第一章 ゲーム理論で分かる! 男装王女の救いかた

第一章 ゲーム理論で分かる! 男装王女の救いかた(1)


「やつらのねらいはアルマようさいだろう? かいきようの出口をふうするしかない」「船の数が足りないぞ」「地の利はこちらにあるんだ。いけるとも」「陸の守りはどうするんだ。ここのかいどうふうしておくか」「かいどうなぞどうでもいい。ようさいさえ守りきれば」「どうでもいいわけはないだろう」「船をもっと集めるべきだ。うちは海に囲まれているんだぞ。やつらの背後に海から回ることもできる」「向こうは司教げいの呼びかけですでに3000は兵を集めてるそうだ」「いくさの経験なら我らのほうが多い。なにをおそれる必要がある」「この谷あいに来たらしゆうをしてやるというのはどうだ」「それよりこのみさきに船をかくすのは」


 その部屋は、とてもにぎわっていました。30人ほどの貴族のお歴々がさわがしく話し合っていたからです。


 かたを寄せ合い、顔をわせて意見を述べています。その中に若い顔は──いわば半人前と呼ばれるようなねんれいの者は、ひとりもいませんでした。


 わたしを除いては。


 それは当然のことでもありました。ここは国家の運営について話し合う評議会です。かれら全員が立場のある貴族や身分であり、有力者だからです。ひと目見て、四十より下と思うような人はいません。一七さいのわたしより倍以上は生きている者たちばかり、ということになります。


 人が3人は縦に並んでそべられそうな大きさの長机に、ずらりと並ぶ大人の男性がた。しかし、その机でもっとも位の高い上座、全員の顔をわたせる場所にいるのは、半人前のねんれいであるわたしでした。


 そして、そのわたしには──その話し合いに参加しようという意欲が、まるでいてくれませんでした。


 やがて言いたいことを言いくした大人たちが、ひとり、またひとりと口を閉ざしていきます。意見を言って満足した老臣たちは、自然と上座に顔を向けて、待ちの姿勢をとりました。


 そうして全員がだまって上座──つまり、こちらを見るようになったころいで、わたしにもっとも近い席にすわる白ひげのろう、ウィスカーこうしやくが身を乗り出します。


 いわば最長老とでも言うべきかたで、こういった議事ではかれが家臣団のまとめ役のような立ち位置に収まるのが通例でした。


「あー……ごほん、王女殿でん、いかがですかな?」


 王女殿でん。それがわたしを呼ぶ言葉です。


 かれの3分の1ていどしか生きていないのに、かれより上の席ですわっている、その理由です。


 わたしには軍権があり、いまの会議でくした意見に耳をかたむけたうえで方針を決めるべき立場である、ということでもありました。


 その呼び名のとおり、わたしは王の息女であるから。ここにすわっている以上、わたしはこの国の展望について考えねばなりません。──あるいは、この国の末路についてを。


 いずれにせよ、いまより先のことを見通すべき立場にあります。ここで話し合われることは、これより先の、この国の未来を左右するということです。それは、この部屋に集まる大人たちも同じなのです。


 ……同じ、であるはずなのに。


「〝いかが〟? いま、〝いかが〟と聞かれましたか?」


「そ、そのとおりですが」


「いまの話し合いで、意見は全てなのですね? あそこで守ろうしゆうをしようせしてやろう戦意を高めよう。そういうお話ばかり聞こえていましたが、それを聞いてわたしがどう思ったのか、ということですね?」


「それは……まあ……」


 老臣たちは、おたがいに顔を見合わせてざわつきます。まるで、じんな試練を投げかけられた、とでもいうような態度でした。


 そのにぶい反応に、わたしは机を指でたたいて、集中をうながして言葉をくします。


「……かつて平和同盟という名目で結ばれた、不平等な条約によって我々の国をしばっていたりんごく、オルデンボー王国。条約をしてからいままでもいをかえし、海上ではりやくせんで貿易をぼうがいし続ける敵国が、ついにせんたんを開く準備をしている。そのことについて話し合うために、あなたたちはここへ来た。……そういうにんしきで、ちがいありませんね?」


「はあ……もちろんですとも」「当然だ」「そうしてる」「知ってるとも」


 いまさらなにを当たり前のことを言っているんだ、という顔をされてしまいました。居並ぶ臣下たちからは、まばらな返事しかありません。


 わたしはかれらの顔をわたして、ゆっくりと問いかけます。


「では、いつになったら、〝問題〟について話し合うのですか?」


 その言葉に、ウィスカー候はかたまゆを上げてもんかべました。


「…………はい?」


「聞こえませんでしたか? あなたたちは、〝問題〟の解決策をいつになったら口にするのか。そう聞いているのです」


「あ、ああ……ええと……」


 ひそひそと、かれらは明らかにこんわくしてささやきをわしていました。「ひめはなにを言い出してるんだ?」「いまの我々の話し合いを聞いていなかったのか?」──だいたい、そんなささやきです。


