骸骨と睡眠

「……なんだって?」


「だーかーら!私もあんた達の旅についていくって言ってんのよ!」


腕組みをしながら銀髪紫目の少女、レヴィアがそう言った。よく見ると、その傍らにはいつものようにボロ布を纏っているクロムがいる。


「……レヴィアはこの国の王なのだろう?王がこの国をあけてしまってもいいのか?」


「大丈夫よ!この国は自由を尊重してるし、王なんてあってないようなものだし!運営なんかはクロムに任せるわ!ね!クロム!」


「……はい」


どうやら、クロムはレヴィアが旅についてくるのは、あまり賛成ではないように見える。


「どうする……?」


「どうする、と言われても。王様の言うことだからなぁ……」


「わ、私はムルト様の決定に従います」


コットンとハルカもたいそう驚いているようだ。


(どうしたものか……)


「その骨だってついていくんでしょ!だったら私がついていっても別にいいじゃない!」


「ふむ。レヴィアの強さを知っているから、危険だとは思わないし、むしろ歓迎なのだが……」


「歓迎だけど何よ!」


「ひとつ条件がある」


ピクッ、とレヴィアが動き鋭い目で俺を睨んでくる


「私に条件……?いいわ。言ってみなさい」


「彼は骨ではなく、コットンという立派な名がある。旅を共にするのであれば、互いの名は間違えないことだ。そして、我々の立場は平等だ。あまり高圧的になるな」


レヴィアは苦虫を噛み締めた顔をして俯く、別段怒っているわけではないようだが、あまり納得はいってないらしい。


「わ、わかったわよ……その、コットン。悪かったわね」


「……女王が謝った……?!あっ、いやいや、レヴィア様、お気になさらず」


「ムルト!これでいいんでしょ!」


レヴィアは顔を真っ赤にしながら俺に詰め寄って、鎖骨のあたりを突っつき、大きな声でこう言った。


「ムルト!あんたにも条件があるわ!私のことはレヴィって呼びなさい!わかったわね!」


「あ、あぁ。わかった?」


レヴィア……レヴィはそう俺に言い放ち、さっさと先に行ってしまった。


「クロム!あとは頼んだわよ!」


レヴィは後ろを振り向き、クロムを指差して言った。クロムは柔らかく一礼をし、それに答える。


「ムルト様」


クロムが顔を上げ、俺に声をかける。そしてゆっくりともう一度礼をし、優しいが、はっきりとした声でこう言った


「レヴィア様を、よろしくお願いします……!」


「あぁ。任された」


「あんた達!さっさときなさいよ!」


レヴィは、いつの間にか遠い場所までいっていたようだ。両手を下に下げ、前のめりになって叫んでいる。


(やれやれ、騒がしい旅になりそうだ……だが、それも良し)


俺は、これから起こるであろうことを想像しながら、皆でレヴィの元へ向かうのであった。





「ところで、レヴィは旅支度はしてきたのか?」


「そんなの必要ないわ!身体ひとつあれば何ものにも負けないからね」


「……野宿をするが、毛布などは?」


「え?!そんなの聞いてないわよ!」


山を目指して歩くこと5時間。他愛のない話をしながら進み、やっと山の麓についたころだろうか。陽が傾き始めている。


「……レヴィだけ飛んで街に戻って、宿で休むか?」


「嫌よ!それじゃー、旅にならないでしょ!……私も野宿するわよ」


レヴィは小さな声で返事をした。覚悟を決めたようだ。


「それにしても……全くモンスターが出てこないな」


「俺が前に来た時は、麓に着くまでに、たくさんのモンスターが襲ってきたものだが」


「襲われるどころか、気配すら感じない」


「ふんっ!それは私のおかげよ。感謝しなさいっ!」


レヴィはそう言って、またない胸をそらしながら、誇らしげに言った


「レヴィが何かしているのか?」


「少しだけ見せてあげるわ。はい」


レヴィが戯けたように両腕を開くと、恐ろしいほどの殺気とプレッシャーが俺たちを襲った。コットンは平気な顔をしているが、武器に手をかけている。俺は息を切らしながらも武器を掴む。ハルカは両膝をついてガタガタと震えていて、とてもじゃないが戦えそうにない


「この殺気と威圧を出して、ここらのモンスターは怖がって襲ってこないの。ムルト達に影響がないように配慮してるぶん、範囲は狭まるけどね」


そう言うと、息苦しさがなくなり、皆、平時の姿へと戻る。


「はぁ、はぁ、レヴィア様、すごいですね……」


「さすがだな……」


「全くだ」


「今頃気付いたの?!まぁ眠ってる時はどうしても切れちゃうから安心はできないけどね。あとは、知能の低いバカなモンスターにはきいたりしないわ。例えば……あ、あれ!ワイバーンとか!」


レヴィは空を指差し言った。一同がレヴィの指差した方向を見ると、2匹のワイバーンがこちらに向かって飛んできていた。


「「ギャァァァァオォォ!!!」」


大きな声をあげ、完全に俺たちを狙っている。


「みんな!構えろ!」


確かワイバーンはBランク上位の強さを誇る。それに上空を飛んでいては手も足も出ない。俺とハルカは武器を構え、臨戦態勢に入る。が、レヴィとコットンは平然と立っていた。


「ふむ。ワイバーンか。俺の敵ではないな。ムルト、ここは俺に任せろ」


「劣等種のワイバーン如きが、私に勝てるわけないのに。ムルト、見てなさい」


コットンは手にしていたハンマーを巨大なハンマーに変化させ、それを投擲し、その上に乗っかってワイバーンの元へ飛んでいった。レヴィは、しまっている白銀の美しい翼を出し、大空へと舞い上がっていった。


