第二章 オークションにかける! ぼっちな姫の癒やしかた(5)


    ◯


 最初にめちゃくちゃしんげな目で見られたぼくは、長机のはしで大人しく評議会とやらを見守っていた。


「それでですな、大司教のつてをたどれば1500領のかつちゆうを送っていただけるとのことです。これをようへいたちに装備させれば、さぞや立派な兵隊ぶりを見せてくれるでしょう。


 りすぐりにかつちゆうを配り、敵が兵を分けた時をねらってとつげきして血船王の首級をあげれば、オルデンボーは退く以外にありませぬ。められた者のこわさを思い知らせましょうぞ!」


 老人比率高めの評議会から報告される数々の提案。その最後をめくくるまんを持してのウィスカーこうしやくからの案を聞き終えて、「ほう」と感心するような反応を見せる家臣団。


「……いかがですかな、殿でん


 いままですべての意見を聞き終えるまで、ずっとソアラは無言をつらぬいている。こうしやくが自信ありげにろうした案で最後らしく、水を向けられたひめに全員の視線が集まっていた。


 ソアラは手元に書き留めた家臣たちからの意見をじっとながめて、ゆっくり顔を上げる。


「どれもわたしが望むものではありません」


「「「……はぁ」」」


 あからさまなため息があちこちから聞こえてきた。


 どこかから声が上がる。


殿でん、いい加減この国の方針を固めなければ、勝てるものも勝てませんぞ」


「方針は先の会議でお話しました。わたしたちのほうが兵が少ない。それを前提にしたうえで、戦う方法を探し出すことです。それが『あなたの不利になるのは目に見えていますが、こちらに兵隊を移動させてください』とお願いするような、こちらの希望どおりに敵が動いてくれればどうこうできる、という話ばかりです。


 そんな、都合のいい敵などいません。だから苦労しているのです」


「しかし殿でん、古来よりいくさとは生き物のようなものであり、戦場は不確かなものです。神が味方すればそれもありえることでございます。なにより、不利な我々が勝つにはこれしか──」


「戦って勝つことは無理です」


 王女殿でんが断言した言葉に、家臣団がざわついた。


「ですが、オルデンボーの軍勢を退けることはできます」


 続けて言われたことに、あからさまにこんわくした様子を見せている。無理もない。


「敵はわたしたちより多くの兵隊でめてきます。そのすべてがようへいです。戦わせるには給料をはらい続けなければなりません。それを利用します。つまりわたしたちがゆいいつ敵よりすぐれているとしたら──です」


「……ど、どういうことだ……!?」「殿でん、なにを言い出すのですか……?」


 ついにうろたえた声さえ上がる。


 ぼくも内心で少しだけおどろいていた。ソアラの話す内容にではない。そのぜんとした態度に、だ。


 議会の全体をわたしているだけのようにしか見えないのに、なぜだか自分ひとりが気をいたらそれをかされてしまうかのような気になってしまう。


 これはあの時のソアラだ。だつそう兵とたいした時に見せた、王族としてのかのじよの顔。


 ──必要とあらばじゆうだんを人に向けて放たねばならないと、かくした顔だ。


 腹の底がしびれるようなさつかくいだく。


「で、殿でん……おそれながら申し上げますが……兵が少ないことがすぐれている、などというのは、おかしなことを言われましてもなつとくがいきませぬ」


「そのお気持ちはよくわかります。ですが、敵の兵隊は増えることはあっても減ることはありません。それに追いつくほど増やすことも訓練することも、わたしたちにはできません。


 ですから──長く戦います。これしかありません」


「長く……ですか」


「そうです。敵には倍給兵を多くかかえる熟練兵が2000。新兵が8000。へいが1000。へいは5倍以上の給金を求められます。一方、こちらは新兵2000、ちよう兵4000、そしてへい500。兵隊にかかる経費を新兵1、ちよう兵0.5、熟練兵を1.5、へいが5とすると、敵とこちらの経費の差は……ナオキさん、お答えください」


