第19話

 翌日、自然と足は、羽場のお姉さんが入院しているという病院へと向かっていた。


 別に会ってどうこうしようという気は全くなかったが、ただ、彼の置かれている現状を、ほんの少しでも知りたかった。


 薬臭い総合病院に足を踏み入れ、案内板と教師のメモに記されていた番号を頼りに階段を上がる。精神を病んでいるといっても、別に閉鎖病棟に隔離されているようなことはないらしい。目的の病棟に辿り着くと、近代的なナースステーションに隔てられるようにして、奥の方に幾つかの病室が窺える。具合の良いことに詰めていた看護師は二人のスーツ姿の男性に捕まっていて、特に問い合わせをしなくとも通り抜けてしまえそうだった。


 瑠璃子はポケットに手を突っ込み、マフラーに口元を埋めながら、そそくさと脇を抜ける。すると丁度目的の扉から用事を済ませた看護師が現れて、一瞬だけ中の様子が窺えた。


 六畳ほどの部屋に、一つのベッド。瑠璃子は素早く扉の隙間から滑り込み、後ろ手に閉じる。


 ベッドの上の女性。それはほっそりとした線の薄い女性で、まるで陽に当たったことがないような透明な肌、それに僅かに羽場に似た小さな瞳の下には、茶色い雀斑が一面に散っている。まるで猫の毛のようなクシャクシャっとした髪を、まるで男子のように短く切り揃えた様は――雑誌か何かのモデルさんのように見えなくもない、とても特徴的な外見だった。


 彼女は直前まで手元の携帯端末を弄っていたが、ふと瑠璃子の気配に顔を上げると、僅かに慌てたように端末を隠す。


 そして、怪訝そうな瞳。


 間抜けなことに、瑠璃子は一切の言葉を用意していなかった。


 良くあるといえば、良くある。何かをしなければというので頭が一杯になってしまい、次の手を考えないまま行動してしまう。


 それで、当惑し、ただただ彼女の細い表情を眺める瑠璃子に――彼女は薄い唇を開き、どことなく羽場に似た甲高い声で云った。


「何か?」


 ようやく瑠璃子は我に返って、慌てて言葉を探す。


「えっと、あの――」こういう時に、羽場の天才的なウソ吐き能力が羨ましくなる。「羽場ちゃん――いえ、羽場クンが――お姉さんの具合が心配だって、ちょっと様子を見てきてくれって――」


 そこでふと、彼女は表情を緩め、大きく瞳を見開き、薄い肌を皺くちゃにするような笑みを浮かべていた。


「ひょっとして貴女、ルリちゃん?」


 願ってもない助け船だった。すぐさま瑠璃子は詰めていた息を吐き出して、自然と笑みを浮かべる。


「あ。えぇ。ひょっとして羽場クン――」


「えぇ。弟から話には聞いてて。どうぞ? 座って?」促され、ベッド脇の丸椅子に腰掛けた瑠璃子の顔を、彼女はまじまじと眺める。「へぇ、貴女がルリちゃん。想像以上に――何て云うか――普通ね?」


「ふ、普通?」


 まるで意味がわからず問い返した瑠璃子に、彼女は口元を抑えながら、独特な笑い声を上げた。


「いえ。あんな弟が仲良くできる女の子なんて。全然想像つかなかったから。きっともの凄い変か、あんな男くらいしか相手を見つけられないような、お顔が残念な感じの娘かと思ってたんだけど――」


 随分失礼な事を平気で云う人だ。


 いや、褒められてるのか?


 どうにも羽場家の人物というのは、一様に他人を困惑させる独特の言葉を持ち合わせているらしい。


「何だか、羽場クン、私のことどんな風に云ってたのか、心配になってきたんですけど――」


「別に? 私の勝手な想像。でもあの子、ルリちゃんとあんなことあった、こんなことあったって。色々話してくれたわよ? 凄く楽しそうに」


 どれだけ脚色されてるか、わかったもんじゃない。


 それでも瑠璃子は、少しだけ――心が軽くなった。


 ずっと、思ってはいた。


 羽場にとって自分なんて、勝手に押しかけて迷惑をかけてるだけの存在なんじゃないだろうか?


