最終話 その旅立ちは未来への翼
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俺はお腹が大きくなった女性を連れてきている。彼女の名は秋山アイリーン。
そのアイリーンにじゃれついているのは俺の娘二人だ。
「おねえちゃん。おなかおっきいね。赤ちゃん生まれるの?」
「ええ。もうすぐ生まれるわ」
「あかちゃん。あかちゃん。かわいいあかちゃん」
下の娘はまだしゃべり始めて間がないのだが、なかなか口が達者だ。
二人でアイリーンの両腕につかまりぶら下がろうとする。
「こらこら。お姉さんはお腹に赤ちゃんがいるんだから大変なんだ。お前たちがぶら下がると迷惑なんだぞ」
「めいわくかな?」
「めいわくめいわく」
「パパが抱っこしてやる」
すかさず飛び込んでくるのは下の娘の奏だった。
奏を抱きかかえると天音がむくれる。
「パパ。私も抱っこして」
「わかった。こっちに来い」
左手で天音を抱える。幸い、ここは重力が弱いので子供二人抱えるのも容易い。
今いるのは戦艦シキシマ内に設置されたイベント会場だ。今からここで系外惑星探査オケアノスの記念式典が開催される。俺達は関係者の家族という事でここに招待されている。
「和兄ちゃんモテモテだね。もう羨ましいぞ~」
そう言って声をかけてきたのは妹の
「本当にモテモテですわね。和馬さん」
美紗江の後ろから出てきたのは秋山の妹、
「ゆきこおねえちゃんのいくー」
「わたしも由紀子おねえちゃんがいい」
娘が二人して由紀子さんに飛びつく。
「あら、私もモテモテですか。ありがとうございます。お姫様」
「おねえちゃんきれい」
そう言って由紀子さんに甘えるのは奏だ。この娘は何故か美少女には鋭く反応する。
「あれ~私の方は無視ですか?もう、一緒にお風呂入ってあげないよぉ」
「天音、みさおばちゃんとお風呂はいるよ。いっしょがいい」
風呂で体を洗ってもらえたのが嬉しかったのか、天音は美紗江に抱きついてしまった。
「羨ましいです」
そう言って微笑んでいるのはアイリーンだ。
「君の所ももうすぐにぎやかになるさ」
「そうだと良いのですが、まだ不安でいっぱいなのです」
「今は無重力で無痛が主流だからものすごく楽になったって話だよ。私はまだ未経験だけど」
美紗江が話しているのは分娩の話だ。確かに、依然と比較するとずいぶん楽になっているらしい。もちろん、その以前とやらをよく知っているわけではない。
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
「ところで、秋山は意志を曲げなかったんだな」
「そうですね。昇進の話を蹴ってでもプロキシマ・ケンタウリに行くと」
「頑固だな」
「そうですね」
宇宙軍としては、英雄となった秋山をオケアノスに参加させたくなかったのだ。全てが人類初、何が起こるか分からない。しかし、奴は進んで志願しやがった。しかも、新婚ほやほやなのに。
「三年も離れ離れになるんだ。辛くはないか?」
「それはそうです。辛い気持ちはありますけど、もう十分愛してもらいました」
お腹をさすりながらアイリーンが答える。アイリーンはさらに続ける。
「それに、彼はきっと帰ってくる。間違いなく帰ってきます」
「自身満々だな」
「ええ。彼が私にこの時計を持たせてくれたんです」
そう言って腕を見せてくれた。身に着けていたのは男性用の機械式腕時計だった。
「あの人が大事なものが2つ、いえ3つです。この大事なものの所へ必ず帰ってきます」
「3つというのは?君とお腹の子と?」
「この時計です。でも最初のは間違っています」
「間違っている?」
「ええ。私ではありません。あの人が命を懸けて守り抜いたもの、そこに見えている青く美しい星、地球です」
そうか、そうだった。秋山はこの地球を守りたいのだと常々言っていたな。しかし、地球を入れるなら答えは違ってくるだろう。秋山の大事なものは4つになるはずだ。この事はあえて指摘しない。
俺はアイリーンの言葉に頷きながら前を見る。壇上にはオケアノスに参加するクルーが勢ぞろいしていた。俺の妻紀里香、秋山、城島など知った顔がいる。
彼らは3日後に出発する。
人類初の偉業。未知の系外惑星探査へ向けて。
了
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