 いきなりこちらにられる。


 家臣団の目が全部こちらを向いて、全部うさんくさそうにしていた。いやなふんだ。


「あー……およそ2.46倍だ」


 ざっと暗算して答えると、ざわめきが起きた。ソアラは続けて言う。


「戦力の差は?」


「歩兵だけの試算なら1:1.831くらいと予想できて、へいは単純に1:2」


「聞きましたか? 戦力は2倍ではないのに、経費は2.46倍です。わたしたちが勝つためには、この差を利用するしかありません」


「なんだって……?」「どういうことだ」「数字がいくさに関係あるのか?」「いまどうやって計算したんだ」


 どよめく家臣団たちが、会議の最初から置かれていたのに無視していた配布資料をいつせいにめくりだした。完全についていけていない。


 まどいつつもソアラの言ったことが本当なのか手計算し始めたのはましな方で、ほとんどはお手上げとばかりに首をひねるだけだ。


「ソアラ王女殿でんかれは何者ですかな。いまのはかれで?」


 ウィスカーこうしやくがそう発言してじろりとぼくにらむ。うーわきらわれた。


 対してソアラはにこやかに答える。


「ナオキさんです。わたしの相談役です。ご存知ですよね? そして──いまのはわたしがずっと言っていたことです。『ルールを変える』のです」


 王女が身を乗り出して全員の顔をわたした。


「この戦争を長引かせます。平野での会戦や決戦といった戦い方は、すべて頭から捨ててください。とりでや城に立てこもり、敵が来たらできるかぎり防ぎ続けます。時間がてばつほど、ぼうだいな兵力を持つ血船王がいくら戦いたいと思っても、オルデンボーの議会は日ごと増える戦費が気になるはずです。わたしたちは今回、わざとそう仕向けます」


「それでは……このいくさでだれも勝利しないということですかな? 敵も、我々も」


「そのとおりです。防衛戦ならようへいでも市民でも関係無く戦力になります。敵のへいもただの歩卒と同じ働きしかできません。


 兵隊同士の戦いではなく、進軍をさまたげるのです。わたしたちは血船王とは戦いません。オルデンボーのおさいと戦います」


「「「むううぅ……」」」


 うなり声が重なった。あまり好ましくない反応なのはぼくでもわかる。


「王女殿でんは我々にこんなじゆつ士の書き物を信じて戦えというのですか。我々は勝てると信じるからこそ戦い、命をけてけんるうのです。えあるの戦いを、いかにお考えか!」


 貴族のひとりが立ち上がって、資料をたたきながらうつたえた。


 ソアラはたんたんと言った。


「いま必要なのは栄光ではなく、確固たる未来です。オルデンボーの圧政をこの国へ二度とませないために必要なのは、強いや戦士ではなく、なのです。この戦いでは後世にわたしたちの名前やいつは残りません。しかし、この国を残すことはできます」


 ついにだれも反論しなくなる。だまりこくった家臣たちの前で、ソアラが立ち上がり、かべけられた地図にがりがりとだいたんに線をえがく。


「アルマ地方を敵がねらうなら、海路でも陸路でも国境付近のこの地にはようさいとりでがいくつもあります。敵と戦うにあたっては、必ずこのきよてんたよって防衛してください。


 周辺に野戦じんぼうぎよ柵やざんごうも追加で作ります。兵士たちには周辺の村から人手を集めてこのぼうぎよせつの建設をさせるように、すでに伝令を送りました」


 この言葉に、再び家臣団がざわめきをもどした。


殿でん、お待ちを。ようへいたちにけんではなくシャベルを持たせて……敵より土と戦わせるというのですか。訓練はどうなりますか」


「訓練と同時に行います。土と戦うだけなら、だれも死なせないい戦いになりますね」


 ソアラはそんなことを言うが、老人たちの意見はちがうようだった。


「そんな」「ありえん」「土木作業など、農民の仕事だ」「戦う男のやることではない」


 聞こえているはずの文句をすべて聞き流して、ひめは続ける。


「さらに、だんようへいたちと酒保商人に任せているちよう隊ですが、これをわたしたちで結成し、ちよう品をようへいたちに売ります。この収入も給料のはらいに当てて、ようへいけいやく期間をばせるようにします」


