第21話
十人のラグランジュ所有者。その名前や住所が全て得られたのだ。これはもう羽場の姉を陥れた犯人、ドラゴン・マスターを捕まえたのも同然――と思いたかったが、実際それは三年前の所有者情報に過ぎない。今では中古屋に売り飛ばしてしまっているかも知れないし、友人に譲り渡してしまっているかもしれない。
とりあえずネットオークションでラグランジュの出品状況をチェックしてみると、該当するシリアルのうち二つが、一年ほど前に取引された形跡がある。
「だとして、残り八つだね」
更にネットで検索してみると、一つは何処かのパソコン収集マニアが誇らしげに所有宣言しており、開封もしていない状態らしい。そしてもう一つは購入早々に壊してしまい、捨ててしまったという記録にぶち当たる。
「信じていいか微妙だけど、この二つは後回しだ」
「じゃあ、残り六つ。どう攻める?」
「ソーシャル・クラッキングだ」
手に入れた名簿には、住所、氏名、生年月日、電話番号、そしてメールアドレスが記載されている。瑠璃子と羽場は、今では貴重になってしまった公衆電話を探し、手当たり次第に電話をかけまくる。
「あぁ、私、インフィニタスのお客様サービスセンターの清水と申しますが。お客様がお持ちのラグランジュの、定期メンテナンスサービスのお知らせを――」
そんな具合にして、現状のラグランジュの状態を確認していく。
「え? あら、それは残念です。ちなみにどちらにお売りに?」
「ははぁ、誕生日プレゼントで――じゃあ実際に使われてるのは?」
「壊れちゃい、ましたか。それはそれは、こちらとしても製品の品質については常々向上を心がけており――」
繋がらない電話番号は除き、明確に状態を確認できたのは二つ。それはクラックに用いられていないのは確からしく、残る四つについては、未だに収去定まらずの状態だった。
「で? どうする? 残り四つ」
リストを眺めながら、唸る羽場。
「――もう、こうなったら探偵するしかないね」
彼の云う探偵とは、かなり危険な行動を要する行動だった。
まず、登録されている住所へと出向く。
シリアル番号0560。そこは十数階建てのマンションだった。こうした集合住宅の場合、ネットの回線はマンション内で一度集約され、そこから回線業者の回線に接続されている。
羽場は瑠璃子に予備の作業服を着せて、いかにも回線業者です的な格好をして管理人室に向かう。
「こちらの住人さんから、回線が変だって連絡を受けて。調べに来たんですけどね!」
運が良かったのもあるだろうが、それで難なくマンション内の配線室に入り込める。早速羽場は管理人が背後から覗き込んでいるのも構わず、館内の通信を集約しているスイッチにケーブルを繋ぎ、通信状況を確認していく。
しかし数分の調査では、ラグランジュが存在しているかどうかなんて調べようもない。そこで彼はスイッチの設定を変更し、いつでも羽場のボットネットから状態を確認できるようにする。しかしそれだけの危険を冒したのにも関わらず、得られた情報は残念な物だった。
「うーん、確かにラグランジュを持ってはいるけど、コイツはただの動画マニアかなぁ。さっきからひたすらネットの動画しか見てない」
「じゃあ、残り三つ」
リストを眺めながら云った瑠璃子に、羽場は大きく溜息を吐いた。
「ここからは、更にしんどくなるよ。二つは戸建てだから、通信を盗聴しようにも難しいし。一つは秋葉原の中古屋さんに眠ってる」
「売っちゃったなら、それは違うんじゃない?」
「でもさ、これ売られたのが先週なんだよね。ボクらが探してるのを察知して、売られちゃったのかも」
「戸建てと、中古屋さん。どっちが楽?」
「うーん。どっちも難しいけど、中古屋さんかなぁ」
「でも中古屋さんに売られてたら、初期化されちゃってるんじゃない?」
「初期化されてても、ある程度はデータを復元出来るから。調べておきたいんだけど――」
「買えば?」
「何云ってるの! 物凄いプレミア付いてて、ボクの貯金じゃ無理!」
とりあえず、実際にシリアルナンバー0561が売られている店に出向いてみる。
そこは秋葉原のなかでもレア物のパソコンを専門にしているお店で、ひどく薄汚れた雑居ビルの六階に位置していた。人が二人乗るのが精一杯なエレベータから出ると、途端に素人お断りの空気が漂ってくる。店主は挨拶もせずにカウンター奥のパソコンに食いついていて、カチカチ、カチカチと、彼の操るマウスの音ばかりが響いている。
確かに、取り扱っているのはレア物ばかりらしかった。瑠璃子もネットでしか見たことのない、名器と呼ばれるパソコン。何十年も前に製造中止となったパソコンの、未開封の箱。
当のラグランジュにしてもガラス張りのケースに入れられ、【かの貴重な逸品、ついに発見!】などという大げさなポップまで貼られている。価格にしても【Ask】という特別待遇だった。
「ちょっとこれ、状態確認させてもらえない?」
という羽場にも、店主は頭を振るだけ。
端から、購買力がないと踏んでるのだろう。
「さて、どうする?」
まるでショーウィンドウの向こうのラッパを眺める子供のようにして、ガラスに両手をつく羽場。彼は諦めきれない、というように踵を返し、エレベータのボタンを連打する。
「きついね、これは」
そう、辺りを見回しつつ云う。そう、店には特別な警備はないようだったが、侵入口が、このエレベータと非常階段しかない。
「遅すぎ。階段でいこう」
せっかく、残り三台まで絞り込んでるってのに。
焦る必要はない。
そう、まるで焦る必要はないと瑠璃子は思っていたが、羽場は逸る心を抑えきれず、酷く狭い非常階段を駆け下りていった。
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