 自分は彼にとって特別でも何でもなくて、ただ、彼の弱みを握って好き勝手云ってるだけの馬鹿な女で、彼にとっては――単なる邪魔な存在なんじゃないだろうか、と。


 でも、そうじゃない。


 彼にとって瑠璃子は、確かに特別な何かで――彼の笑顔、それに笑い声は、本当に、矯飾なんかじゃなく、心から発せられているもので――


「それでその――具合の方は、いいんですか」


 それは顔色は良いとは云えなかったが、笑顔だし、言葉も軽いし。


 そう不思議に思いつつ尋ねた瑠璃子に、彼女は僅かに口元を歪めて、疲れたような笑みを浮かべる。


「なんてことはないの。何てことはないんだけど。ほら、独り身だとね。ちょっと具合悪くなると、世話をしてくれる人もいないし。それでヘルパー雇っても保険も効かないし、代わりに入院させてもらってるってワケ」


 へぇ、と曖昧な声を上げた瑠璃子に、彼女は僅かに厭そうな表情を浮かべつつ、鬱陶しい蠅か何かを追い払うように片手を振った。


「何? 弟に何聞いてるの?」


「え? いえ、私は別に――」


 彼女は大きな溜息を吐いて、薄い唇を歪めて見せた。


「あの子、心配し過ぎなのよ。私がまた自殺図るんじゃないかって」グッ、と息を詰めた瑠璃子に、彼女は渋そうな笑みを向けた。「ほら、そんな感じ。もう二年くらい前のことだってのに、いつまでも私が引き摺ってるみたいに――」


「いえ、ホント、私は何も――」


「そう? どうかな。いい加減、あの子は姉離れするべきよ。もう高校二年でしょ? せっかく可愛い彼女も出来たんだし――」慌てて反論しようとする瑠璃子を遮り、彼女は続けた。「ホント? ホントにルリちゃん、私に何があったか聞いてない?」


「え。えぇ。ホント、具合が悪いとしか――」


「知りたい?」


「いえ、その――」


 何と答えていいかわからず俯く瑠璃子に、彼女は楽しげに鼻で笑い、ハスキーな声で投げ出すように云った。


「ルリちゃんも覚えておいた方がいいわ。男はクソ。弟は――違うけど。いい子だけどね」ふと、瞳を上げた瑠璃子に、彼女は苦笑を浮かべる。「昔――当時――付き合ってた彼氏がさ。写真とか好きで。まぁ私も悪い気しなくて撮られてたのが悪いんだけど、ソイツのパソコンがウィルスに感染して――」ぱぁっ、と両手を散らし、ヒラヒラと舞わせた。「流出。別にネットには流れてないみたいだけどさ。どっかのハッカーに盗まれちゃって、流されたくなきゃ百万払えって。絶望したよさすがの私も」


 それは――渋い話だ。


「それでアイツ、払うには払ったらしいんだけど。それでハッカーが約束守るなんて保障なかったし。私、いつネットに私の画像が出回るんじゃないかって。気が気じゃなくなって――」指先を額に当て、クルクルと回す。「ま。別に考えてもみりゃ。カウンセラーの先生が云うようにさ。女なんて髪型や化粧の一つで何とでもなるし。私よりアイツの方が深刻だったかもね。何しろアイツの、P90だから」


 思わず瑠璃子は、笑――えない。


 その様子に彼女は小さく溜息を吐いて、酷く疲れたように云う。


「だってのにあの子、すっかり私より深刻になっちゃって。絶対にそのハッカー捕まえるんだって、ネットばっかやるようになって――今でもやっぱ、ネットばっかりやってる?」


