骸骨と昇格試験1/4

そして翌日。俺たちは朝起きて、組手をして少し体を動かし、宿の朝ごはんを食べ、時間になるまでリラックスして過ごしていた。


「昼はあそこに行こう」


「はい!」


この都市に着いた日に紹介してもらった、ほっぺが落ちる食事処だ。

いつも依頼が終わり、夕方ぐらいに戻ってくると、食材がなくなり、店を閉めているようだったので、昇格試験が始まる前に食べておく。


今日注文したのはコカトリスのチキンステーキだけだった。

他の品物は食材が尽きており、そのチキンステーキですら最後の一皿だという。


「危なかったな」


「はい……これが最後の一皿だなんて……!大切に食べなきゃですね……」


「時間にはまだ余裕がある。ゆっくり食べるといい」


「はい!いただきます!」


ハルカが両手を合わせ、料理に一礼をし、ナイフとフォークを使って食べ始める。

俺たちが昇格試験に合流する時間は、午後の2時だ。今は昼の12時を回る前なので、時間には十分に余裕がある。ギルドには時間前に行く予定だ。それでもまだまだ時間はある。


「美味しいか?」


「はい!とっても美味しいです!!ムルト様も一口どうぞ!」


「ははは。俺は大丈夫だ。ハルカが全て食べるといい」


「いいですから、一口どうぞ!もしかしたらあまりの美味しさに味覚が開花するかもしれませんし!」


「……どうだろうな。だが、試してみる価値はある」


胃袋は装着してあるので、仮面を少しずらし、ハルカにステーキを口の中へと運んでもらう。


パリパリとした皮と、濃厚な肉汁が口の中に広がっている。もっちりとした肉が、このステーキのウリなのだろう。わかったのはこれだけだ。食感だけしかわからなかった。味覚など感じない。


「ふむ。やはりダメなようだ」


「そう、ですか……」


「大丈夫だ。いつか味がわかるようになってみせるさ」


俺はハルカの頭を撫でて笑顔のつもりでそう言った。

実際には仮面で見えないが、気持ちは大事なのだ。


「ムルト様と一緒にご飯が食べたいです」


「あぁ。俺もだ」


ハルカは身を小さくしてそう言った。俺はその姿がとても愛おしく見える。


(味覚……か。暴食の罪が鍵を握っているのだろうが、ハルカが持っているしな)


