骸骨の欲望
俺は、触手のようなものに四方八方を塞がれ、少しだけ時間が経った。
(俺はどこに連れて行かれてるんだ……)
この触手は俺に害を加える気はないらしく、触手で行く手を塞がれてはいるものの、俺がもう2人は入るぐらいのスペースが触手の中にとられている。
脱出を試みようと剣を刺したりもしたが、先ほど戦ったクラーケン同様、ヌメヌメとして剣先が触手に刺さることはなかった。
(ハルカ達は大丈夫だろうか……)
触手に連れ去られてから、10分ほどだろうか。時間にすれば短いが、何もせず触手の中に閉じ込められていた俺は、その10分がとても長く感じた。
ゆっくりと動いていた触手が止まり、解けた。
目の前には俺を包んでいた触手と同じ色をしたモンスターがいた。俺を米粒に例えるならば、目の前にいるモンスターは牛だ。サイズが違いすぎた。
周りを見渡すと、海上で戦ったクラーケンよりも一回りも、二回りも大きいクラーケンが数十匹以上いた。
『手荒なことをしてしまってすまない』
目の前のモンスターが、そう声を発する。
よく見てみると、ベッドのようなものの上に横たわっているようだ。立ち上がればさらに大きくなることだろう。
(この声は……)
海の上で聞いた声と、同じ声だった。俺を連れ去ったのは、この者だということがわかる。
俺は仮面を外し、片膝をつき、胸に手を添え、礼の形をとる。
「私の名はムルト、種族は月下の青骸骨、スケルトンだ」
目の前の者は、恐らくクラーケンの王なのだろうか、他の者と威圧感も、風貌も違う。
顔はクラーケンのものなのだが、人間のような体がある。触手はヒゲのように伸び、手足の先も触手のように柔らかいようで、全身に鉤爪のついた吸盤のようなものがある
『礼を弁えるスケルトンなど、聞いたことがないな……あやつは我を見るなり攻撃をしてきたものよ』
「あやつ、とは?」
『 وبينما كان يتحدث الملك سيكون! 』
『よいよい。彼は我が客人だ。無礼をするでない』
端にいたクラーケンが俺めがけて触手を伸ばしたのだが、目の前のモンスターが手を挙げ、それを制する。クラーケンはすぐに触手を収め、元の位置に戻った。
「無礼をしてしまったようだな。すまない」
『気にするな。楽にしていてよいぞ。おっと、名乗り忘れていたな。我が名はダゴン、種族は
★
目の前のモンスターはダゴンという名らしい。俺と同じ、知能を持ったモンスターであり、クラーケンの上位種らしい。
「で、俺をここへ連れてきた理由は?」
『おぉ。そうだったそうだった。久々の客人で、話に夢中になってしまったわい。あれを持ってきてくれ』
ダゴンがそう言うと、上の方にある窓らしきものから、普通の色をしたクラーケンが入ってくる。大きさは、やはり大きい。
そのクラーケンが持っていたのは、青色の水晶のようなものだった。
『この水晶はな、欲求の器、というものでな。欲を持たぬ者がこれを手にすると、その者の欲が大きくなるものだ』
「それを、私に?」
『結論から言うとそうなる』
「それを私に譲る理由は?」
『……ムルトよ。お前には欲がないだろう?』
「……ある」
『あるにはあるだろう。が、それはほんの小さなものなのだろう?』
俺は欲が全くないわけではないのだ。欲しいと思うものもあれば、食べたいとも思う。女性が時折見せる仕草や表情に、愛おしさも芽生える。だが、それらはすぐに消えてしまうのだ。
『お前には器がない。欲を溜める、器がな』
「欲を、溜める?」
『そうだ。お前の目の前に欲しいものがあるとしよう。お前は、それを欲しいと思う欲求が芽生える。が、その欲求を溜めるための器がない。時間が経てばその欲求が消え、欲しいと思うことはなくなる』
「……」
『この水晶は、言わばそれを溜める器なのだ。
……そして、罪を背負うものでもある』
「それはどういう?」
