骸骨と儚げな少女

『勝敗は決したな』


「ムルト様!」


龍神がそう宣言し、ハルカが俺へと飛び込んでくる。俺はそれを難なく受け止め、きつく抱きしめる。


「よかった……よかったです!」


「心配をかけてすまない」


俺がそう言い終わる頃に、体が僅かに光り、消滅してしまう。どうやら下位召喚の時間制限がきてしまったようだ。

仲間達も次々と消え、俺の頭蓋骨はハルカの胸の中、胴体は、少し離れたところで制御していた仲間が消えてしまい、その場で崩れていた。


「ハルカ、俺の頭蓋骨を体に戻してくれ」


「はい!お任せください!」


ハルカは俺の胴体まで歩くと、優しく俺の首と頭を繋げてくれる。体に感覚が戻ったことを確かめ、ハルカへとお礼を言う。


「ありがとう」


「いえいえ」


気さくなその笑顔は、輝いていた。


「それにしても……ボロボロだな」


俺は自分の体を改めて見る。

肋骨が5本、左の上腕骨が砕かれ、鎖骨と大腿骨にヒビが入っている

ハルカのアイテムボックスの中に肋骨の予備が2本入っているが、それでも足りない。


「ハルカ、肋骨の予備を出してくれ」


「はい!」


俺はハルカから肋骨をもらい、それを折れた肋骨と交換する。


「とりあえずこんなものか。仲間の亡骸も探さないとな」


「手伝いますよ!」


「あぁ。頼む」


『骨を探しているのか?』


「あぁ。同じ部位の骨があれば、私の体に癒着する」


『ふむ。いいものが目の前にあると思うがなぁ』


龍神はそう言って、セルシアンの死体を見た。


「敗者を貶めるのは気がひける」


『勝者は敗者の全てを手に入れるのだ。お主が手に入れたのはまず命だ。そして装備、肉体すらも必要ならばお主のものになると思うが?』


「もう命を奪っている。これ以上奪うのは良しとしない」


『それこそ敗者を貶めていると思うが?』


「なぜ?」


『……これは食事と似ているかもしれない。殺した獲物を残さず食べる。血や肉、骨、目玉まで、我は捕まえた獲物の全てを得る。それは感謝であり、弔いだ』


「俺もそうすべき、ということか。全てを、か」


俺はセルシアンから装備を脱がす。布をかけたが、体が半分になっているので、隠すことのできない部分もある。

まず俺がもらったのは、セルシアンの革鎧だ。2つになってしまっているが、腕のいい鍛冶職人なら修復もできるだろう。

そして2本の細剣、どこまで曲げても折れることも、変形することもなかった。なかなかの業物だと言える。


その他の金貨や、持ち物なども回収し、全てハルカのアイテムボックスへと入れる。

ここからが本命だ


「セルシアン。死者の身に刃を突き立てること、許してくれ」


俺は短剣でセルシアンの右肩を切り落とす。


『手伝おうか』


「あぁ。頼む」


死者の体を長く弄る趣味はない。ただでさえ、本当は避けたいことなのだ


『離れていろ』


俺たちがセルシアンから離れたことを確認すると、龍神の喉が赤く光り、口から炎を吐き出した。その炎は龍神と同じような白で、とても神秘的に見えた。炎がセルシアンを包み込むと、すぐに燃え尽きる。

そこには白焦げのセルシアンの遺体がある。


『さぁ、これで少しは楽になったはずだ』


龍神が言った通り、そのあとは楽だった。

交換したい場所の骨を持ち上げると、白焦げの肉がずり落ち、骨のみが綺麗に持ち上がる。その白焦げは肉ではなく、まさに灰だった。持ち上げた骨の灰を手で払い、体の各部分へとはめていった。


