第四章 世界の求めかた(4)


    ◯


「これはこれは王女殿でん。ようやく決定が降りましたようですな」


「ええ、お待たせいたしましたデュケナン大司教」


 評議会でデュケナン大司教がぼく案を出してから、2週間ほどがっていました。


 ちなみに今日かれをお待たせしたのはわたしのせいではありません。会談をもうんだところ、指定した待ち合わせ時間よりずっと早く来訪されたのです。


 ようようと、デュケナンは語ります。


「それで、どうしますかな? 最近はせんきようもさらに悪化して、ファヴェールはアルマ地方一帯のとりでから兵を引き上げたとおよんでおります。残るはようさいと市街だけで……ああ、現地ではいくさに乗ろうとするようへいがオルデンボーに参加し、さらに兵が増えておるそうですな」


「そうですね」


「お心は決まりましたかな? 私めもとしとしですので、オルデンボーまでの船旅をするのであれば、寒くなる前にお聞きしたいと思うておりますが……なにも、以前の司教領すべてをへんかんしてもらおうというわけではありませぬ。どうしても返せない土地などありましたら、もちろんご相談させていただきますが、いかがですかな?」


 とうとうと語られるすべてを聞き終えて、わたしはちがいがあることに気づきました。


「あら、あらあら。どうやらかんちがいさせてしまったようですね、デュケナン大司教閣下。今日、あなたをお呼びいたしましたのは、ちゆうかいたのむためではありませんよ」


 そうであるなら、評議会に呼んでいます。


 いま部屋の中にいるのは、わたしと、デュケナン大司教だけです。


「なんと……それでは、戦い続けることを選ぶ、と?」


 おどろいたように大司教が言います。わたしは〝はい〟とも〝いいえ〟とも答えられず、あいまいに答えるだけです。


「それもまたひとつの道ですね」


 デュケナン大司教はそれを〝はい〟と受け取ったようです。とても大げさに天をあおいで、あきれたような息をきます。


「やれやれ、なげかわしい道をお選びになられた。この国のたみの血が流れ、大地がらされていくのをわかっておられないのですか? それでも戦いを選ばれるなど、ただ意固地に戦ってはなばなしく死することを望まれているようです。神はそれをお喜びになられないでしょうとも。統治者としての自覚を持って……王女殿でん?」


 ちゆうから、聞いていませんでした。


 それでなくてもいそがしくて、な話を聞いている時間がもったいなかったのです。小さなメモ帳にやらないといけない計算を書き付けていました。


 ふと、話し声が止まっていることに気づいて顔を上げます。


「あ、終わりましたか? このところいそがしくて、あまり意味の無いお話をしているひまが無いのです」


 デュケナン大司教は、目を見開いていかりをあらわにされました。


「な、なんと無礼なことをおっしゃいますか。まあ、年寄りの──」


「あなたの条件はもう聞きました。司教区のへんかんがお望みと」


 口上をさえぎって、わたしは結論をおたずねしました。大司教はうなずきます。


「え、ええ」


 お返事がそれだけでしたので、わたしは重ねておたずねします。


「それでは、わたしが提示した条件はご存知でしょうか?」


「……は?」


 間のけたお返事が帰ってきました。


 なんでもかんでも知っているような自信のある態度でしたので、てっきり、わたしの動向にも気を配っているものと思いました。


 しかし、そのお顔を見るにつけ、どうもそうではないようです。もしや、完全勝利とおもんで情報収集をさぼっていらしたのではないかとじやすいします。


 しかたないので、きちんとおたずねしてみます。


「ついにお耳が遠くなられましたか? わたしは直接、オルデンボーにぼくをもちかけたのです。その際に提示した条件をご存知なのか、そう聞いているのです」


 そう口に出すと、大司教は激しく声をあららげました。


「直接こうしようなされたですと!? ああ、なんてことをやっておられるのですか。それでは、オルデンボーはますます強気な条件を出されたでしょう。私めであっても、いま以上のじようを引き出すのは厳しくなりましょうぞ!」


