第二章 オークションにかける! ぼっちな姫の癒やしかた(7)


「アルマ地方ではひめ様の言うとおり、とりでの周囲にからほりさくを増やしております」


「各村には食料や財産を運び出すように呼びかけ、へきを通過する際に関税がめんじよされることを布告しました」


「農園主たちはすでにほとんどが市街の中へしよくりようなどを移しておるようですな」


 評議会との会議は、以前よりだいぶ人数を少なくしていました。こうなると会議とは名ばかりで、数人から報告を受け取るだけです。


 方針が決定し実行段階に移ったため、評議会のほとんどが前線で指揮をっているからです。残っているのは後方でも役割があり、前線とのつなぎ役となるかたがたです。かれらからの報告に耳をかたむけますが、大きな問題は無いようでした。


「順調なようですね」


「そのようですな。ああそうそう、ちよう兵のことですが、これは予定より数がそろいそうです。思ったよりたみが協力的でした。持たせるやりのほうが足りないほどでありまして」


 うれしいしらせでした。長期戦という方針とはいえ、やはり兵力差は少しでも縮めておきたいことでしたから。


「それは喜ばしいことですね。兵力は多いほうがいいですから、引き続きお願いします。やりが無ければほりや策を設置する戦力にできますし、できる限りかき集めてください」


「わかりました。次に──」


 バタン! と、会議室のとびらが開く音に全員でかえって、報告がれました。


 そのとつぜんの乱入者は、見知ったかたです。


ひめ様、少しよろしいですかな?」


「これはウィスカーこうしやく。お姿が見えないので不思議だと思っていました。どうかなさいましたか?」


 額にいたしわを深くしながら、ウィスカーこうしやくは言いました。


「国王陛下がお呼びです。おいでくだされ」


 もとより今日は会議が終わってから父上にお会いする予定でした。それをこうしてわざわざ呼び出すというのは、


「いますぐですか? 急ぎの用ができた、ということでしょうか?」


「そのとおりですな」


「わかりました。すぐに参ります。みなさん、報告書はまとめて送っておいてください」


 会議室をあとにして、わたしはウィスカーこうしやくに先導されてろうを歩きます。


「どこへ向かわれるのですか? こちらは、父──国王陛下のしんじよではありませんけれど」


きゆう殿でんの中庭です」


 四角いきゆう殿でんの中央には大理石をめた中央広場があります。そこは、たしか、


「ナオキさんが使っているところですね」


「使いかたが問題なのです! デュケナン殿どのが教えてくださった。やつは、とんでもないことをしております!」


 いきどおりながらおおまたに進むこうしやくの歩みは速く、わたしは小走りにならないとついていくのもひと苦労でした。額に少しあせがにじむほど歩いて、ようやくウィスカーこうしやくが立ち止まりました。


 中庭を四角く囲む王宮のかいろうの一角です。そこに、父上の姿がありました。


 父上はすわんで、中庭を見下ろしています。かいろうに囲まれた中庭広場は上階から、その様子が一望できるのです。


「父上。このような所で、どうされたのですか?」


「……お主には、あれが見えんのか?」


とはのことでしょう。わたしにはたくさんの商人が見えていますが、特に変わったものは見えません」


 ほんとうにたくさんの商人が、中庭に集まっていました。


 見るからにな身なりのだいしようにんから、ちゆうけんの商館主の集団、あるいは外地商館に居を構える異国の商会員に、いんじやのようにひっそりとたたずむよくわからないかたまで。


 そんな商人たちとは少しはなれたところで、かれらの様子を見守るナオキさんの姿がありました。いまは商人に資料を配る使用人たちと、なにか話されています。


「あのじゆつ士は、なぜこんなにも商人を集めたのだ」


「補給品の買い付けをするためです」


「こんなにもたくさんの商人とこうしようなど、できるわけもなかろう。そんな時間も人手も足りておらぬわ。だいいちこうも一度に集めて、まともな商談ができるはずもない。……やはりあのじゆつは、口先だけの師に他ならぬわ」


