」


「月を見ることが、あなたの喜びだと?」


「あぁ。その通りだ」


それからイメルテと、他愛のない会話をした。ここまでどのような敵を倒してきたか、ボロガンまでの道のりはどうだったのか。エルフの話をすると、イメルテは食いついてきた。冒険者には、確かにエルフがいるが、集落の話や、場所のことなどはとくに話さないという。

小さい世界樹のことや、初めて露天風呂に入った話などをする。


そして、ボロガンを去った後の話をした。


「大変、だったんですね」


「あぁ。生きるということは大変なことだ。私が生きているかどうかは別としてな」


イメルテは後悔しているようだ。あの時、俺を引き止められなかったことが、一瞬、頭にはよぎったらしい。あれが、俺なのかもしれない。と


「王都の冒険者ギルドにも注意喚起の報告をしてしまいました。きっと、ムルトさんは狙われてしまいます」


「実はな、勇者や、そのS超え冒険者と会っていてな。俺の討伐は見送りとなったのだ」


「そうなのですか?」


「安心はできないがな、なんせこの見た目だ、人と関わるのはまだまだ危ない」


「そう、ですよね……でも、骨人族と言えば」


「俺は偽りたくない。その偽りのせいで、俺によくしてくれたコットンや、他の骨人族に迷惑がかかるかもしれない」


「そう、ですよね」


俯き、肩を落としてしまう。


「だがまぁ、今はハルカもいるし、友もできた。案外、楽しんでいるよ」


「それは、よかったです」


「あぁ。君と会えたのも、俺は嬉しいぞ。だって君は、俺の初めての受付嬢だ」


「あはは、ギルドカードを作るために骨髄を提供すると言われた時は、驚いちゃいました」


「ははは、そんなこともあったな」


「今となっては、納得しますが」


イメルテは俺の手を両手で包み、愛おしそうに撫でた。


「本当に、綺麗です」


「そう言ってもらえると、私も嬉しい」


「安心しました。ムルトさんが死んでいなくて」


「俺もあの時は死を覚悟したさ。でも、少女を守るために俺は戦った」


「あの子は、元気に暮らしてますよ」


「それはよかった」


沈黙が辺りを支配する。聞こえるのは、ハルカの咀嚼の音だけ。


イメルテはゆっくりと俺に近づき、俺の顔に、顔を近づけてきた。


「ムルトさん……」


イメルテは目を瞑って唇を俺の歯に近づけてくる。俺はそれを見ていたのだが、俺の胸元でキラキラと光る月のペンダントが目に入る。


「もうこんな時間か」


俺はその個室の窓にかかっているカーテンをあけ、窓を開ける。

そこには、爛々と輝く月が昇っていた。

宿で見るよりも、眺めがよかった


「ふむ……いい眺めだ」


そう思っていると、イメルテのことを思い出す。


(そういえば、先ほど何かしようとしていたな)


「イメルテ、すまない。で、なにか?」


イメルテは頰を膨らませながら、怒っていた。


(またなにか怒らせるようなことを……一体何に、俺にもわからないな……)


「もう、ムルトさんったら……」


「ムルト様はそういうお方ですから」


ハルカがイメルテにそう言う。


「俺がどうかしたのか?」


「えへへ、どうかしてるんですよっ」


ハルカの笑顔がかわいい。

それ以上は、何も教えてはくれなかったが。

それから、俺たちは月を見上げながら、話をした。

好きな人がいるのだと、でも、その人は自分の気持ちに気づいてくれないと。

俺にはそういった感情がないから、話を聞くことしかできなかったが、その話をする時のイメルテとハルカは、チラチラと俺を見て、とても楽しそうだった。

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