骸骨と異世界人
「勇、者……?」
「はい。でも、畏まらなくていいです。一般人と変わりませんから」
「一般人っていうのも変だけどな。冒険者ランクは高いし強い」
ジャックと呼ばれた金髪の男が言う。
「それにしても……狐面なんて珍しいわね」
勇者、ミナミはハルカがつけている仮面をまじまじと見て、懐かしそうに言った。
「これは狐口面と言って……こちらのご主人様と同じ素材で作られているんです」
「ご主人……様?」
「はい!」
ハルカは自分の奴隷紋をミナミに見せた。
ミナミは苦虫を潰したような顔で俺を見る。
「こんな年端もいかない少女を、あなたは」
「ち、違うんです!ムルト様は私を助けてくれた命の恩人なんです!」
ハルカは俺との出会いを簡単に説明する。
奴隷商で石投げをされていたところを、俺が颯爽と現れ、助けてくれたこと。
レヴィアとの一件は話していなかった。
勇者3人が俺を見る目はひどいものだったが、話が進むごとに段々とその表情が柔らかくなる。
「へー!あんた、実はいい人なんだな!」
「よく見れば、扱いも悪くはないし、信じてもいいかもね……」
「うんうん。顔色もいいし〜大事にされてるんだな~」
「そう言われると恥ずかしい気もするが、お褒めに預かり光栄だ」
「っにしても、狐面なんて久しぶりに見たな〜あっちにいた頃は祭りでよく見たけど」
「そうね。春華が大きくなったら、こんな子になってたのかもね」
「春華ちゃん……懐かしいな」
ミナミが異世界にいた頃の知り合いらしい。
小さい頃に亡くしてしまった友人で、近所に住んでいてよく一緒に遊んでいたらしい。名前も目元もハルカに似ていて、優しい子だったという。
「ミナミで異世界って……もしかして、ミーちゃん?」
「小さい頃はそう呼ばれていたけど……その狐面にハルカって名前……あなたまさか、転生者?」
「はいっ!私は転生者で、その」
「ここで話すのもあれだし、どこか行きましょうか」
「あっ、はい。そうですね」
「同郷の仲だ。私達は席を外そう」
「そうね」
「いえ!ムルト様もレヴィア様も一緒に……その、私のことを知ってほしいです」
行こうとした俺のローブの裾をハルカがつまみ、もじもじしながら俺の目を見てそう言った。俺がここで拒否すれば、ハルカはその決定に従うだろう。だが、潤んだ瞳でそこまで見られてしまうと、それは言い難くなってしまう。
「ふむ……ハルカがよければ俺は構わない」
「よかった……じゃあ!」
『グォォォオオォォオォオォ!!!』
その時、大きく、そして不快な声が轟いた
本能が、この場から離れろと大きく危険信号を出している。
「こ、これはっ?」
思わず身構えてしまう。ハルカや勇者はそのままだが、レヴィは頭を抱えるようにして考えている。
「これは龍神様、と呼ばれるモンスターの雄叫びよ。昼と夜の12時に、モンスターをヤマトに近づけぬよう吠えるのだけれど、こんな中途半端な時間に吠えたのはここに来てから初めて聞いたわ」
ミナミが俺たちにわかるよう補足をしてくれた。
その龍神と言われるモンスターは、ヤマトの国に悪いモンスターを寄せ付けぬよう威圧をしているらしい。俺の本能が危険と感じたのは、俺がモンスターだからだろう。
「……ハルカ、ごめんなさい。私は用事があるからパスするわ」
「は、はい……わかりました」
「ごめんなさいね。ムルト、私が戻らなくても旅は続けなさいよ」
「む?それはどういう?」
「それじゃ、また」
レヴィは短くそう告げると、姿を消してしまった。
俺もハルカも心配したが、レヴィほどの強者となれば、そうそう危険もないものだろう。
夜には戻ってくると思い、俺達はそのままミナミ達についていき、酒場へと向かった
★
「私に何か用かしら、シリュウ」
『我をその名で呼ぶ者は、もうそう多くない。久しいな。レヴィル・ガ・ドラゴニア』
「もうその名は捨てているわ。今はレヴィアって名乗ってるの」
『あまり変わっていないではないか』
「うっさいわね」
緑色のドラゴン、いや、龍は、不敵に笑っていた。蛇のように長い体をとぐろを巻くようにして小さく折りたたみ、レヴィアと会話をしていた。
体を目一杯伸ばせば、ダゴンを一周できるほどの体の長さだ。
「で?私に何の用?」
