憤怒の罪3/3

まさに、多勢に無勢、木々の隙間からは、多種多様のモンスターが見えている。

人型が多いようで、オーガやゴブリン、リザードマンなどがいる。

全速力でこちらへと走っている。

数十メートルも進めば、村はすぐそこだ。

彼は怒気を孕ませた雄叫びをした。


「ブモォォォォ!!!!」


ここから先は自分の縄張りだと。これより先へ進む者には鉄槌が下される。

モンスターの大群は一度、彼の目の前で立ち止まったが、後ろを少し確認してから、迷わずに彼に立ち向かって行った。

まず始めに飛び込んで来たのはオーガだ。

丸太のような腕を振り上げ、モブを叩き潰そうとする。モブはそれを片手で受け止め、下から斜めに斧で体を引き裂いた。

その一撃が、混戦の始まりを告げたのだ。


オーガやリザードマン、ゴブリンが波のように迫ってくる。モブはそれを砕き、踏みつけ、引き裂き、かち割った。

モブに目もくれず、村の方へ行こうとする者もいた。手に持ったモンスターを豪速球でそのモンスターに投げつける。

2体のモンスターは鈍い音を立てて弾け飛んだ。

鍛えに鍛え、ネームドであるモブにとって、オーガですらも危険と思えるモンスターではなかった。だが、数が数。目に見えてモブが疲弊していくのがわかる。


殺したモンスターの血肉を食べながら、数十分。モンスターの後方から、煌びやかな装備に身を包んだ人物が現れる。

光沢のある、緑色の鱗の装備を身に纏い、腰には一本の細剣レイピアを差していた

悠然と歩くその姿は、まさに強者と呼ぶに相応しい。


「なんだぁ?仲間割れか?」


先ほどまでモブと死闘を繰り広げていたモンスターが振り向き、その男を確認すると、恐怖に歪んだ顔をしているようだった。

モンスター達はモブに構うこともなく、我先にと一目散に駆け出した。

モブはそれを良しとせず、逃げたモンスターを追いかけ、殺す。

逃してしまった一体は村へと入っていったようだった。斧を投擲していたモブは、それを討つことはできず、モンスターの後を追い、村へと入っていく


「キャァァァ!」


アイラの悲鳴だ。今、まさに目の前、リザードマンがアイラに襲いかかろうとしていた。

モブの足では追いつけないだろう。

モブの最愛の者が、リザードマンによって……


殺されることはなかった。

先ほどの男、緑の鎧に研ぎ澄まされた細剣を持った男が、リザードマンの頭を貫いていた。


「ふぅ。これで終わりだな。っと、まだ1匹いるか」


その男はモブを確かに見据えていた。

モブはアイラの無事に胸を撫でおろした。

アイラに近づいた瞬間、その男が目の前から消え去り、次の瞬間には目の前で飛び上がり、その細剣の先で目玉を抉ろうとしていた


「ブモッ!」


モブは間一髪でそれを避け、転がる。


「ブモォォォォ」


「ミノタウロスにしてはいい動きじゃねぇか……返り血だと思ったが、お前が噂の、血濡れの暴牛か?」


モブは言葉を理解できなかったが、その言葉が自分を指していることだけは理解できた。

男はそれだけ言うと、静かに構えた。

モブもそれを受けるため、身構える。

両者が睨み合う中に、明るい少女の声が割り込む。


「待って!この子は私達の味方なの!」


「ん?テイマーか?まさかお前がこいつの主人とは言わねぇよなぁ?」


「モブちゃんはペットじゃなくて、友達なの!」


「友達だぁ?モンスターと?はっ、笑わせるなぁ。友達ってんなら、言うことを聞くだろう?ちゃんと手懐けてあるなら、指示を出してみろ。従ったならば危険がないと判断する」


「わ、わかったわ!モブちゃん!回って!」


アイラがモブへとそう声をかけるが、それは初めて聞く言葉だった。

モブが理解している言葉は、ありがとう、とってきて、もってきて、動かして、この4つの言葉しか理解できていなかった


「ん〜と……あっ!モブちゃん!とってきて!」


とってきて。という言葉をモブは理解した。何を、とは思っているが、行動に移すことはできなかった。なぜならば、目の前の男が絶えずプレッシャーを常にモブへ対して放っているからだった。目を少しでも離せば、即座に胸を貫く気だろう。


