第25話
「ボス、何の用です? 緊急って?」
システムルームで佐野と次の手を話し合っていた朝霞に、ふと、CNUメンバーの一人が話しかけてきた。
「何の事だ?」
怪訝に問い返した朝霞に、彼は困惑したように肩を竦める。
「何って。無線で、至急戻るようにと――」
思わず佐野と顔を見合わせ、すぐさま立ち上がる。そして自席に戻って必要な機材を鞄に突っ込みつつ、佐野に叫ぶ。
「彼は何処を担当していた!」
「シリアルナンバー、0568! 赤坂の、猪川ってヤツです!」
「なんて様だ! CNUの無線暗号が突破されてる? 恥さらしもいいところだ!」
足早に通路を進む朝霞に、すぐさま追いついてくる佐野。しかし二人がオフィスを出ようとした所で、別の所に貼り付けさせていた捜査員と出くわす。
「あっ、ボス。一体何かあったんですか?」
次いで、一人、二人と。続々と戻ってくる捜査員たち。
その輪に囲まれながら、朝霞は思わず溜息を吐き、佐野に云った。
「なんて様だ」
「しょうがないでしょう? この手の捜査には慣れてないと。最初に云いましたよね?」
「半分が攪乱された」戻った捜査員の数を数え、すぐさま声を張り上げた。「すぐに所轄の警察署に、キミらが見張っていた場所に急行するように云え! 私からの命令は、全てジャンプの偽情報だ!」
すぐに顔を青くし、彼らは銘々の席に散って電話を始める。朝霞と佐野は肩を落としつつ、取り急ぎ四カ所の内の何れかに向かおうかと話し合っていたが、その背中に一番最初に戻ってきた青年が声を掛けてきた。
「ボス! お電話ですが!」
「電話? 後にしろ!」
「それが――ジャンプ、と名乗ってますが――」
再び佐野と顔を見合わせ、小走りで駆け戻り受話器を引ったくる。
「私指名か?」
受話器を塞いだまま尋ねると、青年は怯えたように頷く。
「えぇ。ボスを出すようにと」
本物だろうか。
そう訝しみつつも、受話器を耳に当てる。
「朝霞だ」
すぐ、朝霞の耳には、確かに橋の上で聞いた、あの少し甲高い、鼻にかかったような声が響いてきた。
「あぁ。朝霞さん。ボクだ。ジャンプだよ」
「――誰? 週刊誌の取材か? 悪いが私はジャンプよりマガジン派で――」
「いいのか? ボクはオタクの、違法捜査の証拠を掴んでる」
――クソッ、本当に、最悪の物を盗まれた。
「盗まれたCELLを解析したに違いない。ヤツは貴方から、大変な物を盗んでいきましたね」
渋そうに云う佐野に、朝霞は思わず苦笑した。
「【私の心】か?」とても、笑ってられない。「佐野、逆探知を依頼しろ。それと全員に、所轄への依頼を一度取り下げろと」
佐野に小声で指示を出していると、ジャンプは乾いた笑い声を上げてから続けた。
「ボットネット盗聴のために、対ボットネット・ウィルスを世界中にばらまくだなんてね。ハッ、これをハッカー団体が聞きつけたら大変な騒ぎになるよ。アンタらは完全に彼らを敵に回すことになって、ネット規制法案なんかも――全部酷い反対運動を受けることになる。【警察国家だ!】ってね。実際、アンタは。やっちゃいけないことを、やっちゃった」
「一体何の話だ? さっぱりわからん」
「ボクの手元にあるのは、警察仕様の特殊CELLだ。この中に納められてるデータが改ざん不能なのは、オタクら自身のお墨付き。だろ?」
本当に、最低、最悪だ。
佐野に目を向けると、彼は逆探知の依頼の電話をしつつ、両手で引っ張れのサインを送ってくる。
「――それで、何の用だ」
慎重に尋ねた朝霞に、彼は鋭く、云った。
「ボクから手を引け」そして一際、声を低くした。「ボクには、どうしても探し出さなきゃならない物がある。それを邪魔させるワケには――」
