第三章 撃たれる前に計算しよう! sin,cos,tan!(4)


 ちよう兵2000。ようへい1000。へい500。さらにちよう隊が1000人ほどで、合計約4500人もの人間がぞろぞろとかいどうを歩いて進む。


 もちろんぼくもその集団の中にいる。いちおう大将あつかいなので歩きではなく馬をもらって、数mほど高い視点でそれを見ていた。


「うおお……」


「落ち着いて。背筋をばして、足の力をもっといてください。こしの骨をくらに合わせるようにして……そう、骨です。づなを馬の頭の動きに合わせて、やわらかく……お上手ですよ」


「がががんってるからな!」


「力を入れるとバテてしまいますよ。今日は一日ずっと乗るんですから」


 ちなみにいまめちゃくちゃ必死である。馬に乗ったことなんて無いからな!


 口取り付きで小一時間ほど歩かせて乗るのに慣れてから、自分でづなを取って歩かせている。


 なぜか? 王女様命令だよ。「ひとりで乗れるようになってくださいね」とかがおで言われた。可愛かわいい顔してこういうところようしやい。


「戦争がこんなにもつらいものだとは……!!」


「そのセリフは早くねェかい大将。まだ戦ってもいないぜ」


 速歩で後ろから追いついてきたようへいたいちようのおっさんが話しかけてくる。もちろん向こうも馬に乗っていた。


「うるさいよ。ぼくのことより、言ったとおりの仕事をしてくれ」


「ちゃんと部下にやらせてる。なんなんだあのみようなやつらは」


「エイルンラントの王立科学アカデミーの人たちだ。海図を見せてくれって海運組合にお願いしたら、なぜか海図といつしよに研究員がついてきた。土地の測量をしたいらしい」


「戦争中に国境付近でか?」


「国境付近でやりたかっただけで、戦争中にやりたかったわけじゃないと思うけどね。ともあれ、とりでせんとうとかに立ち入る許可だけでぼくの仕事を手伝ってくれるって言うんだ。護衛くらいしてあげたくもなる」


 行軍しながらなので大急ぎでやることになるが、かいどうの長さを測りながら進むにはどうしても人手がしかった。それが思わぬところで手に入ったのである。ようへいたちに護衛させて、あちこちの道やおかの上におくんでいる。


つうはそういう場所はスパイが来る。だからいれねェんだよ。エイルンラントがめて来る時に、その地図が使われるぞ。測量とやらも、てきとうな数字だったらどうすんだ?」


「向こうが使ってる地図がわかるなら、こっちにとっても便利だろ。それにてきとうな数字だったらてきとうだってよ。人間はランダムな数字を選べないからね。必ず不自然な数値になる。そうしたら職務たいまんだってケツをってやればいい」


 おっさんは変な顔になった。


、だァ? ……あいつらもみようなやつらだが、うちの大将もたいがいだなこりゃァ」


「おっと、上司の悪口を言ったら査定にひびくぞ?」


「ウチの田舎いなかじゃァ、とししたの上司は悪く言うのがっててなァ」


「そんなのはぼく田舎いなかだけでじゅうぶんだ」


「へッ。じゃあなァ、大将」


 ドッドッドッ、と馬の足音を速歩のリズムにしてようへいたいちようが去っていく。


「……ずいぶん、親しくなったのですね」


 意外そうにソアラが言ってくるので、ぼくかたをすくめた。


ぼくの基本方針は戦いを長引かせることだ。細く長く戦いたいようへいたちとは利害がいつしてる。だから方針てんかんされないように、多少のたのみごとを聞いてくれるってだけだよ」


「そのまま聞き続けてくれるようにしたいところです」


「まったくだ」








「大将、敵軍がこっちに向かってきてるって報告があったぜ。どうする?」


 とりでとうちやくして4日後、さっそくそんなことを言われた。


 ソアラといつしよに地図を作り直す手を休めずに答える。


「前の報告どおりに船でやってきたせんじんの歩兵だけなら、こうじよう兵器どころかへいもいない。とりでこうりやくする手立ては少ない。門のかんていさつの強化に気をつけてくれればいい。あと、ぼうぎよじんの構築な。しっかりかんとくしておいてくれ」


「このとりでは、最後には捨てるんだろ? そんなに力入れる必要あるのかよ」


「それは最後の話だよ。こっちには素人しろうとのほうが多いんだ。るいとかさくとか、人にたよるよりぼうぎよへきたよったほうがずっとたのもしい」


「そうか。わかった」


「ああそうだ、土木作業がいやがられてるって話な。土木当番にはちよう隊で通用する酒の配給券を配ることにした。それと、土木仕事を悪く言った兵を注意するように。もしりずにかげぐちが多かったら給料を減らすから、伝えておいてくれ」


「うわ、アメとムチかよ。いよいよ大将らしくなってきたじゃねェか」


ぼくは権力を積極的に使うタイプなんだ。よろしくー」


「へぇへぇ」


 ようへいたいちようを見送ってから、地図に目をもどす。


 思ったよりも地図は正確だった。せいぜい地形を書き足してかいどうの形を整えるくらいだ。


「ふうむ……これなら、もっといろいろ計算ができるかな」


 口からわるだくみがれ出てくると、ソアラがきらりと視線を投げてきた。


「次はなにをなさるのですか?」


 なんかわくわくしてませんか王女殿でん


「大したことじゃない。いやがらせだよ。もしも敵軍がこのとりでこうりやくするためにじんするなら、近くの村でりやくだつをするはずだ。移動可能なはんを割り出して、他からりつするような場所に行く部隊の通り道に先回りしておけば」


りやくだつ部隊をせんめつできますね」


 ぽん、と手を打ってソアラがぼくの言いたいことを先回りした。うなずいて同意する。


りやくだつ部隊は100もいないはずだ。それなら、へいを分けておそわせてもまだゆうで勝てる」


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