「そ、そんなぁ……」


「モンスターは危険なんだ。わかったらどけ」


「ダメ!モブちゃんは友達なの!殺しちゃダメなの!」


「アイラ!」


アランと、妻のシイラがアイラの近くに行き、娘をきつく抱きしめる。


「冒険者様、Sランクとお見受けします。ここは見逃して頂けませんか?この子は私達の家族と言っても過言ではないのです。よく働いてくれますし、子供達の相手もしてくれます」


「ん〜そうだなぁ……そりゃ無理って話だな。モンスターは殺す。邪魔立てするなら、お前らも、この村の住人も、殺しちまうぞ」


低く冷たい声を放った。モンスターをテイムし、使役する者のことをテイマーと呼ぶ。テイマーは主人の指示を理解し、それを実行に移すことができる。命令を必ず聞くわけでもないテイムモンスターが街中にいると、危険と判断され、殺されても文句は言えないのだ。

ましてや、ユニークモンスターである血濡れの暴牛。この男が見るに、その強さは並みの血濡れの暴牛ではなく、さらにその上をいっているはずだった。


「お兄ちゃん!お願い!見逃して!」


アイラは両親の手を離れ、その男の目の前に進み、懇願する。


「……はぁ。そうだなぁ……」


男はしゃがみ、アイラと目線を合わせる。

男は笑顔でアイラの首を絞め上げ、立ち上がる。


「もう遅い!お前も、お前らも、ここで殺す!」


横暴だ。たとえSランク冒険者であれども、ここまでの横暴は許されない。だが、死人に口なし。皆殺しにしてしまえば、誰からも文句を言われることはない。元々、この村に迫っていたモンスターの大群は、この男が追い立てていたモンスター達だった。

