骸骨と受付嬢
「つまり……?」
「お前らは、今日からBランク冒険者だ!」
「やったー!すごいですねムルト様!」
ハルカは両手を挙げて喜んでいるが、俺は素直に喜べなかった。美味しい話には裏がある。俺はそれを身を以て体験しているのだ。ただ、この予感が気のせいであることは少しだけ願っている。
「そこの嬢ちゃんはAランク昇格でもよかったんだがな。AランクとSランクの昇格試験は王都でしかできねぇんだ」
「そうなのか」
「ということで、これを渡しておく」
ギャバンが差し出したのは、蝋で封をされた2通の手紙だ。表には、推薦状、と書いてある
「こいつは推薦状だ。これを見せれば、試験を受けることができる」
「なぜ2通も?」
「もう1通はお前の分だ。ムルト」
「なぜ私の分まで?」
「かぁー!わからねぇやつだな!俺はお前の強さを認めた!お前はさらに強くなるだろう。それこそ、コットンのようにな。王都に着くまでにはそれぐらいになるってんだ」
「買いかぶりすぎではないか?」
「頭の固いやつだなぁ!ほら!受け取れ!」
ギャバンにそう言われ、無理やり手紙を持たされる。仕方ないので、俺はそれをハルカに渡し、アイテムボックスに入れてもらった。
「話は終わりだぜ?下でギルドカードを新しくして、帰んな。イメルテ、あとは頼むぞ」
「かしこまりました」
ハルカはお茶を啜り、席を立つ。俺も席を立ち、イメルテの後ろを歩く。
★
「それでは、今のギルドカードをお預かり致します」
俺とハルカのDランクのカードを渡す
「それでは、お時間がかかりますので、席へお掛けになってお待ちください」
イメルテに言われるがまま、俺たちは休憩所の椅子に座る。
試験中や、試験前に感じたイメルテの、「どうしても話がしたい」という感じは、今、受付している時には感じなかった。
(やっと諦めたか)
そう思ったのも気のせいで、結局俺たちは1時間ほど待たされることとなる。
「長すぎませんか?」
ハルカは疑問に思い、俺に問いかけてくる。
時間は5時ほど、陽が沈み始めている時間だ。
「飛び級だからな。時間がかかっているのだろう」
「そういうものですか……」
「何か食べるか?」
「そう、ですね。晩御飯にしましょう!」
俺は注文をとるため、片手をあげた
「すまない」
そう言いかけた時だった
「あの」
聞き覚えのある声だ。その声の人物はイメルテ
ギルド職員の制服ではなく、今着ているのは多分私服なのだろう。
「また君か。ギルドカードは出来たか?」
「はい。こちらになります」
イメルテに渡されたカードの色は、銀のような光沢のある色だった。Aランクになれば金、Sになれば黒になるらしいのだが、それを集めるのもいいだろう。
「あぁ。確かに。ハルカ、行くぞ」
「はい」
俺はギルドカードを受け取り、すぐに帰ろうとした。
「待ってください!」
その声に、立ち止まってしまう
「まず、始めに謝らせてください。ギルドカードを作るのはすぐに終わりました。お待たせしてしまったこと、申し訳ありません」
「ここまで時間がかかったのはわざとか?」
「そう、なります」
「そうか、次は気をつけるんだぞ」
イメルテは、俺と話をするためにわざと時間をかけ、仕事の時間が終わるまで俺達を待たせたのだ。普通なら怒る場面ではあるが、俺は一刻も早くここから去りたかった。
「ムルトさん!」
また、足を止めてしまう。
「機会があれば、お話を、と言ってくれましたよね。この後、お時間ありませんか?お店をとってあります。ハルカさんも同伴で構いません」
「……あいにく、時間がないものでね」
俺は出口に向かって歩き出す。
「また!」
足を止める。俺は、心のどこかで、話をしたいと思っているのだろうか。
ゆっくりと振り向く。そこには、泣き顔で立つイメルテがいた。
「また、逃げるんですか……私は、あなたのことが心配だった……あなたがいなくなってしまってから、捜索依頼を出して、それでも見つからなくて!ここに異動することになって、でもやっぱり踏ん切りがつかなくて、でも、でもやっと!会えました!見た目は変わっているけど、きっとあなたは、あの時のムルトさんじゃないんですか!」
イメルテの声に、周りの冒険者達、職員達が注目している。
イメルテはきっと確信に至っているのだろう。
あの時逃げた骸骨が、俺だということに
「……わかった。ここでは不味い」
渋々俺は承諾する。
「ついてきてください」
涙声でそう言われたら、仕方なくついていくしかない。ハルカも連れ、イメルテの後ろを歩く。それほど遠くもない場所に、イメルテが予約したという店があった。
カリプソにあった料亭のような出で立ちで、扉は引き戸だった。
中に入ると、煌びやかな衣服に身を包んだ裕福そうな人間達がいる。スーツをきた老人が、俺たちを見つけ、近づいてくる。
「申し訳ありませんがお客様、当店にはドレスコードというものがありまして」
「今日、予約をとっているイメルテです」
そう言ってイメルテはカードを差し出し、老人に向かって言った。
「!かしこまりました。イメルテ様、お連れ様、こちらへどうぞ」
通されたのは、一般の客がいるところではなく、二階、個室エリアらしい。
個室に通され、席に着くと、ナプキンや飲み物などの準備がされる。
「食事が運ばれてから、お話を始めましょうか」