先ほどの咆哮は、毎日行っているモンスター達を退けるものではなかった。
ヤマトの国に入った懐かしい友の気配を感じ、それをここに呼び寄せるための声。
『懐かしい友と会うことに、理由が必要か?』
「あんたは昔から世間話が好きよね……さっさと本題を言いなさい。私も忙しいの」
『忙しい、か。あの異形の者と用事でもあるというのか?』
シリュウは感じていた。レヴィアが海を渡りヤマトの国に入ると同時に、その隣に未知なるモンスターがいると。今まで出会い、戦った中でも、見たことも感じたことのない者。その正体が純粋に気になっていた。
だが、その者の持つ力の一端にシリュウは気づいている。
『貴様と同じ、大罪を背負う者か』
「……そうよ」
レヴィアは、シリュウの強さも、どれだけ生きてきたのかも知っている。あの漆黒の悪夢と戦ったこともあるらしい。その時は敗走したと聞いているが。
『非常に安定した気を持っている。が、それも長くは続かないだろう』
「なんでそんなことがわかるの?」
『元々ない感情を己の内に宿しているのだ。ひとつならば許容できるだろう。だが二つならばどうだ?互いの欲望が混じり合い、どちらかを優先させようとする』
「安定しているって、今あなたが言ったじゃない」
『己の欲望をうまくコントロールしているだろう。だが、それが近くに3つあるとしたらどうだ?』
「……私?」
『そうだ。お前の嫉妬の罪は、その者が持っている何かに惹かれている。お前がこれ以上奴の近くにいては、奴が苦しむこととなるだろう』
「私にどうしろっていうの?」
『器を強くするのだ。方法はわからない。だが、異形の者と同じような物を持っている奴を知っている』
「それを取ってくれば、ムルトとまだ長くいれるのね?」
『貴様次第だがな』
「その器の持ち主はどこに?」
『……場所はわからぬ。だが、ある場所を根城にしているらしい。
奴の名は、キアラ。色欲の罪を持つ者だ』
★
「さて、さっそく聞きたいのだけれど、ハルカさんは転生者なのね?」
「はい」
「そして私のことを知っている。と」
「はい」
「……あなたの前世の名前は?」
「海風春華です」
俺たちはミナミに連れられ、酒場へと来ていた。酒場ではなく、料亭という場所らしいが、俺にはわからなかった。
カリプソでカロンに紹介されたレストランのように、畳の敷かれている個室へ通され、食事をしながら、ハルカの話をしていた。
「ルカちゃん……?」
「う、うん……久しぶり、ミーちゃん」
互いの話を擦り合わせ、ミナミはハルカのことを特定しているらしい。
二人にしかわからない思い出話をしていた。
ハルカが死んでしまったのは、小学生という頃らしく、悪漢に襲われ、ハルカは華を散らし、そのまま殺されてしまった。
ミナミはその悲劇から、友を守るため、技を磨いたという。
ハルカを殺した男は、未だ捕まっては居らぬようで、ミナミはどうしても復讐をしたいと言っていた。
俺も憤りを感じたが、それはすぐに収まった。
前よりは感情を抑え込むことが上手くなっているようだ。
「ふむ……そのようなことが……」
「私のこと、嫌いになりましたか?」
「なるわけがないだろう!」
思わず大きな声で言ってしまう。
「い、いきなりすまない」
「ムルト殿、私の親友のハルカを救っていただき、ありがとうございます」
ミナミは正座をし、頭を地面へと下げる。土下座、というものだろう
「顔を上げてくれ。俺は俺のために彼女を救った」
「はい。それでも、感謝を。その、不躾ではあるのですが、ハルカの奴隷紋を消すことはできませんか?」
「私は一向に構わない。が、ハルカが消したくないとな」
「うん。ミーちゃん。私はムルト様とずっと一緒にいることに決めたの」
「……ハルカちゃん、私達についてくれば不自由はさせない。私たちと一緒に来ない?」
「ありがとう、ミーちゃん。でも、私はムルト様とずっといたいから」
ハルカはジッとミナミの目を見て訴えかける。
ミナミもしばらく考えていたが、意を決したように顔を上げる。
「ハルカちゃん……そのスケルトンには、討伐命令が出てるの……」
俺は言葉を失い、武器に手をかける。
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