 成る程、ある意味、羽場らしいな、と思えなくもない。


 彼は確かに変人で、我が道を行くのに躊躇しない所があるが――時に酷く心細くなって、誰かに構って貰いたくて仕方がなくなってしまうらしい。


 寂しがり屋、とでも云うのだろうか。


 きっとその依存の中心が、幼い彼の母親代わりとなった、この表面ばかりは気丈な女性だったのだろう。


 表面ばかりは。


 瑠璃子には、そうと思えてならなかった。彼女は威勢の良い台詞を吐いてはいたが、もし本当に吹っ切れていたのなら――そう、ちょくちょく体調を崩すはずもない。


 だから、羽場はクラッカーとなった。


 姉を自殺未遂まで追い込んだクラッカーを捕らえ、その全データを――抹消するために。


「ネットって云っても、ゲームばっかですよ」そう、答えるのが。正解なのだろう。「それで、その。今日、私、ここに来たのは――」


「黙っとけって? 別に喋りはしないけどさ」と、彼女は大きな口を引き延ばし、笑った。「何? 心配だったの? 彼氏の姉貴が、精神病院で狂ったことばっか叫んでる狂人じゃないか、って?」


「い、いえ、そんな、滅相もない」


「別に家族の恋路を邪魔するような趣味はないよ、私には。自分のケツくらい自分で拭けるし、それくらいの金はあるし。心配しなくて良いよ」そして彼女は、僅かに、瑠璃子に身を乗り出させた。「それよりさ。あの子に上手く云ってよ。私は何でもないって。平気だって。私はいい加減――アイツには、アイツの楽しみを見つけて。生きて欲しいよ」


 良い人だ。


 とてもあの変人には勿体ない、もの凄い出来たお姉さんだ。


 いや、だからこそ、羽場はきっと――必死になって、姉の敵を討とうとしている。母親以上に大切なその存在を、健やかにするために――


 そんな彼を止める言葉が、瑠璃子に吐けようか。


「――あぁ。ゴメン。モハビ・エクスプレスは当面休業だよ」


 おっす、と云いつつ片手を挙げた瑠璃子に、玄関に現れた羽場は、そう、素っ気なく答える。彼は昨日から、まるで眠っていないのだろう。細い髭も多少伸びて、目の下を真っ黒にしている。


「そんなこと云わないでよ」と、瑠璃子はコンビニの袋を突き出す。「サルサパリラとメンタスだよ。差し入れ」


 渋い表情のまま彼は袋を受け取ったが、じっと見つめてくる瑠璃子の瞳に苦しむよう、口元を歪めながら頭を掻く。


「いやさ。正直、これからボクがやろうとしてる事って。結構ヤバイ事でさ。マジでボク自身、今まで足を踏み入れてなかった所まで攻めようとしてる。それってつまりさ」


「逮捕される?」


 首を傾げつつ云った瑠璃子に、彼は大きく溜息を吐きつつ、項垂れた。


「そうはならないようにするつもりだけど。今まで以上に、確信がないんだ」


「だから?」


「だからって――つまりその――」


「師匠の問題は、私の問題じゃない? それとも私が足手まといになるって?」


「んなことないよ。実際ルリちゃん、今までみたいにボクの助手してくれたら、そりゃあもの凄い助かるけれども――」


「じゃあ、やる」


「でもルリちゃん、また根掘り葉掘り、理由を聞こうとするでしょ? そんでボクが答えるとさ、馬鹿馬鹿しい、って云うんだ。馬鹿馬鹿しいことに人生かけれる? これってそういう話だよ? 捕まったら――まぁボクは実刑だろうけど、ルリちゃんだって退学は免れないし――」


「それより寒くない? ドア開けっ放しで。中、入れてよ」困惑する羽場に、瑠璃子は更に、言葉を付け加えた。「理由? 聞かないよ。私、羽場ちゃんに何回も助けて貰ったもん。その恩くらい、返さなきゃ」


