第19話 時計の鼓動は心の道標

 翌日の午後、俺はシキシマに着任していた。


 艦長に挨拶をして割り当てられた個室へと向かう。部屋へ入るとそこでアイリーンが待っていた。手に持っていた物を体の後ろへ隠す。

「どうしたんだい。アイリーン」

「今回も出撃するんでしょ」

「ああそうだ」

 彼女は顔を赤く染め俯いている。

「どうした。具合でも悪いのか?」

「悪いかも。今、すごく緊張してる」

「熱はないか?」

 俺が額に手を当てようとすると、その手を払われた。

「病気じゃない。でも病気かもしれない」

「意味が分からないよ。どうしたんだい」

「これ」

 そう言って後ろに隠していた箱を差し出してきた。

「プレゼント?」

「うん。開けてみて」

 丁寧に包装してリボンがかけてあるその箱を受け取る。リボンを解き包装紙を剥がして中身を確認する。そこには300年前の機械式時計が入っていた。

「こ、これ、スピードマスターじゃないか。え。マジ。本物?嘘だろ」

「マジ。本物よ」

「え。いいいいのか。いいのか。貰っても良いのか。高かっただろ。これ、すごい値段だぞ」

「辰彦、落ち着いて」

 アイリーンは俺の左頬のキスした。

「あなたがそんなだから、私、緊張が解けちゃった」

 それで緊張してたわけか……自分の手が震えている。これは緊張なのか、興奮なのか、訳の分からない高揚感に包まれている。

「由紀子さんから聞いたの。辰彦が欲しがっているものはそれだって」

「ああ、そうだった。そうだったんだ。最近は任務の事で頭が一杯ですっかり忘れていたんだ」

 自分の好きなものを忘れていたなんてどうかしている。このキチガイじみた任務にどっぷりと漬かっているせいかもしれない。

「それをいつも身に着けていて欲しいの。出撃の時は何時も」

「え?ランス搭乗時には身に着ける事は出来ないぞ」

「馬鹿ね。生きている体の方に着けていて欲しいの」

「あ、そうか、気が動転しているな。出撃っていうから勘違いした」

「そう、こんな大事なもの持って行ってどうするの」

「すまない。いや、動転している、ははは」

「それはきっと、あなたが帰還するときの道標になる。そう思うの」

 俺はスピードマスターを手に取り、リュウズを回す。数回回すと秒針が動き出した。耳に当てるとチクチクチクとかすかな音が聞こえる。小さく儚い音。しかし、精密で変わる事のない永遠のリズムが時を刻む。


「あなたの魂がこれを求めているなら、きっと帰って来ることができるわ」


 俺は更にリュウズを数回巻き、それを腕に着けてみる。ベルトの長さは調整してあり、俺の腕に合わせてあった。そのままスピードマスターを見つめる。戦艦の操舵士とは言っても高給取りではない。彼女の年収の半分、いや、それ以上の価格だったに違いない。俺はアイリーンを抱きしめた。

「アイリーン。ありがとう」

 彼女は俺の胸に顔を埋めながら呟く。

「貴方が帰ってくるなら何でもするわ」

 その健気さが俺の心を打つ。胸が熱くなってきた。

「ありがとう」

 そう言いながら俺の胸にはある言葉がよぎる。


『21回目に事故る』


 これはジンクスなんだ。21回目に事故ると決まっているわけではない。

 既に何人かが体験している。帰って来れなかった奴は3人。たった3人。されど3人。この3人が未帰還率を上げている。統計的な数字ではない。偶然。そう思っている。

 しかし、アイリーンは違った。心底心配しているのだろう。だから彼女のできる精一杯の事をしてくれた。

 

 もう一度時計を耳に当てる。

 チクチクチクと心地よい音が響く。


 この音を聞くためにまた戻って来る。

 きっとそうなる。


 そう信じてアイリーンを抱きしめた。

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