 ナオキさんの心証は思いのほか最悪なようでした。ナオキさんは少しげんに欠けていて、さにはえんどおいところがあります。父上の好むような人物像とは、まるで正反対でした。


 しかし──顔を合わせたこともないのに、そうまで言われていいはずがありません。


「……父上、ナオキさんをじよくするように言うのはおやめください。これはわたしがすべてりようしよう済みで、この庭を貸しあたえて行っていることです」


「やつがなにをするつもりで、雑多な商人を集めることも承知していたというのか、お前は。なぜ止めなかった!? あそこにいるやつを見ろ、ネーデルラント人だ。オルデンボーとの付き合いはくにより深い。あちらのエイルンラント人もだ。これでは、敵国になにもかもを知らせているも同然ではないか!」


「わかっています。ですが父上、これからナオキさんが──いいえ、わたしたちがやろうとしていることには、たくさんのぎようしゆう性の異なるプレイヤーが必要なのです」


「……なにを言っておる?」


 わたしが父上にどう説明すればいいのかをなやんだ時、中庭のざわめきがいつしゆんだけくなり、急速に静まりました。


 下を見てみると、商人たちの注目が一方向に集まっています。その先には、前もって用意しておいた台の上に立つナオキさんがいます。


「あ、どうやら始まるみたいです。父上、これからナオキさんがなにをするのか説明してくれるはずなので、聞いてください」




    ◯




「さてみなさん。王室ちよう隊の取引準備説明会にご参加いただきありがとうございます。今日の説明を担当させていただきます。ナオキ・セリザワです」


「ずいぶん若いな」


「若いほうがいいでしょう? 若者を手玉に取ってもうけるのは年長者の特権だ」


 小さなささやきをのがさずに答えたぼくに、口にした商人はあわてもせずににやりとする。


「そんなことはせんよ。神にちかってもいい」


「なるほど。若いころの神にちかうつもりですね?」


 中庭にいる商人たちからいくらか笑いが広がる。さて、これでぼくも相手も少しはきんちようがほぐれたかな。


「じゃあ本題に入りましょう。事前にお知らせしたとおり、今日は取引の前段階、価格決定についてのお話です」


 プレゼンなんてゼミと学会でやったことしかない。未経験よりはましというくらいだ。長引かせたくない。さっさと説明してしまおう。


「正直に言います。ぼくら王室ちよう隊はある程度の相場価格しかわかってない。たとえば大麦雑穀などの食料。外国で安く買い付けてぼくらに売れば、差額があなたたちのもうけになる。だけどここに戦時運送費だとか片荷運送の船だから往復分のはらいになるなど、そういう付帯費用がつくと価格ががるらしい。ためしに聞いたら相場の5倍もするって言われた。だれに言われたかはないしよにしておきますが。これが適正価格なのか、こちらではさっぱり分からない」


 そんな前置きには特に反応は無い。それは予想どおり。反応がしいのは、ここからだ。


「だから──しかたない。


 その言葉は、全面こうふくに等しい宣言だった。商人たちにどよめきとゆがんだみが広がる。鹿な勝負にんだカモを、しゃぶりくしてやる。そういうみだ。


 いい食いつきだ。興味をひくことにはまず成功。


「ただし、念ししておくことがふたつある」


 ぼくは続けた。


「まずひとつめ。注文は第二価格制競争入札という形を取らせてもらいます。〝競争入札〟というのは、競売のようなものだと思ってください。今回のを簡単に言えば、他の人の提示価格はわからない状態で、いちばん安い価格を提示したかたに、取引をします」


 商人たちが目をわす。いまなにかみようなことを言われた、という顔で。


「そしてふたつめ。入札にはだれでも参加できる。必要なのは入札保証金だけでいい。その他の参加資格は、いっさいこうりよしなくて結構。もちろん保証金は入札が終わればへんきやくします。物を用意できる商人で、かつこちらの提示価格以下なら、だれとでも取引します。