 ひとしきりざわめいてから、ようやくまとめ役のウィスカー候が、おうような仕草でうなずいてくれます。


殿でん、我々一同、もちろん、問題のことはわかっています」


 その言葉にあんして、わたしはにっこりとほほみを返しました。


「それは良かったです。それでは、言ってください。──〝問題〟は?」


「ですから、その話し合いをしていたのです。問題などわかりきっています」


「具体的に、言ってください」


「いま話していたではありませんか。……問題のことはわかっています」


「ええ、たよりにしています。ですから、言ってください。問題は?」


「問題は……その……」


 ウィスカーこうしやくの返答は、わたしの期待に反してしりすぼみになっていきました。かれはチラチラと居並ぶ貴族たちに目配せしますが、だれもが目を合わさないようにうつむいたり、あらぬほうを見ていたりしています。だれひとりとして、たすぶねを出すために正しい答えを口にする、というこうを試みるつもりは無いようでした。


 できれば、家臣団のだれかから、わたしと同じねんを口にしてほしかった。そんならくたんをひっそりと受け止めて、わたしは言うべきことを口にすることにします。


「問題は」


 わたしが声を発すると、全員の目が集まりました。その視線を見返して息をみ、声を大きく通します。


「問題は──この世界が、です」


 老臣たちが再びざわめき始めました。わたしは立ち上がり、部屋のかべってある周辺の地図へと歩み寄り、それぞれの国を手で示します。


「かの有名な血船王エイベル四世のオルデンボー王国。海向こうの団と深いつながりのある海運交易商人ギルド連合。大洋で最強の海軍を持つエイルンラント王国。最せいえいの陸軍を持つベネルクス連合王国。広大な領土を有するモスコヴィヤていこく。不敗の常勝将軍と重装へい軍団に支えられるピエルフシュ共和国。長い歴史をほこり物と人が集まるマイセンブルクていこくばくだいな財産を持つ南部通商きんゆう会」


 各勢力のきよてんを手でたたくたびに、部屋の中にかわいた音がひびいていました。


「そして、わが国。ファヴェール王国」


 最後に、こんこん、と地図の上のほうにある国を小さくノックします。領土は決して小さくない。むしろ大きいとすら言えるでしょう。しかし、広くはあってもしょせんは北の大地です。雪と氷に閉ざされていて、人が快適に過ごせる領土はその半分以下でしかありません。


 そこが、わたしの生まれた国。周辺の全てを、口にして語られるほどの強国に囲まれた、北の大地。ファヴェールという国でした。


「いまわたしが口にした全ての勢力が、過去十数年のうちに必ず戦争をしています。そこらじゅうで兵隊がはびこり、国が領土をうばっています。動乱の時代と言っていいでしょう。ファヴェールもつい六年前に戦争をしました。そしていま、もう次の戦争が待っています。……わかりますか?」


殿でん、我々一同、そんなことは重々承知。いまは力が物を言う時代だ。我々はその中をたたかいてきたばかりでありましてな。この中に、それをおそれている者などおりませぬ」


「おう!」「そうだ!」


 うなずき合うかれらに対して、わたしの失望感はいっそう大きくつのります。


 どうしてそんな話にしてしまうのでしょうか。


「ちがいます。わたしはむしろ、それをおそれてほしいのです」


「は?」


 間のけた声が上がります。わたしはさらに言葉を重ることにしました。


「わかりませんか? 強い国が弱い国をんでより強くなる。そのかえしが動乱のルールです。そのルールの中で、兵力、あるいは財力で、我らファヴェールは。──どうあがいても弱い、


 ……だというのに、その時代を認めて、どうしておそれていないと言うのですか?」


 老臣たちはわたしから目をらして、顔を見合わせていました。そのかれらの中に、いやなことを言い出すわたしに対するけん感はかんでいても、危機感をいだいているような顔はだれひとりとして持ち合わせていないようです。


「わたしたちは条約をして独立してからも、オルデンボーとの対立によって経済的な難題をかかえ続けています。


 当初はこの国にある鉄や銅の鉱物資源を輸出して、経済に役立てるつもりでした。しかし、海の向こうにある他国と貿易をするには、オルデンボーのりやくせんたいこうしなければなりません。ファヴェールの船は、数はあっても旧型ばかりで、りやくせんたいこうするにはばくだいな費用がかかります。かといって商人たちに輸送をたのめば、多大な輸送費をせいきゆうされます。


