骸骨と昇格試験2/4

月を探せ、赤い月を


月?赤い月とはなんだ?


紅く染められた、血の月だ


なぜそれを探さねばならない?


取り返しの付かなくなる前に、愛しのあの人に危険が及ぶ前に


愛しのあの人とは?


愛しのあの人、愛を誓った、俺の女神。アルテミス


アルテミス様?アルテミス様が何かっ!


月を探せ、赤い月を。血に染められる前に、優しさと愛おしさで包め。お前ならそれができる


まて!お前は誰だ!


愛しのアルテミスを、俺の代わりに救ってくれ






「ムルト様!起きてください!ムルト様!」


ハルカの声が聞こえる。今にも泣きそうな、弱々しい声だ。


「ムルト様……死なないでください……!」


「死んじゃいねぇよ。気絶してるだけだ」


「あんな攻撃を頭にするなんて!正気ですか!」


「まぁ俺も悪かったかもしれん。が、そいつの仮面は砕けていないだろう?それはつまりそいつの顔面を守れたってことだ。死んじゃいねぇ」


「……絶対に許しません……」


ハルカがメイスを手にする音が聞こえる。

頭が少々痛いが、起きるとしよう。


「ハルカ、何があった」


俺はハルカの腕を掴み、引き寄せる。


「ほら、死んじゃいねぇだろ?」


「ムルト様!」


ハルカが俺に抱きついてくる。

泣いているようだ。


「私、またムルト様が死んじゃったと思って」


「ははは。船の時も戻ってきただろう?安心しろ」


「ムルト様ァ……」


ハルカは俺の胸の中で泣きじゃくっている。肋骨にハルカの頭がゴリゴリと当たるのがわかる。


「とりあえず俺はもう戻るぞ?昇格試験があと少しで始まるからな。ほら、水でも飲んで落ち着きな」


眼帯をした大男は、水筒を俺の目の前に置き、立ち去った


「俺は、気を失っていたのか?」


「はい」


「どれくらいだ?」


「10分ほど」


「そうか……夢を見ていた気がするが、思い出せないな」


「夢、ですか」


「あぁ。それより、昇格試験はあとどれくらいで始まる?」


「あと20分もしないうちに」


「そうか、それでは、少し休まねばな」


俺は頭を押さえつつ、立ち上がる。頭が少し痛いようだ。ダメージを負うというほどではないが、不快な感じだ。


「む?訓練場が直っているな」


「あぁ、これは、あの人たちが直してくれたんです」


ハルカの指差す先には、何十人というドワーフがいた。

ドワーフは土魔法と火魔法に長けており、大人数を集め、土魔法で地面を操り、訓練場を元通りにしたらしい。


「俺のせいか」


「いや、私のせいです!」


「いや、俺のせいだ。また押し問答になりそうだ。上で休もう」


俺とハルカはギルドの酒場で休むことにした。特に何を食べるというほどではないが、水を口に含み、吐き出す。

水の冷たさが骨身に染みる


ハルカと話をしていると、先ほどの眼帯をした大男が現れる


「よう!さっきは悪かったな!」


エールを片手に、俺の隣の席へと腰を下ろす。


「いや、元はと言えば私が悪い。ドワーフを呼んで訓練場を直したらしいじゃないか。あなたはギルドの職員なのか?」


「職員といえば職員だ。だが、それの一番上、機械都市マキナのギルドマスターを務めている。ギャバンだ。よろしく」


大きな手を差し出された。俺は特に警戒もせず、その手を握る。


「ギルドマスターと聞いて怖気付かないとは、なかなか肝の座っている奴だ」


「それは褒め言葉か?色々体験してきたのでな、あまり動揺はしないのだ」


「そうか、また後で再開するがな。昇格試験はあと10分で始まる。準備ができたら下に降りてこい」


「あぁ。わかった。それと、訓練場の修繕費用なのだが」


「はっはっは!気にするこたぁねぇ!ギルドも稼いでるからな!金のことなら心配するな!……それと、お前を殴ってしまったしな。痛み分けってことだ」


「そう言ってもらえるとありがたい」


「あぁ!じゃ、またな!」


ギャバンは俺たちのテーブルを後にした。

これから昇格試験だというのに、エールを飲むのは如何なものか、監督役でもするというのか


「ムルト様、怒っていないんですね」


ジトっとした目で俺を見ている。

ハルカは、俺とギャバンが話してる間、ずっとギャバンのことを睨みつけていた。ギャバンはその視線には気づいていたが、相手にしていないようだった。


「怒ることのほどでもないさ」


「ムルト様は優しすぎます!」


「……ハルカは俺に似たのかもな」


