骸骨と牛王

俺は咄嗟に反応し、ハルカの前に出る。

セルシアンの持つ細剣は、俺の顔面めがけ突き出されており、目から頭蓋骨の中を抉るように侵入してくる。


「っ!」


細剣は俺の後頭部に当たると、しなり、もう一方の眼窩から外へと出る


「ちっ!かってぇ骨だなぁ!」


セルシアンは後ろへ跳びのき、俺との距離をとる。

セルシアンは確実に目玉を狙っていた。

目玉は腹や腕と違って、硬い筋肉がない。

柔らかい目玉を突き破りつつ、脳内を抉る。

セルシアンのこの技は、一撃必殺のもののように思える。


「ハルカ!下がっていろ!」


「は、はい!」


「龍神よ、ハルカを頼む」


『ふむ。いいだろう。小娘よ。こちらへ来い』


龍神は、自分の尻尾をハルカの前に敷いた。

こちらには攻撃を加えるな、という線らしい。


「俺だけを狙えばいいだろう!」


「モンスターと一緒につるんでるんだ。文句は言えねぇだろ?」


下卑た笑いを浮かべながら、セルシアンはそう言った。

この男への怒りが、俺の中で燃え上がりつつあった。


俺は剣を構え、その男へ飛びかかる。

男の首筋から、斜めに剣を振り下ろす。

だがその剣筋は、2本の細剣によって受け止められてしまう。


「大したことねぇなぁ!」


前蹴りが俺の腹へと叩き込まれる。

痛覚はないが、衝撃は伝わってくる。

ダメージが入っているはずだ。


HP4146/4200


今ので少し削られてしまった。だが、俺はスケルトン。頭蓋骨を割られなければ死ぬことはない。HP1でも戦えるのだ。


「そういやぁ、スケルトンは頭蓋骨を砕かなきゃあ死なねぇんだよなぁ?ー打撃付与ー」


セルシアンは右に持っている細剣で、左の細剣を、なぞる。

左の細剣は魔力を帯び、どうやら硬く鋭くなっているようだ。打撃、と言っていた。左の細剣には注意を払わなければならない。


「ブルっちまったか?」


その言葉は、目の前から聞こえた。

恐ろしいほどのスピード、目では追えなかった。

左の細剣が、俺の頭蓋を砕こうと、横殴りに飛んでくる。俺はそれを、魔力の込めた剣で受け止める。

右の細剣で、肋骨を突かれてしまった。細剣はしなり、それが伸びる。その衝撃で、俺は吹っ飛ばされた。





「口程にもねぇ」


セルシアンが、地に伏している俺にそう言った。

俺は、文字通りセルシアンに転がされていた。いつのまにか、セルシアンは左の細剣で俺の頭蓋を砕こうとはせず、右の細剣と体術のみで俺を圧倒した。

俺は手も足もでなかった。


「……骨が折れるな」


「はっ!まだ余裕があるようだなぁ」


HP86/4200


余裕などなかった。

HPは残り100を切っているし、体も思うように動かなくなってきていた。


「ふむ。だが、負けるわけにはいかぬのだ」


「そうだなぁ。お前が負ければ、次はその女だ」


「そう、だろうな。だからこそ、俺は負けられない」


「そんな体で言われてもなぁ?」


俺はボロボロだった。打撃が付与されている細剣では頭を狙われなかったが、それ以外の箇所は砕かれている。

肋骨、左の上腕骨、鎖骨。


「でも、諦めたらそこで終わりだろう?」


「……そうだな、それじゃ、早速諦めてもらおうか」


セルシアンは振りかぶり、右の細剣を放った。目標は、ハルカだった。


「なっ!!龍神!!」


『……』


龍神は答えない。

その細剣は、ハルカの口へと吸い込まれ、


キィン


と甲高い音を立て、ハルカはそのまま後ろへと倒れた。


「貴様ァァァァ!!!よくもぉぉぉぉ!!」


体から赤色の魔力が吹き出る。

俺の怒りが身を包み、全てを巻き込んでいく。


『いかんな……』


「そうだ!そういうのだよ!さぁ!俺を楽しませてくれよ!」


俺は剣を強く握り、踏み込んでいく。一足で踏み込み、赤い魔力を込めた月影で斬りかかる。透き通った青い刀身は無く、禍々しい紫色をしていた。


