怠惰の罪
「
「おぉ。ダバンよ、気をつけて行ってくるんだぞ」
「わがった」
巨大なクラーケンは、父のダゴンにそう言って、深海の城の窓から出ていく。
(器を授けてから、昔のような働き者に戻ったのぉ)
ダバンは健気で働き者だ。ダゴンの息子故に、その体は大きく、他のクラーケンより数倍も力がある。自分や家族の食料だけではなく、ここに住んでいる、狩りにいけない体のクラーケンや、子供達の分の食料も取りにいっていた。
だが、働き者の息子、ダバンはある日、怠惰の罪というスキルを獲得してしまった。その日からダバンは、自分の部屋に引きこもり、食事を摂る時以外は部屋から出てこなくなり、狩りに行くこともなくなってしまった。
長く生きているダゴンは、そのスキルのことを知っているからこそ、息子が外に出なくとも咎めることはなかった。住んでいる者達にもスキルの話をし、皆納得してくれた。
そして長い年月をかけ、器と呼ばれる水晶を見つけたのだ。それを息子に与えると、ダバンはみるみるやる気を出し、昔と同じ、心優しい子供に戻ってくれた。
(今日も平和だな)
ダゴンは深海の波に揺られながら、眠りに落ちた。
事件は、その晩に起きる。
★
ダゴンは、騒音を聞き、目を覚ました。
すると、1匹のクラーケンが慌ててダゴンのいる部屋へと入ってきた。
只ならぬ様子から、ダゴンは静かにクラーケンに問う
「何が起きた?」
「ダバン様が街で暴れ、建物を壊して回っております!」
「なに!わかった。今すぐ向かおう」
ダゴンは体を起こし、城から飛び出る。
ダゴンは猛スピードで、破壊音のする方向へと泳ぐ。ダゴンの体はその大きさ故に、街中を泳ぐと建物を吹き飛ばして壊してしまう。よって、街の遥か上を泳ぎ、街を壊さぬようにしていた。
すぐに街が見え、その中に大きなモンスターが暴れているのを見た。
自分と同じ種族、深海の多手鯨だった。
(まさか……!)
その多手鯨は、ダゴンと比べれば小さいが、クラーケンと比べれば、犬と牛ほど違う大きさだ。
ダゴンは悪い予感を胸に抱きながら、その多手鯨の元へと降り立った。
「まさか……ダバンか?」
「っ!
悪い予感は的中した。
ダバンは深海の多手鯨へと進化していたのだ。
ダゴンよりは遥かに小さい多手鯨だったが、他のクラーケンに比べればダバンは大きすぎ、押さえつけることもできない状況だった。
「ダバン、何をしている?」
「びんなを休ませてあげでるんだ」
そう言ったダバンの触手には、変わり果てた姿をしているクラーケンが何匹もいた
「なぜ……殺した?」
「おで、気づいだんだ。生きてなければ、ずっと休んでれるっで」
「死んではもう働けぬのだぞ」
「おで、いづもみんなの食べ物も、どってきた。でも、みんながいなげれば、みんなの分も、どってくる必要もないじ、みんなが死ねば、狩りにいぐ必要もない」
「生きるために狩りをするのだ。死んでしまっては元も子もないだろう」
「……わがらない。わがらないよ。父上」
ダバンの体が青白く光る。その光は、進化の光によく似ていた。ダバンの体は先ほどの多手鯨のような姿ではなく、他のモンスターへと変わっていく。
「おで、みんなのだめに頑張る。みんなが休めば、おでもずっと休んでられる」
ダバンは触手を伸ばし、周りにいるクラーケン、子供、老人を問わず襲い始める。首をねじりきり、触手を千切る。
老若男女の悲鳴が、そこら中から上がっていた。
「やめろ!ダバン!」
ダゴンは覚悟を決め、息子へと攻撃をした。
ダバンはそれを防ぐことなく、吹き飛ばされる。巨体のダゴンが、巨体のダバンへと攻撃を加えるだけで、街が半壊する。
「いだい、いだいよ父上。なんで、おでのことを殴るの?おで、みんなのだめに頑張っでるどに」
「お前のしていることは迷惑でしかない!それを理解しろ!」
「わがらない……父上も休も……」
ダバンの触手がダゴンへと襲いかかる。ダゴンはそれを一本一本、器用に自分の触手で受け止める。
(これが大罪スキルの暴走か……?どうすればいい)
ダゴンの中で、答えは決まっていた。
仲間を殺しすぎたダバンは、大罪のスキルを封じ込めることができたとしても、皆が許さないだろう。父親のダゴンも、許すことはできない。騒ぎを収めるには、ダバンが死ななければならないだろう。
しかし、ダゴンは踏み切れずにいた。
「ダバン。遠い所で、二人で過ごそう。狩りは我がやる。お前は住処で休んでいればいい」
ダゴンは我が子を殺すことなど考えたくはなかった。ダバンが幼い時に妻が死に、男手ひとつで息子を育ててきた。小さい時から王位の継承者として育て、ダバンはそのことに文句を言わず、国民や、苦しむ者達に進んで手を貸す優しい心を持っている。
殺さないので済むのであれば、それが一番いい。国のことは優秀な部下に譲り、息子と二人で罪を背負いながら生きていこうと思った。
ダバンはその提案に答えなかった。だが、ダバンの触手からは力が抜け、戻っていく。
(わかってくれたか?)
「……ぞれもいいかもじれない」
ダバンの触手が宙で止まる。
「わかってくれたか、我が息子よ。さぁ、共に行こう」
「う゛ん!じゃ、ざきにみんなを休まぜてあげないどね!」
ダバンはまた触手を伸ばし、仲間たちを襲い始めた。 その瞬間、ダゴンの何百万本という触手が、ダバンの体を包み込む
「父……上?」
「……すまない。息子よ」
ダゴンは、決心を決めた。
触手から、感触が伝わってくる。
丸太をのような軟骨が破れる感触、ぬめりとした何かが指につく感触、温かいものが触手を伝わってくる。
その触手の隙間から、赤い液体が漏れ出してくる。仲間のクラーケン達は、力もなくその場を見守っていた。今回の騒動は、ダゴンが責任をとるべきだろう。だが、クラーケンの中に、ダゴンを責める者は誰もいなかった。今まで自分たちを守ってくれた賢王であるダゴン。
その息子であり、力なき者のために狩りも積極的に行なっていた働き者のダバン。
民はこの二人をとてもよく知っているし、感謝をしている。
大罪スキルに関しても、ダゴンからの説明はあった。それ故に、怒りを抱く者もいただろう。だが、必要以上にダゴンを責めるものはいなかった。
騒ぎは収まり、息子もいなくなってしまった。
「こんなものが……こんなものが我らを苦しめた……」
ダゴンは膝から崩れ落ち、涙を流す
息子の体から、青い水晶が浮き出てくる。
それをダバンは、触手で包み、力任せに握りつぶす。
その水晶には、既に大罪のスキルが入っていた。それ故か、水晶にひびが入ることはなく、息子に授けた頃よりも眩しい輝きを放っていた。
程なくして、無の者が現れるこことなるが、それはまた別の話。
ムルトに出会うのは、まだまだ遠い、未来のこととなる。
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