体は完全に元通りになった。

砕かれた骨や、ヒビが入った骨は龍神に砕いて埋めてもらった。

残ったセルシアンの骨は予備として袋にまとめ、ハルカのアイテムボックスの中へとしまってある。

残っているのはセルシアンの遺灰だけだ


「ムルト様、私に考えがあります」


ハルカの故郷では、火葬して出た灰を、海や山など、見晴らしのいい場所から散らすことがあるらしい。

この山はとても高く、雲海もある。

うってつけの場所ということだろう


『我の背中に乗せてやろう』


龍神からの申し出だった。正直、俺のMPは枯渇寸前だった。空を飛ぼうと思えば飛べるが、1分と持たないだろう


「頼む」


俺とハルカは龍神の背中に乗り、空を飛んだ。すでに月が出ており、雲海をその光で照らしていた


「美しい……」


この山へ来た時とは違い、雲海は白色ではなく、青い月に照らされ、青く染まっていた。

雨を溜め込んでいるからなのか、その光は雲の中に入り込み、水に反射し、宝石のように輝いて見える。


「美しい山と、美しい海、ここで散ったことを誇りに思ってくれ」


俺は先ほど集めたセルシアンの灰を、青く輝く雲海へと散らした


灰は風に吹かれてどこかへと飛んでいく。

本当に強敵だった。

大罪の力を使えなければ負けていただろう。

大罪の力は、少しであれば使えるようになった。憤怒の罪は赤色、怠惰の罪は青色の魔力の色をしている。

どちらも使おうと思うと、少しその感情に引っ張られてしまう。憤怒はすこしムカムカしてしまう。怠惰はさっさと終わらせたくなる。といったものだ


灰を撒いた後、龍神がヤマトまで送ってくれると言った。願ってもないことだった。

旅館を予約しているし、温泉にも入りたい。

空を飛ぶ魔力も残っていなければ、山を歩いて下ろうと思えば何日もかかってしまう。

俺たちは龍神の厚意を受け取った。





来た時と同じような場所を通り、街の近くまで来たが、龍神が街まで顔を出せば、また騒ぎが起きると思い、街の近くの森で降ろしてもらった。

俺たちはそこから徒歩で街へ向かう


「此度のこと、感謝する」


『気にするでない。お主達も気をつけろ。……と、そう言えば、あの小僧が来る前、お主、何かいいかけていなかったか?』


「あぁ。そういえばそうだった」


『何を聞きたかったのだ?』


「大したことなどではないのだが……龍神が今まで見た中で、一番良い景色はどこだった?」


『はっはっは!そんなことか……そうさなぁ。一番美しいと思った景色は、先ほどお主達と見たあの雲海だなぁ』


「そうか。一緒に見れたこと、嬉しく思う」


『我もだ。だが、2番目、ではないが、山を迂回した反対側に、ドワーフ達が住む国がある』


「ほう?」


『そこには、金の美酒、というものが湧き出る泉があるとか。我は行ったことも飲んだこともないが、我が友が言っていたな』


(金の泉か……)


俺はダンから聞いた話を思い出す。金色の水が湧き出る泉。酒とは言っていなかったが、行ってみたい。


「感謝する。次の目的地が決まった」


『あぁ。それではな。お嬢さんも元気でな』


「はい!ありがとうございます!」


『それでは、機会があればまた会おう!』


龍神はそう言って天高く登っていく。


「昇り竜……」


ハルカの口からふとそんな言葉が漏れていたが、見たものをそのまま口に出してしまっているようだった。





俺はその後、何事もなく街の中へ入り、旅館へと戻ってくる。

晩飯を食べる前に風呂に入る。

少々値は張ったが、部屋に備えつけられている露天風呂に浸かっている。

暖かい湯に浸かりながら体の疲れをとり、美しい月を見上げる。なんとも贅沢なことをしているのか。


損傷した骨もしっかりと癒着しており、体の一部となっている。そして、いつの間にか手に入れていた変温というスキルのおかげで、湯の熱が伝わってきている


「とても、気持ちいいな」


「ムルト様、私もご一緒してもよろしいですか?」


脱衣所からハルカの声が聞こえてくる


「あぁ。構わないぞ。遠慮しなくていい」


「はい。それでは失礼して」


ハルカは一糸纏わぬ姿で外へ出てくる。

透き通ったような白い肌が、月の光に照らされ、煌めいている。肩に刻まれている奴隷紋までもが、それを美しく見せる。

何より、頬が僅かに赤く染まっているのが、ハルカの全てを際立たせて見せている。


「ハルカ、とても美しいぞ」


俺は見て思ったままのことを口に出す


「え、は、ははい!!私、その、可愛いですか!」


「ん?あぁ。そうだな。とても愛い」


「その、ドキドキ、しますか?」


ハルカは胸や足を隠すようにくねくねとして、俺にそう聞いてくる


「そうだな。ドキドキする心臓もないからな。あればドキドキしていたかもな」


「や、やっぱりそうですか……」


ハルカは見るからにシュンとしてしまった

また見当違いのことでも言ってしまっただろうか


「お隣、失礼します」


「あぁ」


ハルカが俺の隣で湯に浸かる。そして俺の左腕に腕を絡ませ、抱きついてきた。

ハルカの胸から、心臓が脈打つ振動が伝わってくる。


「どうした?」


「いえ……」


ハルカはなんとも儚げな表情をして、月を見上げてこう言った


「ただ、こんな時間が、ずっと続けばいいなって思って」


そう言われた時、俺のない胸が、ドキりと高鳴ったのを感じた。

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