骸骨は空を飛ぶ
恐らくカロンは、俺が海に飛び込んだように見えたのだろう。間違ってはいないのだが、実を言うと、俺は泳げないのだ。
一人で旅をしていた頃、立ち寄る川や湖で体を拭いたりしていたのだが、そこで泳ぎの練習をしていた。
浮き袋になるはずの肺もなければ、水かきも、皮膚もない。初めて湖の中へ入った時、何もできずに沈んでしまった。
不思議なのは水中の中でも息ができたこと。息ができたというか、呼吸が必要ないのだから窒息することもないのだ。ならば、俺の声はどこから出ているんだ?と思った。
と、こんな話はどうでもいいのだ。そこで、俺が編み出した技がこれである。
「ムルト様が、飛んでる……」
「風魔法の応用ね」
「その通りだ」
俺は船から飛び降りた後、ふわりと皆の前に戻ってきた。風魔法を使い、自分の体を浮かせている。皮膚も内臓もない骨の体、圧倒的に軽い体重を風で持ち上げている。だがこれには欠点がある。
「でもその魔法じゃ、前に進めないんじゃない?」
レヴィは、見ただけでこの魔法の欠点に気づいた。
「俺は炎魔法も使えるからな。こうするのだ」
俺は足袋の下から炎を勢いよく吹き出すと、下から押し上げていた風を止め、バランスをとるための風だけを纏う。
「それがブースターになるってことね」
「そういうことだ。行くぞ!」
俺は風を操り、体勢を変える。足から出る炎の勢いを増し、推進力とする。
クラーケンの場所にはすぐについた。レヴィも付かず離れずの速度でついてくる。レヴィは翼を出しているようだが、何らかの方法でそれを隠しているようだ。
傍から見れば俺と同じように風魔法を使っているように思えるのだろうか。
クラーケンは俺たちを見つけると、すぐにそのたくさんの足で俺とレヴィに攻撃を仕掛けてきた。
「汚ったないわねぇ!」
レヴィが爪で触手を捌いているが、足を切ることはできないようだ。それは俺も同じで、剣を当てることはできるのだが、触手からはぬめぬめとした物質がでていて、それが俺たちの刃を滑らせ、切れぬようにしていた。
「これは、骨が折れるな……」
「それ、冗談?」
「……笑えない冗談だ」
俺は高度を落とし、左手を前に出し、灼熱魔法と風魔法の複合魔法を発動させる。
『
灼熱の炎を放ち、風魔法がそれを巻き込み、大きく、強大な攻撃へと変わる。
「撃つなら言ってよね!危ないじゃない!
レヴィの放った魔法も竜巻が巻き込み、灼熱の嵐の中には乱れ狂う刃も加わる。
灼熱嵐で身を焦がし、そこへレヴィの刃が加わり、身を削る。逃げ場もなければ、脱出することも困難だろう。
「やったか?」
灼熱嵐がやみ、クラーケンのいた場所には何も残っていなかった。細かく切られた体を灼熱嵐が燃やし尽くしたのだろう。
「よし。完了だな。食べる身がなくなってしまったか」
「ムルト、まだよ。死体を見るまで油断しちゃダメ」
レヴィは油断をせず、臨戦状態のまま、クラーケンがいた場所を凝視している。切り刻まれているのなら、身が浮かび上がってくるし、燃えれば炭のような身が浮かび上がる。今はそれがどちらもない。ならば、警戒を解くのは即ち、死を意味するだろう。俺はレヴィを見習い、すぐに警戒をする。
(……浮かれていたな)
俺は自嘲し、レヴィと同じく海を見つめる。
すると、海の底から大きいものが押し寄せてくる。
「ムルト!さっきと同じ水柱よ!避けて!!」
レヴィがそう言った瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの大きく、高い水柱が俺たち二人を襲う。そして水柱の中から先ほどのクラーケンとは違う色をした触手が俺の体を絡め取った。
(くそっ!新手かっ!)
俺はその触手に抵抗するが、拘束が解けることはなかった。この水柱の中、聞こえるかもわからなかったが、俺は大声で叫んだ。
「レヴィ!ハルカを頼む!俺が戻らなければ」
言い終わる前に俺の体は海へと引きずり込まれ、誰のものかわからぬ声が頭の中へと響く。
『器を求めし無の者よ、永らく待ちわびたぞ』
その言葉を理解することができぬまま、俺は海の底へと引きずり込まれていった。
★
レヴィア様が一人で船へ戻ってきた。
「ムルト様は!?」
「わからないわ……海の中かもしれないわね」
「そ、そんなっ!私っ!」
「待ちなさい!あなたが海に入ったところで、見つかるわけではないでしょう!」
「それでも今行かなきゃ!」
「あいつは、あんたが自分を探すために死んだりでもしたら、どう思う!」
「……」
私たちはムルト様を失ってしまった。カリプソを出てからまだ1時間も経っていない。ムルト様と出会ってからまだ……
「ムルト様がいないなら私は……!」
パシッ
レヴィア様が私の頬を力いっぱい叩いた。
「辛いのはあなただけじゃないの!わがままを言うのもそこまでにしなさい!……私は何も出来なかった……ムルトに、あなたを頼まれたの……最後に聞こえた言葉はそれだけよ……」
レヴィア様は顔を伏せて、震えていた。
私たちは与えられた船室に戻り、ベッドに横になった。カロンさんが部屋を訪ねてきて、船内を案内してくれると言っていたが、二人共そんな気分ではなかった。
私はムルト様が身につけていたローブを抱きながら、静かに泣いた。
「ムルト……様ァ……っ」
船は何事もなく、私たちを乗せ目的地へと向かっていく。
ヤマトを一番楽しみにしていたあの人は、もういない。
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