 その言葉を聞いて、彼は軽く口を開け放ち、充血した瞳を何度か擦ると――軽く身を引いて、瑠璃子を中に促した。


「そう、ボク、信じちゃいそうかも。無償の愛ってヤツはさ」


「あ。云っとくけど、愛ではないから」


 そして、羽場と瑠璃子が手にしているもの。


 ラグランジュのシリアル番号。その該当する十台の中に、羽場の姉を間接的に害した、ドラゴン・マスターの物が含まれる。


 通常、シリアル番号から所有者を突き止めるのは非常に困難だろうが、ラグランジュの場合は事情が異なっていた。


 限定千台の、特別モデル。


 それだけに販売に際してはユーザー登録が義務付けられていて、問題のクラッカーについても。追いかける術が残されているはずだった。


「でも、利用者情報なんて、何処に残されてるんだろうね? インフィニタスの社内にあるのは確かだろうけど」


 早速疑問にぶち当たった瑠璃子に、羽場はパチンと指を鳴らしながら椅子を滑らせ、別のコンソールへと向かう。


「ルリちゃん、インフィニタスの製品って、何か持ってない?」


「ん。こないだ買った端末でしょ? あとはミュージックプレイヤーもインフィニタスのだけど。今は全然使ってないや」


「じゃあさ、このページ見たことない?」


 彼が画面に表示して見せたのは、インフィニタス社の【お客様サポートページ】だった。


「そういえば私買ったとき、ここにシリアルナンバー入れろって云われたけど。結局めんどくさくて、やらなかったな」


「そう、そんな人が多いけどさ。でもインフィニタスは、そんな風にしてシリアル番号と所有者を出来る限り紐付けてるんだ。だとしてこのページの裏には?」


「なるほど、シリアルと所有者の一覧表があるってワケね!」


「そういうこと。でもさ――」


 羽場の目論みは、大きく外れたらしい。いや、外れてはいないのだが、インフィニタス社はパソコン・メーカーというのもあり、その情報システムは、彼が云うところの【ガチガチのシステム】というヤツだった。


「キツイんだよね。昨日から散々調べてはいるんだけど、全然穴が見つかんないんだよ」


「ソーシャル・クラッキングは?」


「ボクがインフィニタス社に忍び込む? 無理。ウチのバイト先、とてもインフィニタスの工事が出来るほど大手じゃないし。ボクがインフィニタスの社員を誑かす? 無理。インフィニタスみたいな所のエリート社員が、ボクみたいな高校生相手にするはずがない。ルリちゃんなら――わかんないけど」


「何か伝手があるの? あるなら、やってみてもいいけど」


 彼はコンソールに向かったまま苦笑した。


「冗談だってば。怒るところだよ? 今の」


 ちょっと、不自然だったろうか。


 瑠璃子は慌てて言葉を探したが、どうもやっぱり、アドリブの芝居というのが出来そうにもない。しかし羽場はそれほど気にした様子も見せず、例によってベラベラと言葉を続けていた。


「だいたいインフィニタスの社員なら誰でもいいってワケじゃないし。何とかしてネット上の穴を探りたい所だけど――ルリちゃんと手分けするにしても、時間かかりそうだよ、これ」