 びす、とピンで王家の印章がされた書類を地図にけながらの宣言に、議会はさらに色めきだった。


「戦争で商売をしようというのですか!?」「道義に反することだ!!」「神に見放される!」


 そのさわぎにもひめいつさいどうようを見せず、小首をかしげるくらいでしかない。


「補給品はいつも街や村から買い付けていますよね。ちよう兵の指揮を任せる代官も、ちよう隊から買うことはよくあることです。酒保商人任せにしていたその役割を、わたしたちの指揮の下で行うのは、そんなにも悪いことですか?」


 ソアラが目をまたたかせて言うのに、男たちは首をすくめてまんじりと何か言いたげにする。自然とウィスカーこうしやくに集約されたそのもの言いたげな視線にされて、しぶしぶといった感じでこうしやくが発言した。


殿でん、その……だれもそんなことをやりませぬ。神は人を三つに分けました。『いのる人』『戦う人』『耕す人』です。戦士や貴族が考えるのは戦うことであり、食料を管理するなどというのは、農民や商人の役割になっております。つまり──


ちよう兵のほとんど全員が農民ですし、ようへいへい特許状をもらってから各村や都市で若者をようへいやとれます。『戦う人』と言っても、つい昨日までつうの市民です。きんの時には商人から麦を買って、領民に配ることもあります。かつちゆうを配るのも補給品のじゆうじつと同じです。


 ──なのに、ちよう隊をわたしたちの手で作ることだけが、そんなにも不思議ですか?」


 不思議だろうなぁ。


 とぼけ顔のソアラに向かって意見を言わないといけないウィスカーさんが悪いわけじゃない。


 聞いた話では、ようへいというのは装備自弁、つまり武器や防具は自分たちが持っていることが常識で、食料や日用品などはようへいたちが酒保商人から買って調達するのがいつぱん的なやり方になっている。酒保商人のちよう隊がようへいたち軍隊の後ろをついてきて、りやくだつ品を買い取り食料やしようを売って金をかせぐ。そこにやとぬしの貴族は関わり無く、兵隊の腹を満たすことを貴族が考えたりはしない。せいぜい、りやくだつをどこまで許可して不満をおさえるか、くらいらしい。


 たとえば日本の自衛隊に補給の専門部署があるくらいのことは、ぼくも知ってる。その日本人感覚では補給を国家で都合する利点などいくらでも思いつくが、かれらにとってはそうじゃない。


 というのは、かなりだいたんなことだ。


「不思議もなにも、そんなことをしてなんになるのです。商人たちに任せておけば良いでしょう」


「これがなんになるのか、本当にわかりませんか? わたしはずっと同じことを言っていますよ。──ナオキさん?」


 ぼくは当然のような顔をして答えた。


かんかせぎになる」


 ソアラが満足げにうなずく。


「と、いうことです。ファヴェールの国庫にもゆうはありませんから、敵より長く戦うにはそれなりの仕組みが必要です。ことで、戦争をより長く続けられる軍隊を作ります。


 そのためにちよう隊が必要なのです。このとおり、もう公布も出しました」


 ソアラがったのはそのためのちよくれい書である。むぎの連なったそうしよくたるの旗をかかげた馬車の絵がえがきこまれた羊皮紙に、王室ちよう隊結成のために必要な人間をようし人足をしゆうするむねが書かれている。