だが、その剣をセルシアンは受けることもなく避ける。カウンターが体に打ち込まれてしまう。


「うっ、がぁぁぁぁぁ!!!」


俺はそれを耐え、腕のない左腕で殴りかかる。初めて攻撃が通じた。


「ぐっ!……腕がないのに、なかなか威力が出るもんだな」


セルシアンは後ろへ跳び、衝撃を逸らしていた。


俺の体は微かに光り始めていた。

どうやら進化が始まっているようだった。

俺のレベルは、進化したてで未だに1、進化などはしないはずなのだは。


(だが、この進化で奴を殺せるならば、そんなことは関係ないな。ハルカの仇は……必ず!!)


俺は握り締め、殺意を込める。

そして、ハルカの幻聴が聞こえてしまう。


「ムルト様!!」


死んだはずのハルカが、変わらない明るい声で叫んでいる。生前のハルカが頭をよぎる。とても活発で、優しい子だった。

あわよくば、異世界の話をもっと聞きたかった。


「ムルト様!!後ろ!向いてください!」


ハルカの仇を前に、背中など向けることなどできるはずがない。


(まさか、この男の魔法か……?死人を冒涜するとは……許せん!)


俺の中では怒りと殺意が入り混じっていた。

俺の赤い魔力に、どす黒い何かが混じり始める。


「もー!ムルト様のバカ!」


スコン、と、後ろから細剣が飛んできて、頭に当たる。俺は思わず後ろを振り向いてしまう。


「ハル……カ?」


「もー!なんで振り向いてくれないんですか!ムルト様!物を投げてしまい申し訳ありません!」


「な、なんで生きている?!」


「これですよ!レヴィア様の鱗で作ったお面に細剣が当たって!」


セルシアンの放った細剣は、ハルカの口元へと飛び込んでいった。

だが、ハルカはレヴィアの鱗で作られている狐口面というものをしていた。細剣はその仮面に当たって、弾かれたという。


「貫通はしませんでしたが、衝撃があったので、少しだけ気を失ってしまいました」


えへへ。と言いながらハルカは頭をかいている



「あぁ。よかった。本当に、よかった……」


涙は流せない。だが、本当に、本当に、ハルカが生きていてよかった。


「ハルカ……」


「私は大丈夫です!ムルト様も気をつけてくださいね!」


それは目の前の敵に、ではなく、もっと他のもののことへ向けられているように感じた。

進化を始めていたはずの体は、元のように戻っているし、怒りも薄れてきている。

今ならこの魔力をコントロールできそうだ。


ダゴンの所で手に入れたこの水晶。

精神が安定、感情が芽生える他に、スキルの抑制もしているようだ。

俺は溢れ出している赤い魔力を操作し、剣へと纏わせる。

だが、ふと違和感を感じる。


(ん?なんだ?)


俺の剣、月影は、憤怒の罪の魔力を取り込むと、微かに光りだし、姿を変えた。

月影は剣から斧へと変わっていった

禍々しい柄に、大きな牛の頭蓋がついている。その角にあたる部分から、紫色の大きな刃が、怪しく光る。


(これは……)


俺は感じた。この頭蓋は、あの夢で見たミノタウロスの、モブのものだと。

モブが俺に力を貸してくれていると感じた。


「強大な力を感じる……」


「ムルト様!その仮面!」


「む?」


ハルカに言われ、自分の仮面を触る。おでこのあたりから、2本の角が生えているようだ。これはモブのものだろうか。


今、俺は1人じゃない。もしかしたら、怠惰の力も貸してくれているのかもしれない


「ムルト様!負けないでください!」


「あぁ。大切な者が俺の後ろにいる限り、俺は絶対に負けない。行くぞ!」


「姿が変わったところで何だってんだ」


俺は斧を握りしめ、走りだす。

これは、俺の大切なものを守る戦いであり、モブにとってのリベンジでもあるのだ。負けるわけには、いかない。

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