憤怒の罪2/3

それから毎日、彼は狩りと鍛錬に加え、きのみ採集も行うようになった。

少女がきのみをよく集めに来る場所へ先に行き、きのみを集める。少女がくればそれを渡し、一緒に少量を食べ、雑談をしている。


「何かをしてもらったら、ありがとう!って言うのよ!」


「ブモ、モウ」


「あ、り、が、と、う」


「ブ、モ、ブ……」


人型の彼であっても、首から上は牛なのだ。人間と同じ言葉を喋れるわけがなかった。


「できないか〜。仕方ないわよね!牛さんだから!」


彼に少女の言葉は伝わらなかったが、その笑顔を見れば、喜んでいることは理解できた。

少女と食べるきのみは大変美味しく、洞窟で食べるきのみとはまるで違った。

そんな毎日が続く中、彼はふと思い立った。


(いつもきのみをもらっているのだから、明日は僕が何かをあげよう)


彼はいつも食べる獲物の他に、彼女へ渡す獲物を探した。


(女の子なのだから、それに相応しいものをあげよう。

熊は大きすぎる。猪は汚い。狼はトラウマがあるかもしれない。

それなら、鹿なんてどうだろう?角が綺麗で皮も人間にとっては使えるだろう)


彼は鹿を探し、それを狩る。凶暴ではないが、怒らせればその角や脚が凶器になるモンスター。彼はそれを一捻りし、首の皮一枚繋げ、下半身を持ち上げる。

血抜きをしながらその血を飲み干した。


遅れて彼がきのみのある場所に行くと、少女が暗い顔をしながらきのみを集めていた。


「ブモォ」


「あっ!牛さん!」


少女はミノタウロスに駆け寄り、抱きつく。先ほどの顔が嘘と思えるほど満面の笑みだ。


「今日は来ないかと思っちゃったわ!」


「ブモォォ」


怒っていると思った彼は、謝罪の鳴き声をあげる。少女にそれが伝わったようだ。


「ごめんなさい。って言うのよ」


「ブモォォ」


「ご、め、ん、な、さ、い」


「ブ、モ、モ、ブモォ」


「やっぱりダメか〜」


少女はどうしてもミノタウロスに言葉を覚えてもらいたいらしく、毎日のように頑張っていた。今教えている言葉は「ありがとう」なのだが、今日からは「ごめんなさい」も増えた


「ブモ、ブモォ」


ミノタウロスは片手に持った鹿を少女へと差し出した。首の皮一枚くっついている綺麗な首の断面。少女のように年端もいかない者が見ればそれは怖いと思うが、少女の村ではよく猟師が獲物を捌いている。少女はそれで見慣れていたので、別段恐怖心はなかった。


「これ、くれるの?」


「ブモォ」


言っている意味はわからなかったが、彼は短く鳴いた


「ありがとう!お礼に……そうねぇ、お名前をつけてあげるわ!」


「ブモォ?」


「ブモーしか言わないから、モブちゃん!どう?」


「ブモォォ!」


ミノタウロスは喜んだ。その音の響きが心に染み渡る。人知れずネームドモンスターとなった彼は、さらなる力を手に入れたのだ。


今日も少女を村へ見送る。片手に鹿を持ち、肩に少女を乗っける。

村へ向かう途中、男と出くわしてしまった。

初めて見る大人だが、彼は恐怖しない。

背中に背負っている矢筒と弓矢、身につけている軽装備から、負けることのない者だとわかった。問題は、肩に座っている少女。

彼は肩に乗る彼女に被さるように、手を開き、盾とした。


「お父さん!」


「アイラ!」


少女が彼の肩から飛び降り、男に抱きつく。その表情は、自分に向けられるものとよく似ていた。それを見た彼は理解する。この男も、この少女にとって大事な者なのだと。

彼は警戒心を解き、その場に佇む。

娘と話していた男がこちらに向き直り、近寄ってくる。何をするかと思えば、片手を差し出した


「君が牛くんか。アイラからよく話は聞いているよ。モンスターに襲われてるところを助けてくれたり、きのみ拾いを手伝ってくれてるんだろう?ありがとう!」


彼には、この男が何を言っているのかわからなかった。が、友好的なものを感じる。彼は人差し指を出し、握手をする。


「牛くんじゃないよ!モブちゃんだよ!」


「モブくんか。うん!よろしくな!」


握られた人差し指が上下に動く


「ブ、ブ、モ、ブモ」


「アイラ、これはなんて言っているんだい?」


「ありがとう!って言ってるのよ!」


「そうか!ありがとうか!こちらもいつも娘が世話になっている!ありがとう!」


しばらくして、男が手を離す。辺りは少し暗くなっているだろうか。

ミノタウロスは片手に持った鹿を指差し、それを男へと差し出す


「くれるらしいわ!」


「ほぉ。こんなに立派な鹿を……本当にありがとう!」


「ブ、ブ、ブモ、ウ」


そして村まで2人を送る。

先を少女と男が歩き、その後ろを大きな斧をもったミノタウロスが歩いている。周りから見れば、人間が脅されて村の場所を教えているように見えるかもしれない。

いつものように、門の前で2人を見送る。

彼は近くの茂みから2人が村に帰るのを見守っていた。


男が戻ってくる。


「一緒に村に来ないか?」


彼は腕を引かれる。大の大人が引っ張ったところで、ビクともしない彼の巨体は、小さな少女にいとも簡単に動かされてしまった。


男は村の猟師の1人で、それなりに人望もあった。

ミノタウロスについては、少女、アイラの両親は知っていた。娘を助けてくれ、きのみを拾う時に、周囲の警戒をしてくれ、村に戻る時にも護衛をしてくれていると思っている。

当然、村人に反対する者もいたが、そういう者はミノタウロスに近づくこともなかったし、村の猟師である男や家族にも嫌がらせをすることはなかった。


それから一週間ほど、ミノタウロスは村に住み、狩りの手伝いや、力仕事を手伝っていた。人を襲わず、アイラと仲良く話をしているところ、村の手伝いをするところを見る度に、村人の警戒も解けていった。


そしてある日、事件が起きてしまう


「あ、り、が、と、う」


「ブ、モブ、ブ、モォ」


「モブちゃん、言葉は理解してるのに、声に出せないのね!」


週に2日、彼は休みをもらっていた。

休みといっても、彼は特にやることもなく、働き詰めだったのだが、休みは必要だと言われ、何もしない日がある。そんな日はいつも、アイラが相手をしてくれる。今日も言葉の勉強だ。

彼は非常に頭が良く、村人の会話や、アイラとの会話で、少しだけ言葉がわかるようになっていた。


そこへ、1人の村人が、村へと走り込んできた。村の猟師の1人だ


「モンスターだ!大量のモンスターがこっちに来てる!!」


男の只ならぬ雰囲気から、皆は瞬時に反応する。悲鳴をあげる者や、絶望する者などもいたが、この村の人々はとても賢い、パニックを起こした者達にすぐに声をかけ安心をさせ、避難をさせている。


「モブくん、娘を頼めるか」


アイラの父、アランが彼へとそう告げる。だが、彼はアイラを人差し指と親指でつまみ、それをアランへと押し付ける。アランは我が子を不思議な顔で抱きしめる。


「ブモォォ」


彼は自分の相棒を掴み、引きずりながら、のしのしと歩く。村に走り込んで来た村人に、モンスターはどこにいるのか聞き、指でさされた方角へと歩いていく。

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