第四章 世界の求めかた

第四章 世界の求めかた(1)


「……どうしますか、殿でん


「イェーセンのエーゼンブルグようさいちた。敵はじりじりと支配地を広げている。アルマようさいもいまはこたえているが、いつまで戦えるかは……」


いくさを長引かせればそれだけ戦費が増える。イェーセンはくにの経済を支える鉱山の輸送路でした。ここをさえられたままようへいたちを働かせ続ければ──いいえ、ようへいがいなくとも、国庫のたんけられませぬ」


さつきゆうぼくするしかないな。決まっている」「ばいしよう金を求められるぞ。いや、それ以前に相手に引く気があるかもわからん」「こうしように応じず、うばくしてから、さらにばいしよう金をふっかけられるか」「それでは我々は終わりだ」「どうするのだ」「どこか別の国にちゆうかい役をたのむのはどうだ?」「そんな人脈があるか?」「見返りを求められるぞ。貿易優先権を求められたらどうする。関税をげられてしまう」「あれは合法的なさくしゆだ」


「どうする」


「どうする?」


「…………デュケナン大司教です」


「は?」


 わたしの言ったことに、ものすごく意外そうな顔をした評議会のかたがたがかえります。


 つい力の無いため息をき、できることを話します。


「デュケナン大司教をたよるより他はありません。生前の国王陛下とかれは親しくしていました。そして、オルデンボーの領内にも、かれの教区があります。血船王とも面識があるはずです。


 ……まことに不本意ですが、かれちゆうかいたのみ、どうにかぼくのための協議をオルデンボーに持ちかけるより他はありません」


「おお」


「なるほど、そのとおりですな」


「それでは、殿でん、さっそくかれれんらくを──」


「それにはおよびません。すでに書状を送りました。教会はすぐに対応してくれるでしょう」


 かれらの反応はわかりきったものでした。わたしがやりたくないことほど、賛成されるのです。ですから、もはや王宮にもどるよりも先に手は回しておきました。


「平和条約がどのような条件になるか、おそらく、そうとう分の悪いものになります。戦時ばいしよう金をまかなうためには、特別さいけんの発行にへいの切り下げ、割当税の強制ちようしゆう……どの程度ならはらえるか、準備と算定をお願いします」


 おそらく、かれらのはじき出す金額よりかなり高くなると思います。


「デュケナン大司教がぼくこうしようを向こうに伝えるまで、どれくらいかかるかわかりません。引き続き、アルマようさいの防衛を続けるには……」


 話しているちゆうで、とびらが開きました。使用人が小走りにわたしのところに来て、告げます。


「デュケナン大司教がおしです。お通ししてよろしいでしょうか?」


 まるで見計らったかのようなタイミングにむなさわぎを覚えながら、わたしはうなずきました。


「わかりました。どうぞお通ししてください」








「ようこそおしくださいました、デュケナン大司教」


「この老骨がお役に立つとあるならば、いつでもさんじますとも。殿でん


 いつものようににこやかに、その老人は現れました。


「それで、さっそくですが、オルデンボーとの和議は可能なのでしょうか?」


「ええ、その件ですな。お耳にしてございます。私めの身に余る大役なれど、名高き血船王に心をくしてお話をしたところ、どうにかぼくれていただくことができました。──四年間の休戦協定を約定していただけましたとも」


 それを聞いて、評議会は色めき立ちます。


「それはありがたい!」「さすがは大司教殿どのだ」「休戦をはねのけられるかとひやひやした」


 しかし、わたしはそれだけではまったく安心できませんでした。


「では、ぼくの条件はいったいなんでしょうか?」


 重ねてただすと、デュケナン大司教はすっと目を細めて、告げます。


「エーゼンブルグようさいとイェーセンのかつじよう。そして、戦時ばいしよう金としてフィセター銀貨40万枚、だそうでございます」


「よ──40万枚!?」「イェーセンのかつじようだと!?」


 その金額と条件は、このまま最後までファヴェールがたたかき、ぎりぎりでアルマ地方をまもいた時に失うものと、ほぼ同じでした。


 イェーセンを出口とする貿易が王室にもたらす利益は、鉱物資源だけでも年間でフィセター銀貨5万枚です。それを失ったうえに40万枚など、どう考えたところではらいきれるものではありません。


「そのような要求、とても吞めるものではありません。もう少し、条件をゆるめてはいただけませんか?」


 わたしの質問に、デュケナン大司教はひげでつけながら困ったような顔をします。


 まるで、子どものわがままを聞いた、とでもいうように。


「さて……私めにはこれがせいいつぱいであり申します。……ですが、それで兵を退いてくださる、と申されておりますゆえ。エーゼンブルグがかんらくし、アルマようさいも失うは時間の問題と、私めの遠くなった耳にも聞こえてきています。このままいたずらに時を過ごされては、りやくだつが横行し、国土が痛めつけられるだけでしょう」


「それは……」「ううむ……」


 うなり声のような評議会員たちのなやむ声が満ちていきます。負けを認めてばいしよう金をはらうのか、最後までたたかいて損害を未知数にしてしまうのか。


 それをてんびんにかけねばならないほど、じようきようは悪くなっているからです。


「しかし──救いを求めるたみが増えることは、私めも本意ではありませぬ。せめて……せめて、そうですな、イェーセンからのてつ退たいおよびばいしよう金の減額を、この年寄りからこんせいいたしましょうか」


「お、おお!」「まことでありますか!?」


 にわかにかんされた条件に、議会は飛び上がらんばかりに喜色をかべます。デュケナン大司教は、男たちの視線におうように答えました。


「あちらとて、最初から満額はらわれるとは思っていないでしょう。これは値段こうしようきと、まだ戦い続けたい血船王の意向をんだ、オルデンボー議会の提示額ですからな。


 どうにか礼をくして説得しますれば、15、よくすれば20万枚の減額は、けして不可能ではありませぬ。ただ……そうまでするのでしたら、私めら教会にも、ファヴェールからの誠意を見せていただきとうございます」


