怠惰の罪

父上ぢぢうえ、おで、狩り、行っでくる」


「おぉ。ダバンよ、気をつけて行ってくるんだぞ」


「わがった」


巨大なクラーケンは、父のダゴンにそう言って、深海の城の窓から出ていく。


(器を授けてから、昔のような働き者に戻ったのぉ)


ダバンは健気で働き者だ。ダゴンの息子故に、その体は大きく、他のクラーケンより数倍も力がある。自分や家族の食料だけではなく、ここに住んでいる、狩りにいけない体のクラーケンや、子供達の分の食料も取りにいっていた。


だが、働き者の息子、ダバンはある日、怠惰の罪というスキルを獲得してしまった。その日からダバンは、自分の部屋に引きこもり、食事を摂る時以外は部屋から出てこなくなり、狩りに行くこともなくなってしまった。


長く生きているダゴンは、そのスキルのことを知っているからこそ、息子が外に出なくとも咎めることはなかった。住んでいる者達にもスキルの話をし、皆納得してくれた。


そして長い年月をかけ、器と呼ばれる水晶を見つけたのだ。それを息子に与えると、ダバンはみるみるやる気を出し、昔と同じ、心優しい子供に戻ってくれた。


(今日も平和だな)


ダゴンは深海の波に揺られながら、眠りに落ちた。


事件は、その晩に起きる。





ダゴンは、騒音を聞き、目を覚ました。

すると、1匹のクラーケンが慌ててダゴンのいる部屋へと入ってきた。

只ならぬ様子から、ダゴンは静かにクラーケンに問う


「何が起きた?」


「ダバン様が街で暴れ、建物を壊して回っております!」


「なに!わかった。今すぐ向かおう」


ダゴンは体を起こし、城から飛び出る。深海の多手鯨ホエール・クラーケンであるダゴンは、その種族名の通り、触手が鯨のような大きさをしているクラーケンである。だが、ダゴンは普通の多手鯨を5匹合わたくらいの大きさをしていた。その体の大きさに比例し、触手の数も数えれられぬほどあり、その触手を纏めることで、人のような姿をとっていた。


ダゴンは猛スピードで、破壊音のする方向へと泳ぐ。ダゴンの体はその大きさ故に、街中を泳ぐと建物を吹き飛ばして壊してしまう。よって、街の遥か上を泳ぎ、街を壊さぬようにしていた。

すぐに街が見え、その中に大きなモンスターが暴れているのを見た。


自分と同じ種族、深海の多手鯨だった。


(まさか……!)


その多手鯨は、ダゴンと比べれば小さいが、クラーケンと比べれば、犬と牛ほど違う大きさだ。

ダゴンは悪い予感を胸に抱きながら、その多手鯨の元へと降り立った。


「まさか……ダバンか?」


「っ!父上ぢぢうえ!」


悪い予感は的中した。

ダバンは深海の多手鯨へと進化していたのだ。

ダゴンよりは遥かに小さい多手鯨だったが、他のクラーケンに比べればダバンは大きすぎ、押さえつけることもできない状況だった。


「ダバン、何をしている?」


「びんなを休ませてあげでるんだ」


そう言ったダバンの触手には、変わり果てた姿をしているクラーケンが何匹もいた


「なぜ……殺した?」


「おで、気づいだんだ。生きてなければ、ずっと休んでれるっで」


「死んではもう働けぬのだぞ」


「おで、いづもみんなの食べ物も、どってきた。でも、みんながいなげれば、みんなの分も、どってくる必要もないじ、みんなが死ねば、狩りにいぐ必要もない」


「生きるために狩りをするのだ。死んでしまっては元も子もないだろう」


「……わがらない。わがらないよ。父上」


ダバンの体が青白く光る。その光は、進化の光によく似ていた。ダバンの体は先ほどの多手鯨のような姿ではなく、他のモンスターへと変わっていく。


「おで、みんなのだめに頑張る。みんなが休めば、おでもずっと休んでられる」


ダバンは触手を伸ばし、周りにいるクラーケン、子供、老人を問わず襲い始める。首をねじりきり、触手を千切る。

老若男女の悲鳴が、そこら中から上がっていた。


「やめろ!ダバン!」


ダゴンは覚悟を決め、息子へと攻撃をした。

ダバンはそれを防ぐことなく、吹き飛ばされる。巨体のダゴンが、巨体のダバンへと攻撃を加えるだけで、街が半壊する。


「いだい、いだいよ父上。なんで、おでのことを殴るの?おで、みんなのだめに頑張っでるどに」


「お前のしていることは迷惑でしかない!それを理解しろ!」


「わがらない……父上も休も……」


ダバンの触手がダゴンへと襲いかかる。ダゴンはそれを一本一本、器用に自分の触手で受け止める。


(これが大罪スキルの暴走か……?どうすればいい)


ダゴンの中で、答えは決まっていた。

仲間を殺しすぎたダバンは、大罪のスキルを封じ込めることができたとしても、皆が許さないだろう。父親のダゴンも、許すことはできない。騒ぎを収めるには、ダバンが死ななければならないだろう。

しかし、ダゴンは踏み切れずにいた。


「ダバン。遠い所で、二人で過ごそう。狩りは我がやる。お前は住処で休んでいればいい」


ダゴンは我が子を殺すことなど考えたくはなかった。ダバンが幼い時に妻が死に、男手ひとつで息子を育ててきた。小さい時から王位の継承者として育て、ダバンはそのことに文句を言わず、国民や、苦しむ者達に進んで手を貸す優しい心を持っている。


殺さないので済むのであれば、それが一番いい。国のことは優秀な部下に譲り、息子と二人で罪を背負いながら生きていこうと思った。

ダバンはその提案に答えなかった。だが、ダバンの触手からは力が抜け、戻っていく。


(わかってくれたか?)


「……ぞれもいいかもじれない」


ダバンの触手が宙で止まる。


「わかってくれたか、我が息子よ。さぁ、共に行こう」


「う゛ん!じゃ、ざきにみんなを休まぜてあげないどね!」


ダバンはまた触手を伸ばし、仲間たちを襲い始めた。 その瞬間、ダゴンの何百万本という触手が、ダバンの体を包み込む


「父……上?」


「……すまない。息子よ」


ダゴンは、決心を決めた。

触手から、感触が伝わってくる。

丸太をのような軟骨が破れる感触、ぬめりとした何かが指につく感触、温かいものが触手を伝わってくる。


その触手の隙間から、赤い液体が漏れ出してくる。仲間のクラーケン達は、力もなくその場を見守っていた。今回の騒動は、ダゴンが責任をとるべきだろう。だが、クラーケンの中に、ダゴンを責める者は誰もいなかった。今まで自分たちを守ってくれた賢王であるダゴン。

その息子であり、力なき者のために狩りも積極的に行なっていた働き者のダバン。

民はこの二人をとてもよく知っているし、感謝をしている。

大罪スキルに関しても、ダゴンからの説明はあった。それ故に、怒りを抱く者もいただろう。だが、必要以上にダゴンを責めるものはいなかった。


騒ぎは収まり、息子もいなくなってしまった。


「こんなものが……こんなものが我らを苦しめた……」


ダゴンは膝から崩れ落ち、涙を流す

息子の体から、青い水晶が浮き出てくる。

それをダバンは、触手で包み、力任せに握りつぶす。

その水晶には、既に大罪のスキルが入っていた。それ故か、水晶にひびが入ることはなく、息子に授けた頃よりも眩しい輝きを放っていた。


程なくして、無の者が現れるこことなるが、それはまた別の話。

ムルトに出会うのは、まだまだ遠い、未来のこととなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る