 しようさいは配った資料にあるとおりです。おわかりいただけましたか? 質問があればどうぞ」


 それを聞いた商人たちの反応は、さまざまだった。


 深くかんがんでいたり、数人で話し合いをしたり、資料を何度も読み返し始めたりと、いそがしい。ひとつ確かなのは、無反応な商人はひとりもいないということだった。


「質問をよろしいですかな」


 と、手が挙がった。


「どうぞ」


「競売は知っています。低い価格から初めて、いちばん高い価格で買う者が落札する。競争入札というのはその逆で、注文に対していちばん低い価格をつけた者が注文をけることができる。ここまではわかりました。


 では、第二価格にする、というのはどういうことですかな?」


「みんなが得するようにする、というだけです。いちばん安値をつけた人が、二番目の安値で引き受けることができる。自分にとって銀貨10枚で引き受けていいという注文が、11枚で請けられるかもしれない。うれしいことですよね」


「それはそうですな」


 逆に言うなら、自分の評価額以外の価格をつければ損をする。うそをついても意味が無い。


 別のほうから手が挙がった。


「入札に参加するのは、本当にどんな商人でもいいのですか? たとえば、だんおりしようとして船を動かしてる商人が、大麦を持ってきてもよろしいと? それにたとえば──敵国の、オルデンボーの商人でさえも取引できると言うのですかな?」


「ああ、やっぱりそこ気になりますよね。では、はっきり答えます。


 王室ちよう隊では、あらゆるこくせき、あらゆる商会、あらゆる人種、すべてへだてなく入札をれる。たとえばベネルクス商人、たとえばモスコヴィヤ商人、たとえばイシュライ商人。だれだってどんな商会だって構わない。物があれば買う。シンプルな関係だ」


 敵国の商人だったらけいやく保証金を高めにさせてもらうけど。それは言わない。入札へのハードルが低いことが話題だ。他の条件は資料に書いてある。いま言ったことも。


 ざわめく商人たちに、さらに告げる。


「参加資格だけじゃない。物や船についても、たとえオルデンボーの港から出発してきた船でも、入港を許可する。ちよう隊に運ばれてくる前にどこで貨物が保管されていたか、という理由で注文を返上することはありません。


 必要なのは、物と金が健全にこうかんされること。それだけです。みなさん、奮ってご参加ください。それと、ちよう隊では人足のほうもしゆうしているので、人手が余っていたらそちらのほうもどうぞしようかいしておいてください。これも採用基準にこくせきは入っていない」


 敵国の利益になりそうな商人や輸送ルートを理由に輸入制限をする。そんなやりかたもすべて否定しておく。


 質問というより、ただ単に書類に書かれていることを王室がきちんと理解しているのか、それを確かめたいだけなのだ。だから、かれらに示してやる。そこに書いてあることを、ぼくは細大らさずわかっているんだ。


 そんな態度さえ見せれば、商人たちはいちいち口に出してやらずとも、理解する。つまり──これは本当のことなのだ、と。


「以上です。他に質問は? ……なにも無ければ、今日はこれで解散。後日に入札会場でお会いしましょう。できるだけ多くのかたの参加をお待ちしますよ」




    ◯




「やつはであんなことを言っておるのか……!?」


「父上、もちろんでやっていることです」


 かろうじてすわったままとはいえ、かいろうの手すりから身を乗り出さんばかりにナオキさんをにらみつけていた父上が、勢いよくわたしへと向き直ります。


 そのお顔は、やはりと言うべきですが──おこっていました。


「なんだと……? おぬしは、やつのやることを許したというのか?」


「商人たちにわたす資料を手配したのはわたしです。もちろん、原本にわたしの印章もあります。きちんと目を通しました」


 ナオキさんの説明を耳にしてもっともしようげきを受けているのは、ひょっとしたら父上なのかもしれません。


 おとろえているはずの父上ですが、いまばかりは激しく気勢を張り上げました。


「──鹿げたことをやったな、ソアラ! 敵国の商人をれるだと? 船の通行を許すだと? それでは敵の間者が出入りし放題ではないか! しかも、やつらの麦を我々の金貨で買うことになるやもしれん。もしも敵がいきなり交易路をふさいで我らの物をうばったらどうなる? そんなことも考えなかったのか!」


