骸骨と天の川

昨日手に入れたワイバーンの肉を、朝ご飯としてハルカ達は食べていた。

ワイバーンの美味しい部位は胸肉だけだが、それでも一頭からとれる量はなかなか多かった。

レヴィとハルカ、少女二人が食べきるとしたら、二人分、三回で食べきれる。という量だ


「ハルカのアイテムボックスの中は腐ったりしないのか?」


「アイテムボックスの中はどうやら時間が止まってるみたいなんですよね」


「ふむ。そうなのか」


「さぁー!今日も行くわよー!」


レヴィは朝から元気なようだ。別に皆疲れているわけではないのだが、ほとんど歩いているだけなので、退屈はしていた。


それからさらに3時間ほど歩き、会話が途絶えてきた頃


「みなさん、しりとりしませんか?」


「しりとりってなに?」


「俺も知らないな」


「私も聞いたことがない」


唐突にハルカが提案をしてきた。

しりとり、というのはハルカの生きていた世界にある言葉遊びのようなもので、単語の最後、尻の部分をもじって、他の単語を紡ぎ、一度出た単語は使ってはいけない。というものだった。

パスは三回まで、暇つぶしにはもってこいらしい。


「それでは、私からいきますね。しりとり、で、りんご」


「隣の私に回るのね。ご……ゴズルキメラ」


レヴィアの隣を歩いていたコットンに順番が回る。


「俺か。ら……ラゴロンゴ」


そして反対側にいる俺に回ってくる。


「またゴか……ゴ、ゴースト」


「みなさんモンスター縛りですか……?と、鳥」


しりとりを続けながらさらに3時間。道中ワイバーンなどが襲ってきたが、そいつらは素材や肉に変わっていく。


「てっぺんになかなか着かないわねぇ〜」


「ふむ。そろそろなのだがな」


「そうなのか?」


「あぁ。この山には依頼でなんどかきたことがある。明日の昼頃には着くと思うぞ」


「昼か……ハルカ、天の川というものはいつ頃現れるのだ?」


「私の世界では、ピークの日の前後にもう出ていた気がするのですが……」


「ピークとは?」


「7月7日なのですが……この世界にその概念があるかどうか」


「暦でしょ?この世界にもあるわよ」


そう答えたのはレヴィだ。


「あるんですね……」


「冒険者ギルドとか商人ギルドにもカレンダーがあったはずよ。商人は期日以内に納入しなきゃいけないし、大変よ」


「ほう……今が何日かわかるか?」


「確か……出発した日が6日だから……今日は7日よ?!」


「なに!」


「えっ!」


「そうなのか!」


三者三様の反応を見せる。

陽はすでに傾き始めていた


「それでは、急いで頂上に向かおう!」


「あぁ!」


「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ〜!」


俺は自然と走り出してしまい、それにコットン、ハルカがついてくる。

レヴィは翼を広げてぴったりとくっついてきていた。

まだまだ頂上は遠いが、走って間に合うだろうか。陽が沈むのはあと2時間ほどだろう。

毎日、月を今か今かと空を見ていたので、体内時計には自信がある。体内には何もないのだが……


俺たちは2時間ほどひたすらに走った。疲れ知らずの俺は、スピードを落とすことなく走っていく。コットンも俺に合わせているようで、まだまだ持ちそうだ。

問題はハルカだった。ここまではついてこれたものの、息が持っていないようだ。

俺は徐々にスピードを緩め、立ち止まった。


「ど、ど、どうしたんですか……、ムルト、様ぁ」


「ハルカ、そろそろ限界だろう。今日はここで野宿しよう」


「で、でも!あ、まのがわ、を見たいんですよね!」


「そうだが、仲間を置いてはいけない」


「私、なら、ゆっくり追いつきます。ので、先に、行ってください!」


「ダメだ」


「ムルト、様……」


「あ、あれ」


レヴィが空を指差し空を見上げている。

見上げると、青い月が浮かび上がっている横を、星々が道を作るように煌めき始めた。

それはまさに、川のようだった。煌めく星々の間は光っておらず、そこが川に見える。


「あれは……あれが、天の川……か」


「はい……私の世界よりもとても綺麗です」


「すごいなぁ……」


「綺麗ね……」


皆が見上げながらそんな感想を述べる。

本当は頂上に登り、遮るものがない状態で見たかった。周りには背の高い木が立ち並び、天の川の美しさを損なっていた。


「ムルト様、まだ間に合います。私を置いて行ってください」


「それはできない。お前を一人にはできないし、みんなで見たいのだ。木で綺麗には見えにくいが、それでも断然美しい」


「ムルト様……」