「キミは、ドラゴン・マスターを追っている」鋭く言葉を挟むと、受話器の向こうには沈黙が落ちていた。「詐欺、脅迫がメインのクズなクラッカーだ。これが――キミの云っていた、本来我々が追わなきゃならない相手。そうなんだろう?」
「――まぁね」投げ出すよう、彼は呟いた。「ヤツに苦しめられ、自ら命を絶った人は何人もいる。死にはしなくとも、今でも精神を病んで、社会復帰出来ない人も大勢だ。そしてその家族、彼氏、子供――酷い苦しみが、ヤツによって生み出されてる」そして彼は大きく息を吸い込み、云った。「それをオタクらは、放置してきた」
「別に放置はしていない」佐野は、もう少し、というサインを送ってきた。「しかし我々の捜査に限界があったのは認める。キミの手にしている情報を、全て我々に与えてくれ。そうすれば我々だって――」
ハッ、と、歪められた声が更に歪んだ。
「とても信用出来ない。ボクを取り逃がすような連中に、ボクより更に最悪なクラッカーを。任せろって?」
「それは、心許ないかもしれないが。しかし、約束する。必ずドラゴン・マスターは捕らえる」
「それでボクは、無罪放免?」簡単に、痛いところを突いてくる。「ハッ、言い訳を考えてるね。ボクが手にしている、朝霞さんのCELL。これが公にされた場合、CNUは上手いこと言い訳できるだろうか? 対ボットネット・ウィルスなんてクラッカーの捏造で、CNUは相も変わらず正義の味方だと。主張出来るだろうか――」
「――わかった。取引と行こうじゃないか」
「取引? そちらにとても、取引出来るようなカードなんて。あると思えないけど」
「こちらには、全国三十万の警察組織がある。キミがもし、私のやったことを公にすれば。キミの捕縛は最優先事項となって――キミは必ず捕らえられる。そしてキミが今までに行った不法行為は全て洗い出され、無期懲役に近い刑罰が与えられることに――」
「それはボクも。望むところじゃない」
「そこで、取引だ」朝霞は唾を飲み込み、指を立てた。「ドラゴン・マスターの情報。それに私のCELLを渡せ。そうすれば、キミのことは捜査対象から外す」
「ちょっとそれは、欲張りすぎなんじゃないかな」
「交渉は大きく行かないとな」
「まぁでも、ある程度は妥当だ。ボクはドラゴン・マスターの情報を渡す。けど、CELLは返さない。これでボクの安全は保障されるし、アンタもボクを取り逃がした失態をドラゴン・マスターの捕縛でリカバリーできる。いい取引じゃ?」
「まぁ、とても満足は出来ないが――納得は出来る」
「よし、取引成立だ」ジャンプは云い放ち、鋭く言葉を続けた。「ドラゴン・マスターの名は荏原彰史。住所は千葉県浦安市。さっさと捕まえに行くんだね。そしてボクの事は、忘れること」
朝霞が声を上げかけた時、既に回線は途切れていた。すぐに背後に佐野が寄ってきて、手元のメモを読み上げる。
「出ました。ジャンプは浦安じゃない。赤坂です。どうします? 赤坂? それとも浦安? だいたいボス、本気でジャンプと取引する気じゃあ――」
「するワケがない」朝霞はすぐさまコートを手に取り、メンバーを呼び集めた。「キミとキミは、浦安に行ってくれ。キミは所轄に、猪川の家と逆探知した場所に急行するように。残りは私と赤坂だ。行くぞ!」
駆ける朝霞の脇に並びながら、苦笑する佐野。
「ハッ、ブラフですか」
「私の首に、死ぬまで鈴を付けさせておく? させるか、そんなこと。何としてもジャンプを捕らえるんだ」
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