第二章 オークションにかける! ぼっちな姫の癒やしかた

第二章 オークションにかける! ぼっちな姫の癒やしかた(1)


 おちゃんに初めて会ったのは、母が事故で死んでからだった。


「私がお前のおちゃんなんだよ。いままで会ってやれなかった。すまなかったなぁ」


 おちゃんはそうあやまっていた。心の底から、悲しそうな目をしていた。


 母子家庭で母がいなくなったぼくはおちゃんに引き取られ、それまで暮らしていた家をして、新しい家と新しい学校と──新しい家族の中でやり直さねばならなかった。


 当然ながら、うまくいかなかった。


 人には『あんもく』という意識されない文法がある。簡単に言えば『当たり前のこと』だ。


 たとえば、公園にボールが置いてある。知らない男の子がひょいっとボールを拾って持って行った。それは本当にその子の物なのか? それとも落とし物を勝手に持っていったのか?


 毎日そこで遊んでいる人なら、なにも言われなくても判断できる。だが新参者にはいちいち問いたださないと分からない。


 しかし、子どもは『自分にとって当たり前のことをいちいち聞くやつは変だ』などと考えている鹿がたまにいる。困ったことに大人でもにいたりするがそれはともかく。


 そこまでいかなくとも、『当たり前』のことでだれもなにも言わなくてもうまくいっていたことに疑問を投げれば、たちまち新参者はたん者としてあつかわれる。


 結果として、周囲とうまくいかない。


 もちろんそれはよくあることだったが、その時のぼくには、そんなぎくしゃくとした思いを話して分かち合える家族すら、あんもくの外にある祖父しかいなかったのだ。


 しばらくの間、どこにも遊びに行かず、死んだ母のことだけを考える日を過ごした。


 そんなぼくがある日、祖父のしよさいに立ち入った日のことだ。


 その部屋には大人より大きな木のほんだなに分厚い本がぎっしりとまれ、かべには黒板とチョークが設置してあり、まどぎわには重々しい机が置かれていた。


 家の中でまで学校を思わせるようなその部屋にたじろいだものの、ひとつだけ学校とはちがう物を発見して興味をそそられた。


 それはでんたくだった。しかもつうでんたくではない。自分は『+』『-』『×』『÷』の四つしか知らないのに、それ以外にもたくさんの不思議なボタンがずらりと並んでいた。


 あとから知ったが、それは関数でんたくというものだった。


 特別そうな機械にかれるのは男の子ならだれでも経験しただろう。もちろんそれはぼくも例外ではなく、ぽちぽちとでんたくをいじってなにか特別なことが起きないかとためしていた。


 そんなぼくの後ろで、とびらが開く音がした。はっとかえると、おちゃんが立っていた。


 その時のぼくにとって、おちゃんはいつしよに生活し始めたのはいいものの、いまだどう接するのが正解なのか、よくわからない人だった。


 おこられるかもしれない! ぼくはおちゃんがなにを言うのか、息を殺してじっと待つ。


 しかし、おちゃんはぼくが手にしている物を見ると、ふっとほおゆるめて言った。


「好きな数字を当ててみせよう」


「えっ」


「お前の好きな数字だ。1~9の中でひとつ、好きな数字を選んでくれ。おちゃんがそれを当ててみせよう」


 なにを言い出すんだろうこの人は、とぼくは思った。


 ぼくの好きな食べ物やヒーローの名前すら知らない人が、ぼくの好きな数字を当てる、と言い出したのだ。


 当てられるわけがない。そう思った。


「いいよ。じゃあ当たらなかったらどうする?」


「好きなおもちゃを買ってあげよう」


「わかった」


「それじゃあいいかな? まず、そのでんたくに12345679とんでみてくれ」


「うん」


「次に、お前の好きな数字をかけるんだ」


「かける……っと」


でんたくを貸しておくれ」


「はい」


 ぼくは86419753と表示されたでんたくわたした。おちゃんはそれを見てみを深くし、でんたくのボタンを三つして、ぼくに見せた。


「ほら、お前の好きな数字が、こんなに出てきたぞ」


『777777777』──7だ! そこにはたしかに、ぼくの好きな数字が並んでる!


「えっ!? すごい、なんで!?」


 86419753を12345679で割る。それだと『7』になる。ちがう。


 86419753を7で割る。それでは『12345679』になる。ちがう。


 おちゃんはいったいなにをして、こんなことをやったんだろう! このでんたくが特別な機械だからだろうか? それをどうやったらこうなるんだ?


 おどろきでばされたように勢いよく考えがめぐりだす。おちゃんはうれしそうに笑って言った。


「7が好きか。おちゃんもなんだよ」


「だから7がわかったの!?」


「いいやちがう。それは、おちゃんが7より好きなもののおかげさ」


「それは?」


「数学だよ。数学のおかげでようやく、お前の好きなものが知れた。……今日からは、もっと好きになれそうだよ」


 本当にうれしそうに、おちゃんはそう言っていた。

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