第三章 撃たれる前に計算しよう! sin,cos,tan!(3)
王命によって
「失礼します。ようやくお会い出来ましたね、ウィスカー
自ら
「おお、
白い
しかし、部屋にはもうひとり男がいた。
「できるだけ早くお会いしたかったのです。──デュケナン大司教とご
そうだった大司教だ。
しかし今日のソアラはなんか
ゆったりと立ち上がった大司教は、そんなソアラ相手にも
「いえいえ、私めなどが話せることなど、大したことはありませぬ。この有事でもっとも
「ああ、そうだな。またな」
大司教が部屋から出て行ってから、
「
「いいえけっこうですウィスカー
単刀直入に。まるで最速で
「その件だろうと思っておりましたが……あー……
「地の利を生かす、というお話をしましたよね? ウィスカー
男の話を
「しましたが……」
目を合わせようとせずに、
ソアラはため
「
「……
「敵将の首などではなく、戦った時間こそが
「それは
「ですが、その経験に従ったところで、実際に負け続けているではありませんか」
「だが戦い続けてもいる。弱兵は戦いで死ぬが、いま残っているのは激しい戦いを生き延びた
「最初から数で負けている我々は、
「
「
そこでついに、ウィスカー
「敵を
我々には命がけで
部屋の調度品すら
しかし、正面からその
「たしかに、決して
「その話がおかしいのだ。実際に戦いもせずに、見てきたようなことを言う。
「いままでどおりでは、兵数の足りぬわたしたちは、
「
ソアラがそれを聞いて、理知的なその目に
「『貴族の戦いではない』と、ええ、
それでも──すべてに
ウィスカー
「…………はっ、わかった」
その言葉の意味がわからず、ソアラは首を
「? 何がですか?」
問われた
「個人的な
なにを言われているのかわからない。そんな顔をしたソアラだが、
「いままでのことを、やり返しているのだな。我々が
それを聞いて、ソアラはため息をこぼし、目をつむった。
「……そうきましたか」
「長い間、我々があなたに
こんなふうに仕返しをするなど──まったく、
ソアラがゆっくりと目を開いた。ウィスカー
「…………」
「…………」
「そうまで
「──は?」
「聞こえませんでしたか?
「…………な──」
しばらく目を見開いて
「──ん、だと、この
上に載っていた水差しやらなにやらがけたたましい
そして、ソアラを
「──
「……敗残の将は、世のすべてを
耳を貸さずに、王女
「おい」
無視して背中から切りかかってきたらいやだし
「……あれは
息をゆっくり吸う。舌をもつれさせないように、
「もちろん、あんたが悪い」
「…………
「じゃあ、これで」
喜んで退室した。
数学的な視点から見て、
しばらく足を進めてから、ソアラがつぶやいた。
「……ナオキさんは、わたしの味方をしてくださるのですね」
「
「ナオキさん」
「なんですかソアラさん」
思わず敬語である。先ほどの
「わたしが直接、軍を率いて戦います。
「
「はい、お任せします」
「あーあー、どうするかなぁ……」
十数人ほどの兵士と
「将軍なんて
というか実際になにをすればいいのか、想像が難しい。
なので、仕事のやりかたを教えてくれそうな人物を呼んでいた。
「よォウ、待たせたな。あんたが新しい大将かい?」
どことなくうさんくさい
うちの──ファヴェール王国の
「成り行きで将軍になったんだ。初めまして。そっちは、
うさんくさいんだが。
「もちろんそうだ。でなけりゃァこんなところまで男に会いに来るもんか。で、新しい大将が来て
「順番が逆だ。
「……言うとおりみてェだな」
「なァ、戦争は終わっちまったのか?」
「まさか。まだ始まったばかりだ。明日からも戦ってもらわないと」
「ああそうかい。そりゃ良かった」
安心した、みたいな言いかたをする。
これはあれなのだろうか。ウィスカーさんの言ったとおり、命をかけて戦いまくるのが生きがいですし戦士、みたいな考えを持ってるんだろうか。
「やっぱり
「あン? なんでそんなことを
不思議そうに聞き返される。
「教えてあげよう。
隊長は複雑そうな顔をした。
「ふン……? まっ、
意を決したふうにそうつぶやいてから、首を横に
「
意外な意見だった。
「もっとこう、
「『小市民のみじめな生活を捨てて、いますぐ
でもな、血に
「ふうん……ちなみに、あんたはどっちだ?」
「いまのは最前線のやつらの話だ。
「なるほど。
「へたな戦いかたでなけりゃァ、
