骸骨と卑怯者

『もう少ししたら雲を抜けるぞ』


龍神が体をくねらせながら、俺たちに言った。

天気は雨だ。猛スピードで雨の中を飛んでいる。大粒の雨が猛スピードで顔や手足に当たっているのだ。

俺は痛覚もなければ体温もないのでさほど気にはならないが、ハルカは違う


「ハルカ、中に入っていいぞ」


「な、中、ですか?」


俺は抱き抱えていたハルカを自分の肋骨の中へと入れる。

ハルカのへそが下側になるように入れ、首あたりの肋骨に手を添え、俺の顎の下から顔を出している。


「よし。完璧だ」


「なんだか……恥ずかしいです」


ハルカは膝をおって、丸まった状態で肋骨の中に収まっている。

文字通り、ハルカを腹内に収めた。やろうと思えばできるものだ。

ハルカは顔を出しているから雨が当たってしまうが、俺は風魔法を器用に使って、ハルカの顔周りにバリアのようなものを張った。


「お気遣い、ありがとうございます……」


「ハルカは俺の大切な友人だからな」


「友人、ですか……」


「?なぜ悲しそうにするのだ」


「な、なんでもないです!」


「言ってくれ!俺に人の心を読むことはできないのだ」


『上がるぞ。ついてこい』


龍神が俺たちの会話にさらりと入り、そう言った。目の前には大きな山が見える。

緩やかな斜面ではなく、その山は頂上に向かうほど急になっていた。屋根のような形をしている。

頂上は雲のうえにあるのか、見えはしなかった。


龍神はするりと雲の中へ入っていく。俺はそれについていき、雲の中へと入る。

薄暗い濃い霧、と例えればいいのか、雲の中は見通しが悪かった。

俺は必死に龍神についていく。龍神の巨大な姿は見えず、目の前でゆらゆらと動く尻尾のみを追っていく。

上に向かえば向かうほど、明るくなっている。


「ムルト様!私たち!雲の中を泳いでますよ!」


「泳ぐ……?そうか、ここが雲海か」


俺たちは雲海を泳いでいるのだ。水気を含んだ雲は、水と同じ、ということか。


(雲の中を泳ぐ。か、なんとも言えないが、ワクワクする。というのか)


雲の中をそれほど長く泳いでいないが、周りの雲は段々と薄くなっていく。もう抜けられそうだ。


ボフッ


俺たちは雲海を抜けた。


(眩しい……)


目の前には爛々と輝く太陽。

見渡す限りの真っ白な雲が、その光に照らされ、キラキラと輝いている。


雲海


まさに海のような輝きと、その広さ。


『今は雨が降っているから雲がたくさんあるが、晴れてる日はこうはならんぞ』


先に雲海を抜けていた龍神が声をかけてくる。雨が降っている今日この日は、運が良かったようだ。


「綺麗……ですね」


「あぁ。本当にな。だが、改めてわかったことがある。この雲海よりも美しいものが近くにあることを」


「近くに、ですか?」


「あぁ。ハルカ」


「はい?」


「お前は実に、美しい」


ボンッと、音でも鳴りそうなくらい、ハルカの顔が赤くなる。

俺は離れていってしまって初めて気づいたのだ。

ハルカの美しさに、出会った頃から綺麗だと思ってはいたが、共に旅をし、楽しみ始めてから、それにさらに磨きがかかっている。

当然、アルテミス様や月と比べるとまだまだだが、いつしか追いつき、追い越すかもしれない。


「ム、ムルト様、そ、それはどういう……」


「思ったままのことを言っただけだ」


「ひゃい」


『またか……もういいだろう?ついてこい』


龍神が太陽に向かって飛んでいく。

太陽の下には、先ほど見た山の頂上と思われる場所があった。

木や草が一切生えていない、岩のみでできた広場だ。

龍神はそこへ降り立ち、とぐろを巻く

俺も静かに地に足をつけ、ハルカを出す



『ここなら誰も来ないだろう。話が終われば我も眠ることができるしなぁ。して、何が知りたい?』


俺はハルカと顔を見合わせる


「当然決まっている。レヴィの居場所だ」


『それについては答えられない。レヴィアのやつが、「もしもムルト達に会うことになっても、私を追わないように言ってもらえるかしら?」と言ってな。それは教えることができぬ』