賢いハルカのことだ。ハルカもそのことには気づいているのかもしれないが、だからといってどうすることもできない。


俺たちは食事を終え、会計を済ませ、さっそくギルドに向かうことにした。

昇格試験開始の1時間前にギルドについた。

受付には、俺たちの受験票を作ってくれた職員の男がいる。


「昇格試験を受けに来たのだが」


「はい。途中合流の方でしたよね。受験票をお預かり致します」


7番と8番の受験票を渡し、職員がそれに判子を押す。


「それでは、それを持って時間までに地下の訓練場に行ってください。

訓練場はもう開けてありますので、ウォーミングアップなどしてくださっても構いませんが、他の受験者もいますので、あまり迷惑になるようなことはしないでください」


「あぁ。わかった。感謝する」


「はい。それでは、合格することを祈っております」


「あぁ」


職員に軽く礼をし、訓練場におりていく。

ギルドの訓練場はなんどか使ったことがあるので、使い勝手はわかっている。まずは、自分が扱っている武器と同じ、種類の木の武器を選ぶのだが……


【本日の実技試験は、ご自身の武器を使って行われます。各位、準備のほどをお願いします】


と、木剣などが置いてある場所に書いてあった。


「ふむ」


「実技試験、怪我人がでそうですね」


「下手をしたら死人がでるな」


「どのような内容なのでしょうか……」


「本物の武器を使った模擬戦か、はたまた、モンスターの討伐かもしれない。とりあえず、組手でもしよう」


訓練場には、俺たちの他にも5人冒険者がいた。この者たちも受験者なのだろう。

俺たちはその者達から少し離れたところで組手をする。

ハルカはミスリルのメイスで、俺は月欠を使う。

ハルカは組手をすればするほど、経験を積めば積むほど強くなっている。

自動操縦のおかげだとハルカは言っていたが、スキルで得た動きを、忘れないように自分の中でも反芻しているのだろう。

そのおかげで、自動操縦と素の経験を合わせ、どんどん強くなっている。


「いい筋だっ!」


「ありがとうっ!ございます!」


ハルカは決して頭を狙ってこない。下手をすれば、俺のことを殺してしまうかもしれないからだ。


「ハルカ、俺は、弱いか?」


「そんなこと、ないですっ!」


「そうか」


俺はハルカから距離を離し、地面に手をつく。


「ならば、なぜ手を抜く?」


「ぬ、抜いていませんよ」


「明らかに頭を狙っていないように見えるが」


「そ、それはっ……もしもムルト様のフードがとれてしまったり、メイスが当たってしまったら……」


「……お前の優しさ故の選択だろう。だが、俺はそんなものでは死なない」


「で、でもっ!」


「ハルカ!殺す気で来い!」


(俺がもしも死んだ後、お前は1人で生きなければならないのだ)


とは言えなかった。ハルカが俺の下を去ることが、ないとも限らない。そうなった時、ハルカは1人で生きていかなければならない。

そのためには強さも知恵も必要だ。

ハルカにはその2つが備わっている。だが、ハルカは優しすぎる。それは、味方にも敵にもだ。

その優しさを捨てることができなければ、騙されてしまうこともあるだろう。


(死ぬなよ……)


俺は地面についた手に、魔力を纏わせ、魔法を発動させる。

風魔法と灼熱魔法の複合魔法を地面に放つ。

その破壊力に耐え切れなかった地面は、地割れを起こし、ハルカの足元を崩す


「っ!」


体勢を崩した。俺はそこを見逃さず、風魔法と灼熱魔法を合わせ、空を飛ぶ。

ハルカの首めがけ、剣を一閃する。

自動操縦を発動させているハルカなら、こんな攻撃簡単にかわせるだろう。

だが、ハルカは避けることも、受け止めることもしなかった。


(なっ!)


ハルカは俺の目をまっすぐに見て、武器を手放し、笑顔で手を広げていた。


『どうぞ、気の向くままに』


俺がハルカを殺そうとしているのに、ハルカはそれを受け入れているのだ。

俺は自分の腕に火球を当て、月欠を吹き飛ばす。そしてその勢いのまま、ハルカに突っ込んでいき、ハルカを庇うように地面を転がり回る。

勢いが死に、止まる。俺はハルカの上に馬乗りになるように覆い被さり、胸ぐらを両手で掴み叫ぶ。


「なぜ防御しない!!」


「私の命はムルト様のものです。ムルト様が私を殺そうとするのであれば、私はそれに従います」


「俺の気持ちがお前の命より大切か!」


「はい」


即答だった。ハルカの嘘偽りのないまっすぐな眼差しが、その決意の固さを物語る。胸ぐらを掴んでいた手を離し、小さな声で言ってしまった。


「俺は、俺は自分の命よりも、ハルカ、お前の命が大切だ」


「嬉しいです」


「俺かハルカ、どちらかだけが助かるのならば、俺はお前を選ぶ」


「私は」


俺は人差し指でハルカの唇を抑え、目を見据えてはっきりと言った。


「そう、させてくれ」


「……はい」


「あぁ。お前は、俺の」


宝物だ。とは言えなかった


「ムルト様……あの、そろそろ……」


「む?」


「ムルト様に乗ってもらえるのは嬉しいのですが、その、やっぱり大勢の人に見られると……」


「おっと、すまん」


俺はすぐにハルカの上から退いた。

周りの冒険者は一部始終を見ていただろうか、注目を浴びていた。


「今の音はなんだ!!」


眼帯をした大男がのしのしと訓練場に入ってくる。


「……しまった」


大男が降りてきて、一番最初に見たのは、俺が壊した地面だ。訓練場の半分ほどを破壊してしまっている。そして、その先には俺とハルカ、その大男の目線も浴びてしまうことになる。


「お、ま、え、ら、か〜!!」


大男が腕をブンブンと振り回しながら、こちらへと走ってくる


やってしまったことは仕方がない。俺は話し合いをするつもりで、逃げも隠れもしない。


「すまないな、とりあえず話しを」


大男の右ストレートが、俺の顔面にクリーンヒットする。

仮面が割れることはなかったが、俺は吹き飛ばされた。


「ムルト様ー!!」


最後に聞こえたのはハルカの声、俺の意識はそこで途絶えた。


「ん?今の手応えは……」

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