「父上、敵国とは陸続きです。どうやっても間者を防ぎ切ることはできません。敵国の様子が商人たちから聞き取りやすくなりますから、その点についてはおたがいさまです。


 交易路をふさげば、商人たちの商売をぼうがいしたことでオルデンボー自身の経済にとってげきになるでしょう。ただのめつです」


くつを言うな! 問題はそれだけではないぞ。イシュライ人までもこのきゆう殿でんに招いて、しかも王室との取引相手にするとやつはのたまった! あれは高利貸しどもだろう! 麦の手配などできるわけがない!」


 それはたしかに不思議なことでした。商人たちはどんな物でも持っているというわけではありません。たとえば麦なら麦の生産地となんらかのつながりが必要で、そのつながりが短いほど安く手に入ります。専門家より安く手に入るなら、その人がすでに専門家になっているのです。


 そこまでこうはんに招待する必要はないのでは、という疑問をいだくのは当然のことでした。


 しかし、ナオキさんはわざわざ専門外の商人たちまで参加できるようにしました。商人たちに配るための資料を用意するのも、無料というわけではありません。きれいな紙とインクをそろえて、人数分を作り上げるにはそれなりに手間がかかります。


 その手間やお金を使ってでも、やる価値のあることだったのです。


「そうとも限りません。借金をお金ではなく物で回収することもあります。たとえば麦商人の中に借金をしている人がいて、それをお金の代わりに差し出すことはあるかもしれません」


「もしもの話であろうが」


「もしもの話でじゅうぶんなのです。父上、これはチキンゲームを変化させるために──」


 わたしは父上のために、ナオキさんから教わった数学的な説明をします。


 いいえ、しようとしました。


 ですが、


「この鹿者が!! わたしが本当に問題にしておることがまだわからぬか! !」


 ──いま、なにを言われたのか、よくわかりませんでした。


「ち、父上、それはいったい、どういう意味なのですか……?」


 うろたえて聞き返すわたしに、父上は鼻にしわを寄せて指をきつけます。


「私がなんと言ったのか覚えておらぬのか? お前は教会をおこらせて台無しにした。なんとかしろと言ったはずだ!! りようまつが、物資がなんだと言うのだ。私は教会の、ひいては神のいかりを問題にしておるのだ! 神のおんちようを得るのに、多少の金銭のを気にするのがおかしい!!」


 きつけられた指が、まるでたんけんのように感じられました。


 父上の言っていることの意味がわかりません。……いいえ、でした。


「多少、などではありません。この予算は、補給は、兵やたみが生き延びる時間にかかわる問題です。それを解決しろと父上はおつしやりました。ですから、こうして、わたしは……」


「たとえどんな問題の解決になろうと、異教徒のイシュライ人などを使っていい理由にはならん! !!」


「……そんな……理由、で……?」


 最後まで言いきれませんでした。父上の目が、それを望んでいないと告げていたからです。


 わたしが口を開くほどに、父上の目にはいかりがつのるばかりでした。


 父上がこうなれば、だまっていることが最もかしこせんたくです。なにを言っても、余計にこじれていくばかりですから。


 しかたのないことなのです。いつものように、わたしはけんじゆつ練習で打たれるぼうぐいのように、じっとくしているしかありません。


「時間、金。おぬしはいつもそうだ。いや、じゆつぞうが言ったのか? あんなくだらないぞくぶつを信用するなど、なにを考えておるのだ。やつにそろばんは持てても、軍を率いた経験は無いだろう。筆でどうやって敵をたおす? 兵がひ弱な書家についてきてくれると思うのか?」


