骸骨と黒い男

私は鳥の鳴き声が聞こえて、目を覚ます。


心地よい朝日が、窓から室内を照らしている。


(ムルト様、またカーテン開けっ放しだ)


私にとってはいつものことだ。

ムルト様と共に月を眺め、一緒に床につくのだけれど、ムルト様は月の光が部屋に入ってくるのが好きらしい。だから寝るときもカーテンは開けっ放しなのだ。

朝の気持ち良い太陽が部屋を照らしてくれ、すぐに起きることができるのだからいいのだけれど。


(うふふ。ムルト様、また口が開きっぱなし)


眠っている時のムルト様は、はっきり言ってただの白骨死体だ。いつも青い炎が目に灯っているが、目を閉じるとそれが消える。

光のなくなった目に、空いた顎骨。

他の人に見られれば、私が人殺しをして、その死体を愛でていると捉えられてしまうかもしれない。

死体を愛でているというのは否定できないのだけれど……。


(今日も、ムルト様のために頑張ろう)


街によるたびに、ムルト様が気になりそうな店を選んですすめている。

結局私が楽しんでしまうのだけれど、ムルト様も楽しんでいると嬉しいな。


(昨日の浴衣姿似合ってたなぁ……)


1人でそんなことを考えながら、そろそろいい時間かと思い、ムルト様を揺すって起こす。


「ムルト様、朝ですよ」


すると、すぐに光の失われた目の中に、力強い青い炎が燃え上がる。目を覚ましたのだ。


「あぁ。おはよう。いつもすまないな」


「いえいえ」


ムルト様はなかなか自分では起きれないらしく、いつも私が起こしている。

たまに1人で起きることもあるのだが、そういう時はなぜか夢を見るらしい。

どんな夢を見たかはうまく思い出せないらしい。


「朝風呂に入ったら、飯にしよう」


「はい!」


変わらない。変えたい一日が、今日も始まる。





俺たちは冒険者ギルドにいた。

地図を見るのと、次の街で達成するためのクエストを受けにだ。


「機械都市に向かうのですか?」


「あぁ」


「それなら、山にある洞窟から行ったほうがいいかもしれませんね」


「知人から山を迂回したほうがいいと言われたのだが」


「それは山を横断するなら、ってことじゃないですか?洞窟のルートは3年ほど前に完成してから、それが主流になりましたね」


「ふむ」


龍神の情報は間違っていないが、古いということだな。

いつもはあの山に引きこもっているし、移動は空を飛んでいる。知らなくても当然だ。


「ならば、その道を行くことにしよう」


「道も整備されていますし、警備の冒険者達もいるので安心だと思いますよ」


「あぁ。感謝する」


「クエストを受けるとしたら、このへんですかね」


マウンテンウルフ×3の討伐

スケルトンの間引き

ブレードディアの討伐、素材納品


マウンテンウルフは、強さ的にも数的にも十分に達成できそうな依頼だったが、人狼族との関わりがあり、モンスターといえども積極的に狩ろうとは思っていなかった。襲われた場合は別だが。


スケルトンも同じ理由で断った。

あるとすれば、ブレードディアだろうか。

角が剣のように鋭いが、しなやかで加工しやすく、その皮は、生存競争や番いの取り合いに負けぬよう、同種のみならず、あらゆる刃物を通しにくいという。

警戒心と逃げ足が早く、中々狩れないモンスターではあるものの、需要は余りあるらしい。


「これを受けようか」


「かしこまりました。可能であれば複数匹狩ってほしいとのことなので、よろしくお願いします」


「あぁ。わかった」


依頼を受ける時に、EランクからDランクへ上げられた。

どうやら、討伐モンスターのレベルを見て、上げても良いと判断されたのだろう。

Bランクに届きそうなぐらい強いと言われ、早めにランク昇格試験を受けてほしいとも言われた。


「試験、受ければいいんじゃないですか?」


「今日この街を発つからな、次の街でもいいだろう」


「それもそうですね。私も一緒にランク昇格試験受けますよ!」


「あぁ。それは頼もしいな」


セルシアンのおかげで金銭面に余裕のある俺たちは、そのまま門から街を出た。

整備された道を進むと、洞窟が見えるらしいのだが、それが中々遠い。

馬車で向かって3日の場所に洞窟があり、さらに洞窟を抜けるのに5日、機械都市まで3日だ。

中々遠い道のりで、機械都市行きの馬車は出ているのだが、俺たちは徒歩で向かうことにした。


レベル上げもしたかったし、何より大勢と寝食をともにすれば、それだけスケルトンであることがバレてしまうかもしれない。

無用なリスクは避けたいところであった。


「いい天気ですね」


「あぁ。いい天気だ」


太陽が爛々と輝く中、整備された道の端を歩き、微かに出来ている木陰の下を歩く。


「そろそろ休憩しよう」


「はい」


俺は別段疲れることはないのだが、休みたいという欲求があった。

ハルカは俺と違いちゃんと体力があるので、休みは必要不可欠なのだ。3時間ほど歩き、30分は休憩をとるということを、昨日の晩に決めていた。大きな木陰にハルカを座らせ、俺は対面の木に背中を預け、辺りを警戒する。


「ムルト様、喉渇いてませんか?」


水筒を俺に渡してくるハルカ


「そうだな。もらおうか」


ハルカは木の杖と水筒を片手に、俺へと水筒を手渡した。少しばかり右に傾けられている。俺はそれを確認し、小さく頷く。

ハルカは木の杖を短く持ち、窓の木陰へ戻って立っていた。


そして俺は首を右の方向へ傾け、大きな声を出す。


「俺たちの後をつけていたのは気づいている!姿を表せ!」


すると、何もなかったはずの場所から、人影が現れる。文字通りの、真っ黒な人の影が、木の影の中から現れた


「……驚くと思ったが、そうでもないのだな」


「ギルドからずっとつけていたことはわかっていた。何の用だ」


ギルドからずっと誰かに見られていた感覚はあった。それは街を抜けた後も続き、ハルカもそれに気づいていた。すぐには攻撃してくることもなく、俺たちは街から十分に離れたところで対峙しようと決めていた。


「まずは自己紹介をしよう。ロンドという。冒険者ランクはS2だ」


黒いコートを羽織っているが、それ以外はわからない得体の知れない男。


「我が名はムルト、冒険者ランクはDだ」


「そうか。モンスターとしてのランクは、今いくつだ?俺はランクS1、真祖吸血鬼エンシェントヴァンパイアのロンドだ」


「……私はランクB、月の骸ムーンスケルトンのムルトだ」


「とりあえず争う気はない。まずは話をしよう」


俺は武器に手をかけたまま、その言葉を聞いた。ロンドと名乗った男は、特に構えるでもなく、警戒する様子もない。


「無言は肯定として捉えて構わないな?セルシアンという男を知っているだろう」


「あぁ」


「その男とは戦ったのか?」


「あぁ」


「お前が生きている。ということは、奴を殺した、ということになるが」


「そうなるな」


その問答をした時、初めてその男の表情が動いた。

眼が赤みを帯び、殺気が溢れ出る。


「これが最後の質問だ」


ガチャン、と、ロンドは両手の袖から武器のようなものをだす。鎌のようだ

俺とハルカは身構える。いつでも武器を放てるように。

鞘から、少し刃を出しながら……。

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