第二章 オークションにかける! ぼっちな姫の癒やしかた(2)


「それでは、これはナオキさんの思い出の数学なんですね。好きなものを知るための数学……いいですね……」


 いまぼくの目の前には、きらきらした目ででんたくを見つめる王女様がいた。その表示は『777777777』だ。


 一国のひめ様がいちいちわくわくしながらでんたくをいじる姿がなんだかなつかしくて、なつかしいトリックをろうしてみたところだ。思った以上に大ウケで、子どものころの話にまでおよんでしまった。こうまで喜んでくれるとさすがに気分がい。


「考えてみれば単純なトリックだったんだけどね。かけ算とわり算の問題で、まず最初の数の──」


「あっ、待ってください。考えてみますから。最初が『12345679』最後が『777777777』ですね……。〝好きな数字〟をかけたときは『86419753』でした」


 ソアラが数式を導き出すために自分のあくしている数字を書き出していく。


12345679×(好きな数字)=86419753


86419753□(知るための数字)=777777777


「86419753は〝好きな数字〟が変わると変化します。上の式は無視して、下の式を解くべきですね。〝知るための数字〟と〝□〟に入る計算記号が分かれば、どんな場合でも九けたの〝好きな数字〟が導き出される数式になるのですから……あ、〝86419753〟は八けたです。くり上がりなので、きっとかけ算ですね」


86419753×(知るための数字)=777777777


 空白に乗算記号を書き加えるなり、ソアラはぱちりと大きくまばたきした。


「わかりました! 〝知るための数字〟は9ですね? 12345679×9=111111111ですから、〝好きな数字〟でなにをかけても、最後に9をかければ九けたの数字が出てきます!」


12345679×(好きな数字)×9=777777777


好きな数字=7





「大正解」


 軽くはくしゆすると、ソアラはうれしそうに、ちょっとだけほこらしそうに笑った。


「ふふふ、やりました」


「こんなにすぐ分かられるのもくやしいな。ぼくはもっとかかった」


「おいくつのころの話ですか?」


「7歳」


「勝てなかったらわたしのほうが情けないです!」


「同じとしだったとしても、ソアラならできたかもしれない、って思うとくやしい」


 なにせ数学がそれほど発展していないこの世界で、独学で国力を定式化しようとしたひめである。才能はきっとぼくより上だ。


「わ、わたしなら、なんて……」


「ん?」


「……そんなこと言われたの、初めてです! うれしいです!」


 ひめはひどい理由で感動していた。


びんな子だ……」


「かわいそがらないでくださいっ」


 ぼくやとった王女殿でんは、自分から白状した理由でずかしそうにしている。


「じゃあ昔話はこのくらいにして、そろそろ今日の本題に入ろう」


「はいっ。お願いします」


 ところでそんな王女様は、今日もドレス姿ではない。長いかみを軽くまとめてサイドに流し、可愛かわいらしい耳をのぞかせた首筋のラインがつやめいた白いはだを見せつけていた。


 そこまではともかく。


 真っ白なえり付きのシャツに、白いタイを結んだ首元。その上に黒い三つボタンのベストでほっそりしたどうをさらにめていた。下半身には長いあしをより長く見せるような黒いパンツと同色のくつで固めていて、上着は全体を男性的に印象づける黒のガウンにうでを通している。


 つまり、またしても男装コスプレっぽい。


「服も用意しました。準備ばんたんです」


 そう宣言して、すちゃ、とネックレスのようにぎんで首にるしていたメガネをかけ、四角いぼうを頭に載せるソアラ。


「……そのぼうとメガネは?」


「これですか? 学者や知識人はみんなこういう格好をするものです。エイルンラントの英才教育アカデミーがはつしようです。かしこい人のしようぞう画では、お決まりの服ですよ」


「だから着たと? そのレンズの無いメガネも?」


「はいっ。もっと勉強して、かしこくなりたいですからっ」


 くもりなきかがやくようながおで言われてしまった。だというのか。さすがは王女だ。大物だ。


「……そうか。まあいいや、とりあえずこれを見てくれ。言われたとおりソアラの集めたデータを全部見直して、ぼくなりに計算してみたんだ」


「ぜ、全部ですか? たった三日で、すべて見直し終えたのですか?」


「大金をまえばらいでもらってるからね。さすがに仕事したくもなる」


 ソアラに買われたぼくは当然ながら給料をもらっている。こんなやりとりがあった。






「それではナオキさん。お給料は、フィセター銀貨で250枚でよろしいですか?」


でんたくのぶんを引くと、ぼくの価格はでんたくの1.5倍か。もう一声しかったな」


「それもそうですね。では、400枚にします。ですが、フィセター銀貨400枚ともなると一度におはらいするのは目立ちますから、200枚をまえばらいして、残りを一年間でぶんかつしたつきばらいでよろしいですか?」


「いいよ。いくらくらいなのかわからないけど」






 という話でぼくやとわれていた。


 ちなみにがんって相場感覚を身に着けてみたところ、フィセター銀貨100枚でしよみんが一年間働いたくらいの価格である。


 ……おわかりいただけただろうか。しよみんの年収分でようやくでんたくひとつ。ぼくの給料は、全部ひっくるめるとその4倍である。円に直した感覚だとおよそ1600万円。


 しバイトでひいこら働いてたぼくにその重みが分からないわけがない。しかも自分から150枚値上げしてしまっている。


 150! 枚!!


