骸骨と目無
「じゃあ、私たちはお風呂に行ってくるわね」
「あぁ」
「留守番は任せたわよ」
「あぁ」
「……じゃ、行ってくるわ」
ハルカとレヴィが部屋から出て行く。
俺は一人、部屋で荷物番として残っていた。
頭をよぎるのは昼間の少女のことだ。
モンスターであることが気づかれた。
別にあの少女が何をするということもないのだが、なぜか自分がモンスターだということを再認識し、意気消沈をしていた。
賑わう街の中に、人の真似事をした化け物が一体、考えれば考えるほど、何をしたいかわからなくなってしまう。
(俺は……何を目指しているのだろうな)
宿の窓から、月の登っていない空を見上げ、一人浸る。買った本を開き、俺は静かに一人の時間を噛み締めた。
★
「ふむ、もうこんな時間か」
窓の外には、すでに夕焼けが見え始めていた
思いの外、フォルの大冒険は読み応えがあった。美しい場所の、絵のようなものが描かれ、そこに行くためのヒントのようなものが散りばめられており、それを読み解こうとするのもそうだが、ただただ話が面白かったからだ。
沼に住む大蛇を、フォルや周りの人物が手助けや機転を利かせて倒したり、ドラゴンに襲われた時には、フォルが一番大切にしていた綺麗な石ころを渡し、和解をしたりなど、ボリュームのある内容だったのだ。
気づけば長い時間が経っており、そろそろレヴィたちの湯浴みも終わった頃だろうか。
俺は荷物を軽く整え、部屋に鍵をし、浴場へと向かう。
「あ、ムルト様ー!」
ハルカがこちらに向かって手を振っていた。
風呂から上がったばかりなのだろうか、髪が微かに濡れ、肌もピンク色に染まっている。
「悪い、待たせたか?」
「いえ!今上がったところですよ!」
俺は空を見上げ、あたりを見渡す。
「何が上がったのだ?」
「違いますよ!お風呂から出ることを、あがるって言うんです!」
「ん?なぜ?」
「ん?なんででしょう?」
ハルカは腕を組み、頭の上にハテナマークを出しながらくねくねした。
「あとはカロンを待つだけね」
「あぁ。そうだな」
「ちゃんとつけてきたんでしょうね」
「あぁ。初めてだからな。練習もしなければならない」
「そう。わかってるのならいいのだけど」
「あぁ。大丈夫だ」
レヴィが俺にそう確認をし、軽い雑談をしていると、向こうの方からカロンが姿を現した。
昼のような作業服のようなものではなく、質素だがちゃんとした服を着ている。風呂にでも入ったのか、綺麗になっている。
「いやぁ〜すんません!お待たせしてしまいましたかい?」
「大丈夫だ。そこまで待っていない」
「ムルト様、こういう時は、今来たところ。って言うんですよ」
「ふむ。今来たところだ」
「ははは。旦那、もう遅いですよ」
「ぬ?そうか、悪いな」
「いえいえ。それでは早速行きましょうか。ついて来てください」
俺達はカロンに案内され、海の近くへと向かって行く。カロンに案内された店は、一階で魚や肉、漬け物などを売っており、二階の部分では食事処として開いている場所だった。
「さぁ!ここがあっしのオススメのお店でさぁ。個室を予約しておいたので任せてください」
「あぁ。頼んだ」
カロンは意気揚々と階段を上がり、店に入ると、店員と一言二言交わし、店の奥へと入って行く。廊下を進んで曲がると、靴を脱ぐ場所があり、各々そこで靴を脱いだ。俺は足袋の下にさらに靴下を履いているので、足袋を脱いだところでまだバレない。
そこをあがると、畳、というものが敷き詰められた部屋で、座布団というものが4つ置かれていた。部屋の中は広く、部屋の真ん中に横長のテーブルが置かれ、そこには皿と食器が並べられている。
入って正面の壁は窓になっているのか、厚手のカーテンがかかっている
「さぁ、見てください。これがあっしのオススメの一つです」
カロンはそう言って、そのカーテンをあける。そこには、夕焼けが、今、まさに海の中に沈み込もうとしている瞬間だった。
青く、広い海を、夕焼けが一人で真っ赤に染め上げ、なんとも言えない絶景を作り出していた。
「おぉ……美しい」
ついつい口から感嘆が漏れる。
「ムルトの旦那はこういうのが好きだって聞いたんで!この光景だけじゃなく、料理も絶品なんで楽しんでください!勝手ながらコース料理を頼んでいるので、すぐに運び込まれてくると思いやすよ」
俺たちはカロンに促され、座布団に着く。俺の横にカロン、前には女性陣二人だ。
カロンやレヴィ達と絶景の話を少しすると、閉まっていたスライド式の扉から、店員が料理を持って入ってくる
「シザーロブスターの酒蒸し、ビッグタイの塩釜焼きになります」
店員がそういい、一人一人の目の前に料理をを並べていく
「シザーロブスターは本当に美味しいんですよ!さぁ、どうぞ召し上がってくだされ!」
俺はフォークを使い、ロブスターの身を殻から取り外す。そのさい、ロブスターの身がぷるぷるっと跳ね、旨味と思われるものが飛んだ。
