第三章 撃たれる前に計算しよう! sin,cos,tan!(5)


「はっはっはァ、大漁だぜ大将! やつら酒保商人といつしよに来てやがった! 総取りだ!」


 しゆつげきから帰ってきたようへいたいちようのおっさんをむかえると、血でよろいよごしたままめちゃくちゃいいがおをされた。目の前まで来て馬を降りて、後ろからぞろぞろとついてくる荷物まんさいの馬車を指差す。


「見てくれよアレ! 酒保商人の中によ、おれたちが負けそうだからって向こうにがえったろうがいたんだ! ごうよくやつで、ぶんどりひんに取引するためにくっついてやがった。そこに、ドーン! おれたちの登場だァ! 全部巻き上げてやったぜェ!!」


「わかったわかった。なまぐさいよ」


 げん良くかたたたいてくるおっさんをはらって、荷車のほうを見る。


 行きは人をせてばやく移動させ、帰りはこうして物資まんさいで帰ってくる。何度か見た光景だ。読みが外れた時は人を移動させただけになるが、


「2つめも当たりか。3つめがからりでも元は取れるな」


「3回目もあるのか? またかせがせてくれるならだいかんげいだぜィ」


 にやにやしながら横に立つおっさん。


 ぼくかたをすくめた。


「ここでねばりすぎると敵の本隊が追いついてきてぐるっと囲まれる。このとりででぎりぎりまで戦っても、まだ目標の時間までかせげない。あとはもともといた守備兵に任せたいね。ぶんどりひんを全部置いて、りようしよくが無くなるまでねばってもらう」


「ンだよ、しんちようだな大将。それに全部置いてくのか? もったいなくねェのかい?」


「ぜんぜん。ここで欲をかくと負ける。そのほうが大損だ」


「じゃあいま言ってた〝3つめ〟ってのは?」


「ここをはなれても同じことをするってことさ。敵がりやくだつ部隊を遠くに回したら、確実につぶす。2回やって2回とも当たりだった。的中率が50%以下ならこうはならないはずだ。その修正をしてるところだよ。


 3回目どころか、戦争が続いてチャンスがある限り、10でも20でもあるってことだ」


「ふゥん……まあいいさ。ついてくぜ、大将。かせがせてくれるんだろ?」


「できるだけな」


 こぶしを持ち上げて差し出してきたので、しかたなくぼくこぶしを作って打ち合わせる。──って力強いな!?


「期待してるぜェ!」


 笑いながら立ち去っていくおっさん。


 まったくこの時代は本当にこわい。


 敵からうばったぶんどりひんに群がる商人たちの中に、つうに女子供──酒保商人たちの中についてきたようへいたちの妻子とかがいる。


 女たちがわらわら寄ってきて、きゃあきゃあ言いながら商品をきし、この荷車の権利はだれそれだとか言い争ったり、子どもたちはうれしげに母親にわたされる物を受け取る。


 まるで市場だ。いや、すでにようへいと酒保商人と王室ちよう隊が入り乱れてりをしたりしてるので本物の市場になってるのかもしれない。


「あら、せいきようですね」


 いつの間にかとなりにいたソアラがそんなことをつぶやいた。ぼくは少しあきれつつ言う。


「やってることは合法的なごうとう団なわけだけどね」


「酒保商人のちよう隊からうばったものだそうですから、つうならごうとうです。合っていると思いますよ」


つうじゃないのが戦争か」


 〝りやくだつしていい〟という大義名分があれば戦争ができる。


 ファヴェールがオルデンボーにおそわれて、他の国が弱ったこの国をさらにめようとしないのは、大義名分が無いからだ。


 酒保商人についても、ようへい隊というあらくれどもとけいやくを結んでいるから、おそわれない。けいやくを破って裏切った商人には、りやくだつをしてもようへいたちはなにも罪に問われない。だからおそった。


 人間全てがうばいに参加したくてうずうずしてるんじゃないかと疑いたくなってくる。


「戦争っていうのは、つくづくいやなもんだな。長引かせたくないっていう気持ちもなんかわかってきたよ。……あのさわぎを見る限り、そう思ってるのはぼくだけかもしれないけど」


「勝っている時にそう思える人は、あまりいませんから」


 王室ちよう隊にやとわれた商人たちやようへいの酒保商人たちは、りやくだつ品のほどきに喜々としてかっている。


 ぼくは戦争を特別なものだと思っていた。だが、ちがった。戦争はこの時代では生活の一部なのだ。だからそこに経済が生まれるし、りやくだつにも正当性が問われ、けいやくを破った酒保商人はああして裏切られたようへいに出くわして制裁をくらったりする。


 そこにためらいはない。


 ぼくはといえば、おっさんの手をよごしていた血がぼくの指にも移ってきたことに、少しひるんでいたり。あの荷物もこの血も、だれかのところからやってきたのだと思うと罪悪感が。


「……だいじようですか?」


「ソアラ」


 ふるえる指先がかわいた紙に包まれ、ていねいにられる。


 ソアラがきれいな紙とその細い指で、くしくしと血をぬぐってくれていた。


「戦争というのは、災害のようなものです。いつか、必ずどこかをおそさいやくです。このあたりの村は慣れています。りやくだつ品は腹いせで家を焼かれない程度に残し、財産を街にぎわ良く運んでなんしているでしょう。


 そして──敵とは、戦う以外にせんたくがありません。


 さとすようにこうをそっとたたいて、大きなひとみが見上げてくる。


 言外に「つらかったら、わたしのせいにしていいですよ」と、そう言われているような気がした。


 どうも気をつかわせたらしい。


「……心外だな。暗殺者をころしてきみを助けたのを忘れたのか? あのときと同じで、いまはやらないとやられるだけだ」


 目の前でじゆうを向けてきた相手に引き金は引けても、見えないところで行われる戦いに人間的になりたがっているだけだ。実際は、きよがあるだけであの時と変わっていない。


 まれたのは別のたまでも、引き金を引いたのはぼくの指。ぼくの意志だ。


「そうでしたね。ナオキさんはいつもたのもしい人です。差し出がましくてすみませんでした」


 無理やり笑うぼくの強がりを、ソアラはうなずいて認めてくれた。


 手がはなれていく。


「しまった。もう少し落ちこんだふりしとくべきだったか」


 指をわきわき動かしつつ言うと、ソアラがまゆを上げた。


「あら、もっとなぐさめたほうがよろしいですか? どうぞ」


 うでをぱっと広げてほほまれる。完全なれ体勢だった。


「……ずかしいからやめておきます」


 さっきからちらちらご婦人がたの視線が飛んでくるわけですよ。


「ふふふ、チキンゲームならわたしの勝ちですね」


 勝者のみをかべるひめ様だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る