『お前も知っているだろう。大罪スキルを』
「……あぁ」
『この水晶はお前に反応した。だからお前をここへ連れてくることにしたのだ。欲はいつか身を滅ぼす。ならば、欲のないものにこの罪を渡そうということだ』
「どういうことだ?」
『お前は欲求が薄い。大罪スキルを手にすれば、欲は出るだろうが、元々欲求の薄いお前が大罪スキルを手にすれば、それは普通の欲と変わらなくなるのだ』
「ふむ」
『受け取ってくれると有難い。そろそろ時間だ。早く話を終わらせなければ、お前を船に戻せなくなる』
「船へ戻れるのか?」
『当然だ。今部下に後を追わせ、場所は特定できている。が、お前の体にかけた魔法が解けてしまう』
「魔法?」
『水圧に耐えられる魔法だ。我たちがいるのは深海の底。普通ならば、お前の体は形を保つことができないのだよ』
「ふむ。そうなのか」
『あぁ。……その水晶には、すでに怠惰の罪が入っている。倅がスキルを持っていた』
「……子供はどこに?」
『既に死んでいるよ。我が、この手で殺した』
「……」
『力の制御ができなくてな。お前が気にすることではない。……倅の分まで、良い旅をしてくれ』
「あぁ……わかった」
俺はダゴンから水晶を受け取ると、体が光を放ち始める。進化だ。
『さぁ、船まで戻そう。我の手に乗ってくれ』
ダゴンが自分の触手を伸ばし、俺はそれに乗る。来た時と同じように、小さな部屋のようにスペースをとってくれ、中々快適ではあった。俺は水晶とともに小包をもらい、急速に浮上していくのがわかる。
「な、なんだ……!」
今もなお進化の途中なのだが、受け取った水晶が俺の体の中に入っていく。不思議と恐怖も痛みもないが、胸の中に、何かが形を成すのを感じた。
★
遠い海を眺めている。
あの人がいなくなってしまった場所より、さらに遠く。遠い場所に私たちはいる。
あの人……ムルト様がいなくなってからの航海は順調だった。
モンスターが出ないどころか、鳥の一匹すらも近づかない。
静かな海はどこか怖く、順調に行き過ぎていた。
その時、水から何かが出てくる音がする。
「またクラーケンだ!!」
「っ!」
男の人が叫んでいる。クラーケン、ムルト様を連れ去ったモンスターだ。
乗客はまたしてもパニックを起こし、逃げ惑う。
「ムルト様……!」
私はすぐにクラーケンが見える場所へと向かった。そこには一本の触手があり、先の方は拳のように丸く絡みついていた。
「ムルト様を……返せ!」
私は思わず大きな声を出し、魔法を放つために手を前に出す。今なら使える。そんな確信が、私にはあった。
「氷獄の」
「落ち着け、ハルカ」
聞き覚えのある声だった。私を救ってくれ、旅に誘ってくれた大好きなあの人。
触手がゆっくりと船に近づき、甲板の上にまで伸びると、絡み合っていた触手が解ける。
中からは、朝も一緒に話していたあの人が出て来た。
「心配をかけてしまいすまない。ハルカ」
「ムルトっ様!!」
私は思わず飛びついてしまった。いなくなってしまったはずのあの人が、ご主人様が、帰ってきてくれたのだ。
私は、今日2回目の涙を流す。
★★★★★
名前:ムルト
種族:
ランク:B
レベル:1/70
HP4200/4200
MP1600/1600
固有スキル
月読
凶剛骨
下位召喚
下位使役
魔力操作
欲器(憤怒・怠惰)
スキル
剣術Lv7
灼熱魔法Lv2
風魔法Lv6
水魔法Lv3
暗黒魔法Lv5
危険察知Lv8
隠密Lv10
身体強化Lv7
不意打ちLv6
カウンターLv3
称号
月を見る魔物、月の女神の寵愛、月の女神の祝福、月の使者、忍び寄る恐怖、心優しいモンスター、挑戦者、嫌われ者、人狼族のアイドル、暗殺者、大罪人、救済者、欲深き者
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