俺はそれを小さく切り分け、口の中へ運びこむと……
(うむ。わからない……)
「身は締まってて噛み応えがあるのに、その実、ぷりぷりっとしていておいひー!酒蒸しの苦味がロブスター本来の甘味を引き出しててすごくマッチしてるー!」
「おぉ!ハルカちゃん、わかりますねぇー!酒蒸しは本当に美味さが際立ってていいんですよねー!ムルトの旦那はどうですか?」
「あ、あぁ。身がぷりぷりしていて、酒蒸しの苦味がロブスターの甘味を見事に引き出していてすごく相性がいい」
「ムルト、ハルカと言ってること一緒」
レヴィが黙々と食事をとりながら、ジトーっとした目で俺を見る。
(やってしまった)
とりあえず、その後も次々と料理が運び込まれてくる
マグロと鮭、と言われる魚の刺身、これはロブスターやタイと違い、特に味付けもしないで、素材そのままの味らしい。舌触りがよく、簡単に歯で噛みきれ、食べやすく、身に乗った油がほどよく美味い
鮭の身を使ったサラダ。オイルという体にもいいものが使われ、一緒になっている。野菜のシャキシャキ感と鮭のしっとり感、そしてオイルの香りも相まってとても美味い
さらに、その鮭の卵を米と海苔、というもので作ったもの、ハルカ曰く、軍艦巻き、というらしい。醤油がないのが悔やまれる。と言っていた。宝石のように光る卵は美しかった。当然、美味い
ちなみに、ここまでの味の感想は全てハルカだ。レヴィは黙々と食べていたが、度々表情を綻ばせていた。大変気に入ったようだ。
「これでコース料理は全てとなりやす!」
「ふむ。大変美味で素晴らしかった。私たち全員からの感謝を。支払いは私がしておこう。いくらだった?」
「いやぁ〜それには及びませんよ!支払いはもうとっくに済ませやした!」
「なにっ?!この食事は私達がカロンに案内のお礼をと考えていたのだが……」
「いやぁ。あっしが旦那達のことを気に入っちまいましてね!ここはかっこつけさせてくださいよ」
「ぐ。だが……」
「いいんですって!気にしないでくださいよ!あっしと旦那の仲です!」
「ぐぬぅ。時にカロン、お前はヤマト行きの船には乗るのか?」
「はい!次の便には乗組員として同乗しやすよ!」
「ふむ。そうか。それでは、何かしてほしいことを一つ考えてくれ。船の掃除でも、仕事の手伝いでも、なんでもやろう」
「いやぁ、お客様にそんなことさせられやせんよ〜」
「いや、お礼がしたいんだ。なんでも言ってくれ」
「ん〜考えておきやす」
「頼んだ」
俺たちはとても有意義な時間を過ごし、カロンは俺たちを宿まで送ってくれることになった。宿に向かって歩いていると、聞き覚えのある歌声が聞こえてくる
「……これは」
「?この歌でやんすか?この歌声は、【無目有耳】やんすかね?」
「なんだそれは」
「目が見えない代わりに、耳がものすごくいいんでやんすよ。心臓の音だけで男か女、足音で何人でどんな体型、性別がどうの、とか当てちまうんです」
「有名なのか?」
「いやぁ。ただの物乞いですが。歌が上手いです」
俺は昼間の少女を思い出す。目が無く、耳がよかった、青髪の少女を。
「ちょっと聞いていきやすか!」
「いいですね。とても良い歌声ですし」
「別に良いわよ。ムルトも行くでしょ?」
「ん?あ、あぁ」
歌声のする方へみんなで歩いていく。
俺は隠密を使い、極力足音をたてず、完全に気配を消す。
場所を移してはいるが、下にひいた藁に、缶のようなものを置いている。そして目のところには、昼に巻いてあげた青色のスカーフだ
「やぁ目無しちゃん」
カロンが意気揚々と声をかける。
「よくいらしてくだいました。お客様」
鈴の音のような声が心地よく耳に届く。
カロンは唇に指を当て、静かにするようにと合図をする
「目無しちゃん、いつもの客当てやってくれよ」
「うふふ。いいですよ。そうですねぇ……」
その少女は腕を組み、考えるように首を傾ける。
「目無しちゃんは今、耳で心臓の音や息遣いを聞いて、性別や人数を当てるんですぜ。あっしが見た中では外したことはありやせん」
カロンが囁くように俺たちに語りかける。この囁きも聞こえているのだろうが、カロンはすでに話しかけているので関係ないのであろう。
「そうですねぇ……お客様を合わせて、女性二人に、男性一人。どうです?あってますか?」
カロンは目を見開き、俺たちを見てくる。
「ひゃ〜目無しちゃんが外したの、初めて見ましたよ」
「えっ!本当ですか!そんな。ははは。私もまだまだですね」
「あっしが男性の一人だとしたら、気づかれなかったのはムルトの旦那ですね」
「あら、ムルト様、申し訳ありませんでした」
その少女は見えていないのだろうが、頭を下げてくる
俺は少し考え、口を開いた
「……気にするな」
「……その声は、昼間の、スカーフの人?」
「あ、あぁ……」
正直、気まずい。
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