 いまや我々は、戦争で直接りやくだつされるか、商業で間接的にりやくだつされるか、そんなせんたくしか持っていません。──それを、自覚してほしいと言っているのです」


 男たちから重々しいいきが次々にされます。その中には、わたしが悲観的な物言いをすることへのあきれもふくまれているようです。


 ウィスカー候がわたしを落ち着かせようとするかのように両手を見せる仕草をしながら、立ち上がりました。


殿でん、ですから、我々もどうにかこのいくさを勝つために、こうして話し合いを……」


「ただ話し合っているだけで強くなるなら、市場の女たちがこの世界で最も強くなれます。わたしたちには兵が無く、船が足りず、金もとぼしい。それを認めたうえで、動乱をかなければならないのです。


 ただ自分の望みを口にするのではなく、〝問題〟をはっきりと自覚して、それから話し合いをしてください。でなければ、この国に求められるようなは出てきません」


「ならば、ひめはいったいどんなを求めているというのですかな?」


 かすかにわずらわしそうなひびきをふくんだ声で、そう問われます。


 わたしは全員によく聞こえるように、しっかりとした声を心がけました。


です」


「は……?」


 心して言ったつもりのわたしに対する家臣団の反応は、だいたい、ウィスカーこうしやくの間のけたいきしようちようしていました。


「……殿でん、それは……どういった意味でしょうか?」


「言葉どおりの意味です。わたしたちは、いまが弱肉強食という時代であるなら、という意味です。


 弱きがほろび、強きがさかえる。そのルールにのつとっていては、わたしたちは生き残ることすらできません。こんなじようで名将軍のごとをしたところで、なんの意味も無いのです」


 こんわくにざわめく大人たちの姿が、そこにありました。中には、わたしへのちようしようらす者さえいます。


 こうめられたらこう戦う。そんな勇ましい話をしている時にはよく回る舌も、いまはまるで意味のない雑音しか発してくれません。


 そのわいざつなどよめきをさっと手をって落ち着かせて、ウィスカーこうしやくは重々しくせきばらいをしました。


せんえつながらかんげんいたしますが……殿でん、それは不可能でございます。国々が争うことは、いにしえより決まりきった──」


「できなければわたしたちは消えます」


 こうしやくの話をさえぎって、わたしは告げます。


 白いひげをたくわえたあごちゆうはんな位置で止められたウィスカーこうしやくは、あっけにとられたような顔をされました。


「そ──」


「次のいくさで領土をけずられ、いくさのあとも戦時ばいしよう金のために借金をさせられ、返済のためには国民を苦しめるほどの重税を課すことになります。たみこんきゆうすれば民心が乱れ、やがて反乱が起きて、その反乱でわたしたちは首を落とされます」


 再びさえぎります。そして、続けます。


「……そんなことは、短くても十数年ほど先の話ですから、この部屋の半分くらいのかたはそれでもいいかもしれません。ですが、わたしと、そして多くのたみにとっては、まったくなつとくのいくことではありません」


 わたしの語る未来の話に、家臣たちは不満そうなうなり声を上げて目をわしました。


「そんなつもりは……」


「弱きはほろび強きがさかえる。そのルール上での戦いを論議することは、本当に意味のないことです。わたしたちは兵力で、国力で、すでにおとっているのです。──であるなら、いまわたしたちがほろびの運命を変えるには、まったく新しい、別のルールを見つけ出すしかないのです」


「……それは……どのような……?」


 そこまで言われてようやく、わたしの意見を否定する言葉ではなく、さぐる言葉が出てくれました。


 まったく聞いてもらえもしなかった状態から一歩前進です。


 しかし、


「わかりません」


「え?」


 答えがわかっているなら、わたしは最初からそれを口にしています。


「ですから、探しています。そして、あなたたちにも探してほしいと求めています」


 わたしにとってそれは当然の意見だと思ったのですが、


「「「…………」」」


 評議会をおおちんもくは、より一層重くなりました。


 ついにウィスカーこうしやくですら困り果てた様子で、口を閉ざしてしまいます。


 全員が無言です。


 まるで主君が失態をおかしたのを見てみぬふりをしてやり過ごしているような、そんなごこの悪さをんだ静けさでした。


 わたしはいったん目を閉じて間を置いてみます。少し時間を置いたのです。


 それでもけっきょく、部屋の中のだれひとりとして、わたしにこうていも否定もしてくれないのだと確信するだけに終わりました。


 しかたなく、わたしは今日の会議を無駄と認めることにします。


「……敵国が進軍してくるまでには、まだ少し月日があるはずです。また会議をします。それまでに、わたしの言ったことをよく考えてみてください。それでは」


 なまりのようによどんだ空気がまんえんする議会にそう告げて、一方的に解散させました。

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