 五百円玉より数倍重い銀貨が数百枚である。実際重い。


 さすがのぼくでも真面目に働かないわけがなかった。資本主義バンザイ。


「データを見るのは慣れてる。統一フォーマットが無いから苦労したけど、ソアラが整理したんだろ? 生データってほど乱雑でもなかったさ。どうにかまとめ直す程度にはできたよ。まあ、むしろ書き出すのに苦労したけど」


 ぼくが指差したかべには、ソアラが山小屋に置いてきた勢力図を、さらに発展させて拡大したウェビングマップがある。


 それを見た王女殿でんが、改めて感心したように息をいた。


「わたしの作った勢力図も大きくなってしまいましたけど……ナオキさんのは、すごく大きいですね」


「……もう一回言ってくれ」


「? ナオキさんの、すごく大きいですね」


「おおきくなりそうです」


「? まだ大きくなるのですか?」


 純真なひとみで見返してくるソアラ。


 そのれいひとみからつつつと視線を下にずらして、ベストのおかげでる豊かな四次曲線おつぱいラインを目でなぞる。


「ソアラさんのも大きくなりますか?」


「はいっ、大きくしたいです。……ところで、どうして敬語なんですか?」


「数学的に再現できない美しい曲線には敬意をはらいたいんだ。それがきみの首の下にある」


「首の下に曲線……?」


 と、ひめが下を向いて、顔を真っ赤にした。


「そっ、そんな意味で言ってませんっ」


「じゃあ話をもどすけど、パソコンが無いから拡大縮小もできないし、くわしく書きたい時は実寸サイズを大きく取るしかないのが現状だからな。家は大きめにして正解だった」


「うう、満足げに無視されました……。このおうちを手配したのは、わたしなのに」


「おかげでかべに黒板がわりの板がるせた。感謝してるよ」


 給料を盛り盛りしてしまったので、せっかくだから大きめの家にしてくれとたのんだのだ。ソアラが用意してくれたのは、こうがいにあるおやしきだった。ちなみに現代日本の家が2つ、いや下手したら3つくらい入りそうな広さである。持ち主が王家なので、つきばらいの給料から家賃を天引きされつつ住むことになった。


「どうして大きめのおうちにするのかと思ったら、このためだったのですね」


「いちいち山小屋に行くよりだろ? でも、意外とやつかいだったのは計算より筆記用具だな。ボールペンやチョークのありがたさをめたよ。手が真っ黒だ」


 ソアラが山小屋にかくした勢力図やデータを移動させ、羽ペンと茶色くてざらついた紙、なるべくつるつるにした木の板と炭を黒板代わりにするなど、筆記用具にあくせんとうする日々である。


 黒ずんだ指先を見せると、ソアラがくすりと笑った。


「わたしがここのそうを手配した使用人が、あなたをなんと呼んだのか、知っていますか?」


「なんか言ってたのか?」


「ええ、家の中のことに興味を向けずに、ただひたすらみような図形や数字にぼつとうしていたので──あなたを〝じゆつ〟と呼んでいました」


「変なあだ名をつけないでもらいたいもんだ」


「部屋のかべ一面にひと目ではわからない記号や数字がびっしりえがかれていれば、そう呼ばれるものです。ふふふっ」


「そうかもしれないけど……そんなにおかしいか?」


「いいえ、なんでもありません。お気持ちはから」


 なんかツボに入った……とはまたちがう感じだけど、ソアラが笑いをめない。なんなんだろうか。


「まあいいさ。それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか。この資料をどうぞ」


「ふふふ、ごめんなさい。こほん……ええっと、これはどんなものですか?」


 ソアラにわたしたのはてきとうにA4サイズくらいにそろえ、穴を開けてひもで綴じた紙の束である。


「血がついていますね。おまじないですか?」


「ひっぱるねそのネタ。切る時に失敗しただけだ。慣れないぶんぼうに苦労したんだよ。ちょっとはいたわってくれ」


 ホチキスとレポート用紙はマジでだいだ。いまのぼくならあれに銀貨1枚出す。


「書いてあるのはぼくなりの考えを書き出した計画書だ。戦いについてのぶんせきと、そこから導き出される将来のこと」


「将来のことですか」


「そう、つまり予測だ。これが大事でね。専門家じゃなくてもぶんせきまでならできる。いまどうなっているのかを、かしこそうな言葉でもっともらしく言うんだ。実のところ、これはだれにでもできる。重要なのは『ではこれからどうなるのか?』に答えられることだ。それが専門家だ」


「なるほど。将来を予測できてこそ専門家、ですか」


「そのとおり。さらにもうひとつ。これはかなり難しいんだが──予測を当てて、ようやく一人前だ」


「ナオキさんがいで予測通りに生き残ったように、ですね?」


「今度もうまくいくといいけどね。さてそれじゃ、計画書に書いたことを説明しようか。それと、当たり前だがぼくよりもきみのほうがこの世界にくわしい。確定できない変数がまだ大量にある。それをいつしよめていこう」


「はい。お願いします。いつしよがんりましょうっ」

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