「ペットは主人に似るってことですか?私のことペット扱いしてますね!」


「ははは、すまんすまん」


「私は確かにペット、ですが……その、1人の女として……」


後半の言葉が小さくてよく聞き取れなかったが、ハルカはペットと言われたことに怒っているらしい。最近は冗談を言えるように練習をしているのだが、どうやらダメらしい。


「よし、そろそろ時間だな、行こうか」


「はい!」





訓練場へ降りていくと、既に何人かの冒険者が集まっている。俺たちの後に、何人かも上から降りてくる。


「よし!全員集まったな!受験票を職員に渡して、受験プレートを受け取ってくれ!」


大きな声を出している眼帯をした大男は、ギャバンだ。ギルドマスターとして、説明などを行なっているらしい。

そのギャバンの隣に、装備を整えた冒険者2人と、ギルドの職員と思われる女性2人が立っている


(あれは……)


ギルド職員のうちの1人は、見知った顔の女だった。聖都市ボロガンにいた、あの受付嬢だ。骸骨の姿を見られた人間だが、俺はあの頃と比べると、背丈も装備も仮面も、全てが変わっている。あちらは俺のことに気づいていないようだ。


ギルド職員の前に、列を作り、1人1人プレートを受け取っていく。

幸か不幸か、俺にプレートを渡してくるのは、ボロガンで出会った受付嬢だ。


「受験票をお預かり致します」


「……」


俺は無言で受験票を差し出す。

その女は受験票を受け取り、かわりにプレートを渡すのだが、


「あの、もしかして……」


「……?」


俺はわざとらしく、首をかしげた。


「どこかで……」


「おい!早く済ませろ!」


ギャバンが大きな声で叫ぶ。


「は、はい!すみません!こちら、受験プレートとなります」


「あ、あぁ」


受付嬢は俺の声に反応したが、俺はそれを見ずにプレートを受け取り、番号を見る。7番だ。ハルカは8番、特に番号が変わったわけではない。すぐにその作業は終わり、昇格試験の説明へと移る。


「よし!お前ら!受験プレートは受け取ったな!これから、この2人と、俺を交えて、模擬戦を行う!この2人はAランクの冒険者だ!

相手に一撃でもいれりゃ、即合格、入れられなかったとしても、筋を見て、合格にする!万に一つ、お前らが勝てる相手じゃねぇと思う!が、わざと隙を作るように指示してある!お前らはその隙を見極め、攻撃をすりゃいい、わかったか!」


「「「はい!」」」


「Dランクのお前らが、Aなんぞに勝てるわけがないと思ってると思うが、その通りだ。俺のこの目を見ろ」


ギャバンはそういい、眼帯をめくる。

そこには眼球もなければ、まぶたもなかった。痛々しい擦り傷のみが、そこにある。


「俺がBランクだった頃、無謀にもSランクモンスターに向かっていった代償だ。幸か不幸か、奴は俺で遊んでいた。それ故に助かった」


ギャバンは腕を組み、冒険者達を見る。


「つまりだ、監督者に勝てないと思ったら降参してもらっても構わない。勝てるか勝てないか、その線を見極めろ。降参した結果、合格するとも限らないがな。

これで説明は以上だ!質問のあるやつは?」


ギャバンが俺たちを見渡す。

ここには、俺とハルカを含め、15名の受験者がいる。その誰もが手を上げない。

ギャバン含め、監督者は、3人いる。

ということは、少なくも5人を1人で相手することになるのだ


「ハルカ、無理はするなよ?」


「はい。大丈夫です。ムルト様とレヴィア様に鍛えられてますから」


「あぁ。気をつけろよ」


「よし!それでは、番号を呼ばれたやつは各々前に出ろ!5番!9番!15番!前へ!」


受験順は不規則なようだ。

番号を呼ばれたものが前に歩み出る。

ギルド職員の1人は、受験票を持って上に戻っている。残っているのは、ボロガンであった受付嬢だ。


まだ模擬戦を行わない受験者達は、訓練場の隅で、その戦いを見守る。

俺は誰が相手になってもいいように、動きを見ることにする。


「ハルカ、誰に当たってもいいように、しっかり見ておくんだぞ」


「はい!」


元気に返事するハルカであったが、ギャバンのことを殺す勢いで睨みつけていた。


「美人が台無しだぞ」


「えっ!び、美人?!」


ハルカは顔を赤くし、あたふたしている。

親の仇でも睨みつけているような眼光はなくなり、いつもの可愛らしいハルカに戻っている。俺はそれを落ち着かせながら、2人で各冒険者の動きを目に焼き付けた。

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