第四章 プロキシマ・ケンタウリ
第35話 最新航法と囮作戦
俺は
新型DDD、高機動型ハドロン改に搭乗する予定になっている。この機体は宇宙空間での機動性に重点を置いて開発され、通常のDDDと比較すると約3倍の速度が出せる。バリオンタイプBと比較しても1.5倍程度の速度差がある。
俺がこのハドロン改の搭乗員として選定されたのは、ランス搭乗員として加速、高速に慣れていたからだという。
それともう一つ理由がある。
俺の命を狙っているであろうWFAのネルソンを引きつける役目だ。宇宙軍で小惑星破砕作戦に貢献した俺が、機動攻撃軍で新型DDDに乗る。これは軍内部でも結構なニュースになっているらしい。軍内部にいるであろうWFAの末端からネルソンに情報は伝わる。俺はこの囮役を進んで引き受けた。
今はミーティングルームにいる。前には技術部の遠藤大尉がいた。他にも斉藤中将、技術部の山本大佐も見える。その他に十数名いるのは新兵器の乗組員と護衛のDDDパイロットだ。遠藤大尉が説明を始めた。
「この度開発した新兵器は『ゲイ・ボルグ』と命名致しました。アイルランド神話の英雄クー・フーリンの使用した槍の名前です」
例の掘削ドリルを取り付けた特殊改造艦の事だ。元々はラエだったはずだ。もう一隻の巨大レーザーを装備している艦は艦名をクー・フーリンと改名されたのだという。こちらは元ポートモレスビーだった。オセアニアの地名からアイルランドの神話へ変わったわけだ。
「この命名については、そこにいるサリバン少尉の意見を参考にさせていただいた」
「ジョアンナ・サリバンです。私の故郷であるアイルランドの神話から提案させていただきました。採用されて驚いています。恐縮です。この度はゲイ・ボルグの操舵手として参加させていただきます」
恭しく頭を下げる。赤い髪の白人女性だが小柄でそばかすが多い。
遠藤大尉が解説を始めた。
「早速ですが、新兵器の概要とワープ試験実施についての説明をいたします。まずはクー・フーリンの高出力レーザーによって小惑星に導線となる穴を穿ちます。直径は15~25㎝程、1000mを約5分で貫通する威力があります。その導線に沿ってゲイ・ボルグを進行させます。ゲイ・ボルグのドリルは超高振動を与えられたビットを数百個組み込んであり、掘削力は史上最高だと自認しております。先端部部分は円錐状ですが、それは7重のリングによって構成され、それぞれが逆回転しています。最後方のリングは掘削と同時に礫を後方へ排出させる形状となっています」
遠藤大尉の説明は続く。ゲイ・ボルグはプラズマロケットで推進し、礫を後方に排出しながら進行する。ドリルの最大直径よりも艦体の方が細い。その隙間から礫を排出するのだという。結果、毎分3m程の速度で掘削可能。この時はゲイボルグ周囲の重力を制御し、また、プラズマロケットの推力も利用して礫を小惑星外へ排出する。艦が埋まってしまう事はないらしい。また、最悪艦が埋まってしまった場合は反対側へ掘り進む事で脱出できるのだと言う。小惑星破砕の為の水爆の設置はパワードスーツ部隊の仕事になる。作業時間は数時間から2日程度、最大級の小惑星でもその程度で終了するのだという。
「この作戦の最大のポイントなのですが、新発明の効果が大きいのです。それは、ワープ航法、すなわち次元昇華変異による高次元跳躍航法に係るものです。今まではワープ突入時のベクトルと通常空間に回帰した際のベクトルを同一として設定しておりました。この方法がもっとも誤差が少ないのです。しかし、通常空間へ回帰した際のベクトルを変更する理論方程式が発見されました。誤差は許容範囲です。これは、小惑星の掘削をする際に非常に有利な条件となります。従来の航法では180度の方向転換をしなくてはならなかった為、その軌道変更に係るエネルギーコストはかなり高く、掘削の工期を長いものとする要因になっておりました」
なるほど、ワープ航法における突入と回帰のベクトルを変更できるという事だ。ランスの様に小惑星に向かって突き進みながら、ワープ終了後にはその背後で軌道を同期できる。画期的じゃないか。
「技術部の山本です。今回はワープ試験となります。他の艦艇では成功しているのですが、この特殊艦では初めてとなります。通常よりも艦の質量が大きい為、入念に実験を繰り返す予定です。理論方程式の通りにベクトルの変更ができるのかどうかを検証します」
技術部の元締め山本大佐だ。続いて宇宙軍の元締め、斉藤中将が話し始める。
「秋山君にはゲイ・ボルグに乗艦してもらう。周知の事実だと思うが、彼はWFAから命を狙われている。ゲイ・ボルグが最も頑丈だからという理由でこの配置は決定した」
中将の一言に周りは静まり返る。
「心苦しいが秋山大尉の役目は囮だ。今回、DDDへの搭乗はない。艦内での配置は艦長に一任してある」
「
その瞬間にサリバン少尉は顔を赤らめ挙手をした。
「蒔田艦長。聞いておりません。助手を、私より階級が上の人にさせるなど不条理です。困ります」
「まあまあ、秋山大尉は何もせんでいいという事だ。本来助手は必要なかろう」
「それはそうですが」
「私はそれでもかまいませんよ」
「分かりました」
俺の言葉に俯きながら返事をするサリバン少尉だった。
「護衛はラバウルに任せる。シャーマン艦長、頼むぞ」
「は!」
シャーマン艦長が敬礼をする
「それと、ラバウルのDDD部隊だな。最年少の遠山上等兵」
「はい」
玲香も今回は真面目だ。
「君は兵長に昇格だ。辞令を受け取れ」
「はい?」
玲香は急な昇格に戸惑っている様子なのだが、斉藤中将はお構いなしで続ける。
「君には期待している。この後すぐに精神移植しろ。命令だ」
「あの?」
「異論は許さん」
「マジですか?」
睨まれて小さくなる玲香だった。
「作戦は明日1200開始だ」
皆が一斉に敬礼をする。玲香は一人ブツブツと独り言をいっていた。ザラザラが嫌だとか何とか。DDDパイロットに精神移植させるとは大胆かもしれない。
この措置は、WAFのネルソンに対抗する手段として玲香を抜擢したという事なのだ。
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