第32話 秘密は事前にわからない
「私の見立てが甘かったと反省しております。申し訳ありません」
そう言って頭を下げるのは由紀子さんである。
今日はあの戦闘の翌々日、俺達は秋山の病室に来ている。
「それは仕方ない。未知のDDDが出現した。しかも予想の2倍近い出力だったからな」
「昇竜とかいう名前だったな。くっそー。次は負けない」
「お前は黙ってろ。戦術と対策は本部に任せる」
「そんな。ボクにやらせてよ」
「駄目だ。危険な目には合わせられない」
「ケチんぼ」
「玲香さん。複数で囲んで対処しないと倒せませんよ」
「そうかな」
「そう。恐らく、玲香さんの行動を先読みされていたのでは?」
「そうなんだよね。ボク、こんな事初めてだよ。全部先手取られたんだもん」
そう。玲香は勘が良い。先読みして圧倒するタイプだった。その玲香が手玉に取られたのだ。
「多分ですが、トリプルDそのものを義体化していたのではないでしょうか。DDシステムの拡張を行っている。さらに、感覚を4次元化することで若干時間の先読みができるようにしているのではないかと思います」
「そんな事が可能なの?ボク、信じられないよ」
「理論上は可能だと思いますよ。実際義体化して実現できるかどうかはわかりませんが、そう推測するのが合理的だと思います」
「元々ネルソンがそういう能力を持っていたと考える方が自然なのではないかな。俺達は何度も義体に精神移植をしているが、先が見えることはなかった」
「ワープしている時はどうですか?」
「そうか次元昇華させればあるいは……」
「ここで議論しても結論は出ない。今の話も含めて全部報告しておく。後は司令部に任せるしかない。ところで秋山、お前復帰するのか」
「ランスには乗りませんが、復帰するつもりですよ。トリプルDに乗せてもらえるよう申請するつもりです」
「じゃあ、ボクの部隊においでよ。ビシバシしごいてあげる」
ゴツン
また拳骨を食らわせる。何でこいつはこうも馬鹿なんだろうか。
「ランス搭乗員はトリプルDとの相性がいい。お前は不要だ」
「いてて。そんな~」
「まあまあ。軍に入った時、基礎訓練でトリプルDを操縦したんですが、その時の成績はA+でした。教官が良い人でしたからね」
「その教官って?」
「三笠少尉でしたね」
「三笠って誰?」
ゴツン
この馬鹿娘は何回喰らえば気が済むのだろうか。
「痛いよ。また殴るんだから」
「お前な。三笠は俺の旧姓だ。ウチの隊に入った時に話してるだろ」
「そうだっけ?」
「そうだ。上官の基本情報だぞ。覚えておけ」
「はーい」
頭をさすりながら恨めしそうに俺を睨む。
「まあまあ斉藤大尉。その位にしてあげて下さい。玲香さんは天真爛漫ですわね」
「えへへ~。美少女に褒められちゃった。にゃはは」
「褒めてはいませんよ」
「え。やっぱり?」
「ええ。でも玲香さんのそういうところが可愛らしくて素敵ですわ」
「今度は褒めてくれたの?」
由紀子さんが頷くと彼女の手を取り頬ずりする玲香だった。
「ありがとう。美少女は性格も美少女だね」
「褒めていただいても何も出ませんよ」
「ボク、こうして手を握ってるだけで幸せなんだぁ~」
「そろそろ行くぞ。秋山、邪魔したな」
「お気をつけて」
まだ由紀子さんの手を握りしめている玲香を引っぺがし、病室から出ていく。ドアの外には制服の警官が2名警備していた。
ロビー周りは銃撃の跡が生々しく残っていた。割れたガラスは片付けてあったが、ガラスの有った部分はブルーシートで覆ってある。外には軍の地上部隊が展開していた。
パワードスーツ部隊同士の銃撃戦があり、病院にも何発か流れ弾が当たったという事なのだろう。非戦闘員にけが人は出なかった事は幸いだった。秋山の警備は地上軍と警察の管轄となり、WFAへの対処は地上軍特殊部隊の担当となった。
俺達は急いで報告書をまとめなくてはいけない。WFAの情報と未知のトリプルD“昇竜”の情報をなるべく詳細にだ。
駐車場へ歩いて向かう途中で玲香がぼやく。
「報告書作るのめんどいな」
「それも仕事だ。サボるなよ」
「分かってるよ。ちゃんとやるから」
「ならいい」
「ねえねえ。イケメン様と美少女様の事、書き綴っていいかな?あの二人に対するボクの純粋な愛を語りたいんだ」
「ダメだ」
「やっぱり?」
「書きたければどこかの小説サイトにでもupしとけ。個人情報と部隊情報が含まれなければかまわん」
「じゃあ。一生懸命ボクの愛を綴るよ。ウフッ。ワクワクしてきた」
「ただし、報告書が終わってからだ」
「先に書いちゃダメかな」
「ダメだ」
「ぶぶぶー」
露骨にむくれる玲香だったが、これも彼女の平常運転だ。
基地に戻った俺達を待っていたのは新しい護衛任務だった。衛星軌道上で新型小惑星破砕兵器を建造中だという。報告書は今日中に仕上げなくてはいけない。休暇を取る間もなく、俺は玲香を連れて衛星軌道上に向かうことになった。
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