「方角だけでも教えてほしい」


『無理だ』


「目的は?」


『……お主のためになることだ』


「ならば尚更手助けをしなければならないだろう?」


『それをレヴィアが拒んでいるのだ。理解せよ』


俺もハルカも納得はできていなかった。

ここまで共に旅をした仲間なのだ。欠けてはならない大切な存在なのだ。


『お主らが旅を続ければ、また必ず会える。その時まで、強くなれ。死ぬな。知恵を身につけよ』


「……わかった」


納得はできない。が、今ここで質問を繰り返したとしても、答えが返ってくることはないだろう。旅は続ける。

それは美しいものや美味しいものを食べたいからだが、それよりも大切なのは人との出会いだ。今までたくさんの人物に出会い、色々な話や、色々な伝統のようなものを見聞きした。俺はそれをもっと知りたい。


『ふむ。それだけのためにここまで来てもらったのは悪かったが、理解してくれて何よりだ。これからも精進するのだぞ?』


「あぁ。それと、もう1つ聞きたいことがある」


『申してみよ』


「貴方様が見た中で、一番美し」


「やっと追いついたぜぇ!」


後ろから大きな声が聞こえる。

俺たちは振り返り、その声の主を見た。

緑色の、ドラゴンの鱗のようなものでできている鎧に、腰には2本の細剣を差している。面識はないはずなのだが、ふつふつと怒りがわいてくる。


(この男、どこかで)


俺は思い出す。この男は夢の中で見た男だと。少女を無慈悲にも殺した男。

この怒りはその夢で見た光景を思い出し出たものだろう。


『ここに辿り着く人間がいるとはな。だが、今は我の客人と話の最中でな、お引き取り願おう』


「龍神様、あんたにゃ用はねぇ。用があるのはその、スケルトン・・・・・のほうだ」


俺はローブと仮面を着用していたが、既に正体はバレてしまっているようだ。

俺はフードをとり、仮面で隠した頭蓋骨を晒す。


「私に何の用だ」


「無論。討伐だ」


『不敬者が!我の客人を我の目の前で討伐とはな!』


圧倒的な殺気が龍神から漏れ出る。俺もハルカもその殺気にあてられてしまう。

目の前の男も殺気を感じているようだが、涼しい顔をして言った。


「龍神様、勘違いしちゃいけねぇ。そいつの討伐はグランドマスターから出されているものだ。匿うつもりだったら、あんたでも許されないぞ?」


『……ほう。わかった』


「わかってくれたか。なら、そのスケルトンを差し出しな」


『ムルト、奴を殺せ』


龍神が物騒なことを言った。


「殺す必要があるのか?」


『奴はお前を殺そうとしている。そして、その魔力の歪み、お前の中の何かも、奴を殺そうとしている。お前はまだ死ぬべきではない。レヴィアにも会うのだろう?』


確かに、奴が俺を殺そうとしているのならば、俺は奴を打倒しなければならない。殺すまでいかなくても、戦闘不能にすればいいだけの話だ


「わかった。相手をしよう」


俺は月影を構え、男を見据える。


「いいねぇいいねぇ!見届け人は龍神様だ!」


男も腰に差した細剣を2本抜き、両手で構える。


「刺突戦車セルシアン、狡猾で残忍に、お前達を突き殺す!」


男が瞬時に距離を詰める。俺の中の何かが、ざわついた。


(違う!)


細剣の狙いは俺ではなく、その後ろ、ハルカだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る