骸骨と昇格試験2/4
月を探せ、赤い月を
月?赤い月とはなんだ?
紅く染められた、血の月だ
なぜそれを探さねばならない?
取り返しの付かなくなる前に、愛しのあの人に危険が及ぶ前に
愛しのあの人とは?
愛しのあの人、愛を誓った、俺の女神。アルテミス
アルテミス様?アルテミス様が何かっ!
月を探せ、赤い月を。血に染められる前に、優しさと愛おしさで包め。お前ならそれができる
まて!お前は誰だ!
愛しのアルテミスを、俺の代わりに救ってくれ
★
「ムルト様!起きてください!ムルト様!」
ハルカの声が聞こえる。今にも泣きそうな、弱々しい声だ。
「ムルト様……死なないでください……!」
「死んじゃいねぇよ。気絶してるだけだ」
「あんな攻撃を頭にするなんて!正気ですか!」
「まぁ俺も悪かったかもしれん。が、そいつの仮面は砕けていないだろう?それはつまりそいつの顔面を守れたってことだ。死んじゃいねぇ」
「……絶対に許しません……」
ハルカがメイスを手にする音が聞こえる。
頭が少々痛いが、起きるとしよう。
「ハルカ、何があった」
俺はハルカの腕を掴み、引き寄せる。
「ほら、死んじゃいねぇだろ?」
「ムルト様!」
ハルカが俺に抱きついてくる。
泣いているようだ。
「私、またムルト様が死んじゃったと思って」
「ははは。船の時も戻ってきただろう?安心しろ」
「ムルト様ァ……」
ハルカは俺の胸の中で泣きじゃくっている。肋骨にハルカの頭がゴリゴリと当たるのがわかる。
「とりあえず俺はもう戻るぞ?昇格試験があと少しで始まるからな。ほら、水でも飲んで落ち着きな」
眼帯をした大男は、水筒を俺の目の前に置き、立ち去った
「俺は、気を失っていたのか?」
「はい」
「どれくらいだ?」
「10分ほど」
「そうか……夢を見ていた気がするが、思い出せないな」
「夢、ですか」
「あぁ。それより、昇格試験はあとどれくらいで始まる?」
「あと20分もしないうちに」
「そうか、それでは、少し休まねばな」
俺は頭を押さえつつ、立ち上がる。頭が少し痛いようだ。ダメージを負うというほどではないが、不快な感じだ。
「む?訓練場が直っているな」
「あぁ、これは、あの人たちが直してくれたんです」
ハルカの指差す先には、何十人というドワーフがいた。
ドワーフは土魔法と火魔法に長けており、大人数を集め、土魔法で地面を操り、訓練場を元通りにしたらしい。
「俺のせいか」
「いや、私のせいです!」
「いや、俺のせいだ。また押し問答になりそうだ。上で休もう」
俺とハルカはギルドの酒場で休むことにした。特に何を食べるというほどではないが、水を口に含み、吐き出す。
水の冷たさが骨身に染みる
ハルカと話をしていると、先ほどの眼帯をした大男が現れる
「よう!さっきは悪かったな!」
エールを片手に、俺の隣の席へと腰を下ろす。
「いや、元はと言えば私が悪い。ドワーフを呼んで訓練場を直したらしいじゃないか。あなたはギルドの職員なのか?」
「職員といえば職員だ。だが、それの一番上、機械都市マキナのギルドマスターを務めている。ギャバンだ。よろしく」
大きな手を差し出された。俺は特に警戒もせず、その手を握る。
「ギルドマスターと聞いて怖気付かないとは、なかなか肝の座っている奴だ」
「それは褒め言葉か?色々体験してきたのでな、あまり動揺はしないのだ」
「そうか、また後で再開するがな。昇格試験はあと10分で始まる。準備ができたら下に降りてこい」
「あぁ。わかった。それと、訓練場の修繕費用なのだが」
「はっはっは!気にするこたぁねぇ!ギルドも稼いでるからな!金のことなら心配するな!……それと、お前を殴ってしまったしな。痛み分けってことだ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「あぁ!じゃ、またな!」
ギャバンは俺たちのテーブルを後にした。
これから昇格試験だというのに、エールを飲むのは如何なものか、監督役でもするというのか
「ムルト様、怒っていないんですね」
ジトっとした目で俺を見ている。
ハルカは、俺とギャバンが話してる間、ずっとギャバンのことを睨みつけていた。ギャバンはその視線には気づいていたが、相手にしていないようだった。
「怒ることのほどでもないさ」
「ムルト様は優しすぎます!」
「……ハルカは俺に似たのかもな」
「ペットは主人に似るってことですか?私のことペット扱いしてますね!」
