骸骨と番の鹿

金色の泉は、誰も入れないし入らない

目印もあるけれど、誰もそれに気づかない

暗い洞窟の中に、それはある。

怖いもの知らずだけが辿り着ける、神秘の泉




「その本はなんですか?」


「フォルの大冒険という絵本だ。見ろ、黄金の泉ついて描かれている」


「本当ですね……でもこれは物語なんじゃ?」


「そういうわけでもないらしい。これを見てくれ」




底の国はとても豊かで、平和だった。

底の国の王はとても穏やかで、友好的だった。国に辿り着けるのは特別な者。

招待状代わりのたくさんの手、痛くも苦しくもない、大きな大きな優しい手。




「これは、俺が海の底に連れ去られ、行った城の中に似ている」


「ここに行ったんですか……綺麗ですね」


「つまり、フォルという人物は存在し、本当に各地を巡ったということだ」


「ムルト様はこの本に黄金の泉へのヒントがあると?」


「あぁ。だが、ハルカの言う通り、物語かもしれないからな、情報集めもする」


「はい!」


「さっそくギルドに向かおうか」





「この依頼を受けたい」


オークの討伐だ。依頼達成報酬は、一体につき金貨1枚。オークの肉は量によってさらに上乗せしてくれる。


「かしこまりました。それではギルドカードをおかりします……はい。それでは、お気をつけていってらっしゃいませ!」


「あぁ。感謝する。それと、聞きたいことがあるのだが」


「はい?」


「黄金の泉について知っているか?」


「はぁ……黄金の泉、ですか……」


ギルド職員の男が困ったような声を出した。

それを助けるように、ギルドに隣接している酒場から、大きな笑い声と、馬鹿にしたような声で話を続けるものがいた。


「はっはっは!まだ黄金の泉なんてものを信じてるやつがいるのか!」


「何か知っているのか?」


「知ってるも何も、ここに住んでる奴はみーんな知ってる法螺話さ!」


酔っているのかわからないが、小さいが立派な肉体をし、これまた立派なヒゲを蓄えているドワーフが言った。


「黄金の泉なんてものはなぁ、ある1人の爺さんの法螺なのさ!」


「その人物について詳しく教えてくれないか?」


「あんたも聞いたことはあるだろうよ。神匠フッドン。あの爺さんの法螺さ!鍛冶の腕は確かにすごかったが、それも昔の話さ!今はただの酔いどれ爺さん。もう歳なんだろうが、黄金の泉の話をし始めてからボケちまってなぁ!」


周りにいる人間やドワーフ達が大笑いをする。


「そのご老人は今どこに?」


「それもわからねぇからな!ボケ老人だ。そこらへんを徘徊してんだろうよ」


「そうか。感謝する」


「良いってことよ!黄金の泉なんて馬鹿みてぇな話、信じる方もどうかしてるがな!はっはっは!!」


黄金の泉、そして神匠フッドン。それらには何かしらの繋がりがあるのだろう。

どちらかに辿り着ければ、あるいは……


「ムルト様?」


「いい話を聞けたな。討伐に向かおう」


「はい!」





俺たちは、砦のような門についている小さな出入り口から、森のほうへと向かっていく。

左手にものすごく大きな山がいくつか見える。それらは全て鉱山らしく、色々なところに穴が空いているらしい。

俺たちの来ている森からもいくつか鉱山の中へと入れる入り口があるという。


だが、今日は鉱山に立ち寄らず、オークとブレードディアを探している。


「あっ、ムルト様、これオークの足跡じゃないですか?」


豚の大きな足跡が地面に残っている、足の大きさからしてオークで間違いないだろう。


「こちらに向かってみよう」


「はい!」


足跡を辿っていくと、ちょうど獲物を食べているオークを発見した。

食べているのはシルバーウルフの群れだろうか。3匹が無残にもはらわたを穿り出され、貪られている。

近くにはもう2匹のシルバーウルフがいるが、足を捻り切られているようで、立てずに苦しんでいる。


「……ひどいな」


俺はその光景を見て、言葉を漏らしてしまった。


「さっさと片付けよう。援護を頼む」


「わかりました」


俺は隠密を使い、気配を完全に消す。

静かに1匹のオークの後ろに迫り、背中に飛び乗り、首を切り落とした。

贅肉まみれの仲間が、頭を失いその場へ崩れるのを、周りの仲間達が気づく。その頃にはもう遅い。近くにいたもう1匹のオークの心臓を、月欠で貫く。俺へ伸ばしていた腕は、その目標に害を加えることができず、そのまま力なく横たわる。