ハルカは俯き、顔を隠してしまう。自分を責めているのだろう。だが俺は責めることはしない。話をしっかり聞いて、早めに街を出なかった俺にも非があると思ったからだ。


「悲しんでるところ悪いんだけど、つまり障害物なしで見たいんでしょ?」


「あぁ。だが、周りの木々をなぎ倒すのはなしだぞ」


「そんなことしないわよ!!もう……あなた達、私の種族忘れてない?」





真っ暗な夜空に、青く光る月。

真下には、なんとも綺麗な星々、天の川が流れていた。その川を泳ぐように飛んでいる影がひとつ

標高の高さからか、頬をなぞる風は、川のように冷たい。


「……なんとも、美しいな」


その巨大な影の背中に乗っていた男が言った。


「あぁ。俺もそう思う。世界には、こんなにも美しいものがあったのだな」


「私も感動してます」


その背中には、骸骨が2体と、狐口面をした少女が一人乗っていた。そしてそれら3人を乗せているのは、星の輝きにも負けない、立派で真っ白な鱗に覆われた、巨大な龍だった。


『どう?私がついてきて正解だったでしょう?』


「あぁ!感謝する。レヴィ」


龍の背中に乗った骸骨、ムルトは、そう言ってレヴィアの頭を撫でた


『べ、別にあんたのためじゃないし!!私も見たかったから、だったらついでに乗せてやってもいいかなっ!て!』


「ムルト、龍族はプライドが高く、本来背中に人を乗せたがらないものなのだ」


コットンがムルトへそう補足すると、レヴィアが大きな声で訂正した。


『別に誰でも乗せるわけじゃないんだから!あなた達が初めてなんだからねっ!』


純白の肌が、僅かに赤く染まったような気がした。


「レヴィ、天の川は、見えているか?」


『ちゃんと見えてるわよ。……いいものね』


「あぁ。美しい」


『そうね。綺麗ね』


「あぁ。レヴィ、お前のこの姿も見事だ。素晴らしく綺麗だ」


『ちょっ!なっ、えっ』


さらに真っ赤になる。顔だけ見ればレッドドラゴンなのではないかと思えるほど真っ赤っかだった


『あっ!頂上よ!ここで降ろしていいのよね!』


「あぁ。頼む。天の川を見ながら食事と洒落こもうではないか」


幸い、ハルカのアイテムボックスの中には薪なども入っている。木がないところでも焚き火ができるようにだ。ないところで、魔法を使えばいいことなのだが。


レヴィアは頂上のひらけた場所に着地し、ムルト達を降ろしていく。

仕事が終わったとばかりにレヴィアはため息をつき、龍化を解こうとするが、それをムルトが止めた。


「レヴィ、頼みを聞いてくれないか?」


『な、何よ。疲れてるんだけど?』


「レヴィ、お前の飛んでいる姿を見たい。月と、天の川、そしてこの黒を染め抜いたような空に、純白に光り輝く美しい龍。その組み合わせを見たくなった」


『〜〜〜わ、わかったわ!!一度だけなんだからねっ!』


「あぁ。感謝する」


ゴウッと、最初に飛び立った時のように、大きな音を立ててレヴィアは空高くへと舞い上がった。


青い月。そのそばを流れる煌びやかな川。そして、真っ黒な空に浮かぶのは全てを照らすかのように白く輝く龍だった。龍はその場で旋回をしている。その姿は月と重なり、自分の仮面のような三日月を、満月のように見せた。

青い月に照らされた純白の龍は、まるで透き通るような青、サファイアのような輝きをしていた。


『さ!これでいいでしょ!』


「あぁ。感謝する」


レヴィアは体を戻し、元の人間の形に近い体になる。レヴィアはムルトの側まで近寄り、頭をずいっと出した。


「どうした?」


「……頼みを聞いてやったんだから、私の頼みを聞きなさい。飛んでた時みたいに、その、頭……頭を……」


「ふむ……綺麗だ」


ムルトはレヴィアの頭を撫でる。その銀髪の手触りは、まるで絹のようだった。きめ細やかで、吸い込まれるような輝きををしている。思わずその長髪に指をいれ、かきあげてしまう。


「んっ……」


レヴィアは小さく吐息を漏らし、ぷるぷると震えている。


「すまない。指が引っかかってしまったか?」


「だ、大丈夫よ!!もういいわ!さ!ご飯の時間よ!」


まだ晩飯の準備は済んでいなかったが、レヴィアはそう言ってハルカの元へと歩いて行った。その横顔は真っ赤になっていた。

コットンはムルトを見て、肩を竦ませている。それをレヴィアに見つかり、頭を叩かれていた

ムルトはそれを見ていたが、コットンがレヴィアに対して何か嫌なことをしたのだろう。ということしかわからなかった。


「いやはや。なんとも美しい」


ムルトのその言葉は、月なのか、天の川なのか、はたまたレヴィアを指していたのかは、彼だけが知っている。

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