「右は任せろ!」


「仕方ないわね。譲ってあげる!」


コットンは投擲したハンマーがワイバーンの近くまで飛ぶと、そのメイスを小さくし、勢いを殺し、ワイバーンの横へと躍り出た。

勢いが死んでワイバーンのちょうど顔の横へとくると、メイスを再び大きくし、その頭を粉砕した。


レヴィはというと、コットンなんかより遥かにはやくワイバーンの前に立ち、その強靭な爪で首を切り落としていた。


「……すごいな」


「私たちの出る幕、ありませんでしたね……」


「……全くだ」


二人はドヤ顔(ハルカが言っていた)で戻ってきて、どうだ、と言ってきた。正直すごい。としか言いようがなく、頑張ってその気持ちを伝えた。

陽も傾きかけている。ということでワイバーンが落ちている箇所で野宿することになった。

ワイバーンは胸肉以外食えたものではない。とレヴィが言っていたので、胸肉だけを取り出し、俺とコットンで皮や牙、爪、尻尾の毒針を解体し、余った肉と骨は、俺が魔法で燃やし、土に埋めた。素材はハルカのアイテムボックスの中だ

ハルカは街で購入した調理器具を使い、晩飯の準備をしている。食べるのはレヴィとハルカだけなので、俺とコットンは、追加の薪を拾いにいっていた


「ムルト、ハルカ達を二人きりにして大丈夫なのか?」


「大丈夫だろう。二人とも、もう仲は良い」





「……レヴィア様は何か好きな料理とかありますか……?」


「特にはないわ」


レヴィアは適当な石に腰掛け、爪を眺めている


「そう、ですか」


「ねぇ、あんた」


「は、はい」


「私のこと、どう思ってる?嫌い?」


レヴィアが聞いてきたことは、実にストレートだった。ハルカは、忌子として商人に売り飛ばされ、最近は石投げやダーツなどで身体を痛めつけられ、最後にはレヴィアの家臣のクロムの手によって体を穴だらけにされたのだ。謝りはしたが、許されているはずなどない。とレヴィアは思っていた。


「嫌いじゃ……ないですよ?」


「遠慮しなくていいわ。私たちは平等らしいわ」


レヴィアは、その言葉を自分に言った男を思い出しながら、言った。


「本当です。レヴィア様がいなければ、私はムルト様と会えませんでしたから、感謝、しています」


「そう……」


レヴィアは短くそう答える。そしてまた沈黙が辺りを支配し、聞こえるのはバチバチとワイバーンの肉が焼かれている音だけ


「レヴィア様は……私のこと、嫌いですか?」


「レヴィア」


「はい?」


自分の問いに対しての答えがあまりに短く、おかしかったので、思わずハルカは聞き返してしまった


「レヴィアよ。私の名前はレヴィア。様はつけなくてもいいわ」


「で、でも」


「レヴィアよ。わかったわね?それと……別に、あんたのこと嫌いじゃないわ……」


レヴィアはそう答え、顔を俯かせる。

焚き火でハルカにはよくわからなかったが、その顔は真っ赤だったという。





「見張りはどうする?」


コットンがそう言って皆を見る。


「種族柄、眠らない俺たちが寝ずの番で決まっているだろう?」


ムルトは、そう言ってコットンを見たが、コットンは首を傾げながらムルトへ言い返した。


「俺たち……?骨人族は睡眠を必要とするぞ」


「なにっそうなのか?」


「あぁ」


ムルトはスケルトンで、食事、睡眠を不要としていた。だが、コットン達骨人族は食事も睡眠も必要だという。食事は必要最低限で良いらしいのだが、睡眠は人間と同じく、不可欠なようだ。


「目は閉じれるのか?」


「あぁ、見ていろ」


そう言って、コットンは自らの目を指した。コットンの眼窩には怪しく光る赤い目のようなものがあったが、それがなくなる。なくなったかと思うと。また見えた。


「それが目か?」


「あぁ。赤い目が出たり消えたりしただろう?」


「あぁ。俺も……できてるか?」


次はコットンがムルトの目を見る。

ムルトの炎のように燃える青い目も、消えたり出たりした。

ムルトは湖などで自分の顔を確認はできても、旅の途中、ずっと一人だった。それに、自分が目を閉じているかどうかなど、一人ではわからないのだ。


「な、なんと……」


「ムルトは寝たことはないのか?」


「あぁ……一度だけ」


「ふむ。一度だけか……疲労か何かだろうな」


「そうだな……それでは、私は寝ずの番をしよう。レヴィ、これを使え」


ムルトはハルカのアイテムボックスから、自分の毛布を出した


「何よ。これ」


「俺のぶんの毛布だ。夜は冷える。使うといい」


ムルトは大して寒さを感じないが、もしも道中人間と会い、寝床をともにすることになれば、毛布を巻いて寝ようと思っていた。

毛布をかけずに寝ることで、寒さを感じない=人間ではないかもしれない。ということを思わせないようにである


「あ、ありがと……」


レヴィアはそう言って毛布を受け取り、ハルカの隣に並ぶと横になった。


コットンもすぐに動けるように、小さなハンマーを握り、木を背にして眠りについていた。

その姿はまさに、目的地にたどり着けず、道半ばで力尽きた屍のようだった。

ムルトはクスリと笑い、空を見上げる。


真っ白な仮面から、青く燃え上がる目だけが見え、青い月が反射する。


「美しいなぁ……」


その小さな一言だけが、真っ暗な森へと静かに響き渡る。

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