残りの1匹は、死んでいく仲間に驚きつつも、近くに置いてある武器である大斧を俺へと振り下ろしてくる。

俺は冷静にその動きを見て、カウンターを狙う。

体を回転させながら斧を避け、すれ違い様に、回転を加えた剣で首を一閃。

オーク3体の討伐は、10秒ほどで終わった。


「さすがです!ムルト様!」


「あぁ」


俺は短く返事をし、2匹のシルバーウルフに近づく。足が捻り切られていて、立ち上がることもできないシルバーウルフは、必死の抵抗として、唸り声をあげているだけだった。


「お前達に罪はない。だがその体では生きていくことも難しいだろう」


俺は月欠をしまい、せめてもの手向けとして、人狼族にもらった短剣を取り出す。


「今、楽にしてやる」


短剣に魔力を流し、強化する。俺はシルバーウルフの首を優しく下から支えると、唸り声を上げるのをやめ、静かに俺の目を見る。


『……感謝する』


そう聞こえた気がした。俺は力を入れ、シルバーウルフの首を落とす。残るもう1匹も同じような感じだった。


「シルバーウルフ達は、この森に埋めてやろう」


「はい」


ハルカに火魔法を使ってもらい、地面に大きな穴をあけ、その中にシルバーウルフ達を入れ、俺の風魔法で周りから土をかぶせた。


(埋葬というのはこんなものでよいのだろうか)


わからなかったが、俺は黙祷を捧げ、その場を後にする。





「あれがブレードディアか」


オオカミたちを埋めた後、ブレードディアの散策をしていると、見事に発見することができた。

目の前には立派な角を持つ鹿がいる。

だがその角は、刃物特有の輝きを放ち、鎌のような形をしていた。近くには雌鹿と思われる角のない鹿もいる。


「さっきと同じだ。俺が隠密で近づいて殺す。ハルカは援護を頼む」


「はい。任せてください」


小さな声でいつもの確認をし、俺はすぐにブレードディアの背後をとる。


(先に苦戦しない雌鹿だな)


俺は月欠を静かに抜き、魔力を通し、忍び寄り、背中に乗り、首を一撃


(っ?待てよ?)


俺は雌鹿に攻撃するのをやめ、すぐに飛び退く。それを見たハルカが、草むらから飛び出し、俺の横に並び、メイスを構えた


「ムルト様!どうしましたか!」


「ハルカ……この2体は番のようだ」


よくよく見ると、雌鹿の腹が異常に大きいことに気づいた。きっと近いうちに子鹿が産まれることだろう。

父親と思われるブレードディアが、鼻息を荒くし、雌鹿を自分の背中へと隠れさせている。


俺はその姿を見て、剣を鞘へ納める。


「ムルト様?」


「腹の中に子を宿しているようだ。依頼の内だとしても、罪のない子を殺すのは気がひける」


俺はハルカに説明し、雄鹿に向かって一歩進みでる。


「不意打ちしたことを謝ろう。許してくれるのであれば、このまま立ち去る」


雄鹿は俺を見つめている。雌鹿も同様に俺を見つめるが、俺は身動き1つしない。

しびれを切らしたのか、雄鹿が俺の目と鼻の先にまで近づいてくる。

その顔は穏やかで、怒っているものではなかった。


コツン、と、強めに俺の仮面へ鼻先をつける。それが終わると、俺たちに背を向け、森の奥へ歩んでいく。どうやら許してくれたようだ。


「ハルカ、宿に戻るか」


「はい!帰りましょうか!」


ハルカと共に街へと帰り、ギルドに依頼達成の報告をする。


「はい。オーク3体と、その全てのお肉を納品ですね?依頼達成報酬と合わせて、金貨6枚となります」


「あぁ。確かに。それと、この依頼をキャンセルしたい」


「えぇっと……ブレードディアの討伐と素材の納品ですね。かしこまりました。依頼達成期日まではまだありますが、キャンセル料の金貨1枚をお支払いになってしまいます。よろしいでしょうか?」


「あぁ」


ヤマトで受けたこの依頼だが、ここへ着いて初めてブレードディアを見つけた。きっと他にもいるだろうが、ここいらで発見することができるのはあの番ぐらいだろう。

あの番には幸せに暮らしてほしいと密かに願う。


罰則金、金貨1枚を支払い、ギルドを後にする。結局報酬は金貨5枚となったが、これはこれで普通に高収入だ。節約すれば十分に暮らしていける。


「今日もあそこへいくか」


「ほっぺが落ちるところですね!行きましょう!」


だが、またしても店仕舞いをしており、仕方なく俺たちは近くの酒場で飯を食べることになった。安上がりではあるが、ハルカの喜ぶ顔が見たい。


「十分美味しいですよ!気にしないでください!」


あの店は昼頃でもないと品物が残っていないようだ。明日は昇格試験がある。

俺たちの参加は午後からになるので、その時にでも食べようと思う。


(Cランクか……もう少しで俺のランクに追いつくな)


月読で自分の手を見ながら、明日の試験がどんなものなのか、期待をする。

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