「うーん。じゃあ、ジャンクさんにヘルプしてもらったらどうかな? 大師匠なら、何か名案あるかもしれないじゃん?」


 どうにもならないと踏んで瑠璃子が提案する。だが羽場は渋い表情でサルサパリラを飲み干し、頭を振った。


「いや。これ以上、ミスは犯せない。なるべく怪しいのは排除しないと」


「まさか、ジャンクさんが裏切るって?」答えずにキーを叩き始めた羽場に、思わず溜息を吐いてしまう。「それはちょっと、用心し過ぎなんじゃない?」


「考え過ぎじゃない。ルリちゃん、ちょっとジャンクを信頼し過ぎ。云ったでしょ? ヤツはボク以上に変なヤツだって」


 それはどうかと思うが、これ以上反論しても仕方がない。


 瑠璃子は仕方がなく、うーん、と唸りながら、羽場が調査したシステム構成図を眺める。


「これって、普通のネットサービスのシステムだよね。お客さんがこのページに来て、シリアルと名前とか住所とか登録して、保証受けたり新情報もらったりするための」


「そうだね。それが?」


「つまりインフィニタスの製品が壊れたりしたら、社員の人がそのデータベースを検索して、いつ買われたかとか、住所は何処なのかとか、調べるのよね?」


「そう」


「その検索って、社内からしか出来ないようになってるのかな」


「そりゃ当然――」彼は呟きながらキーを叩き、不意に大声をあげた。「イエス! ルリちゃん天才!」


「え? インフィニタスの社内に忍び込む方法があるの?」


「そうじゃない。ボクだってとてもそんなこと怖くて出来ないけどさ。考えてみて。製品の故障を受け付けたり、修理したりするのって。何処?」


「何処、って。このサポートページから、【ここが壊れた】とか入力すれば。何処そこに送れとかってメールが来るんじゃないの?」


「そりゃあ今じゃ殆どそうだけどさ。ネットに詳しくない爺さん婆さんなんかは、壊れたヤツをインフィニタスのサービスセンターに持って行って対応して貰う」


「サービスセンター?」


「故障した製品の修理窓口さ。多分、そこには製品の所有者情報を検索できる端末があるはずだよ。そんでサービスセンターなんて出張所みたいなもんだから、ろくに警備もしっかりしてないし――」


「つまりそこに忍び込んで、検索端末を探せば――」


「シリアルから、ラグランジュの所有者を検索できる!」


 早速調べてみると、インフィニタス社のサービスセンターは殆どネット化されてしまっていて、都内で実際に窓口があるのは秋葉原に一軒だけだった。


「ルリちゃん、念のため――安いのでいいから、なるべく足が付かないような服を買ってきて。それで変装しよう。あと髪型とか、伊達眼鏡とか。上手いことやって?」


 ちょっと用心のしすぎじゃないかとも思ったが、ともかく云われた通り、変装らしき物をしてから羽場と合流する。


 勿体ないな、と思いつつも、瑠璃子は全然使っていなかったミュージックプレイヤーを水没させてきた。やはり今時窓口を利用するのは、ネットに不案内な老人に限られるらしく、訪れたビルの一室は閑散としていて、二つある窓口も無人のままだった。


 置かれている呼び出しボタンを押すと、間もなく奥から青い制服を着た女性が現れる。症状を伝え、プレイヤーと保証書を差し出すと、彼女は手元のパソコンを操作して所有者の確認を行っているようだった。


「えぇと、ユーザー登録がされていないようですので、こちらに記入いただけますか?」


「あ、はい」素早く羽場と視線を交わし、【清水良子】と適当な名前を記入する瑠璃子。「それで、幾らくらいになりそうです?」


「そうですねぇ。実際に修理に回してみないとわかりませんが、水没の場合は有償になるケースが殆どで――」


「えー、そうなんですか? じゃあ新しいの買った方がいいかなぁ」ニコニコと微笑み続ける受付嬢に、せめて十文くらいありそうな渾身の演技をする。「あ、新しいカタログとかあります? あ、そういやパソコンも欲しかったんだ、ついでにそれと、あと親にテレビのカタログもって――」


「しょ、少々お待ちください?」


 窓口から、奥に消えていく女性。素早く羽場は窓口を乗り越え、彼女が使っていた端末に指を走らせる。


「ジャンルは個人向けパソコン、製品名はラグランジュ、型番はHRJ-PV67U、シリアルは560から569――」


「急いで!」


「出た! カメラ!」


 瑠璃子が投げ渡したデジタルカメラで、数枚画面の写真を撮る。そして慌てて窓口から身を翻した時、奥から受付嬢が戻ってきた。


「あ、すいません、じゃあちょっとカタログ見て考えます!」


 そそくさと分厚いカタログを手にして、立ち去ろうとする二人。


「あ、お客様?」


 不意に背中に声をかけられ、びくりとしつつ振り向いたが――彼女は別のパンフレットを胸の前に掲げ、笑顔のまま僅かに首を傾げていた。


「パソコンですと、今週、新製品が発売になりまして。今ですとそちらが大変オススメに――」


「あ、そ、そうなんですか。戴いていきます」


 不作法承知でビラを引ったくり、二人は逃げるようにサービスセンターを離れた。


 羽場のアパートに戻り、早速リストに記された名前をチェックしていく。案の定、貴重な限定版だけあって、全てのシリアル番号には所有者の情報が紐付けられていた。


「この中にきっと、ドラゴン・マスターがいる」


 リストを眺める羽場。その背中越しに瑠璃子が呟くと、彼は僅かに身を震わせ、云った。


「あぁ。ソイツはきっと、クソッタレの。最低最悪のクラッカーだよ」

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