そのモンスターはもう1匹も残っていない。

残っているのは、モブのみだ。


「どうだ?お前が自分の命を差し出すなら、この娘は助けてやろう。もっとも、言葉は通じないと思うけどな」


男はモブへ声をかけた。

モブは当然言葉の意味はわからなかった。

だが、アイラの苦しそうな顔、両親の泣いている顔を見て、状況は理解する。


「ア、ビ、ブモ、ウ」


モブは、短い言葉を必死に紡ごうとしていた。


「ア、リ、ブ、トウ」


それは徐々に聞き取りやすくなっていく。

モブは男の前で膝をつき、頭を垂らす。


「アイ、ラ、トモダチ、アリガ、トウ」


モブは言葉を紡ぎ出す。

モブは死を覚悟した。自分の人生を、血生臭い生き方に、色をつけてくれた恩人を。初めて優しくしてくれた人間の命が、自分の命と引き換えならば、それに勝るものはない。

モブは首を垂らし、アイラとの出会いを思い出していた。


「……気が変わった」


ザシュ


短い音が聞こえる。リンゴを包丁で綺麗に切ったような、そんな音が。モブは頭を上げ、その光景を目の当たりにしてしまう


「ブォォォォォォオオォォ!!」


怒りの咆哮が、村を包み込んだ





最愛の者が死んだ。嘘をついた。笑っている。その全てが、怒りとなって、モブの体を包み込んだ。赤いオーラが肉体を包み、進化を始める。

元々の巨体であるモブの体をふた回り大きくし、腕も、蹄も凶悪で強靭になり、皮膚は赤から、燻んだ紅色になっている

森の方から、斧が飛び出し、モブの手の中へと収まった。

それは、モブの使っていた相棒だった。だが、今は変質をしているようで、木でできた柄は黒く変色し、刃は赤みを帯びている。

そして、天辺には牛の骨を象ったようなものが増えている。その強度や切れ味は、元の数倍ともなっている。


紅怒レッド・の牛王キングバイソン


「な、なんだそりゃ……」


男はモブの進化に驚きを隠せなかった。

さすがはSランクと言うべきか、すぐに平静に戻ると、アイラを捨てると、すぐに構えをとる。それがいけなかった。


「見た目が」変わったところで何だ。


そう言おうとした男に、全力の拳が入った。

男は遠くへ吹き飛んでいった。

足元のアイラを見て、モブは考えた。

何がいけなかったのか。出会ったことがいけなかったのか。人間が悪い。人間がいるからいけないのだと。憤怒の大罪によって思考をうまく纏めることができなかった。

モブは斧を持ち直し、村人へ向き直る。

その顔は、全員が全員恐怖に歪んでいた。

モブは気にすることなく、アイラを手のひらに乗せ、両親の元へ運んでいく。

両親は、冷たくなったアイラを抱きしめた。


男が帰ってくる。そのスピードは目を見張るほどのものであったが、進化したモブは、それがしっかりと見えていた。

戦車のように重い攻撃を繰り返すが、それはモブの体を貫くことはできなかった。

男も、最初の一撃はもらってしまったものの、それ以降、モブの攻撃を受けることはなかった。


男の猛攻撃を避け、モブは攻撃をしようと踏み込む。

だが、その足元には、シイラと、冷たくなった娘、アイラがいた。


「ッ!」


モブは踏み込んだ足をずらし、体勢を崩してしまう。その隙を見逃さず、男の攻撃が炸裂する


「サイクロンソニック!!」


男の細剣がモブの腹を抉ることはなかった。

だが、腹に衝撃を叩き込まれたことにより、モブの体勢は完全に崩れてしまった


グシャ


モブの背中に、温かいものが触れる


「ちっ、この攻撃でもダメージが通らねぇのかよ」


モブは男など眼中になく、すぐに体をを起こし、温かいものが触れていた場所を見る。

そこには、人だったものが地面のシミとして出来上がっており、まだ僅かに温かい臓物をモブは手で掬った。


「よそ見するとは、モンスターのくせにいいご身分だなぁ!」


男がまた突っ込んでくる。

モブは先ほどまでとは違う、神速に近いスピードで、その男の顔面に拳を叩き込んだ。男は遠くへ吹っ飛ぶ。遠く、遠く、遥か遠くへと吹き飛んでいった。


モブの体は、怒りで支配されていた。

だが、最愛の親友を自分の手で潰してしまったことの愚かさ、最愛の親友が死んでしまった悲しさが、怒りに勝っていた。

ほんの少ししか残っていなかった理性を取り戻す。


「アイ……ラ」


「アイラ!!シイラ!そんな、そんな!!」


夫アランが、村人の避難誘導から戻ってくる。人だったものを抱きかかえ、涙を流していた。


「なんで……どうして……」


アランはモブを睨んだ。

モブも悲しんでいる。大罪を抑えつけるほどの悲しみ、それはモブも持っていた。


「すまない。モブくん。君を責めたところで何も変わらない。さぁ、君も逃げよう。あいつは必ずここへ戻ってくる。この悲しみや怒りは忘れられないだろう。だが、僕たちは前へ進むことができるんだ。アイラとシイラのために、共に生きよう」


モブは思い出す。あの男の顔を。

憎たらしい顔に、慈悲はなかった。

アイラを殺した時でさえ、笑っていた。

怒りが膨れ上がる。

モブはアランの言うことが何ひとつわからなった。だが、悔しいこと、怒っていることはわかっている。そして、その怒りが、自分に向けられているものだと思ってしまう。


モブは斧を持ち上げる。


「やめろ!!」


「ゴメ、ン、ナサイ……」


ザシュ


モブは、自分の首を切り落とした。





「ふむ……」


「あっ、ムルト様、おはようございます」


「あぁ」


「どうしたんですか?」


「いや、なんでもない」


怠惰の罪を手に入れてから、寝ようと思えば寝れるようになった。

だが、睡眠を意識的にとるようになってから、同じような夢をよく見る。


愛した人を死なせてしまった、心優しき獣。

人々の役に立とうとした、真面目な鯨。


どちらも悲しみを背負っていた。

それは相手に対してのものであり、自分に対してのものでもある。


俺はハルカを見て改めて心に誓う。


(ハルカは必ず、俺が守る)

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