「あぁ」
そうするのには、意味がある。俺がスケルトンだという話をこれからする気なのだろう。それならば、食事が出揃い、店員が入ってこないような空間にした方がいいだろう。
しばらくして、料理が続々と運ばれてくる。
大皿に盛られ、幾つもテーブルの上に並べられていく。水々しいフルーツの盛り合わせもあるようだ。
「それでは、何かあれば」
「はい。こちらが呼ぶまでは、誰も立ち入らないようにお願いします」
「かしこまりました」
準備は整ったようだ。
「で、何が聞きたい?」
「まずは、ムルト様に確かめたいことがあります」
「なんだ?」
「ムルト様は……人間が好きですか?」
その問いには、すでに確信しているということがわかる。その目は、怖がっているようでも、悲しんでいるようでもない。期待している目だ。
「好きじゃなければ……女の子なんて助けないさ」
それは、イメルテと俺にしかわからない会話だ。俺が言っているのは、ポイズンスコルピオンから助けたあの少女、イメルテもそれに気づいているだろう。
「やはり、あなたは」
「あぁ。あの時のスケルトンだ」
俺はフードを脱ぎ、仮面をとり、青い炎が揺らめく、真っ白な頭蓋骨をイメルテに見せる。
「やっぱり……でもあの時と色が変わっていますね」
イメルテは少しだけ驚いたようだが、すぐにその様子はなくなる。
「あぁ。白くなったよ。青い月のようで、気に入っていたんだがな」
「やっぱり、今でも月がお好きなんですね」
「あぁ。もちろんだ」
「懐かしいですね。あなたは、いつも陽が沈む頃には戻ってきて、月を見ると言って宿に帰っていましたからね」
「強くなるのも、金を稼ぐのも、私の目的ではないからな」
「月を見ることが、あなたの喜びだと?」
「あぁ。その通りだ」
それからイメルテと、他愛のない会話をした。ここまでどのような敵を倒してきたか、ボロガンまでの道のりはどうだったのか。エルフの話をすると、イメルテは食いついてきた。冒険者には、確かにエルフがいるが、集落の話や、場所のことなどはとくに話さないという。
小さい世界樹のことや、初めて露天風呂に入った話などをする。
そして、ボロガンを去った後の話をした。
「大変、だったんですね」
「あぁ。生きるということは大変なことだ。私が生きているかどうかは別としてな」
イメルテは後悔しているようだ。あの時、俺を引き止められなかったことが、一瞬、頭にはよぎったらしい。あれが、俺なのかもしれない。と
「王都の冒険者ギルドにも注意喚起の報告をしてしまいました。きっと、ムルトさんは狙われてしまいます」
「実はな、勇者や、そのS超え冒険者と会っていてな。俺の討伐は見送りとなったのだ」
「そうなのですか?」
「安心はできないがな、なんせこの見た目だ、人と関わるのはまだまだ危ない」
「そう、ですよね……でも、骨人族と言えば」
「俺は偽りたくない。その偽りのせいで、俺によくしてくれたコットンや、他の骨人族に迷惑がかかるかもしれない」
「そう、ですよね」
俯き、肩を落としてしまう。
「だがまぁ、今はハルカもいるし、友もできた。案外、楽しんでいるよ」
「それは、よかったです」
「あぁ。君と会えたのも、俺は嬉しいぞ。だって君は、俺の初めての受付嬢だ」
「あはは、ギルドカードを作るために骨髄を提供すると言われた時は、驚いちゃいました」
「ははは、そんなこともあったな」
「今となっては、納得しますが」
イメルテは俺の手を両手で包み、愛おしそうに撫でた。
「本当に、綺麗です」
「そう言ってもらえると、私も嬉しい」
「安心しました。ムルトさんが死んでいなくて」
「俺もあの時は死を覚悟したさ。でも、少女を守るために俺は戦った」
「あの子は、元気に暮らしてますよ」
「それはよかった」
沈黙が辺りを支配する。聞こえるのは、ハルカの咀嚼の音だけ。
イメルテはゆっくりと俺に近づき、俺の顔に、顔を近づけてきた。
「ムルトさん……」
イメルテは目を瞑って唇を俺の歯に近づけてくる。俺はそれを見ていたのだが、俺の胸元でキラキラと光る月のペンダントが目に入る。
「もうこんな時間か」
俺はその個室の窓にかかっているカーテンをあけ、窓を開ける。
そこには、爛々と輝く月が昇っていた。
宿で見るよりも、眺めがよかった
「ふむ……いい眺めだ」
そう思っていると、イメルテのことを思い出す。
(そういえば、先ほど何かしようとしていたな)
「イメルテ、すまない。で、なにか?」
イメルテは頰を膨らませながら、怒っていた。
(またなにか怒らせるようなことを……一体何に、俺にもわからないな……)
「もう、ムルトさんったら……」
「ムルト様はそういうお方ですから」
ハルカがイメルテにそう言う。
「俺がどうかしたのか?」
「えへへ、どうかしてるんですよっ」
ハルカの笑顔がかわいい。
それ以上は、何も教えてはくれなかったが。
それから、俺たちは月を見上げながら、話をした。
好きな人がいるのだと、でも、その人は自分の気持ちに気づいてくれないと。
俺にはそういった感情がないから、話を聞くことしかできなかったが、その話をする時のイメルテとハルカは、チラチラと俺を見て、とても楽しそうだった。
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