第二章 オークションにかける! ぼっちな姫の癒やしかた(3)


    ◯


 わたしがナオキさんという心強い味方を得てからしばらくの間、以前にも増して数字とかくとうする日々が続きました。王都のこうがいに手配したやしきへ、足しげく通いつめています。


 確率の計算、フェルミ推定という考えかた、つかれたらいききのために、一風変わったでんたくや計算の手品トリツクなどもろうしてくださいます。


 そうしたさまざまな話をしながら、本筋である私たちのかかえる問題──弱者の生存戦略というものについて、ナオキさんは板に炭で式を書き、ときには机やかべに直接んでまで、こんこんと説明してくださいました。


「ファヴェール王国とオルデンボー王国の戦争は、かつての圧政や独立戦争やらのこんがどうこうと言っている。だが、ぼくに言わせればちがってる。これは利権のための領土拡張戦争だ。ファヴェール王国はりやくせんでオルデンボーに苦しめられている貿易をなんとかしたい。だからいまの領土を保ちたい。オルデンボーは経済が苦しい。だから西側に守備を回したファヴェールを南からてて、貿易ルートを制圧して金をせしめたい。どちらにとっても利得がからんでいるからじようせず、戦争するという結論に達しているんだ」


「戦争にちがいがあるのですか?」


「勝利条件が異なる。たとえばいきなりナイフを向けられたとする。ごうとうなら金をわたせば立ち去るが、殺人ならさいに目もくれずころすだろう。で、いまはさいの出番だ」


「その判別はどのようにしたのですか?」


「理由その1。こう言うと悪いんだが、うらんでるだけなら、わざわざ戦争しなくてもきみのお父さんは永くない。


 理由その2──」


「まったくそのとおりですね。それでは次をお願いします」


なつとくするの早くないか!?」






「常備兵力である青色連隊は動かせず、そのへんの村から集めたちよう兵と、新兵ばかりのようへい隊でむかたないといけない。へい戦力は少しもどせたが、数は多くない、っていう話だったな。


 ランチェスターの法則によれば、『せんとう力=武器性能×兵員数』だ。歩兵の武器は主にやりだから持つ武器には差が無いとして、問題は訓練で得られた兵隊個人の性能だ」


「兵隊の練度なんて、隊ごとにバラバラですし、数字にするのは難しいです」


「そうだな。でもやってみよう。新兵が3人いる。敵は熟練兵。同じやりを持ってとつげきした時、何人までなら熟練兵に勝てる? それとも3対1でも勝てないか?」


そうへいですよね? でしたら、3人いれば熟練兵でも1人はたおせます。2人だと……どうでしょう。まだ有利な気がしますけれど、きつこうしてしまうのではないでしょうか。3対3では、勝てないと思いますが……」


「ソアラ、きみの推定だと、兵員数と武器性能比が同じなのにせんとう力に差が出る。それを兵の熟練度Proficiency:Pだとしよう。一人前ならP=1。新兵1人の熟練度は、一人前より低いから『P<1』。だけど3人いて2人と戦っても有利なら『P≧0.67』と推定できる。つまり熟練度Pにあてはまる数値は『0.67≦P<1』のはんだ」


「……そ、そんな考え方、したこともありませんでした」


「さて、これをもとにせんとう力を計算すると、いまのところちよう兵とようへいを合わせて6000。ほとんど新兵だから6000×0.67=4020。敵兵はおおよそ1万。うち2000が熟練兵で8000が新兵。2000+(8000×0.67)=7360。


 数値的には4020対7360。1:1.831だ。向こうにはおよそ1.8倍の戦力がある。ランチェスターの第一法則だと、戦力差は3340。新兵だけで戦力差をめるには……ざっと4985人くらい足りないな。戦争やめとかないか?」


「相手がやる気なのです」


「この〝戦争をやる〟がしゆうじんのジレンマになっちゃってるんだよな。それを変えないと」






「ゲーム理論におけるしゆうじんのジレンマというのは、こういう思考実験だ。


 いつしよに犯罪をしていつしよつかまった2人のしゆうじんがいる。しゆうじんたちから自白を引き出したい。だからこんな条件を持ちかけた。


・2人とももくしたら2人ともちようえき1年


・どちらかが自白したら自白した方はちようえき0年、自白しなかった方をちようえき5年


・2人とも自白したら2人ともちようえき3年


 おたがいが自白するかもくするかは分からない。この条件で、しゆうじんAとしゆうじんBはどうするのが望ましいのか?」


もくすれば1年ですが……裏切れば解放されて……でも、おたがいに裏切ってはけいびるだけ……」


「こういうときに、利得表というものを作るとわかりやすい」



【利得表①を参照】



「これが利得表。左がAがもらう利得。この場合は得どころかちようえき年数だから損する。マイナスだ。だから数字の小さいものを選ぶ。同じように右のBも小さいものを選ぶ。それぞれ相手のせんたくに応じて、利得が最大のせんたくに丸をつける。すると、こうなる」



【利得表②を参照】





「つまり両方とも自白することになる。こいつらはちようえき3年だ」


「えっ、でも相手がもくしてくれれば、自分もだまっているだけで1年になりますよ?」


「言っただろ? 『おたがいがもくするか自白するかわからない』んだ。そして選ぶのは同時にだ。となると、〝相手が自白してももくしても自分が得になるせんたく〟があるなら、それを選ぶ。いまのじようきようはこれに似てる。戦争をしないほうが利得が高い、とならない限り戦争は続く」


「戦争をしない場合の利得……せいぜい、兵隊をやとわなかったぶんのお金でしょうか。ですがていこうしなければ……王都までめ上がってきてほろぼされますね。やはり戦争しましょう」


「まあそうなるな」






「戦争には経費が必要だから、経費以上の利得を期待して戦争をする。敵は兵隊を集めた金より多くのばいしよう金やりやくだつ品を期待している。一方、こちらはただりやくだつされる場合と戦う場合の経費を比べて、防衛戦争をする。相手はより多くのプラスを期待し、こちらはマイナスのあたいをより小さくしようとしている。どちらも期待値がプラスだと信じている」


「期待値、ですか?」


「感覚的に言おう。ここにクジがあるとする。当たれば銀貨10枚で、はずれだともらえない。クジは1枚につき銀貨1枚。5枚に1枚当たりがある。買うか?」


「はい、買うと思います」


「じゃあ銀貨4枚しか当たらないくじなら?」


「買いません」


「そうなるよな。かけたお金以上の利得が期待できるのか。人はそれを計算してせんたくする。プラスになるなら実行に移すだろう。で、いまの式はこうなる」




期待値:X  はずれの確率:P  賞金:M


X=(1-P)×M




「これに当てはめると0.8の確率ではずれるくじの賞金が銀貨10枚なら、期待値は銀貨2枚。くじの代金は銀貨1枚だから、期待値の方が大きい。だから買う。


 だが賞金が4枚だと期待値は0.8枚で、経費の1枚より低い。0.2枚のマイナスだ。買いたくなくなる。戦争もこれと同じだ。いまのオルデンボーはファヴェールが弱っていて、勝てる確率が高く、得られる利得も大きいとんでいるから、ける」


「ということは、勝つ確率を減らすか、得られる利得を少なくすると、戦争をそれ以上続けなくなるのですね?」


「難しく言ったわりに当たり前の結論になって悪いが、理論上はそうなる。ただ、この手順を知っているかどうかで、〝感覚的に〟見ていた戦争状態を〝数値的に〟見直すことができるだろ? あとはどうすれば、この数字に変化を起こせるかだ」


いつしよに考えましょう」

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