第二章 オークションにかける! ぼっちな姫の癒やしかた(7)
「アルマ地方では
「各村には食料や財産を運び出すように呼びかけ、
「農園主たちはすでにほとんどが市街の中へ
評議会との会議は、以前よりだいぶ人数を少なくしていました。こうなると会議とは名ばかりで、数人から報告を受け取るだけです。
方針が決定し実行段階に移ったため、評議会のほとんどが前線で指揮を
「順調なようですね」
「そのようですな。ああそうそう、
「それは喜ばしいことですね。兵力は多いほうがいいですから、引き続きお願いします。
「わかりました。次に──」
バタン! と、会議室の
その
「
「これはウィスカー
額に
「国王陛下がお呼びです。おいでくだされ」
もとより今日は会議が終わってから父上にお会いする予定でした。それをこうしてわざわざ呼び出すというのは、
「いますぐですか? 急ぎの用ができた、ということでしょうか?」
「そのとおりですな」
「わかりました。すぐに参ります。
会議室をあとにして、わたしはウィスカー
「どこへ向かわれるのですか? こちらは、父──国王陛下の
「
四角い
「ナオキさんが使っているところですね」
「使いかたが問題なのです! デュケナン
中庭を四角く囲む王宮の
父上は
「父上。このような所で、どうされたのですか?」
「……お主には、あれが見えんのか?」
「あれとはどれのことでしょう。わたしにはたくさんの商人が見えていますが、特に変わったものは見えません」
ほんとうにたくさんの商人が、中庭に集まっていました。
見るからに
そんな商人たちとは少し
「あの
「補給品の買い付けをするためです」
「こんなにもたくさんの商人と
ナオキさんの心証は思いのほか最悪なようでした。ナオキさんは少し
しかし──顔を合わせたこともないのに、そうまで言われていいはずがありません。
「……父上、ナオキさんを
「やつがなにをするつもりで、雑多な商人を集めることも承知していたというのか、お前は。なぜ止めなかった!? あそこにいるやつを見ろ、ネーデルラント人だ。オルデンボーとの付き合いは
「わかっています。ですが父上、これからナオキさんが──いいえ、わたしたちがやろうとしていることには、たくさんの
「……なにを言っておる?」
わたしが父上にどう説明すればいいのかを
下を見てみると、商人たちの注目が一方向に集まっています。その先には、前もって用意しておいた台の上に立つナオキさんがいます。
「あ、どうやら始まるみたいです。父上、これからナオキさんがなにをするのか説明してくれるはずなので、聞いてください」
◯
「さて
「ずいぶん若いな」
「若いほうがいいでしょう? 若者を手玉に取って
小さな
「そんなことはせんよ。神に
「なるほど。若いころの神に
中庭にいる商人たちからいくらか笑いが広がる。さて、これで
「じゃあ本題に入りましょう。事前にお知らせしたとおり、今日は取引の前段階、価格決定についてのお話です」
プレゼンなんてゼミと学会でやったことしかない。未経験よりはましというくらいだ。長引かせたくない。さっさと説明してしまおう。
「正直に言います。
そんな前置きには特に反応は無い。それは予想どおり。反応が
「だから──しかたない。言い値で買います」
その言葉は、全面
いい食いつきだ。興味をひくことにはまず成功。
「ただし、念
「まずひとつめ。注文は第二価格制競争入札という形を取らせてもらいます。〝競争入札〟というのは、競売のようなものだと思ってください。今回のを簡単に言えば、他の人の提示価格はわからない状態で、いちばん安い価格を提示したかたに、二番目に安い提示価格で取引をします」
商人たちが目を
「そしてふたつめ。入札には
それを聞いた商人たちの反応は、さまざまだった。
深く
「質問をよろしいですかな」
と、手が挙がった。
「どうぞ」
「競売は知っています。低い価格から初めて、いちばん高い価格で買う者が落札する。競争入札というのはその逆で、注文に対していちばん低い価格をつけた者が注文を
では、第二価格にする、というのはどういうことですかな?」
「みんなが得するようにする、というだけです。いちばん安値をつけた人が、二番目の安値で引き受けることができる。自分にとって銀貨10枚で引き受けていいという注文が、11枚で請けられるかもしれない。
「それはそうですな」
逆に言うなら、自分の評価額以外の価格をつければ損をする。
別のほうから手が挙がった。
「入札に参加するのは、本当にどんな商人でもいいのですか? たとえば、
「ああ、やっぱりそこ気になりますよね。では、はっきり答えます。
王室
敵国の商人だったら
ざわめく商人たちに、さらに告げる。