「……それは遠回しに『余計なことすんなよ』ってことでいいかな」
「大将にそんな言いかたはしねェよ」
両手を広げて笑う隊長だが、否定しない。つまり内容はそういうことで合ってるらしい。
そんな
「じゃあ、あとは敵の戦いかたについても教えてもらおうか」
「なァ、話が長くなるなら、どっかあったけえところに行かないか? 外で
「ふたりきりのほうが
その説明に、
「あんたなら生き残れるクチだ。兵隊になりたかったらおれのところに来いよ。
「あー……両手で
「そういうことさ。楽な仕事だろ」
戦場は
──ちょっと楽しくなってきた。
「
「まったく、ゆゆしき事態です」
市庁舎に
「やる気まんまんかよ!」
背中には長
「おい
「
「
「できるなら
「……ぜったいトリガー引かないでくれよ」
まあ、ここまで
「
そう言うと、ソアラはきょとんとした目で
「ナオキさんは、
「ぜんぜん。だけどきみが指揮官やれって言ったんだろ。やりかたくらい調べてくるよ」
「それでは、できるのですか?」
「そこが問題だ。任命したのはきみだ。やれと言われればやるが、僕なりにやることになる。──つまり、数学を使うしかない」
「……
鉄と油の
だが、首を横に
「
周辺の地図を取り出して机の上に広げる。
「さて、敵は
「方針は変わっていません。防衛あるのみです。敵の部隊を長く食い止めて、戦いに負担をかけます」
「いいとも。それが戦略。
「どうするのですか?」
「簡単さ。この街から
「それは無理だという話で大将をすげ
ソアラがびっくりして声をあげた。
どうも話を急ぎすぎたらしい。
「言いかたが悪かったな。
「……どういうことですか? 最初から、ゆっくり説明してください」
「つまりだ。まず部隊を分ける。防衛部隊と
しかし、きみと
机の上にあった筆台を兵隊に見立てて、街の上に置く。そこからすすすと移動して横の
「このまま敵がアルマ市を
火薬
「もし敵が
筆台が国境方面へ行くと、火薬
「どうかな?」
顔を上げてソアラを見ると、王女はぱちぱちと目をまばたかせて、小さな
「兵数に
「ふはは、敵はきみという国家最高権力者を追って、
「……あの、それはもしわたしが
「敵の勝ちなので
「
「やめとくか?」
「いいえ。この
「そうでもないさ。こっちもあっちも徒歩の
「どのくらいで敵がこちらに来るかを
「それなんだけどさ、
人の移動速度は歩きで1時間に4km。
ごく簡単な問題だ。それこそ、現代日本なら小学生でもわかるだろう。
しかし、
「速度、が、1時間に4km……? 速度……? 『メートル』とは長さの単位でしたよね?」
ソアラは首を
「それだ。そういう反応で思い出した。数学史的に距離と時間の関係は、新しいんだよな。
やり始めたのが落下時間と速度について研究したガリレオ・ガリレイ。速度と加速度を
「あの?」
きょとんとした
「あー、ごめん。とにかく、きみが言ったとおり向こうは経験から得た〝感覚〟でやるわけだ。軍の移動にはこれくらいの時間がかかる。これくらい
いつしかソアラは身を乗り出して食い入るように
顔が近い。
「この
「そうだ。
「理性的な
ソアラがそうつぶやいた。どうやら、初めて会った時のことを思い出したらしい。
「そうだ。──数学は、時を
「……計算なら、わたしだって血船王にも負けませんっ」
「その意気だ。というわけで、はいこれ」
「コンパスと、分度器……?」
ちなみに磁石じゃなくて円を
「地図を使うならそれが定番だろ?
そういう道具を使えば自分がどこにいるか、行ったことのない場所でも地図上で
「ここは貿易港ですから、沿岸部だけなら貿易商たちが正確な海図を作成していたと思います」
「そいつはいいね。取り寄せよう。まずは地図の作成。そして計算の確立。定式化する数値を決める。敵がこちらへ進軍してくるまでに、できるかぎり精度を上げよう。移動しながら
──
「『勝つ者は勝ってから戦いを求め、負ける者は戦ってから勝ちを求める』ということですね?」
「なんだそれ?」
ソアラが口にしたことわざっぽい言葉に首を
「
「ひどいな。忘れないでくれよ」
「気をつけます。それでは、お手伝いしますから、まずは時間と
さて、必要になりそうなのはまず三角関数、
「『はじきの法則』か。……
ふと、
「
「
ということで、
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