「……誠意、とはなんですか?」


 ちゆうかい料を求められているのです。値引き額の3分の1など、条件をつけるのでしょう。


 デュケナン大司教は、わたしを見て、告げました。


「ファヴェール王家にげられました司教領を、お返しいただきとうございます」


「────」


 あまい考えでした。


 父上が教会からんだ特権と領地のへんかん。これでは──教会からのしんこうを受けているも同然です。


「そ、れは、無茶な……」


 さすがに評議会からもそんな意見が出てきます。


 しかし、デュケナン大司教はかれらに向けてぶかみを差し向けました。


「教会領は国の領土とは別でございます。ファヴェールに動乱のほのおが燃え広がる時には、救いもたらす光として、あらゆるかたがたに主のおんちようあたえましょう。しん殿でんらは、ごろよりたんれんを積んで、動乱にも備えておりますゆえ」


「む、う……」「それは……」「いやしかし」


 いかにもけいけんな言葉でかざっていましたが、暗に〝司教領があればファヴェールで反乱が起きた時に貴族のむ土地になる〟と──大司教は、そうほのめかしていました。


 たよりにならない王室ではなく、教会の味方になるように、ということです。ことで議会に内応させる、こうみような手でした。


 もはやだまりこくる評議会から視線を切って、デュケナン大司教はいかにもちんつうそうな目をわたしに向けました。


「私めのできる、せいいつぱいの平和へのはしでございます。殿でん、どうぞご決断くださりませ。


 天上の国におわす我らが父のため。どうかその身をがごとき行いはしませぬことです」


 その、言葉を聞いて。


 わたしののうに、父上の声がよみがえりました。




『お前は父を天上の国ではなく、めいの底へもうとしているのだぞ!』




 天上の国。ごく


 ウィスカーこうしやくは、そう言っていたのに、父上は──〝ごく〟とは言わず、そう対比していました。




殿。やつは、とんでもないことをしております!』




 商人を集めたあの日、そうふんがいしていたウィスカーこうしやく


 かれが裏切るためには、オルデンボーと打ち合わせが必要なのに──こんなにも短期間で、裏切りを決意させるほど確実な約束を取り付けられるのは。


 父上の死期をどうしてオルデンボーがさとっていたのか。かれらと通じる人脈を持つのは。


 絶えずわたしをかんしていたのは、かんできたのは、だれであったのか。


 それは──




「──はッ!」


 思わず机をたたいて立ち上がったわたしを、大司教と貴族たちの冷ややかな目がします。


「……どうしましたかな?」


 大司教が、とぼけた顔でそう聞き返してきます。


 ホルスターからおもむろにじゆういて、その顔へと向けて引き金を引く──


「……『めいの底へむ』とは、ずいぶんおそろしい言葉です」


 ──そんな夢想が、いつしゆんだけ頭をよぎりました。


 もちろん、ここは戦場ではありません。じゆうを持っていませんし、持っていたとして、いきなりじゆうだんを浴びせることなど、許されないことです。


 ただし、


「わたしは最近、


 なまりのように重くねばついた事実を、かれに告げました。


「あれは、?」


 ──そのいつしゆんだけ、デュケナンは表情を消しました。


 針のように細くなった目が、わずかな間を置いておだやかさをもどします。ですが──わたしには、そのいつしゆんだけ見たものでじゅうぶんでした。


「さようでしたか。大変失礼しました、どうやら老境の口が過ぎたようですな。としを取るとついあれこれ言いたくなってしまう。……ご気分を害されましたら、お許しくだされ」


 いんぎんに頭を下げてすら見せるデュケナンに、わたしもまた、感情をおさえて告げます。


「……いまはあまり聞きたくありません。用件が終わりましたら、お下がりください。それとも、なおもくにを切り取らんとする要求がおありですか?」


「いいえ、いま述べたもので全てでございますとも。……ひめぎみはどうやらごげんを害されたご様子。今度こそ、失礼いたします」


「大司教」「大司教閣下」「デュケナン殿どの、お待ちを」


 貴族たちがすずめのようにわめく声を無視して、そうふくの老人は評議会の部屋から出ていきました。


「…………」


 あとに残されたのは、貴族たちの気まずそうなちんもくだけ。


「……ひめ様」


「なんですか?」


ぼくれるしかありません。我々が生き残るには、デュケナン大司教の言うとおりにするより他にはない」


 いかにも親切そうな声で、かれはそう言いました。


 ひとりが言い出せば、またべつのかたが言います。


ひめ様。まずは生き延びることを考えましょうぞ。世の中には生まれた地をわれても他国にて生き延び、機を見て故国をだつかんした王もおります。我ら一同も、じんりよくいたしますゆえ」


「そうです」


ひめ様」「殿でん」「ご決断を」「王女殿でん


 さざめく会議場で、わたしは指をひとつ立てました。


 かれらが静まります。


「……まだ、ぼくはいたしません」


 告げた内容に、ばくはつするようなさけびが上がりました。


「「「──ひめ様!!」」」


「今日はこれまでです。もう一度、今日のことを練り直したら、会議を開きます。その時に決定するとしましょう」


 いまにもつかみかかられそうなふんだったので、わたしは急いで議会を解散にしました。


 ……そうできるのも、もう最後になるでしょう。


 小走りに王宮のろうけて、わきの小部屋に入り、とびらを閉めてから──大きく、息をしました。


「もう、終わり……ですね……」


 すべてが、そう示していました。

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