不吉の兆し
私は、その日もいつものように仕事をしていた。冒険者の依頼を受理したり、新しく登録をしたり。
そんな私は今日、初めてやってはいけないことをしてしまったのだ。
冒険者カードの名前の再登録
本来は結婚や、ひょんなことから男爵などの貴族になり、位が変わってしまう人しか変えることができない。しかし私は今日、会って2日しか経っていない冒険者の名前を変更してしまった。
(はぁ……怒られるかなぁ……)
その人は、今日も依頼を受けて、パワフルボアの討伐へ出かけている。前回も同じ依頼を受けていて、その時は受けてから1時間ほどで戻ってきていた。なのに今日は異様に遅い。すでに3時間はたっていた
(それにしても、皮を剥いだパワフルボアを両手に持って帰ってきたのにはおどろいたなぁ)
私は昨日のびっくりした出来事を思い出し、苦笑いをする。
「あ、いらっしゃいませ!はい、本日の依頼は……リトルラビットの討伐ですね。かしこまりました。それでは冒険者カードをお預かりします」
私はいつものように受付をする。すると、ドアが乱暴に開けられ戦って音がギルドの中に響き渡った。
「緊急!緊急!東の森に強大なモンスター出現との情報!被害者はすでに大人2人!発見者はその身内と思われる少女!今は通りかかった冒険者が対処中とのこと!至急応援を求む!」
私はこの人を知っていた。東へ通じる門を警備している門兵さんだ。
「は、はい!ただちに!」
ギルドの中の人が、全員突然のことに固まってしまっていたが、私は大きな声を出し指示をだす。
「みなさん!常に外に出れるように準備をしていてください!スタンピードの可能性も考えられます!この中にBランク以上の人はいますか!至急3人以上のパーティを作ってください!私と共に現場へ急行します!」
その声を聞き、皆が一斉に動き始める。
装備を確認するもの、飲むのをやめ仲間に指示をだすもの。
丁度依頼から帰ってきていたBランクパーティの方々がいて、その人達が私に声をかけてくれた。
「先輩!私行ってきます!」
「わかった!引き継ぎは任せろ」
「門兵さん!対処に当たっている冒険者に心当たりはありませんか?!」
「見たわけではないからわからないが……そうだ、昨日ボアを持ち帰った冒険者と同じ仮面と外套をしているものが依頼で森に向かったらしい」
(やっぱり……東の森の依頼を受けたのはまだムルトさん1人。まさか、対処中の冒険者というのは……)
「準備は整いましたね!至急向かいます!」
私は発見者と言われた少女をおんぶして、冒険者と共に全速力で走る。
一刻も早く、助けるために。
(無事でいてください。ムルトさん……!)
★
「こっち!」
背中の少女が指を指して教えてくれる。血の匂いがただよってくる。もう、すぐそこだろう。
森のひらけた場所に出ると、嫌な光景が広がっていた。
下半身を食いちぎられた死体が二つに、大きな蠍型モンスターが首を切られ倒れていた。そして目の前には剣を握り、二本の足で立つ、体を赤と緑の液体で染めていた青いスケルトン
その手元には、ボロボロにはなってはいたが、見覚えのあるものが目に入る。
緑色の外套と、木でできた仮面。
「そんな……あれは、ムルトさんの……!」
対処中の冒険者というのは、ムルトさんで間違いないだろう。人間の死体は二つ、勇敢に戦ったムルトさんは、この蠍に食べられたのだろう。だとしたら、このスケルトンは何者なのだろう……そんなことを考えていると、青いスケルトンは何もせずに森の中へ逃げていく。
「異色の……スケルトン……!」
「くそっ!逃げられる!」
「追ってはいけません!」
「なんでだ!」
「まずは周辺の確認と被害の確認です。遺品を持ち帰り、身元の確認をします」
Bランクの冒険者も協力してくれ、遺体の回収、モンスターの回収、調査もすぐに終わり、街に帰ることができた。
(それにしても……あの青いスケルトン。最後に女の子のことを見ていた。襲うわけでも、人質にしようとしているわけでもなかった……私たちを傷つけようともせずにすぐに逃げたし……)
私は、今回の事件の報告書を書いていた。
被害者は少女の両親、そして冒険者のムルト。昨日出会ったばかりの人が、今日にはもういなくなっている。冒険者とはそういうものだと知っていても、どうしても嫌な気持ちになってしまい、涙を流さずにはいられなかった。
★
王都イカロス
冒険者ギルドの本部を備えているこの国に、報告書は届いた。
「この報告書を読んだか?」
「はい。気になる点がいくつかありましたね」
「ボロガンの東の森には、高くてもCランクのモンスターしか出現しないと聞いているが」
「はい。その通りです。」
「だが今回、ランクAのポイズンスコルピオンが出たという」
「はい」
「そしてさらに驚くことは」
「異色の、スケルトンですか」
「その通り。
「はい。遥か昔、王国を一つ消し去ったという、ランクS3に指定されたユニークモンスターですね」
「あぁ。そしてそのモンスターも、元は黒い骸骨だった」
「黒色……ですか」
「エルダーリッチやワイトキング、Sランク指定のスケルトンはみな白い骨だろう?」
「ですが、報告のあったスケルトンは特に、強く恐怖を感じることはなかったと書いてあります。発見時刻もすでに月が上がっていたことから、月の光で青く照らされただけのスケルトンウォーリアだった可能性があります」
「ふむ。その可能性もあるのかもしれない。ただ、警戒はしておこう」
「はい」
「報告は以上だな」
「はい。失礼致します」
部下は静かに扉を閉め、その部屋を後にする。
部屋に残ったのは大きな男だけだった。
その男は窓から覗く月を見上げ、来たるだろう未来に不安を抱いていた。
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