「ははは、すまんすまん」
「私は確かにペット、ですが……その、1人の女として……」
後半の言葉が小さくてよく聞き取れなかったが、ハルカはペットと言われたことに怒っているらしい。最近は冗談を言えるように練習をしているのだが、どうやらダメらしい。
「よし、そろそろ時間だな、行こうか」
「はい!」
★
訓練場へ降りていくと、既に何人かの冒険者が集まっている。俺たちの後に、何人かも上から降りてくる。
「よし!全員集まったな!受験票を職員に渡して、受験プレートを受け取ってくれ!」
大きな声を出している眼帯をした大男は、ギャバンだ。ギルドマスターとして、説明などを行なっているらしい。
そのギャバンの隣に、装備を整えた冒険者2人と、ギルドの職員と思われる女性2人が立っている
(あれは……)
ギルド職員のうちの1人は、見知った顔の女だった。聖都市ボロガンにいた、あの受付嬢だ。骸骨の姿を見られた人間だが、俺はあの頃と比べると、背丈も装備も仮面も、全てが変わっている。あちらは俺のことに気づいていないようだ。
ギルド職員の前に、列を作り、1人1人プレートを受け取っていく。
幸か不幸か、俺にプレートを渡してくるのは、ボロガンで出会った受付嬢だ。
「受験票をお預かり致します」
「……」
俺は無言で受験票を差し出す。
その女は受験票を受け取り、かわりにプレートを渡すのだが、
「あの、もしかして……」
「……?」
俺はわざとらしく、首をかしげた。
「どこかで……」
「おい!早く済ませろ!」
ギャバンが大きな声で叫ぶ。
「は、はい!すみません!こちら、受験プレートとなります」
「あ、あぁ」
受付嬢は俺の声に反応したが、俺はそれを見ずにプレートを受け取り、番号を見る。7番だ。ハルカは8番、特に番号が変わったわけではない。すぐにその作業は終わり、昇格試験の説明へと移る。
「よし!お前ら!受験プレートは受け取ったな!これから、この2人と、俺を交えて、模擬戦を行う!この2人はAランクの冒険者だ!
相手に一撃でもいれりゃ、即合格、入れられなかったとしても、筋を見て、合格にする!万に一つ、お前らが勝てる相手じゃねぇと思う!が、わざと隙を作るように指示してある!お前らはその隙を見極め、攻撃をすりゃいい、わかったか!」
「「「はい!」」」
「Dランクのお前らが、Aなんぞに勝てるわけがないと思ってると思うが、その通りだ。俺のこの目を見ろ」
ギャバンはそういい、眼帯をめくる。
そこには眼球もなければ、まぶたもなかった。痛々しい擦り傷のみが、そこにある。
「俺がBランクだった頃、無謀にもSランクモンスターに向かっていった代償だ。幸か不幸か、奴は俺で遊んでいた。それ故に助かった」
ギャバンは腕を組み、冒険者達を見る。
「つまりだ、監督者に勝てないと思ったら降参してもらっても構わない。勝てるか勝てないか、その線を見極めろ。降参した結果、合格するとも限らないがな。
これで説明は以上だ!質問のあるやつは?」
ギャバンが俺たちを見渡す。
ここには、俺とハルカを含め、15名の受験者がいる。その誰もが手を上げない。
ギャバン含め、監督者は、3人いる。
ということは、少なくも5人を1人で相手することになるのだ
「ハルカ、無理はするなよ?」
「はい。大丈夫です。ムルト様とレヴィア様に鍛えられてますから」
「あぁ。気をつけろよ」
「よし!それでは、番号を呼ばれたやつは各々前に出ろ!5番!9番!15番!前へ!」
受験順は不規則なようだ。
番号を呼ばれたものが前に歩み出る。
ギルド職員の1人は、受験票を持って上に戻っている。残っているのは、ボロガンであった受付嬢だ。
まだ模擬戦を行わない受験者達は、訓練場の隅で、その戦いを見守る。
俺は誰が相手になってもいいように、動きを見ることにする。
「ハルカ、誰に当たってもいいように、しっかり見ておくんだぞ」
「はい!」
元気に返事するハルカであったが、ギャバンのことを殺す勢いで睨みつけていた。
「美人が台無しだぞ」
「えっ!び、美人?!」
ハルカは顔を赤くし、あたふたしている。
親の仇でも睨みつけているような眼光はなくなり、いつもの可愛らしいハルカに戻っている。俺はそれを落ち着かせながら、2人で各冒険者の動きを目に焼き付けた。
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