第四章 世界の求めかた(3)


「なあ、ソアラ。……どうせならいつしよげないか? この国にいたらどうなるか、?」


 負けた国の負けた王の末路は、さんなものになる。


 そうわかっているのに、ソアラはぼくだけをがそうとしているのだ。


 しかし、かのじよは首を横にった。


「わたしは、王女ですから。まだ政略けつこんや王権のじようといった手札は残っています。さいまでこの国でねばってみせます。でも……お気持ちはうれしいです。ありがとうございます」


 予想はしていたが、やはり断られてしまう。


 ぼくは苦笑いした。


「政略けつこんか。きみは美人だから大変だな。男たちでうばってけつとうして、死者が出るぞ」


 そのじようだんに、王女はくすりと笑って乗ってきた。


けいこくの美女、というやつですね。どうせなら、敵国をふんさいするくらいの器量がしいです」


「きみならゆうだ」


「──それでは、その……確かめてみてくださいませんか?」


「へっ?」


 すー。はー。と、大きく呼吸をしてから、ソアラがすすすと部屋のとびらへと後退していった。


「す、少し、待っていてくださいね?」


 パタン。と、どこかへ行ってしまう。


 なんだろうか。待っていろ、ということはもどってくるんだろうが。


 ……ただ待っているのも芸が無い。


「最後の仕事だ。待ってる間に『オタサーのひめ方程式』でも作るか」


 けいこくの美女の方程式、と言ったほうがいいかもしれないが。自分という利得を最大限利用してうばいをもたらす。クレオパトラみたいなものだ。


 天才数学者のジョン・ナッシュが提唱したナッシュきんこうは、ナンパ男たちの美女のそうだつ戦でたとえられることで有名だ。


 うばう、というのはゼロサムゲームがそこに発生するということ。限られた最大の賞品Prize:Pを得るために、プレイヤーAがプレイヤーBの利得をうばう。


 男と女が複数人いる場合、いちばんの美女に男全員が群がれば、男はけんせいし合って美女を得られず、女もしつして美女をわたさない。プレイヤー全員がだれも得をせずに終わる。


 オタサーのひめはそれを意図的に作り出すのだ。


「この場合、ソアラに言い寄るのはだれだろうな……国内の貴族か? あるいは、他の国からきゆうこんされるのか?」


 かべにかけた地図を見て考えてみる。


 それはソアラが作り上げた勢力図。国内でひろげられる戦争で追いかけっこをするために見ていたものより、大きな世界地図だ。


 古語で『光の出づる国』と意味をつけて名づけられたファヴェール王国。それを取り巻く暗雲たる敵国たち。


 オルデンボー王国。海運交易商人ギルド連合。エイルンラント王国。ベネルクス連合王国。モスコヴィヤていこく。ピエルフシュ共和国。マイセンブルクていこく。南部通商きんゆう会。


 これらのどこから言い寄られるか?


「……あるいは、この全員が言い寄ってきたら……ナッシュきんこうは……」


 プレイヤーが増えれば、計算は複雑になる。敵の戦略も変わる。うばいが発生すれば、男同士のけんせいが始まる。


「……うばい合わせる?」


 、と、脳のおくでなにかがつながった。


「お、お待たせしました」


 その声にく。


 ──そこには、天使がいた。


 ろうそくの明かりですら、の向こうにあるはだけて見えそうなうすぎぬのドレス。ゆうげんしようほどこされたレースがすそゆういろどっている。


 雪のけつしようのようにはかなげなその服は、しかし女性がまとえば印象が変わる。大きく開いたむなもとは深い谷間をさらしてかくさず、きやしやかたからうでまで真っ白なはだおおうものがない。


 計算されくして作られた砂糖細工のように、はかなげながらも──どこか、手をれずにいられないわく的なふんがあった。


 いったいなにがどうなってるんだ……そう思いつつも目をはなせないでいると、ほっそりしたうでが胸のあたりをかくすようにさえた。


【画像】


「……目が、えっちです」


「いやだってきみそれそんな格好でかわいくて仕方ないだろ!?」


 自分から着てきたくせにじんな!


「かわいい……かわいい、ですか? けいこくの美女になれますか?」


「正直に言うと最高」


「……ナオキさんでも、かたむいてしまいますか?」


「他のプレイヤーからころしてでもうばいとる」


「え、えへへ。そう、ですか……勇気を出したかいがあります……」


 白いソックスと短いすそで絶対領域を作った長いあしをもじもじとさせながら、はにかむソアラ。きわどいところまであらわになったこしからおしりの曲線が、細さと豊かさの相反する要素を信じられないレベルで両立している。


 この子を手に入れるためならぼくでもけつとうするわ。うん。


 ゆっくり歩いて部屋に入ってきたソアラが、かべの地図に手を置いて、ぽつりと言った。


「ここ、ファヴェールがわたしです。他の国にうばいをさせて、ぜんぶ、ほろぼしちゃいますよー」


「そ、そうだな。男同士を争わせて、だれも手に入れられない状態に──」


 そのしゆんかん、カチリ、と歯車がった。


 ひらめき。


 それはいつしゆんで通り過ぎる幸運だ。


 しかし、つかることさえできれば、思考の歯車ががっちりとわさり、加速する。


「……その、それで、ですね。あの、今後のために、わたしは男の人をこわがりたくないなーって思うのです。……なので、なので、あくまで今後のためなのですけれど、その、ちょっとがあった方が、どうようが無いのかなって思うんです」


 なにか言われているが、いま重要なのはそこではない。


 ソアラに歩み寄っていき、その背中にある地図をよく見る。


「オルデンボー……外洋……イェーセンがここで……貿易航路はこっちだろ……」


 周辺には8つ以上の国がある。そのどれもがいま、弱肉強食というルールに支配されている。


 つまり──弱肉強食というルールにおいて、〝うばる〟という戦略を表明しているのだ。


「いえその前から興味があったとかいうわけではないのですけれどでもどうせ一生の別れになってしまいますし──」


 であるならば、顔を合わせたら必ず〝戦う〟という戦略を全員がせんたくする。


 


「……そうか!」


 だん! と思い切り地図に両手をいた。


「はぅっ!」


 かべぼくの間にはさまれたソアラが小さな悲鳴をあげたが、いまは後回しだ。


「よし、よし……いける! これならやれる!」


「そ、そんなはっきり言わなくてもっ」


「ソアラ!」


「うぅっ──ど、どうぞっ……!」


 救うべきひめを見下ろすと、顔を真っ赤にしながら少しあごを持ち上げ、目をつむっていた。


 なんだこれキス顔みたいじゃないか可愛かわいい。しかし、いまはそれより重要なことがある。


「これで勝てる──いや、ぞ!」


 会心の逆転を告げる、その言葉に、


「……………………えっ?」


「えっ」


 なんか反応がにぶかった。


 ソアラはおそるおそる、という様子でたずねてくる。


「ナオキさん……わたしの話、聞いてましたか?」


「なんか言ってたのか? すまん、地図を見て考えてたから、気づかなくて……」


「…………ふ」


 ソアラは、にこり、と笑って。


 地図につめを立てて思い切りいた。


 なにこれこわい。

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