 おもしろいことに、中世の正式な文書というのは美しさがはいりよされるのだという。そうしよく画とかしゆうで、その文書の立派さと内容を表現する。ラノベのイラストみたいだ。ちなみに美しさが足りないと「本物らしくない」と言われるらしい。内容を見ろお前ら表紙買いいつたくか。


「我々に相談も無く、そんなことを……」


「あなたたちにこのようなことはさせられません。それはご自分でもおつしやったばかりですよ。〝だれもそんなことはしない〟のです。ですから、わたしがやりました」


「それは、たしかにそのとおりですが……よりによって王族がういじんちよう隊を率いるなど、ぜんだいもんですぞ」


「ファヴェールの王は父上が一代目です。二代目のわたしがやることを『ぜんだいもん』とひとつひとつ数え上げていては、きりがありません」


「……すでに決意は固まっているというわけですかな」


 こうしやくあきらめたように首をった。対照的にソアラはにこやかにうなずいている。


「はい。これがこの国の新しい方針です。わたしたちは天運にたよりません。せき的な勝利などは望みません。勝てる確率が小さいのであれば、領地を傷つけられてもき、まん比べの戦争をします」


「「「むぅぅ……」」」


 いやそうなため息がそこかしこからひびく。なかでもひときわ険しい表情をしたこうしやくが、ぽつりと、てるように言った。


「……戦は、数字ではない……!」


 これは説得失敗か?


 家臣団の協力が得られなければ、かなり困難な──というか実質不可能な話になってしまう。


「王の言うことが無茶だったのは、これが初めてではない」


 と、そんな声が上がった。


 せた老人が、みんなの視線を受けて首をすくめる。


「独立戦争前のことだ。オルデンボーの圧政に立ち向かえと説得された時、我々の市民会は無理だと言った。だが、王は見事にげた。


 我々は王に助言することはできる。しかし決断をあたえられるのは──王自身と、神だけだ」


 そんなあきらめにも似た口上に対して、みんなの反応はさまざまだったものの、空気はかんした。なにがなんでもソアラの言うことを否定しよう、という空気ではなくなっている。


 そして、その程度の〝空気〟でうんさんしようするのだ。──確信に支えられた意見でないものは。


 そうしてかんしたしゆんかんを、ソアラはのがさなかった。


「それではみなさん、言ったとおりに手配をお願いします」


 ひめにはっきりとそうめくくられてしまえば、かくしきれてない不満を顔にかべながらも、男たちは受け取った資料にみをしつつとなり同士で話し合う。


 具体的になにをするべきか、行動に移っているのだ。けいこうだ。


 そして、ソアラが付け加える。


「それとウィスカーこうしやくかつちゆうはお断りしてください。必要なのは立派な武具より多くの麦ですから」


「……そんな、ひめ、これはすでに内々に進行している話でありますぞ!?」


「しかし王室の大金がかかったお話です。1500領ものかつちゆうを用意している予算は出せないのです。無理にでも断るしかありません」


 断固として話をれないひめに、こうしやくはどこか投げやりにほこを収めた。


「……りようかいしました。ですが、ご報告はひめ様からなさってくださいますかな?」


だれに報告するのですか?」


「国王陛下にございます」


「……父上、に?」


かつちゆうの件は、陛下を交えての談義で調ととのった話でしたので」


「そうなのですか? わたしは聞いていませんが……」


ひめ様の言うとおり大金のからむお話ですゆえ、その談義にはひめにもご出席願いました。が、断られましたでしょう。覚えはありませぬかな?」


 それを聞いて、ソアラがこの会議の中で初めてあせった様子を見せた。


 心当たりがあったのだろう。ぼくにもちょっとある。


 以前、ソアラは使用人に国王から呼び出されたのを断っていた。たぶんあれだ。


「……わかりました。任せてください」


 すぐにつくろってそうったものの、いつしゆん見せたその顔はこう言っているように見えた。


 ──「やってしまいました」と。

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