「…………」


 〝くだらない〟〝ぞくぶつ


 どうしたことでしょうか。いつものようにいきません。父上の言葉を耳にするたび、胸にざわついたものがこみ上げてきます。


「戦場での直感や神のぶきを感じ取った経験を持たない男に、戦いのなにがわかる。矢の雨の中で死んだ者と死ななかった者のちがいが、紙の上でわかるものか。あんなぞうは、いくさが始まればどこかで小便をらしてふるえているだけだ。


 死をおそれずに戦える者たちだけを信じるべきなのだ! あんなヒョロヒョロのぞうなど、信じられるか!!」


「父上……」


「ああ?」


「いえ、その……」


 だまっていることが、難しくなってきました。


 そして、わかりました。わたしは、自分が父上におこられることは慣れています。ですが──わたしの大事に思うかたをののしられることには、まったく慣れていません。


「……父上、お願いです。それ以上、じよくを口にするのはおやめください」


 わたしは必死の思いでそうお願いしました。


 それでも父上は、まるで笑えないじようだんを耳にしたかのように、いつしように付しただけでした。


「これくらいのじよくがなんだというのだ。お前は私がウィスカーやデュケナン大司教へ敬意をはらえと、何度口にしても聞かなかった。あんなしみったれたぞう鹿にするくらいが、なんだというのだ!」


「……わたしは、父上のおつしやるとおりにしてきました。れい作法を学び、国にくすことを学びました。ウィスカーこうしやくにも、デュケナン大司教にも、学んだところから外れるような態度を取ったことはありません。敬意をはらうようにも努めました。わたし個人ができるだけのことはしてきました。王室としては、れることが難しい場面があったかもしれません。


 ──それでも、絶対に、悪しざまにののしったことはありません」


じゆつ士を招き入れることが、じよくより軽いと思っているのか!?」


「思っています。ちがうのですか」


「よく考えよこの鹿者が!!」


「これでも考えています。考えたうえで、わからないのです」


 わたしが口を開くと、このようになります。父上のお言葉は本当に難解で、わたしが返事をするだけでおいかりにれてしまうのです。


 それでも、今日は止められませんでした。


「父上のおつしやりようは、あまりにじんではありませんか? ナオキさんは、この国のきゆうじようを理解したうえで、わたしに協力してくださっています。不利を承知でファヴェールに加勢してくださる勇気は、父上から見ても好ましいはずです。ちがうのですか?」


「好ましいはずがあるか! あのようなじゆつ士のせいで、教会との約束を破ったのだろう! その行いが神のいかりを買わずにいると、どうして思える!! お前は父を天上の国ではなく、めいの底へもうとしているのだぞ! あのざかしいクソじゆつ士を、王家のふところに入りこませたのだ!! 死期の近い父親の言葉をはねのけてまで、な!」




「──いい加減にしてください!」




 それがわたしの言葉だと気付いたのは、だまりこくったみなの視線が集まっていたからでした。


 いつしゆんですが、頭が真っ白になっていました。


 耳に残るざんきようが、自分でも信じられないほどですが──わたしは、父上に逆らって声をあららげたのです。


「…………」


「…………」


 重苦しいちんもくが、まるで氷のような冷たさで降りてきていました。


 じろりとした父上の目は、もはや敵を見るようなれいこくさすら宿しています。


「いま……いま、なんと言った? この父に、向かって!」


 しようどう的だったとはいえ、やったことは無かったことにはなりません。ですから、わたしは深々と頭を下げて、


「すみません。父上。わたしは……いまは、父上と話さないほうがよろしいと思います」


 するりと一歩下がります。すことにしました。


「この──カッ……!」


 てて立ち上がった父上が、苦しげに胸をさえて息をれさせます。


 病のほつです。


「ヌ、ウゥ──私を、私を……だれだと思って……ッ!!」


 使用人たちがあわててって、その身体を支えます。


「父上、お願いですから、もっとご自分の身を大事にしてください。……わたしがいては健康に悪くなりそうですから、失礼します」


 心配ではありましたが、わたしを近寄らせたくないということは、あらい息をしながらもするどい眼光をくずさない父上のお顔からわかりました。


 痛むのどと心をかかえたまま、わたしは王宮から立ち去りました。

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