 その口上を聞いて確信します。やはり、かれは何も知らないようです。


じようなどと、そのようなお願いはしていません。わたしはまったくちがう、新しいぼくの条件をオルデンボー議会に持ちかけたのです」


「新しい条件、ですと……?」


「ええ、議会からはいろい返事が返ってきました。あちらもこの条件であれば、五年間の平和条約をていけつしても良い、とのことです」


「なっ、そんな!? いや、ありえない! オルデンボーは勝っているのですぞ!?」


 信じられない、というお顔をする大司教です。


「敗戦国が、なんのうしだても無しにいったい、どうやってじようを引き出せようか!」


 わたしは一から説明をします。


「ですからじようなど持ちかけておりません。わたしからしんした戦時ばいしよう金は、フィセター銀貨にしてでしたから」


「……は?」


 デュケナン大司教の勢いが、するりとちます。


 それはそうでしょう。王室予算の半分もの金額を口にするのは、わたしとてあまりに少ないことですから。


 しかし、いまは特別でした。


「大銀貨100万枚です。そのきよがくの戦時ばいしよう金をもって、五年間の休戦協定を結びます。そう伝えたら、オルデンボーの議会はすぐに色良い返事をしてくれました」


「そっ、そんなことがあるはずがない」


 重ねて告げても、かれは信じられないようです。


みようなことをおっしゃいますね、デュケナン大司教。なぜ、そう言い切れるのですか?」


ちゆうかい役も無しに、そのような約定を結ぶことができるわけない! それにフィセター銀貨100万枚など! はらえるはずもない金額を提示して、りようしようを得られるはずはありませぬ! たとえはらえたにしろ、それでは私の条件の方が軽いはず。しよこうなつとくしませんぞ!」


「つまり、その問題さえ解決してしまえば、ファヴェールからオルデンボーの軍勢は引き上げる、ということです。


 であれば、わたしは解決するためにいくらでもじんりよくいたしますし、実際に、それをえた。──そうは思わないのですか?」


「い、いったい、どうやって……?」


「かんたんなことです。まずはちゆうかい役。これは教会ではなく、べつの組織にたのんだのです」


「そのような無茶な条件を、いったいだれがとりまとめられるとおつしやられるか。教会のようなきよだいうしだてが無い限り、不可能です」


「さて、そうですね。外洋のしやエイルンラント王国。軍事商人ベネルクス連合王国。あの二国の大使であれば、けして大司教におとりするものではありません。そう思いませんか?」


 ぎょっとした顔で、デュケナン大司教はうろたえます。


「あの大国を動かした、ですと……? い、いったい、どうやって……かの国にファヴェールとのつながりは無いはずでは……」


「この世のだれもが最初は知らぬ者同士です。それでも、言葉をくして理解を深めれば、お願い事に耳をかたむけてくれないほど無情な世ではありません。


 幸い、王室ちよう隊には諸国の商人がいました。かれらのつてをたどって両国の大使に手紙を読んでいただくくらい、苦労はありませんでした」


 ナオキさんが語った『エルデシュ数』についての説明は省きました。


「そうか……諸国の商人を集めたのは、外交の顔つなぎをするためだったのですな!?」


「いいえ、ちがいます。ですが、結果的にはそうなってしまいましたね」


 そのような下心で外国人を多くれていたのではありません。


 しかし、大司教には信じていただけなかったようです。


「そのような小細工でつながったえんなど、人脈とは呼べない! ちゆうかいのための条件は、私めよりよほど高額になったはずでは──」


「両国への条件を知りたいですか? かくすほどのことではありません。いずれわかりますが──ちゆうかいしていただいた折りには、ファヴェールより産出する銅や鉄について貿易優先権をおわたしすることです。どちらの国も、快く引き受けてくれました」


「交易の優先権などわたしたら、関税でむしられますぞ! そのような簡単な話も知りませなんだか!」


 そこは大司教の言うとおりでした。戦争に必要な鉄と銅という鉱物資源は、どの国もいくらでもしい輸出品でした。その資源について優先権を提示されて、断る国などいません。


 しかし優先的に物をわたすお約束をしてしまえば、関税が取り放題です。交易優先権とは、戦争に参加する大義名分が無い国に、こちらから合法的なりやくだつ方法を差し上げてしまうようなものです。


「そのとおりですね」


 つうならば、そうなってしまうでしょう。


 しかし、わたしはそのことについて、なにも心配していませんでした。


「とはいえ、エイルンラントとネーデルラントの、引き受けていただけましたから、関税の安いほうに多く輸出するつもりです。あなたのご心配にはおよびません」


 その理由をお教えすると、かれは息をんで目まぐるしく視線を飛ばし、やがて理解を得て視線をもどしてきます。


「二国同時に持ちかけ、両方ともと優先権とちゆうかいの約定を取り付けたのですか!? そんな手があったとは……!」


 おたがいにけんを争う軍事力にすぐれた国家です。プレイヤー同士で利益を分け合うことは、ありえません。相手にかれないためには、ファヴェールにじようするしかありません。


 しゆうじんのジレンマは、いつだって生み出したゲームメイカーが最大の利益を得るのです。


「相手に、など……これでは、まるで何かのじゆつではないか!」


「わたしがやとった……いいえ、わたしがしんらいしている者のあだ名を、お忘れですか? あなたがおとしめようとした人の、本当の真価を言い表しています」


「──! そうか、やつめが、こんなまねを……!」


「ファヴェールからうばいたいプレイヤーは大勢いることに気がついたのです。参加するには大義名分が必要なので、こちらでご用意してさしあげた。それだけです」

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