「参加資格だけじゃない。物や船についても、たとえオルデンボーの港から出発してきた船でも、入港を許可する。
必要なのは、物と金が健全に
敵国の利益になりそうな商人や輸送ルートを理由に輸入制限をする。そんなやりかたもすべて否定しておく。
質問というより、ただ単に書類に書かれていることを王室がきちんと理解しているのか、それを確かめたいだけなのだ。だから、
そんな態度さえ見せれば、商人たちはいちいち口に出してやらずとも、理解する。つまり──これは本当のことなのだ、と。
「以上です。他に質問は? ……なにも無ければ、今日はこれで解散。後日に入札会場でお会いしましょう。できるだけ多くのかたの参加をお待ちしますよ」
◯
「やつは正気であんなことを言っておるのか……!?」
「父上、もちろん本気でやっていることです」
かろうじて
そのお顔は、やはりと言うべきですが──
「なんだと……? おぬしは、やつのやることを許したというのか?」
「商人たちに
ナオキさんの説明を耳にしてもっとも
「──
「父上、敵国とは陸続きです。どうやっても間者を防ぎ切ることはできません。敵国の様子が商人たちから聞き取りやすくなりますから、その点についてはお
交易路を
「
それはたしかに不思議なことでした。商人たちはどんな物でも持っているというわけではありません。たとえば麦なら麦の生産地となんらかの
そこまで
しかし、ナオキさんはわざわざ専門外の商人たちまで参加できるようにしました。商人たちに配るための資料を用意するのも、無料というわけではありません。きれいな紙とインクを
その手間やお金を使ってでも、やる価値のあることだったのです。
「そうとも限りません。借金をお金ではなく物で回収することもあります。たとえば麦商人の中に借金をしている人がいて、それをお金の代わりに差し出すことはあるかもしれません」
「もしもの話であろうが」
「もしもの話でじゅうぶんなのです。父上、これはチキンゲームを変化させるために──」
わたしは父上のために、ナオキさんから教わった数学的な説明をします。
いいえ、しようとしました。
ですが、
「この
──いま、なにを言われたのか、よくわかりませんでした。
「ち、父上、それはいったい、どういう意味なのですか……?」
うろたえて聞き返すわたしに、父上は鼻にしわを寄せて指を
「私がなんと言ったのか覚えておらぬのか? お前は教会を
父上の言っていることの意味がわかりません。……いいえ、わかりたくありませんでした。
「多少、などではありません。この予算は、補給は、兵や
「たとえどんな問題の解決になろうと、異教徒のイシュライ人などを使っていい理由にはならん! そんなもの当たり前であろうが!!」
「……そんな……理由、で……?」
最後まで言いきれませんでした。父上の目が、それを望んでいないと告げていたからです。
わたしが口を開くほどに、父上の目には
父上がこうなれば、
しかたのないことなのです。いつものように、わたしは
「時間、金。おぬしはいつもそうだ。いや、
「…………」
〝くだらない〟〝
どうしたことでしょうか。いつものようにいきません。父上の言葉を耳にするたび、胸にざわついたものがこみ上げてきます。
「戦場での直感や神の
死を
「父上……」
「ああ?」
「いえ、その……」
そして、わかりました。わたしは、自分が父上に
「……父上、お願いです。それ以上、
わたしは必死の思いでそうお願いしました。
それでも父上は、まるで笑えない
「これくらいの
「……わたしは、父上の
──それでも、絶対に、悪しざまに
「
「思っています。ちがうのですか」
「よく考えよこの
「これでも考えています。考えたうえで、わからないのです」
わたしが口を開くと、このようになります。父上のお言葉は本当に難解で、わたしが返事をするだけでお
それでも、今日は止められませんでした。
「父上の
「好ましいはずがあるか! あのような
「──いい加減にしてください!」
それがわたしの言葉だと気付いたのは、
耳に残る
「…………」
「…………」
重苦しい
じろりとした父上の目は、もはや敵を見るような
「いま……いま、なんと言った? この父に、向かって!」
「すみません。父上。わたしは……いまは、父上と話さないほうがよろしいと思います」
するりと一歩下がります。
「この──カッ……!」
病の
「ヌ、ウゥ──私を、私を……だれだと思って……ッ!!」
使用人たちが
「父上、お願いですから、もっとご自分の身を大事にしてください。……わたしがいては健康に悪くなりそうですから、失礼します」
心配ではありましたが、わたしを近寄らせたくないということは、
痛む
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